【本編完結】ダンジョンに置き去りにされたのでダンジョンに潜りません!

夏見颯一

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153.【執着するとしたら】

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 結局魔法部隊でもペンダントの効果は分からなかった。
 アイルは精霊が直した方は帰ったら魔石を入れて様子を見てみる事にした。
「聞きたい事はこれで終わりですか?」
「はい。お時間を頂き、ありがとうございました」
 魔法部隊はフラーエルの言った通り本当に夏至祭前は暇のようで、アイル達が話をしている間中建物内は静かだった。
 騎士団とは完全に独立している所為もあるのか、アイルにはそこのところはよく分からなかった。
 退席しようと立ち上がった時、隊長は思い出したように話し出した。
「そうそう。人間から魔物化したもののドロップアイテムは、人間だった頃の執着に影響していると言われておりますね」
「執着?」
 思わずアイルは聞き返した。
 振り返った隊長は何処までも真意の見えない笑顔を浮かべていた。
「通常のドロップアイテムが普段から執着していた物、レアドロップアイテムは一番執着していた物だと言う話です」
 アイルが真っ先に思い出したのは、『ラグレ』のレアドロップアイテムである『謎の棒』だった。
 あれを一番執着していた?
 現物はアイルも見ていないので何とも言えない。もしかすると形状の方にでも執着があったのだろうかと思った。
 ただそれでも金の入った袋より上であるというのはちょっと意味が分からない。
「私も職業柄『エリス』のドロップアイテムが『壊れた魔導具』って言う話は知っておりますよ。レアドロップアイテムは今見せて貰った『綺麗な魔導具』ですね」
 アイルもその部分に関しては引っかかっていた。
 通常とレアがほぼ同じ物で、壊れているか綺麗なのかの違いでしかないのだ。
 大体エリスの執着と言われても……。
 ペンダントを奪われたときの状況を思い出して、アイルは微かに体が震えた。

「つまり、エリスさんは持ち主が好きだったのではないでしょうか?」
「持ち主を殺そうとしたのに?」

 魔法部隊の隊長の言葉に間髪入れずアイルが答えたので、内容的にも微妙な空気となった。
「えーと……え?」
 そこまでの事情は魔法部隊とは言え入っては来なかった。
 オリジナルの持ち主がアイルだとは分かっていたので、単に情報収集能力が低かったのだろう。
「オリジナルの魔導具の持ち主は僕なんですよ。オリジナルを奪うためにエリスは僕を殺そうとしました。何とか奪われただけで済みましたけどね」
 ダンジョンでは殺意を持った行動でルールに抵触したと判断されたが、現実では何処までの罪になるのだろうか?
 あの時のアイルは平民で、エリスは貴族の子女だった。
「何でエリスがこれに執着していたのかって、恐らく換金を最期まで考えていたからですね」
 恐怖を振り払うようにアイルは強い口調で断言をした。

「真っ先に貢いでくれる男と寝た女が僕を好きだったなんてあり得ませんね」

 思い出とは言えないエリスにまつわる記憶には、べったりと嫌悪感がこびり付いていた。
 2つ揃える事に拘ったあまりに愚かな事をしたとアイルは後悔していた。



 それから夏至祭までアイルは部屋から出なかった。
 ルードルフの贈った木の実クッキーを無言でひたすら囓っていると、
「建国祭まで持ちません」
 ハーヴィスに取り上げられたので、当日までひたすらひんやりしたベルネを抱き続けた。
 

 夏至祭当日。
 日が昇ると直ぐにフォルクロア家でも準備で大忙しだった。
 結局ウォーゲンは間に合わなかったが、フォルクロア家使用人達は1人分で済むので楽らしく、アイルに留守中は街に祭り見物に行くと嬉しそうに話していた。
 夏至祭のフォルクロア家では主不在時には使用人は祭りに行って良い習慣らしい。主もいなければどうせ暇を持て余すだけなので、それも悪くはない習慣であるとアイルは思った。
 女性でもないのにアイルは慌ただしく風呂に入らされ、あの恥ずかしい衣装を有無を言わさず着せられた。
「永久に来なければ良かったのに……」
 アイルがぼやくと、
「お土産買ってきますからー」
「お菓子でも物でも珍しい物探しますからー」
 祭りに浮かれているメイドや従者が笑いながら機嫌を取っていた。
 そこまで子供じゃないと言うのも子供っぽいような気がして、アイルは取り敢えず黙った。
 今日一日の我慢だ。

「ぶっ」
 顔を合わせた直後にルードルフは吹き出して顔を逸らした。
「可愛いね」
 ニコニコしているオルディクスは言葉通りだろう。
 妖精みたいなアイルの格好を見て、王妃も自然に笑顔だった。
 王族の控え室に来るまでに通りすがりの文官や騎士がアイルの姿を二度見するのも辛かった。
「子供用だから可愛くないし」
「うーん、確かにちょっと子供っぽいよね。でも可愛いよ」
 ツボにでも入ったのか、ルードルフは顔を背けたまま体を震わせていた。
 自分はこんな子供っぽい仮装なのに、兄達はしっかりと男性用の礼服に身を包んでいるのがアイルは腹立たしかった。
「もう参加したくない……」
「あー……その衣装は今年だけだろ。今年だけ我慢だ」
 一頻り笑いが収まったルードルフがアイルを振り返って、再び顔を背けて体を震わせた。
「兄ちゃん、怒るよ!」
 後ろからルードルフにしがみ付いて体を揺らすアイルの姿を見ていたオルディクスと王妃は、
「可愛いですね。ただ祭りではちょっと危険な気もしますね」
「ちょっと綺麗系も入っているかしら。危ないからなるべくルードルフの横に置いておくのが安全かしらね」
 アイル自身の評価とは裏腹に、周囲から見たらかなり衣装が似合っていたのだ。
 不審者は紛れ込まないように警戒はしているが、アイルは仮装している上に普段は地方にしかいない貴族もこの日は集まっている。貴族は好事家も多いので何が起こるか分からない。
 王妃は騎士にアイルから目を離さないように命じた。
 何も感想は述べない騎士達も、今日のアイルの姿を見て警備を改める必要があると認識していた。
「そんな面白い格好しているからだろう!」
 ルードルフは堪らず言った。
 アイルとルードルフは好みやら美的感覚は似通っており、アイルの格好について本人と全く同じ評価をしていた。
 可愛いや綺麗ではなく、何処までも面白いでしかなかった。
「好きでしてるんじゃないよ!」
「それは分かってる」
「はっ。この面白い格好でずっと祭りの間中兄ちゃんの横から離れないからな!」
「お前……。王族の隣で目立つぞ」
「兄ちゃんを道連れにするんだったら仕方ないからね」
 警備が少しは楽になりそうだと、口喧嘩をしているアイルとルードルフ以外は思った。
 そして、予定通り夏至祭は始まり問題なく進む中、挨拶回りをしているときにそれは起こった。

「可愛らしい婚約者ですね」

 その言葉の意味を理解して、アイルは撃沈した。
 何も知らない地方貴族の世辞にルードルフも口元がひくついた。
 王族も各責任者も普段からアイルを知っているだけに、可愛らしい格好をしただけのアイルがルードルフの婚約者だと誤解されるとは想像もしていなかった。
 王都在住の貴族達はフラフラ歩いているのでアイルの顔はよく覚えているが、一度だけ以前の会議で遠くから見ていた程度の地方の貴族では記憶が出来る機会もなかった。ある種勘違いしてしまうのは仕方ないだろう。
 まして、『面白い』を薄めるために体格の良い騎士に囲ませたのが、婚約者説に信憑性を持たせてしまった。物事はいつでも想定外ばかりである。
「これは婚約者ではなく、フォルクロア家の後継だ」
 そうやっていちいちルードルフは訂正するのも途中から止めてしまった。
 婚約者の発表もないのに誤解する方がおかしい。疲れ切ってしまった責任転嫁な言い訳だった。
「おー、可愛いね。ルードルフ殿下の横だと婚約者みたいだね!」
 それまでのやり取りを知らないルートル公爵が茶化すように言うと、アイルとルードルフの両方から睨まれた。
「んー……皆言ったのかな?」
「多いんですよ……」
 本当にアイルは信じられない話だった。
 何かの冗談かと思っていたら、誤解した人は本気の目をしていたときの絶望感。
 第三者目線のルートル公爵にしたら然もありなんであった。
「君のサイズ感だとギリギリ少女でいけるし」
「ら、来年は違いますよ!?」
 周囲にでかい男を揃えている所為もあるとルートル公爵は気付いていたが、普段は卒のないルードルフのミスをわざわざ指摘するほど善良ではなかったので、
「婚約者と名乗ってしまえば? 皆きっとだま」
「さて、冗談はそのくらいで」
 ルートル公爵の言葉を遮ったのは、何か闇のオーラを漂わせているサウザン侯爵だった。
 踏まれた足がとんでもなく痛いルートル公爵だが、大声を出すのは貴族として留まっている。
「……サウザン侯爵?」
「孫に巫山戯た話をする口は塞がないとな」
 有無を言わさずルートル公爵はサウザン侯爵に連れて行かれた。
 以前、アイルがヴェンディルの処分関係の嘘を吹き込まれた犯人と思われているからだった。
 尤も、これに限ってはルートル公爵ではなかったのでとばっちりだった。
 普段の行いが悪かったので自業自得ではある。

「……ねぇ、ルーティア様の耳に入ったらどうしよう?」
 時間が経てば経つほどアイルは心配になってきた。
 天地がひっくり返ってもルードルフとは兄弟でしかないものの、貴族というのは面白おかしく話に尾鰭を付けるものだ。
 ぐるぐるアイルは周囲を歩き回った。
 ギルドの一件が新しく、フォルクロア家について不用意な噂をする者などいないとは当事者故に想像もしていなかった。
「兄ちゃん……」
「耳に入っても笑い話だろう」
「兄ちゃんは婚約者がいないからそんな事言う」
 そう涙目でアイルは言うが、ルードルフからすれば婚約者はミリオス公爵家の令嬢なのだから面白おかしい話にしか思わない筈で、アイルの心配は杞憂でしかないと思っていた。
 女性と付き合った事がほとんどない所為もあるのだろうか。
 ルードルフの知るアイルの育ちは複雑で、兄として一緒に暮らしていた記憶からしても普通ではなかった。
「心配なら行ってみたらどうだ?」
 ぱっと明るい顔をして、
「ちょっと行ってくる!」
 駆け出したアイルをそっと何人かの騎士が追いかけた。

 夏至祭は今日一日。
 終わりまでまだ長い。


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