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番外編130.【結末は取り戻せない】
しおりを挟む取り戻したいものとは何だったのか?
反王家派は王家の体制に不満と言いつつも過去の栄光を取り戻したいと願っていたからだ。
最初の切っ掛けは正しく理詰めな話だった。
でも、人間は取り戻したいものが、後悔が多過ぎた。
悪意を持つ精霊から生まれた精霊キノコ。それ自体は人間の悪感情を吸い取るものだったが、キノコから振りまかれた胞子は人間の持つ後悔を、心の奥深く眠ったものまでも大きく揺さ振るものだった。
後悔のない人間なんていない。
怪しい物を食べすぎて人間らしい機能を一部失った珍味ハンターは胞子には左右されなかったが、新都の人間達は強い後悔に苛まれ自宅に引きこもっている者も何人もいた。
フォルクロア家は王都外である時点で、新都の住人を守る必要はなかった。
これまでは新都で何かしら問題が起きても新都を認めた王家や騎士団任せで、フォルクロア家が介入する事はなかった。元々アイルが決着の場所を新都と定めた理由もそこにあり、何かあっても心の痛む事のない場所だった。
今は旧都と変わらない数の精霊が新都中を飛び回り、新都にいた人間達を守っていた。
初代の契約からアイルの契約に変わった事で、新都は王都の一部としてフォルクロア家から認められたのだ。
住民は今後王都の者として守護を受ける事になり、アイルは王都内のように自由に活動が出来るようになってしまった。
周囲の人間には残念ながら、なってしまったのだ。
胸ポケットに入れていた下の姉女神である丸の羽を手に取り、アイルは指先でクルクルと回した。
「ねえ、ベルネさん。僕はもしもキノコ人間(駆除対象)が王都まで来なくて何処かに逃げたとしたら、それで終わろうとしたんだよ」
王都に来るよう誘導はしたが、そもそも逃げ出す事も出来た。
この地に来る事を選んだのは本人の欲からだ。
だけど、フォルクロア家に向ける欲は、ただただ身を滅ぼすだけ。
フォルクロア家を利用しようとした者はこれまでにも何十人、何百人いて、結局キノコ人間(モブ)もフォルクロアの心を動かせなかった一人に過ぎなかった。
過去にも現在でも精霊の心を動かした人間はたった一人きりだ。
最初のフォルクロアを動かした初代国王は壮大でちっぽけな欲しか持たなかった。
『比べてはいけないね』
精霊の女王の声がした。
その近くに精霊王もいる気配があった。
「ピンクドレス達を宜しく」
その言葉で王と女王に代わり、上級精霊達が動いた。
廃菌床になったピンクドレス達には助けてくれる者など存在せず、王都の屋敷内で孤独に震えるだけだった。
ここに至っても、彼らには自分達の何処が悪かったのか理解していなかった。
フォルクロア家の身内を殺してしまっても意にも介さない、横暴を絵に描いたような本物の前ペルパ辺境伯を追い出したまでは、一族を守ったとして彼らにも一分の理があった。
ただ、欲をかいてしまった。
精霊とフォルクロア家を騙せた事実に調子付いてしまい、フォルクロア家を利用して国をも手に入れようとした。ゆくゆくは隣国も、隣々国も飲み込んで、巨大な王国の頂点に立てるのではないかと夢見てしまった。
精霊を欺くだけでなく、精霊を嘲り利用し尽くそうとした愚かしい者達。
最早精霊からすれば、どうしてそれが悪くなかったと思えるのかが分からない。
『じゃ、もう行くね』
上級精霊からアイルの許可を伝え聞き、人間の目に見えない金のミミズ達がピンクドレス達を取り囲むと、そのままピンクドレスごと地中に消えた。
他の誰も最後の処分には巻き込まれなかった。
精霊、もしくは女神の裁きはただの人間が受けるには過ぎたものだ。罰を受けるのは実行犯のみでいいとアイルが頑張った通り、積極的に関わったピンクドレス達だけが二度と戻れない場所に連れて行かれた。
精霊や女神達の目を欺き利用しようとした罪は、重い。
この先、ピンクドレス達は大地母神の元で存在が擦り切れるまで精霊キノコを生えさせ、もう2度と精霊から慈悲を得られないよう地の果てで彷徨う事になる。
ピンクドレス達から恩恵を受けていた家族達はアイルから慈悲を与えられた事も知らないまま、人間の世界で王家から当主の責に連座する形で表舞台からは去る予定だった。
身分を失った事でフォルクロア家を恨んでも、王家の怒りをも買った彼らの血筋は2度と栄光を掴めず王都の地さえ踏めない。
最早ペルパ辺境伯家の血族にとって取り戻す事の出来ない事態になっている事を知るのは、夜が明けてからであろう。
かつて物凄い幸運で精霊剣を手に入れただけの一族は、驕りと過信だけで順当に没落したと、王国の歴史には記される事になる。
支配域となった新都をアイルが歩くと、精霊達が周囲に祝福を振りまく。
『この地に住む者に活力を』
『この地で眠る者に健康を』
『この地で生きる者に取り敢えず笑顔を』
初代フォルクロアがこの地を与えた初代国王は、何も持たない王子だった。
何も持たない王子でも良くしてくれる人々がいて、彼らと一緒にいつまでも平和に暮らせたらと願い続けていた。
精霊からしたら大きいのか小さいのか、よく分からない望みだった。
「この地を愛する者に平和を」
フォルクロア家は最初の契約が更新された今も初代と同じで、王子と心を同じにする者しか守る気はなかった。
王子の願った理想郷に、その願いを否定する異物はよく『目立った』。
新都を覆う精霊達の群れの中で、1箇所だけぽつんと取り残された場所はアイルの目にははっきりと映っていた。
取り逃している反王家派の隠れ家に、偽の前ペルパ辺境伯はいた。
「未来の王を迎えに来てくれたのか?」
部屋の扉を開けたアイルを笑顔で迎えた。
手となる者を潰し、目となる者を取り上げ、足となる者を切り……そうやって全てをアイルと騎士団から奪われた、偽物でしかない男は、その隠れ家にたった1人だった。
きっちり仕事をした『何か』によりキノコを食い尽くされ、キノコ人間(仮名)ではなくなっていた。
ただ、キノコがなくなっただけで、夥しいほどの数の『何か』に取り囲まれながら、まるでアイル以外の何も目には映っていない様子の人物は、アイルの全く知らない顔をした人物だった。
恐らくアイルの認識を歪められていたのが治った所為でもなく、年齢の他に降りかかる代償や、身の丈に合わない辺境伯としての仕事が顔を変えただけだろう。
真の名前も知らない訳の分からない人物に対して呼びかける言葉を、アイルは持ち合わせていなかった。
「アイル、私達の王国であるペルパ辺境伯家に帰ろうか。コルティアも待っている」
顔の半分は優しく、半分は怒りに満ちた表情だった。
より関係のない者を巻き込むのを恐れたアイルは到達するのが遅過ぎたのだ。
偽の前ペルパ辺境伯は代償だけでなく、壊れた精霊剣の影響をピンクドレス達以上に受けており、人間としての存在ごと壊れかけていた。
欲深い者の末路に、アイルはため息をつくのを堪えた。
「……王国は兎も角、コルティアは僕の祖母ではありませんよ」
「お前はコルティアの孫であり、ひいてはコルティアの夫である私の孫だろう?」
「僕は『コルティア』の名を借りた、貴方方の聖女の遺産の代償を引き受けた女性の孫ですよ」
壊れているからか、一層都合の悪い事は理解しなくなっていた。
ペルパ辺境伯一族に共通する面倒な問答だと思っていたアイルだが、孫ではないとはっきり言うとキノコ人間(キノコ部分消滅)の顔色が俄に変わって少し驚いた。
「お前は、コルティアの孫ではない……?」
「同じ名前と立場を使っていた、貴方も御存知の別の女性が僕の祖母ですよ。上手い事精霊をも勘違いさせたようですが、私はコルティアの孫ではないと判明しております」
「コルティア!!」
それはまさしく吠えたと言わんばかりの叫びだった。
「私をまた騙したのか!」
アイルが思っていたよりも、キノコ人間(本名不詳)が知るよりも、コルティアと言う人物は実に浅慮で質の悪い人間だった。
ペルパ辺境伯家の血族の誰もが偽りなくコルティアがフォルクロアの子を産んだと思っていた。
キノコ人間(当時人間)の子を産んだときに日数的にも分かりそうなものではあるが、前ペルパ辺境伯夫人が産んだとされた為に指摘する者はいなかった。フォルクロア家を騙すやり方を気に入らなかった夫人もまた沈黙を貫いたので、この時点までキノコ人間(現在廃菌床)もアイルが血縁者ではないと知らなかったのだ。
女神の下でしかない精霊の家の子供など、聖女である事に驕っていたコルティアが生むわけがなかったのだ。
あくまでも王家が重要視するフォルクロア家の妻の肩書きが欲しかっただけ。
徹頭徹尾我欲しか持たないコルティアの嘘は、ペルパ辺境伯家の計画を最初から破綻させていた。
偽り偽られていた男はボロボロと涙を流し始めた。
「……それでも、私の孫だ。私の、可愛い、孫だ」
返す事も忘れたペンダントを強く握りしめ、訴えるようにアイルに語りかける。
精霊の主であるアイルを前にして、幾人かの人生を弄んだ精霊剣もどきのペンダントの機能は停止していた。
「取り戻したい、私の、孫」
近付こうとする男の動きを遮るように『何か』は男の足に体当たりする。
2、3度体当たりされれば、男は無様に床に尻をついた。
精霊剣の加護は失われ、男に残っているのは本来持って生まれた分だけの痩せた非力な体だけだった。
最後の結末は私怨でしかないので、騎士団を置いてきたのは正解だった。
けれど、1人だったからこそ非力な男に慈悲をかけそうでアイルは怖かった。
腕の中のベルネが男に強い警戒を示すうなり声を上げるから、アイルは何とか決着をつける意志を持ち続ける事が出来た。
「僕は貴方を祖父だと思った事はありませんよ」
精霊を私欲で利用する方法を探る為に実験されていた思い出は、アイルからはなくならない。
「私は、孫だと」
「違います。僕は僕を利用しようとした人を祖父とは思えません」
「違う。違うんだ。アイルもお前の父同様フォルクロアでなくなれば、私の孫で良いだろう?」
「良くありません」
「フォルクロアでなければお前は1人で生きられるのか? 私達のおかげで大きくなれたのだろう」
追い込んだ本人が感謝しろと言うのはあまりに滑稽だった。
積もり積もった代償で自身の情報すら断片となった男の言葉をそのまま受け取る気はアイルにはなかった。
ただ、フォルクロアでなくなれば、それを言った者はもう1人いた。
「ああ、やっと分かりました。コルティアも貴方も、僕を支配したかったんですね」
コルティアが嘘をついたのは、フォルクロア家もペルパ辺境伯家も自分の下に置きたかったからだった。
実に強欲で単純な話に、何処まで振り回されたのやら。
その振り回しに巻き込まれ、支配の夢はとんちんかんの妄想となってしまった男は気の毒とも言えるだろう。
処罰をどうしようかと思っていたアイルは、丸が置いていった羽を強欲な女に騙された哀れな男に向けた。
遺産に宿っていた聖女の呪いは、男の心も今も砕き続けている。
聖女は自分を利用した者を、許さない。
アイルも自分達を利用しようとした者を許さない。
「アイル?」
「貴方は本当は何を求めていたのですか?」
最早、本当は何を願って、何を取り戻したかったか、男本人にも分からなくなっているだろう。
哀れであった。
けれど、この男を哀れと思ってしまうならば、ほとんどの人間が哀れになってしまう。
初代国王は『幸運だけで王になった』のだから自分だって運があればと思うのは、フォルクロア家からしたらただの妄想だ。
「貴方に王位はあげませんよ」
フォルクロアの選んだ者が王位に就く。
たまたまずっと王族が選ばれていたにせよ、アイルは既にルードルフを選んでいた。
それがただの幸運だと思っている者は、いつだって納得しない。
「違う! 王位は私のもので、取り返すべきものなんだ!」
自分が選ばれなかった事を不運だと過剰評価して、フォルクロアに願う。
けれど、幸運や不運など精霊の判断に関係するわけではない。
精霊に愛されたかったら、誠実な心さえ見せれば良い。
精霊を利用しようとする過剰なる欲は、精霊の助力なしに生きられない人間の持っていいものではなかった。
丸の羽を咥えたベルネが男に向かって飛びついた。
怠惰達の眷属であるベルネは何ともないが、ただの人間でしかない男には強烈な痛みを伴う死と、
『さあ、永遠の死の夢を繰り返しなさい』
怠惰達の祝福として永遠に痛みと苦しみしかない人生の人間に何度も繰り返し生まれ変わるだろう。
樽のような怠惰の手が男を掴み、そのまま死の国へ引きずり込んでいった。
直接女神の手を用いられたのは、幸運?
仕事を終えたベルネがアイルの胸に飛び込んだときには丸の羽は消えていた。
無闇に人間界に危険な物を置いておけないと、怠惰が長女の責任として回収していった。
精霊剣があれば、と願っただけの男は消えた。
男には男が考えていた幸運は訪れず、精霊の失望を買っただけだった。
精霊剣だけを望んだペルパ辺境伯家初代と違い、精霊剣の力さえあればもっと上に行けると、王位を望めると過信した者達の結末は、ほぼ自滅だった。
アイルの慈悲があって色々より悲惨になった事実は、王家とウォーゲンだけが重く受け止めていた。
『慈悲も程々にしないとね』
フォルクロア家の地下書庫の精霊は、精霊剣を巡る記録を書き記しながら、そう呟いた。
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