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番外編61.【『炎の王』は転売ヤーの背後に】
しおりを挟む騎士団長自身は見送りだけのつもりだった。
神殿までついて来る羽目になったのは、完全に予定外であった。
「……さっさと討伐に向かわれては如何でしょう?」
予定外の行動をせざるを得なくなった理由を騎士団長はジロリと睨んだ。
聖女の遺産を売買する裏ルート、ペルパ辺境伯家の縁者……調査すべき事は山積みで、王族と縁づけると勝手に思い込んでいた元侍女の周辺や、フォルクロアが滞在している部屋に侵入を試みた者達など細かい事も解決には至っていない。
騎士団長である自分でさえも寝る間もない程に忙しい中で、その上のニルア将軍が暇である訳がなかった。
「どうせ常に湧き続ける敵なら寧ろ急ぐ事はない」
1度は止んだ隣隣国からの干渉は、隣国を利用する形で再び始まっていた。
隣国は失脚した公爵同様、目先の利益に弱い国民性なのだろう。餌につられるがまま侵入を繰り返し、止む様子もなかった。
友好関係を維持したい隣国としては、隣隣国に簡単に踊らされる貴族や領主に頭を抱えていた。
ニルア将軍も本来は侵入してきた隣国の賊を討伐しに行く予定だった。
それを何故かアイルについて行くと言い出して、人気の高さからも混乱になりかねないニルア将軍周囲を押さえる為に騎士団長もついて来るしかなくなったのだ。
アイルほど明確にやらかす事はないのだが、ニルア将軍の自由さが騎士団長には胃が痛かった。
「早く行って案山子になれば良かったんですよ」
「ふふふ。害獣避けの案山子か。無駄にでかい案山子でも、これで存外敵には見えないらしくてな。害獣に中に入り込まれてるやもしれん」
「ええ。入り込まれた害獣は私達に任せて案山子の役目を全うしてください。そして貴女の部下をアイル様に近付けさせないで下さい」
「うん? 私の部下が何かやったか?」
騎士団長はニルア将軍が出発前のやり取りには何も思う事がなかったと知り、ズレていると頭を抱えた。
「アイル様を妖精呼びとは侮辱に当たるので注意して下さい」
思考が人とは違うので割と誰もがアイルを妖精妖精と言っているが、飽くまでも本人がいない場だけの話だ。面と向かって言う事ではなかった。
「……夏至祭でのイメージが残っているんだろう」
「それでも駄目です」
いつも天然なニルア将軍をフォローする騎士であるからこそ、礼儀正しくないとあっという間に消えてしまう可能性があった。
「分かった注意しておこう。…………で、あいつは何処に行ったんだ?」
普段はニルア将軍の近くでヘラヘラしている騎士がいなかった。
他のニルア将軍直属の騎士が、
「あいつならアイル様について行ってしまいましたよ」
神殿長がアイル達を連れてきたのは、普段客人と会うような対外用に整えられた部屋ではなく、神殿で最も機密性の高い神殿長の執務室だった。
当然神殿関係者の中でも上層部しか入れない区画にあり、王城からついて来た騎士達は途中で待機、もしくはエレクトラの方に向かった。今アイルについているのは護衛のエリオルと、精鋭?騎士であった。
何故いる、とアイルが言わんばかりの顔を向けると、
「私の親はこれでも女神の敬虔な信者だったんですよ!」
満面の笑顔で言った。
本人が信者でもなければ、まずそもそも入れる理由にもなっていない。
エリオルを見ると、どうしようもないと首を振った。
神殿長の方もあまりに堂々と正式なアイル直属の護衛の顔をして入って来た騎士に、今更注意する発想は出て来なかった。
「……まあ、1人くらいなら宜しいでしょう。我々も王家に疑われるのも望むところではありません」
ようやく王家とフォルクロア家が秘した情報を渡してくれるのだから、神殿長としても今回ばかりは妥協した。
アイル1人がソファに座り、エリオルと精鋭?騎士はアイルの背後で待機した。
「先触れには『売られた聖女』の情報と、『炎の王』の情報を交換したいとありましたが、事実でしょうか?」
「はい。神殿長もこの場にお一人という事は、応じて頂けると思って宜しいでしょうか」
「無論です。私は彼女達を探しておりました」
その言葉を聞いて、アイルは上着の下に隠し持っていた封筒を神殿長の前に置いた。中身を用意したのは当然ルードルフである。
「現在までに判明しているリストです」
慎重すぎる手つきで神殿長は封筒からリストを取り出した。
薄いようで厚いリストには、素人の神殿では調べようのない事までしっかりと調査された内容が書かれていた。
パラパラと捲るだけでも犠牲となった聖女達の悲惨な人生が目に入り、神殿長は目頭を押さえながら封筒にリストを戻した。
「これを頂いても宜しいのですね?」
「本物なのかとお疑いはしないのですか?」
「殿下はフォルクロア様に偽物を渡す方ではありませんよ。……それにしても、何とも悔しい事です。我々の中に不心得者がいなければ、もっと早く開示して頂けたでしょうに」
少し前にもアイルから預かっていた聖女の遺産の情報を外部に漏らした挙げ句、持ち出しに加担した神官がいた。
この件を受けて神殿は内部調査を行ったところ、神殿の物を持ちだして金品に替えていた者は他にも数人見つかった。中には責任者クラスもいて、貴重な本や資料、精霊に修理されて戻ってきた筈の秘宝さえも何点か姿を消していた事も判明した。
神殿なのに壊れた聖女の遺産一つ収められていないのが、欲深さの照明かも知れない。
「先日神官の方に供養して欲しいと頼んだ笛も、『売られた聖女』の遺産です」
「笛? どういう事でしょう?」
聞いた事のない情報に、神殿長は背筋に冷たいものを感じた。
聞き返されたアイルも困惑しながら、
「あの遺産を勝手に持ち出そうとした商人がいた日、庭園で演奏して……壊れたので渡したのですが」
壊れていたのでゴミとして捨てられたのだろうかと思ったのはアイルだけで、
「売られましたね……」
フォルクロアが演奏で使ったなど、壊れていても価値がある。
後ろのエリオル達も神官長と同様の意見だった。
「これではとても今後聖女の遺産は私どもが管理するとは言い出せません」
項垂れる神官長にかける言葉をアイル達は持っていなかった。
既に壊れるまでの顛末を迎えた『売られた聖女』の遺産の情報だとしても、他人が何を考えるか分からないので神殿長は鍵付きの引き出しに厳重にしまい込んだ。
「さて、『炎の王』の件ですね。今でも騎士団の一部の者も知っている話ですが」
1冊の本を開いてアイルの前に差し出した。
びっしりと古代語らしき文章の中に、ページの半分を使って細密な挿絵が描かれていた。
「女神の教えを破る者を焼き尽くす『炎の王』の姿を描いたものです」
炎を纏う獅子のような姿で、挿絵の『炎の王』はもがき苦しむ人々を踏み付けていた。アイル的には描かれているのが罪人だと分かっていても、あまり気持ちの良い物ではなかった。
「現物を見た事は?」
「ふふっ。『炎の王』は神官や巫女に限った背信者を裁く存在です。私が『炎の王』の前に立つとしたら、背信者となった時でしょうね」
多くの情報を齎してくれたアイルには、神官長も秘密を教える事にした。
「神殿は女神の領域なのですよ。かつて『売られた聖女』を戦場に出した者、害した者……彼らは全員女神の怒りに触れ、『炎の王』の餌食となりました」
神殿内で女神の目を欺ける人間などいない。
本や秘宝が神殿からどんなに失われても、飽くまでそれらの物は人間にとって価値がある物でしかなく、女神が直接罪を問う事はなかったが、聖女はすべからく女神の所有であった。
「遺産を盗んだり、不当に売買する事も女神の怒りに触れる行為で、『炎の王』に焼かれる事になります」
「じゃあ……僕のを盗もうとした神官も?」
「騎士団から解放されればいずれ」
未遂で終わったが為に一旦は猶予されても、同様のケースでは取り調べが終わって神殿に戻ってから消えたと言う。
逆に神殿に戻らなければ生き残れるかも知れないが、訳ありで来た人間は神殿以外に行く場所もないのだ。運命など決まっていた。
神殿長は自業自得だと思っている一方、アイルは納得がいかなかった。
「女神は、聖女を傷付けた者を罰するくらいに大事に思っているなら、何故アイテム化なんてしたのでしょう……」
アイテム化がある所為で、『売られた聖女』は死しても解放されないと嘆き続けているではないか。
聖女を苦しめながら、他方では聖女を守ろうとする。
アイルには女神の発想が意味不明に感じた。
あまりにアイルが悲しげに見えた神官長は、ちょっとだけならと思った。
「そうですね……本当はこれも秘密なのですが、アイテム化はある聖女の『死後も誰かの役に立ちたい』との願いを女神が叶えた結果なのです」
元々は心優しい聖女達の、ささやかなる願いだった。
『売られた聖女』の遺産も、人間の世界では罪を犯したと言える聖女達が、アイテムとして人の役に立ち続ければ解放される仕組みだった。だが、結局その仕組みは誰1人仕組みがある事を知らず、今もって使われた事はなかった。
女神の誤算は、代償を払ってでも悪用しようと考える人間の多さだった。
優しい優しい聖女の話を聞きながら、
「僕の会った『売られた聖女』は……炎を吐く獣に焼かれるって言っておりました」
考えたくはない事だった。
神殿長の言葉を一つ一つ繋げていくと、スノーは。
「背信者?」
想定外の事に、アイルは顔色を失った。
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