【完結】ダンジョンに置き去りにされたのでダンジョンに潜りません!【本編・番外編】

夏見颯一

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121.【仕方ないので女神は妥協した】

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 ミリオス公爵家には仲の良い姉妹がいた。
 後の王妃となるディアメルと光の聖女と呼ばれたヴィルフレア、そして当時のミリオス公爵の後妻の連れ子であるローリス。
 揃いのオルゴールを一つずつ手にするくらい、この3人は仲が良かった。ずっと姉妹だと笑っていた。
 パンドーラさえいなければ。
 ロスフォルト公爵家が王妃の妹であるヴィルフレアを次期公爵ロルドの妻として迎え入れた所為で、王家と近しくなってしまったパンドーラは王妃に選ばれなかったのだと思い込んでいた。
 まずはパンドーラはローリスに嘘を吹き込んだ。
「貴女のお姉さん、可哀想に。私の兄には本命がおりましてよ」
 自分も妹であったローリスは、同じ妹のパンドーラが兄をも利用しようとしたなど全く考えもしなかった。パンドーラの言葉を確認する事もなく信用し、ヴィルフレアにロルドの不貞を訴えた。
 仲の良い義妹であるローリスの言葉を信じたヴィルフレアの嘆きに、神殿が重い腰を上げた。聖女の役目を果たすために白い結婚のままだったヴィルフレアとロルドの婚姻はあっという間に無効となった。
 無実を叫ぶロルドの訴えは、パンドーラが父に願って悉く握り潰した。ロスフォルト公爵も娘に王妃の座につく事を望んでいたのだ。
 王妃の実妹であったヴィルフレアには直ぐに縁談が殺到した。
 神殿が間に入りヴィルフレアが幾人かの候補と会っている中で、聖女という事を聞き流した者がいた。
 両親が神殿も認める篤志家であった為に神殿の薦める候補に入った男であったのだが、この男は両親と違ってかなりの女好きで愛人も多く抱えながら権力や富にも執着し、王家に繋がるヴィルフレアを襲って妻としてしまった。
 聖女の夫になったなら、聖女には逆らえない。
 男は最早関係を強要できない。他の女性と関係を持つ事も許されない。男の両親は神殿の騎士によって罪人として処罰され、街道沿いに遺体が吊された。その時になって男は自分の罪を悟ったものの全ては後の祭りだった。
 やがて絶望したヴィルフレアはダンジョンに消えた。


 アイルはサウザン侯爵家の馬車の中でヴィルフレアの物だったと言うオルゴールを開けた。
 落とした跡も何もなかったが、音は鳴らなかった。

『鳴らそうか?』

 ガタンと急停止した馬車は大きく揺れた。
「お前、何やってるんだ!」
 サウザン侯爵家の御者が大声を上げた。
「この先は通行止めだ!」
 不穏な怒鳴り声にアイルは身を竦ませるも、
「現在、騎士団が事件の対処に当たっている! 関係のない者は迂回しろ!」
 アイルがこの時サウザン侯爵家の馬車に乗っていた事を知るのは、精々送り出したサウザン侯爵家とミリオス公爵家の者くらいだった。元々アイルの急病があった為に予定も何もかもが大幅に変更されていて、他には誰も知らなかった。
 実はフォルクロア家の馬車には乗っていなかった事が幸いしていた。
 騎士団の誘導と先導で自分の幸運にも気付く事もなくアイルは無事にサウザン侯爵家に戻ってきた。一方で、アイルがミリオス公爵家に向かう前に出た筈のスイレンはまだフォルクロア家から戻っていなかった。
 どうしたんだろう?
 流石に遅いのではないかと心配していたら、食事の後にサウザン侯爵が、
「スイレン殿が襲われたらしい。まあ、騎士団に過剰防衛で捕まっているが、スイレン殿自体は無事だ」
 若干苦々しい顔をしていた。
「過剰防衛?」
「相手の大半を……何というか、処分したというか」
 アイル本人より先日アイルがショックを受けて部屋に閉じこもった事がサウザン侯爵にはトラウマになっていた。
 フォルクロア家の人間なのでアイルもウォーゲン並みに無神経だと分かっているのだが、娘そっくりの顔を見ると息子やその孫には厳しい侯爵もはっきりと言葉に出来なくなった。
 全部言わなくてもアイルも察するものがあったので、無闇には質問しなかった。
 あれでスイレンは元は血の気が多いとフォルクロア家の使用人の中でもよく話されているのだ。過剰防衛と言われても然もありなんである。
「フォルクロア家の馬車を襲ったという事ですか?」
 大事な部分を全くスルーしてしまったアイルに代わり、ゼオリスが尋ねた。
「ああ。ビネガルの者だった」
 流石に全員の手が止まってサウザン侯爵に視線が集まった。
 とうとう実力行使に出たのか。
 サウザン侯爵家にアイルが預けられたのもウォーゲンの読みの内なのかは分からないが、まず第一の危険は回避できたようだ。
「どうやらビネガルの者は極端に弱いか強いかのいずれからしい。精霊の加護がなくなる前兆だな」
 この説明はゼオリスに向けてのものだ。貴族は制約が多い分、精霊の加護を失う者などほとんどいないので、ゼオリスも知らない事は多い。
 ビネガルの者から精霊の加護がなくなるのはアイルも想定内である。
 だが、元が喧嘩っ早いとは言え、スイレンはフォルクロア家に雇われている自覚があり、仕事中はしっかりと自重していた。そのスイレンが過剰と判断されるまで相手を叩きめすのは疑問に感じた。
 精霊に煽られた?
「いつ頃スイレンは戻ってきますか?」
「どうだろうな……一晩は反省させるのではないか?」
 フォルクロア家の関係者とは言え、騎士団も直ぐに無罪放免とは行かなかった。
 これでアイルが乗っていたら主人を守ったとして過剰防衛にはならなかったのだが、平民であるスイレンはそれなりに戦闘能力がある御者と2人きりで、この場合だと扱いが違ってくるのだ。
 直ぐに確認できない事を悟ったアイルは部屋に戻るなり、
「ウリック!」
「ん? やるのか?」
「その相談はこの後で。まず精霊が怒った影響って人間にはどう出るんだ?」
「あー……影響が出始めてるか。そうだな。まず、普通にビネガルの者に怒る。無茶苦茶怒る。直ぐに怒りに我を忘れて暴走するだろうな」
 他人事のウリックはビネガルの者がなくても怒りが治まらない人間同士が衝突して傷付け合おうが心底どうでも良かった。これも実は上級精霊達の影響で、本来のウリックはアイルが人間なのでそこまで冷淡ではなかった。
 ウリックの言葉を聞いたアイルはやはりスイレンの行動は精霊の怒りが伝播したのだと確信した。もしかすると他より精霊が多いフォルクロア家にいる分、影響が早く出やすかったのかも知れない。
「……ウリック、精霊を宥めるには何処でオルゴールを使えば良い?」
「オルゴールは女神の判定的に大丈夫なのか分からないだろ……」
「女神の代理人も使っていたし、駄目って言ったら人間界を諦めて貰うしかないだろうね」
「お前が諦めたのは楽器の演奏だ」
 半身の所為かウリックは誰より遠慮もなくアイルに突っ込む。
「急に言い出したんだから女神も妥協してくれると信じているよ」
 重ねて言うが、アイルには信仰心などない。
「でなければ、別の人を替わりにするべきだね!」
 この話はアイル以外に適任者がいなかった事が前提だった。
 前神殿長達が知ったら憤死もののアイルの行動は、女神も諦めるしかなかった。



 現在の神殿長達は神殿の掃除の真っ最中だった。
 前神殿長達は本来は重役に選ばれるような人間ではなかった。
 最高の聖女として讃えられたヴィルフレアが自殺に追い込まれた一件で、知らず関わってしまった多くの神官が責任を感じて中央神殿を去ったために重要な役職に就けたのだ。
 先日見つかった『アイル・フォルクロアの売却』に関する書類もそうだが、前神殿長達はいくつものグレーゾーンの行いと罪を重ねてきた。
「ない」
 倉庫も物置も念入りに何回も調べたのだが、神殿の秘宝の一つである『リルトの竪琴』は見つからなかった。
 兎に角前神殿長は金に意地汚かった。秘宝と知りながらも売った可能性は大いにあった。
 神殿長はもう一度涙目で前神殿長が使っていた私室を確認する。
「ない」
 女神がフォルクロアに儀式をさせるとのお告げがあったのは昨日の事だ。
 相応しい楽器を神殿側で用意する事で女神の愛し子でもあるアイル・フォルクロアと友好関係を結びたかったのだが、上手くはいかないらしい。
 これも女神の与えたもうた試練……。
 と思うには前神殿長の金計算をしていた欲にギラついた顔は、汚れのように記憶にこびりついている。
 神殿長は何度目かの大きなため息をついた。
「フォルクロア家の方がいらっしゃいました!」
 その声に気持ちを切り替え、神殿長は祈りの間へと向かった。

 そして、アイルが使う『楽器』を見たとき、前神殿長への怒りが爆発して退場させられる。



――ちょっと閑話――――
「……そう言や、じいちゃんもミイノス子爵領とかで精霊宥めていたよな。あれってどうやってたか知ってる?」
「拳」
 大事な事を言い忘れ余計な事を言うウォーゲンらしい方法だと思うも、アイルには到底真似できそうもなかった。

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