【本編完結】ダンジョンに置き去りにされたのでダンジョンに潜りません!

夏見颯一

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番外編69.【精霊は精霊で忙しい】

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 ウリックはフォルクロア家の屋敷の屋根に立っていた。
「精霊達よ。全精霊の王と女王がフォルクロア家の血族であるウォーゲンの弟を殺した者を探せ」
 夜空を行き交う精霊達は聞いていないようでいて、静かにその命を受けいれて国中の雑多な人の中に紛れていった。
 本来命令を出すべき王と女王、上級精霊達は欺かれていた事への怒りのあまり人間界を滅ぼしかねず、湖の貴婦人の時の暴走を踏まえて今は精霊界に閉じこもっている。
 アイルの半身でしかないウリックとしては精霊に命令を下すなど本来役目ではないのだが、王達同様にフォルクロア家を傷つけた者をこのまま野放しにするなど許せる筈もなかった。
「探せ。見つけろ」
 精霊から加護を受け取っておきながら、精霊を騙して生活している人間は罰しなくてはならない。
「そして、アイルの前に引きずり出せ」



 ウォーゲンに一任されたものの、よく知らない話を任せられてアイルは当然困惑していた。
 祖父の弟だから大叔父?
「どんな人だったのかな……」
 ベッドの中でベルネぬいぐるみを前にしてぼんやりアイルが呟くと、

『発光の美青年さ!』
『美の精霊だと言われていたな!』
『変態が常日頃つきまとっていたけどな!』

 だから最後の情報は明らかにいらないんだよ……。
 取り敢えず似ても似つかない大叔父だった事だけはアイルにも分かった。
 深夜とは言ってもどこかに人が控えている王城。精霊達にアイルは声を潜めて話しかけた。
「覚えているんだ?」
 アイルも最近気が付いたが、小さな精霊ほど今現在の事にしか関心がなく、過去の事を覚えているのはかなり珍しい事だった。

『フォルクロアだし』

 答えは至極単純だった。
 そう言えば非業の死を遂げた最後のフォルクロア家の女性の事も精霊はよく覚えていた。
「……フォルクロアでも戦闘に行って亡くなったんだよね」
 フォルクロア家がある種の特権階級というよりも、精霊の加護の問題があり、血族は戦場には駆り出されないと思っていたが、事実としては大叔父は駆り出されていた。
 後継でない者はどうあれ、一般的な貴族と同等の扱いになるのだろうか。

『……』
『……』

 珍しく羽虫精霊達が神妙な顔をして沈黙した。
 何かあったっけ?
 アイルは見聞きした話を必死に思い出した。
 ウォーゲンの弟である大叔父は、当時繰り返していた隣国との小競り合いに行って亡くなった。大叔父を死なせた犯人は即座に殺され、精霊の祝福の剥奪を免れた。その程度しかアイルは今もって知らなかった。
 何度思い返してもおかしい部分が多い話だが、現実はそこで終了している話なので矛盾はない、筈だと思った。
 あれこれアイルが考えている間も、思考まで読んでいる羽虫精霊達の表情は変わらなかった。
「……もしかして、何か隠してる?」

『別に隠していないな!』
『分からないんだな!』
『どうして死んだのか、僕たちにも分からない!』

 アイルは一人っ子として生まれ、アイルの父も一人息子だった。
 フォルクロア家で後継でない者の立場や扱いなど当然知る由もなく、ウォーゲンは今回もすっかりと伝え忘れていた。
「どういう事?」

『あいつが死んだって……初めて知った』
『知らなかった!』

 羽虫精霊達がここまで狼狽えているのを見たのはアイルは初めてだった。
 本当に、どういう事だ?
 羽虫精霊達のみならず他の精霊も嘆いているのに気が付いた。
 知らなかったなんてあり得るだろうか?
 精霊は気に入った人物をストーキングする癖がある。
 フォルクロア家の血族なら尚の事、複数の精霊が常時張り付いているもので、殺された時もまた当然多くの精霊が一緒にいた筈だった。
 それに事件そのものだけではなく、
「僕達は結構大叔父が死んだって話していたけど?」

『あいつは生きていると思っていたんだ!』

 悲鳴のような声を上げ、羽虫精霊達がぎゅっとアイルに小さな体で抱きついた。
 生きていると思い込んでいたから情報が入ってこなかったのか?
 それでも、大叔父についていた筈の精霊がどうして死亡を伝えられなかったのかはアイルには分からなかった。
 何にせよ、一度フォルクロア家に戻る必要があった。



 次の日は朝から体調も良く、医者からは「無理をしなければ自由にしても構いません」と言われたアイルは、早速フォルクロア家に戻った。
「おかえりなさいませ」
 相変わらず表情の乏しいハーヴィスが、どこから湧いたのかも分からない書類に囲まれながら仕事をしていた。
「じいちゃんは?」
「療養中で、屋敷にはおりません」
 逃げたような気がしたが、ウォーゲンとはしばらく話してはいないので何か思いついたのかもしれないと思う事にした。

 自室に戻るのも久し振りだった。
「ベルネさん!」
 本物のベルネがいる筈の檻を見るが、そこにはベルネの姿はなかった。
 慌ててアイルは部屋の中を片っ端から確認するが、やはりベルネはどこにもいなかった。
「ベルネさん……どうして……」
 絶望に打ちひしがれたアイルが膝をついて項垂れた。
 待ってはくれなかった……。
 捨てられたのかとさめざめと泣いていると、
「天日干ししているだけですよ……」
 話し合いを終えて戻ってきていたディリオンは、若干引きながら言った。
「嘘だ! ベルネさんはダンジョンの魔物だから光に弱いって!」
「そうなんですか? でも、たまに日に当たってますよ」
 色々謎が多いのが『何か』だ。
 信じられない思いでアイルが庭に向かうと、

『食べ物に偏りがありますね。もう少し肉を食べた方が宜しいでしょう』
『……肉……餌……』
『肉9:その他1で良いくらいですね』

 何故かベルネと一緒に白衣を着た、モグラがいた。
 アイルとしては初めて見た精霊であった。
「どちら様?」
 思わずアイルは尋ねた。

『おお、これはこれはフォルクロア家の』

 ベルネに当てていた聴診器らしき物を外して白いモグラは振り返った。

『ワタクシ、代々のフォルクロア家専属の精霊医師であります白きモグラです』
「白きモグラって……名前ですか」
『魂のラベルです』

 ラベル?
 精霊にまともなやりとりを期待してはいけないのに、アイルは何度も迂闊にやらかす自分を殴りたかった。

「専属の医師ですか? 祖父からは聞いた事がないのですが」
『フォルクロアの精霊部分の医師ですから、今まで出番はほぼなかったので、ご存じないかもしれません』

 返答に困る存在だった。
 どうやらベルネを診察していたらしいので、取り敢えず、
「ベルネさんは具合が悪いのですか?」
 ズルズルとアイルに這い寄ってくる姿は以前と何ら変わった様子もなかった。
 抱き上げると冷たさと独特の匂いを感じて、ちょっと嬉しくなった。

『肥満です』
「はい?」
『魔物としては肥満気味かと』

 アイルは抱き上げているベルネをじっと見た。
 謎にベルネは体を揺らし、

『骨……』
「以後気をつけます」

 無闇矢鱈におやつをあげていたかもしれないとアイルは反省した。


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