【本編完結】ダンジョンに置き去りにされたのでダンジョンに潜りません!

夏見颯一

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4.【食べられない月よりスッポンは高級食材だからな】

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 通常のポーションと上級ポーションを比べたら、当たり前だが上級ポーションの方が効果が高く値段も高い。
 魔法での治癒も当然回復量が高ければ謝礼は高めになるし、低ければ大して貰えない。
 至極まっとうな話とは言え、世の中の人間はそれを納得できる人間ばかりではない。
「何で全然お金が貯まらないのよ!」
 貰ったはなから使えばそれは貯まらないのも道理であるが、エリスは納得できなかった。
 これだけ一生懸命働いて頑張っているのに、ちっとも治癒は上達しないし、お金だって満足するほど貰えない。
 疲れた体で部屋に帰って来ると、エリスは毎日泣いていた。
 実際にはせこいので相場よりも少し高めの値段設定でやっている上、若干の奉仕感覚と五月蠅い女に黙っていて欲しい冒険者達は、ギルドに居座るエリスに治癒して貰って能力とは分不相応な多めの金を渡していたはずなのだ。
 年齢にそぐわない派手すぎる高価な服、ゴテゴテした大きめの装飾ばかりのアクセサリー、どぎつい色の化粧品などなど……センスのある人間が用いれば賞賛の目で見られるはずの物は、部屋のあちこちにうち捨てられている。早めに売りに出せばそれなりの値段で買い取って貰えただろうに、多くは汚れ破れ壊れて、エリスの八つ当たりの痕跡がどれも残っていた。
 ようやくダンジョンにも潜れたのに……全然思い通りに行かないじゃない!
 最早エリスの中には聖女の修行をしなくていけないことは勿論、当初の街の女性達のように華やかで可愛らしく装いたいという思いより、新しい物を買う金のことで頭がいっぱいになってしまっていた。
 あれが欲しい、これが欲しい。
 故郷にいたときもエリスは欲に忠実であったが、故郷の田舎の村には物もなく一様に人々は泥臭く、エリスも癇癪を起こすほど欲しいものなどまずなかった。
 どうして、手に入らないの!
 幸か不幸か、エリスも手に入らないのなら盗みを考える程の悪人ではなかったが、一つ買ったら二つ目が手に入らない、場合によったら最初の一つも高価で手が出せない状況に、エリスの愚かしいほど未熟な精神は耐えられなくなっていた。

「帰っていたのか」
 当たり前のように部屋に入ってきたのは、かつてエリスがつきまとった護衛隊のリーダーより少し年上の男性であった。
「ラグレ! 聞いてよ」
「分かってるって。まずはご飯にしよう。屋台で買ってきたからな」
 ラグレが手にした堤をエリスの鼻先まで近づけると、エリスは自分が空腹になっていたことに気が付いた。
「ラグレ……」
 周囲から持て余されていることをエリスは自覚していた。
 でも、どうしても我慢できなくて癇癪を起こしていたエリスをなだめたのがラグレとの出会いだった。
「ほら、暖かいうちに食べようぜ」
 どこかの幼馴染みと違って寛大で大人っぽい男性は、いつもエリスに優しいのだ。
「ありがとう……」
 食事が終わると可愛らしい土産も出してくれて、他愛ない話をしながらベッドに二人で入る。

 誰も何も言わない。
 狡猾な大人が田舎から来た子供を騙す方法であると。
 ラグレは自分がギルドから目をつけられていることを知っていたので、自分がエリスに取り入ったことを気付かせなかったから。

 ラグレはエリスが聖女の修行中である事は知っていた。
 騙すのは簡単すぎたな。
 エリスが望む優しい言葉を一言二言かけたなら、あっという間にベッドに誘うことが出来た。
 説明を受けただろうに『聖女』の祝福を持った者は、例え聖女と名乗れない修行中の身であっても、一度男と交わったのならその男と人生を共しかないことも分かっていなかった。
 一生見習いであろうが、『聖女』の力を持った女を使い潰すつもりだった。
 ここまでの馬鹿は迷惑だし、あんまり俺の好みじゃないが、まあ、適当にしつけて働かせればいい。
 ラグレは女を殴ることにも何ら躊躇を感じない人間だった。
 ただ、今は周囲の目を誤魔化すために、隠れた恋人のふりをして、最後にエリスに残っている金づるを全部かき集めてからエリスを連れて高飛びするつもりだった。
「なあ……で、今日も幼馴染みからお金を返して貰えなかったのか」
「そうなの。酷いでしょう……」
 エリスはそう言って嘆くが……ラグレはこれが真っ赤な嘘である事には気付いていない。
 ラグレはエリスを馬鹿にしていたが、とんでもない嘘をつく悪癖があることをまだ分かっていないので、エリスの話から幼馴染みがエリスの父親からお金を管理するよう預かっているのだと勝手に解釈していた。
「どうにか返して貰えるよう俺が頼んでみようか」
「ホント!」
 エリスはラグレに抱きついた。
 チョロいもんだ。
 人生も、女も、金も。


 誰も何も言わない。
 聖女と交わった男は一生離れられなくなることを、誰も教えない。
 知っていて当たり前のことだから。
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