子供のままの婚約者が子供を作ったようです

夏見颯一

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5.【婚約の影に婚約破棄もあり結婚もあり】

 リーノ伯爵は確かに次男であるエリックを溺愛しています。
 勘違いしてはいけないのは、リーノ伯爵はそれを除けば有能な貴族である事です。


 従兄弟をパートナーに夜会に参加すると、離れた場所にリーノ伯爵がいて、どこかの貴族達に頭を下げられていました。
 それが終わると別の人物に話しかけられ、時には女性からダンスに誘われてもいます。

「凄いよな、あのタヌキ親父」

 隣にいる従兄弟が唸りました。
 エリックの事で非常識な面ばかり見てきましたが、これがエリックが生まれる前やエリックを除外した時のリーノ伯爵の姿なのです。

 既にエリックに婚前で子供が出来、公爵令嬢である私との婚約破棄に至った事は周知の事実となっております。
 普通なら家が没落するような醜聞です。
 けれどもリーノ伯爵は人心を噂を巧みに読み取るだけでなく、それらを操り自分の有利になるよう導く希有な才能を持っています。

 婚約破棄によりディアーモ公爵家に高額な慰謝料を払っても、それを利用して巧みに行動し資産を戻している……。
 はっきり言ってリーノ伯爵は現役公爵である父も舌を巻く傑物なのですよ。
 任されている領地も国からしても大事な場所。
 エリックの事がなければ、もっと評価を得ていたでしょう。

「エリックは足枷でしかないのが残念ね」
「溺愛している事は人間らしい欠陥に見られている。あながちエリックの存在も伯爵の周囲にとっては悪いとは限らないさ」

 周囲とのバランスを取る為の非常に重い足枷、そう考えるとエリックはリーノ伯爵家にとっては必要な存在だったのでしょう。
 他人になったので素直に笑ってしまいます。

「こんばんは。今日は君がヒルダ様のパートナー?」

 やはり来ていたフリードが私達に近付いてきました。
 従兄弟もフリードと知らない仲でもありませんが、私と婚約破棄をしたリーノ伯爵家関係者である事で少しだけ従兄弟が剣呑な雰囲気を出しました。
 私は一歩フリードに近付きました。

「フリード、貴方の婚約者は放っておいて良いのかしら?」
「エリックの件で婚約破棄になったよ。そして、今は彼女の家から復縁を求めて追いかけられているんだ」

 あらあら、面白い事になっているわね。
 ひょっとしてリーノ伯爵家が没落すると思っていたのが、リーノ伯爵の立ち回りで資産を増やしているのを知ったからかしら?
 あの方はそう言う逆境をチャンスに変える方ですから、慌てて婚約を破棄する必要はなかったでしょうに。

「ヒルダ……」
「大丈夫よ、貴方の婚約者のところに行った方が良いわよ」

 従兄弟が心配しているのは私がエリックとの婚約破棄で傷付いているかどうかだ。
 私が平然としているのでフリードを一瞥すると、従兄弟は家族と来ている自分の婚約者のもとに向かった。

「素直に心配してくれる身内がいるって羨ましいね。うちなんか敵ばかりだよ」
「私も難しいわよ?」

 微笑みながら私は従兄弟が向かった方に目をやる。
 私につられてフリードも同じくそちらに目をやると、従兄弟の婚約者は敵意丸出しで私を睨み付けていました。

「……あれって大丈夫?」
「そのうち変更になるでしょう」

 従兄弟が本家の私を優先するのは立場上どうしようもない事です。
 家族や婚約者が宥めても令嬢は私を睨み付け、その内に私が見ている事に気が付いた周囲に令嬢は有無を言わさず連れて行かれました。
 愛しい婚約者が将来的に私に仕えて立場を得るって分かっていなかったのでしょうか。
 従兄弟は令嬢達にはついて行かず、私の父や親戚がいる方に向かっていきました。

「あら、今日で終了かしら?」
「周囲も君を睨んでいたって気が付いたから、これで終わりだね」
「残念ね。もう少し勉強をしておくべきだったわね」

 恋敵となり得ないと周囲も私も分かっている中で、公爵令嬢を睨み付けるなんて害意があると見なされるでしょうに。
 本人の資質なのか、家族が教育を怠ったのか。
 いずれにせよ、私には残念な事としか思えません。

 私達は場所を移動して飲み物と軽食を摘みます。
 正直私はフリードとは意見が合うので話していても楽しいのですよ。
 ですが、互いに似すぎていて発展性がなく、どちらも婚約者がいないからと言って何が芽生える事もありません。

「そう言えば、新しい婚約者は決まった?」
「あら、そんな事を聞いて宜しいの?」
「紹介したい人がいるんだよ。今後ともディアーモ公爵家とは繋がりを持ち続けたいからね」

 そして、フリードが少し席を外すと、エリックより少し年上の青年を連れてきました。

「紹介するよ。ケイン・マーキス。マーキス侯爵家の三男だ」




 リーノ伯爵は自分の上の息子が上手くヒルダと付き合っているのを見て、ほっとしていた。
 傑物だと称されているリーノ伯爵だが、本人はただ偶然上手く流れに乗れただけでここまで辿り着いたと思っている。
 人が言う程の人物ならエリックの事を間違えなかった。
 今のリーノ伯爵には後悔しかなかった。

 リーノ伯爵がエリックの事でも周囲に強気だったのは、先日の夜会までエリックはどんな事があってもディアーモ公爵家に守られると思い込んでいたからだった。
 可愛い子供が他でも愛されている、無闇矢鱈にそう信じていただけだった。

「ノルーン男爵令嬢と結婚が決まった」

 エリックとベリーナは喜んだ。
 これで自分達は誰からも認められたと思い込み、悲しげなリーノ伯爵に気が付かなかった。

「住む場所は伯爵領に用意した。結婚式もやりたいなら手配をするから、その村でやるといい」

 結婚式はリーノ伯爵の父親としての情けだった。
 ただし、エリックの言葉で娼婦にさせられた家の報復を防ぐ気はない。

「は? え? 僕はディアーモ公爵になるんですよね?」
「……公爵になんて、公爵家の血を引かないお前がなれるわけがないだろう? 血縁だけが爵位を継げるんだ」
「だって! 小父さん達は僕に優しいから」
「優しいから何だ? それでこの国の仕組みが変わるわけじゃない」

 そのまま2人を馬車に押し込んで領地に向かわせた。
 持っているだけで盗賊に狙われる貴族の持ち物は、2人の旅立ちに持たせる事は出来なかった。

「エリックは? 折角食事が出来ると思ったのに?」

 夫人には何も教えなかったので、エリックは一緒に夕食を取ると思っていたのだろう。
 ここから先は夫婦の話だ。

 リーノ伯爵は、もう何度目か分からないため息をついた。



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