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番外編129.【実に生臭い解決方法】
しおりを挟むとても簡単な駆除方法である。
事を起こす前にアイルはエリオルに尋ねられていた。
「何故もっと早くにやらなかったんですか?」
生臭いからだ。
夜風に乗ってとても強烈な腐敗臭直前の生臭い匂いが門の上にも届いた。
早くやってくれたら良かったのに、と言いたかった騎士達は匂いの凄まじさに理由を察して口を閉じた。
「……後で住民で一斉清掃して取れますかね?」
後方に控え、王城との連絡役を担っていた騎士が青ざめた顔で言った。
アイルとしてもそこが心配だったので、個人主観でギリギリのタイミングを見計らっていたのだ。
夏も辛いだろうが、今は冬である。窓の開けっぱなしも辛かろうと、アイル的にはギリギリまで待ったつもりだった。
「もっと住人の方が引っ越すなり避難してくれていたら良かったのですが」
王家主導なりで住民を退去させれば良いというのは、新都には当てはまらなかった。
旧都とは違い新都は極最低限の王都の仕組みを利用する分だけしか税金を納める必要のない場所である一方で、何かあったときに最初に王都から切り離される場所でもあった。
今回も問題が起きたからと言っても保障も最小限で、引っ越しなりは完全自己負担と定められている。
「俺……親が絶対に旧都に住めと言っていたんだよな」
「うちもだ。親に従って旧都に住んでて良かった……」
給料が低い内は新都の方が何かと都合が良さげに見え、旧都に住んでいる騎士団関係者は少なくなかった。
自己責任か……。
王都の真の守護者であるフォルクロア家が常識的に守るのも旧都までだと知ったのは、騎士団でもかなり上の役職を得てからだ。
自宅が新都にある騎士が震えているのを見て同僚の騎士が、
「貴族の横暴よりまし」
「フォルクロア家の横暴の方が貴族の横暴より酷いですよ!?」
最初に新都に住む際に、新都で危険があった場合にどうなるかは軽くとは言え説明をされているので、本当に当人達の自己責任であった。
キノコを求め『何か』達はウニョウニョと住居に侵入していく。
小さな隙間さえあれば彼らはどんな所にも入って行ける体なので、次から次へ深い眠りについている人間の体からキノコを食べていった。
『胞子祭りは終わりかー』
『楽しかったね!』
精霊達は『何か』に食べられ消えていく精霊キノコを見送っていた。
胞子も小さな精霊が食べ尽くし、軽くキノコが生えただけの人間達はこの後は普通の生活に戻るだけだ。
『次もまた楽しみだね!』
手伝っていた精霊達は笑顔で精霊界に去って行った。
喜んだ精霊の恩恵で、人間達は直ぐに健康を取り戻すだろう。
匂いは別にして。
精霊を信じられなかった者達は、この怪奇現象の中で逃げ惑っていた。
極僅かな者達は決して同種の人間ではなく、リンデル達の両親はただ信じられなかった者達だった。
「何が起きている!?」
夫は妻を抱えて屋敷の奥に避難をしていた。
夫婦の屋敷にも『何か』は雪崩れ込んだ。
騎士団と早くから揉めていたので、リンデル達を殺したのが具体的にどの魔物が犯人なのか知らない夫婦は、異様な姿をした魔物に恐怖するだけだった。
あっという間に周囲を取り囲まれた夫妻は使用人達も魔物に飲み込まれたのだと思い込んで涙を流していた。
「ああ……私達も」
けれど、騎士団の怠慢はこれで明白なものとなった。
何も知らない夫婦の目にはそう映っていた。
リンデル達の両親は自分達の言葉が周囲にもようやく真実だと理解して貰えると確信したものの、最早自分達が追求出来るとは思えなかった。
「……2人に会えるかしら」
「きっと」
『何か』達がキノコしか狙っていない事を知らない夫婦が死を覚悟したとしても当然だろう。
本来魔物は人間を襲うものだ。
ここに現れた『何か』は使用人達に生えたキノコを狙っただけで、夫婦にはさして興味を持っていないなど、戦闘経験のないアイルの想定外に普通の貴族夫婦は分かる筈もなかった。
『キノコ……』
『キノコ……』
極限の恐怖に晒されている夫婦には、謎の言葉にしか聞こえなかった。
キノコが生えていないと分かると『何か』達は去って行くが、別の個体達も確認しに来るのできりがなかった。
「ああ……」
精霊の導きで貴族夫婦の元に辿り着いたエリオルは、
「生きてますか!? 避難をしましょう!」
力の限り叫んだ。
『何か』に囲まれ動けなくなった貴族夫婦にとっては希望の声だった。
2人は顔を上げて助けを呼んだ。
精霊を今は信じられないだけの者もいるんじゃないか。
アイルはエリオルにそう言った者の保護を命じた。
いくら『何か』が襲ってこないとしても難しいように見えていたが、精霊はそれくらいの事で人間を見捨てる事はない。
『あっちだよ!』
精霊は必死にリンデル達の両親の居場所を示した。
この2人だけが精霊の慈悲を受けている人間で、アイルが想定した巻き込まれの被害者だった。
「ああ……!」
エリオルが騎士団の制服ではなかったので、夫婦は素直に安堵した。
別段アイルは夫婦の存在を認識していたわけではなく、想定される巻き込まれの中に夫婦がいただけである。
騎士ではなくエリオルが行ったのも、ただ精霊剣の加護があり、間違って腹を減らした『何か』に絶対に襲われないからでしかない。
「私はエリオルと申します。フォルクロア家の護衛をしております。主の願いで貴方方を保護しに参りました」
「フォルクロアが……」
完全にフォルクロア家には見捨てられていたと思い込んでいた夫婦は、再び涙を流した。
「行きましょう」
数ある『何か』達の中で、ベルネである個体達が彼らの周囲に道を作った。
最近見分けが付くようになった優秀過ぎるもう1人の護衛に、エリオルはちょっと血の気が引いた。
夫婦の方は精霊の力だと誤解して、ただただ感涙を流していた。
「あっ! 貴方、あれ!」
歩き始めた夫人の方が『何か』達の一点を指した。
部屋を上下も含めて埋め尽くしている大勢の『何か』達の中で、夫人が指し示した『何か』だけが少し様子がおかしかった。
エリオルが見ても徘徊する過程で何かの布きれを引っかけただけにしか見えなかったが、夫婦には違って見えた。
「あれがリンデル達の仇よ!」
それは偶然だったのだろうか。
リンデル達の物と思しき服の端切れを付けていた『何か』がゆっくりと床を這っていた。
少なくとも夫婦の目にはそうとしか見えなかった。
『エリオル、切って!』
『何か』は無限で、自分が倒される事は何の苦にもしない。
精霊が言うままにエリオルはリンデル達の仇に偽装された『何か』を切り裂いた。
「あ、ああ……」
夫婦は互いに抱きしめ合った。
先程まで子供達の仇を取れないと嘆いていたのは何だったかと思うほど、呆気なく仇は死んだ。
「……ありがとう」
これで夫婦の心残りは、心の区切りはついた。
真実は異なっていたとしても、夫婦が今後真実を知る事はないだろう。
犯人全員が犠牲者だった話は、ようやく一つの終わりを迎えた。
とは言え、魔物に取り囲まれている事には変わらず、恐怖で足が覚束ない貴族夫婦を門まで撤退するのは時間がかかるだろう。
「間に合うか……?」
夫婦の事情を知らないエリオルの頭の中は、これから元凶に相対しようとしている主に向いていた。
視界の端で自分の存在を主張するようにぴょんと『何か』が跳ねた。
人助けも立派な仕事であるが、いつも良い所を取っていく護衛仲間をエリオルもちょっとばかり癪に感じた。
同時刻、門の下に降り立ったアイルの肩に待ち構えていたベルネがぴょんと飛び乗った。
「野生のベルネさんの身体能力凄いな」
『何か』は同一個体は同じパラメーターである事はアイルの頭から抜けていた。
ゆらゆら揺れるベルネを手懐けている姿に騎士達は若干引いていた。
「フォルクロア様、我々はどうしましょう?」
「巻き込まれたくなければこの場に待機していて下さい」
地上は一層生臭かった。
強烈な匂いに目眩もする中で行きたくないし、幸いにも役にも立たなければ、騎士団としても喜んで残る事を選択した。
歩き出したアイルを守るように『何か』は動き出す。
暗闇も精霊が光を灯し、アイルは迷いなく新都の奥に進んでいった。
「こえー」
騎士達の素直な言葉はそれくらいだった。
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