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番外編109.【思い込みは時として】
しおりを挟む今更重要ではないとは思いつつ、ハーヴィスは結局処分しなかったコルティアの手紙を見ていた。
他の問題が順当に片付きつつある中、未だ手紙の謎だけが宙ぶらりんに残っていた。
今回も代筆だと分かってはいても、紙とインクが粗悪品なのがどうにも引っかかる。
貴族女性の名を使って送る場合、使用人は家格に相応しいレターセットとインクを使うものだ。ハーヴィスも何度もウォーゲンの代わりに手紙を出しているのでアイルやディリオンよりも周辺の事情はよく分かっていた。
この時コルティアが既に見捨てられていたのなら、割と高額である手紙を送る事など出来なかっただろう。
ゴン、と言う聞いた事のない鈍い音がして、ハーヴィスは慌てて扉を振り返った。
『イタタ……』
何があったのか察したハーヴィスは、
「普通にノックで良いでしょう。入っても構いませんよ。どうしました?」
入ってきたフィリオンは涙目で右の拳をさすっていた。
「何度もノックしたんですよ! ハーヴィスさんこそ、どうしたんですか?」
考え事に夢中だったのでハーヴィスはまるきりノックの音に気が付かなかった。
フィリオンも自分のノックの音が小さい事は理解していたので、最終的に思い切り叩いたのだ。
「すみません。ちょっと考え事をしておりました」
真摯に謝られるとフィリオンも反対に申し訳なくなった。
「こちらこそお邪魔をして、すみません。手紙が来たので持ってきました」
「ありがとうございます」
差出人の名前を見て、ハーヴィスは眉間に皺を寄せた。
執事がフィリオンに直ぐに持って行くように言いつけたのも差出人が問題だった。
慌ててハーヴィスが開封すると、以前通りに自分自身への賛美と陶酔に満ちあふれてついでのように用件が書いてあった。
「……本物?」
ハーヴィスは机の上にあったコルティアからの手紙を手に取って見比べた。
最終的にフォルクロア家に来ると行っているのは同じだが、後から来た方は一般的な貴族の手紙の書式を取っており、より一層秋の初めに来た手紙の異様さが際だった。
「わけが分かりません……」
2通目が来た事もハーヴィスには理解不能だった。
天を仰ぐハーヴィスを傍目に、フィリオンは机の上に放り出された手紙を覗き込んだ。
「前の手紙って、やっぱり書き方が平民ですよね」
「……そうですか?」
「平民は結構日付を省略しますよ。私の友人も遠い場所とのやり取りなら書く事はあると言ってましたけど、近い場所に住む相手なら日付は書かないって」
日時を気にするのは貴族と職人、それに付き合う王都在住の商人ぐらいだった。
「あ、やっぱりこれって平民の人が書いたと思いますよ。綴りが違います」
フィリオンが指さす場所を見ると、インクが滲んで擦れていた箇所だった。
貴族と平民は口で言う時は同じ発音をしても、文字として綴る場合には一部違う単語がかなりあった。
ぱっと見文字が潰れていた事は勿論あるが、コルティアかその侍女辺りが書いたものだと断定していたので、ハーヴィスも綴り方を見る事までは考えもしなかった。
「つまりこれは平民の書いた物……」
一方、差出人は確かに『コルティア・フォルクロア』とあった。
「どう思います?」
聞かれたフィリオンは見て分かるほどに一生懸命考えた。
「……コルティア様の物ではないとバレるけれど、コルティア様の名前を騙った理由でしょうか? う、うーん……」
「コルティア様ではない、コルティア様……?」
ハーヴィスは粗悪品の紙を撫でた。
何度もアイル達から聞かされていた話にもあった事ではないか。
「……コルティア様の名前を騙るしかなかったのですね」
相手はわざわざ紙やインクの品質でも本物のコルティアではないと知らせてくれていたのだ。
気付かなかったのは痛恨の極みだった。
平民が書いたと分かれば、手紙の本当の意味も違ってくる。
「至急ウォーゲン様にご連絡いたしましょう。これはウォーゲン様の奥様についての手紙です」
フィリオンは驚きつつも指示に従ってウォーゲンの部屋に特別なレターセットを取りに行った。
貴族や知識のある者が読めば『秋の嵐の月、15日にそちらに行きます』となる文章は平民が書いたとすれば別の意味が出来上がる。
『秋の嵐の月、15日にこちらで逝きました』
平民育ちと言い張るアイルはルードルフや前ペルパ辺境伯夫人のおかげで文字の知識は基本的に貴族のものだった。田舎では周囲に文字が書ける平民がいなかった事もあり、全く気付く事など出来なかった。
「答えはここに既にあったんですね……」
これだけ差出人も宛先も特徴的な手紙なら、配送を請け負った商人グループに尋ねれば何処で手紙を預かったのか分かるかも知れない。
あれこれ問題を起こしがちな主2人が不在で淡々と仕事をこなす事に飽きていたハーヴィスは、久し振りに忙しくなる事に自分でも知らず笑みを浮かべた。
祖母の事は祖父に任せるしかない。
実は命日を知らせる手紙だった事に、アイル同様エリオルやディリオンもかなり驚いていた。フィリオンが平民の文字の知識があったからとだと周囲は褒めたが、若干エリオルは複雑そうであった。
「平民と仲良くするのは良いのですが、平民は男女が近しいので……」
気になる兄心だったので、そっとしておく事にした。
取り敢えずアイルは予定通りダンジョンを制作する事にした。
ダンジョン建設は冒険者ギルドと揉めないよう、普通の施設の一部に見えるよう偽装する事となった。
要するに冒険者ギルドに秘密にすると言う事だ。これによりフォルクロア家がダンジョンを作れる事も誤魔化されるので、騎士団もよくよく考えた結果だった。
その辺りの調整は割と上手くいっていたのだが、アイルも作る段階になって重要な問題がある事に気が付いて責任者である騎士団長に相談した。
ミミズが踊る騎士団本部の会議室はとても静かだった。
「僕のダンジョンでは一般ダンジョンみたいに魔物を発生させる事は無理だったんですよ」
ドロップアイテム設定が出来ない事にアイルも思い至ったのだ。
アイルが作るダンジョンは精霊のダンジョンであり、違う管轄にある魔物という存在は取り扱う事が難しかったと言う事だ。
「ふむ。アイテムが採れないのは残念ですが、訓練用に使えるダンジョンでも私達は問題ないですね」
「姉……ダンジョン運営を手伝ってくれる知り合いに融通出来ないか尋ねたら『古代竜ならいける』と言われたんですがどうでしょう?」
「途中を省略した最難関ダンジョンは作ってはいけません」
騎士団長はアイルに押し切られる可能性があるとのルードルフの命でオルディクスが会議に参加していて、アイルの暴走をまず食い止めた。
「……地下2階しかない。もう少し、計画性を持って施設を作れないだろうか」
騎士団長もオルディクスがいて、ほっとしていた。
これで心底真面目にアイルは提案をしているので質が悪かった。
「地下1階に古代竜を配置すれば、地下2階はまるまる宝物庫扱いもいけると知り合いから助言されました」
「その知り合いから聞いた事は忘れなさい。良いですね」
「ダンジョン作成の玄人の意見ですよ。有史以前からの重みを無視して良いのですか?」
「誰かは知りませんが、結構適当で軽いと思いますよ。番人を置く自体は良いでしょう。ですが、騎士団総掛かりで倒す魔物が番人ではアイテムを安定的に手に入れる前提を無視してます」
意見を通すには、怠惰と丸達はまだ重量が足りなかったらしい。
どちらも丸くなる事を追求しているので重さを重視していない所為だろうか。弟としてはお前の姉ちゃん痩せ過ぎで針金だと言われたような気がして、非常に残念な気持ちになった。
「番人は却下としよう。他はどうなのだ?」
ルードルフに代わってアイルを止めてくれるオルディクスだが、騎士団長にとってはオルディクスはアイルと気の合う方の兄だった。
何処かでオルディクスがアイルに妥協されても堪らないので、良い流れの内に許容範囲に収めたかった。
「迷路と幻は精霊の得意分野ですね。迷路を使って耐久マラソンで最終地点に宝箱はどうでしょう?」
「広すぎても不信感を持たれるからな。何せ騎士団員も騙さなくてはいけない」
騎士がうっかり外で話して冒険者ギルドに連絡が行くケースが一番心配されていた。大体の最大の問題は身内に潜んでいるという良い例だろう。
「では短い迷路で要所要所に幻を入れて精神耐久マラソンの最終地点に宝箱で宜しいですね」
「宜しくありません。面白くしようって魂胆に乗りませんよ」
まだオルディクスは暴走していなかった。
却下ばかりされているアイルはちょっと不満げな顔になってきた。
流れが悪くなりそうな気配を感じた騎士団長は、思い切って聞いてみた。
「……そうですね、フォルクロア様としては何がやりたいですか?」
「『何か』達の楽園」
「却下だ」
話し合いは結論が出ず、ルードルフがアイルの出来る事から大凡の形を作る事になった。
最初からそうして置けば良かったと全員が思ったが、あまりルードルフに負担もかけたくなかった事がある。
「殿下は止めないのですね?」
エリオルは主が人間の枠からはみ出るのを恐れていた。
通常だったら真っ先に止めるルードルフが黙っている事に疑問を覚えていたのだ。
「精霊は迷路や幻を使うのは有名だ。ダンジョンも迷路や幻の親戚だろう」
ルードルフは落ち着いていた。
臨時講師がアイルのダンジョンに閉じ込められた事も聞いている筈なのに、平然としている事がエリオルには理解出来なかった。
「確かにそうですが……」
納得いかない様子のエリオルをルードルフは振り返った。
「フォルクロア家、特にアイルは私が言ったら閉じ込めた者も出すし、止めろと言ったら止める。ならそれで良いじゃないか」
アイルはルードルフに絶大な信頼を寄せている。
反論しようとしかけたエリオルも、結局は口を閉ざした。
ルードルフもそれを見て書類仕事に戻った。
臨時講師の末路は王家も納得した判断だった。
ならば一介の護衛に何が言えよう。
「エロダンジョンに放り込めば良かったのにー」
執務室にいたルートル公爵が口を挟んだが、ルードルフは何も言わなかった。
いつかルードルフが許せば出られるダンジョンなら、明らかにエロダンジョンよりまし。
ルードルフの設計で出来たダンジョンは、条件として一定の訓練を終えるとアイテムが入手出来るものになり、チュートリアルダンジョンとして以後騎士団に定着した。
フォルクロアが関わった事は残念ながら漏れてしまった。
ただ、アイルを知る人物は意外なほど多く、
「あれは何か迂闊に魔物を触った結果だってよ」
その噂を聞いたルードルフは爆笑した。
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