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番外編21.【偽りの事実から覚める煮汁】
しおりを挟むディリオンは以前から気になっていたので、王城でアイルが監禁されている間にアイルの父が起こした事件を調べていた。
とは言え、事件そのものと言うより、『フォルクロアに生まれながらフォルクロアの一族としては認められなかった者』にディリオンは正直興味があったのだ。
自分でも悪趣味だと思ったが、アイルの父でなければ興味が湧いても調べる事はなかっただろう。
王城の記録を見てみると、国内に過去大小いくつも事件があった中で、フォルクロア家が関わった事件そのものは意外にも多くなかった。何かしら常にやらかしていると言うのは飽くまで印象で、単純にフォルクロア家は少人数の家だから必然的に関わる事件数も少ないのだろう。
フォルクロア家の者が加害者になった事件に関しては、過去の記録をどんなに見てもアイルの父の一件だけだった。
捜査に当たった騎士が作成したと思しき書類では、マリーシアが亡くなった事について完全に事故となっていた。ただし、多くの情報が黒塗りで伏せられており、事故が起きた場所さえ塗り潰されていた。
アイルには申し訳なかったが、書類を見たディリオンの頭に王家やフォルクロア家への忖度の可能性が過った。
本当に事故だった?
今もディリオンはその時調べた事をアイルに何も言えずにいた。
まさか事故が起きた場所について、別角度でダンジョンの情報として残っていた事は盲点であった。尤もゼオリスが知り得たのは、そこでマリーシアが亡くなった事実だけなので、事件そのもの情報はやはり伏せられているのだろう。
ゼオリスから聞かされたマリーシアの亡くなった場所を伝えるか否か、ディリオンは悩んでいた。
アイルを心配する周囲が情報を制限していた事はディリオンにも想像は難くなかった。だが、不安に影響された精霊達が問題を引き起こすとは言え、アイルには全く記憶の残っていない幼少期の話なのだ。
そこまで警戒する理由があるのだろうか?
個人的には花一つでもアイルに供えさせたいと思うディリオンは、周囲の大人の事情が分からず迷い続けていた。
そして、アイルの方も悩むとまでは行かないが、考え込んでいた。
学園から帰ると直ぐ、アイルは自室ではなくウォーゲンの元へ向かった。
「じーちゃん、聞きたい事があるんだけど……」
ノックと同時に開けた部屋の中はアイルの未だかつて嗅いだ事のない、華やかで攻撃的な香りが漂っていた。
「お前達、最近おかしいとは思っておらんのか?」
ノックが雑なのを咎める事も、お帰りと言う事もなく、不審なものを見る目でウォーゲンはアイルとディリオンを見ていた。
ディリオンは狼狽えたが、アイルは首を傾げるだけで、
「おかしいって……いつもの事じゃ?」
「まあ、そうじゃな。いつもおかしいが、精霊以外でおかしいとは思わないのか?」
ウォーゲンの言わんとする事はアイルもディリオンも分からず、互いに顔を見合わせた。
「……僕が何かやらかした?」
「取り敢えず、お前達は【精霊の煮汁】を飲むが良い」
机の上には既に茶器が用意されていた。ウォーゲンが手ずからポットの液体を茶器に注いだのだが、アイル達の頭にはウォーゲンの言葉がいつまでも木霊していた。
煮……?
部屋には普段は溢れるほどいる精霊の姿がない事にアイルは気が付いた。
「煮汁……」
精霊って煮込めるんだ……。
可食であった精霊王に続き、衝撃的な事実にアイルは言葉を失った。
「理屈はいいから早く飲むのじゃ」
座る前に飲めとウォーゲンは急かすが、色味が何というかマーブルだ。液体でかき回してもマーブルであり続けるのは如何にも異様で、アイルはなかなか飲む決断がつかなかった。
「辛い……」
勇気があったのはディリオンだった。
使用人候補として逆らえぬという事もあり、さっさと覚悟を決めて飲んだディリオンは予想外の辛さに顔を顰めた。
「ほれ、アイルも」
飲まないとウォーゲンは説明もしない様子だったので、アイルも辛いものだから一気に流し込んだ。
「甘っ!」
精霊の女王の下で飲んだお茶と同レベルの甘さで意識が飛びかけた。
辛いと覚悟したから甘くなったかも知れないが、甘いから大丈夫な筈もなかった。
何の意味があったのかとアイル達がウォーゲンを恨めしげに見ると、
「飲んだか? ならディリオンに尋ねるが、お前の祖父母はどうしてる?」
「え?」
アイルは勿論、ディリオンにも質問の意味が一瞬分からなかった。
確かディリオンの祖父母って、ディリオンが受け取った財産をダルディス伯爵家の資産だと言い張って狙っているって話だったよな。
直近の出来事を思い出したアイルの中ではそれが変わらぬ真実だった。
半年ほど前に王都に来たアイルは、当然以前のダルディス伯爵家一家とは付き合いがあった訳ではなく、煮汁を飲んだ後でも気付くのは難しいと言えた。
ウォーゲンもこの場で一番問題だったディリオンに尋ねたのだ。
「……私の祖父母は、何年も前に亡くなっております」
「そうじゃな。儂も葬式には出た。死んだのに2人とも生きている事になっていて、儂は驚いたのう」
ようやくアイルは前ダルディス伯爵夫妻がウォーゲンの友人であった事を思い出した。
「んんん?」
ここでアイルもおかしい事態になっていると気が付いた。
前ダルディス伯爵夫妻は死んでいる筈なのに、後継のディリオンが未だ学園に通っているからと伯爵家当主に戻り、今は孫の財産を求めて争っている。
不可思議としか言い様がなかった。
唐突に真実を思い出したショックが大きく、目眩に襲われたディリオンは体勢を崩した。
慌てて近くにいたアイルがディリオンの体を支え、近くのソファに座らせた。
「騎士団には儂から通報しておる。アイル、ディリオン、お前達は落ち着いたら儂と一緒に王城に行くのじゃ」
アイル達は頷くしかなかった。
王城では騎士団から報告を受けたルードルフも渋い顔をしていた。
ダルディス伯爵が存命中、何度もダルディス伯爵家の資料を見ていたのに、現在起きている異常には全く気付かなかった。
「担当の文官は?」
「死亡者とは気付かなかったとの事です」
書類を正しく確認しなかったと言えばそれまででもある。死者は書類を書かないのだから、当主の印章が押され、きちんと要件を揃えた書類が出されれば、誰も死者だと疑う事なく通すだろう。
ましてこれは地方ではなく、王都で起きたのだ。
前ダルディス伯爵夫妻を知る者が何十人もいる場所で、名前を偽ろうなどと考える者がいるとは到底考えられない。
ルードルフも何の疑問も持たず、当主代行の書類に許可を出した記憶があった。
想定外の失敗に、ルードルフはやはり早めにエレクトラには執務に入って貰いたいと思った。
「最近のダルディス伯爵家に関する書類を全て持って来い」
兎に角、今はルードルフは確認をしないといけない。
アイル達が向かった先はオルディクスに行かせた。
何が起こって、何が原因だったのか。
フォルクロア家が出て来たのだから不可思議な現象は解決するだろうと、ルードルフは自分の仕事である書類の確認を急いだ。
一時の平穏はいつの間にか終わっていた。
いや、隠れていた氷山がようやく顔を出しただけだった。
その全貌は未だ見えない。
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