子供のままの婚約者が子供を作ったようです

夏見颯一

文字の大きさ
7 / 8

7.【公爵令嬢は自らの価値で戦う】

しおりを挟む
 私はエリックの所為であまり社交はしておりませんでしたが、公爵令嬢としていくつかの交流はしております。
 その一つが春先には王太子妃となるソルシアーナ、メイヴェナ公爵令嬢とのお付き合いです。

 生まれながらに次期王妃となる事が期待され、完璧である事を求められ完璧に応え続けた令嬢……それがソルシアーナです。
 流石にディアーモ公爵家を継ぐとは言え、エリックを支える存在である事だけ期待された私とは比較出来ない、居並ぶ公爵家の中で最も格上の令嬢です。
 ソルシアーナは一切感情を表に出さず人を寄せ付けない雰囲気がありますが、とても聡明でお優しい方でいらっしゃいます。

 時々ソルシアーナから誘いを受け、私達は2人きりでお茶をします。

 社交をしていない私にとって、外国の話などを織り交ぜた話を聞かせて下さるソルシアーナとのお茶会は楽しみの一つです。
 本日もお茶会のお誘いを受けた私は、メイヴェナ公爵家のサロンに案内されました。


「貴女の家とリーノ伯爵家が結託しているのは今更だけど、凄いわね」

 優雅に紅茶を飲みながら、ソルシアーナはさらりと言いました。

 今、巷では私の婚約破棄について、ディアーモ公爵家とリーノ伯爵家の完全自作自演説が横行しております。
 そもそも私とエリックのあり得ない組み合わせの婚約自体、最初から疑った目で見られていたのですから、別に驚くような事ではありません。

 事実と乖離した世間の認識に対し、曖昧に笑うしかない私の気持ちを分かってくれるのは、ナーシャと私専属の護衛騎士達だけです。

「婚約破棄でディアーモ公爵家との断絶を印象付けてからの、危険な商人達の誘い込みは見事だったわ。うちの分家が騙し取られた鉱山の権利も奪い返してくれたのよ。あのリーノ伯爵の養子を使った手法はまね出来るものではないわね」

 逆境を最早神業的に有効活用するリーノ伯爵が有能過ぎて、エリックの養子説もかなり前から存在しています。
 全くもって一切合切似ていないのですが、リーノ伯爵とエリックは正真正銘実の親子です。
 そう私が否定しても「そう言う事にしているのね」と返されるのは、リーノ伯爵家でフリードという兄息子がきっちり育てられているのに、エリックだけおかしい扱いの所為でしょう。

「怖い人達ね。貴女まで使うなんて」
「恐れ入ります」

 私も貴族令嬢として表立って父を非難出来ない立場ですので、そう返すしかありませんし、言っても無駄なんですよ。私はもう諦めました。
 貴族は物事の裏を探るものです。

 あれは、ディアーモ公爵、もしくはリーノ伯爵の仕掛けた罠だろう。

 ソルシアーナのように裏を穿ち過ぎた貴族達には、私達の『不釣り合い』な婚約は何かの陰謀、もしくは計画の一部と解釈されていました。
 特にリーノ伯爵が尋常ではない方ですから、公爵令嬢への信じられない扱いも何かしらの意図が間違いなくあると誤解されていたようです。

 おかげでエリックの横暴から私を助けてくれる人は誰もいませんでした。

 私は間違いなく不遇でしたね。
 折角なら不遇時代にこれを何かチャンスに変えられなかったのかと、今はリーノ伯爵を見て後悔しております。

「それにしても、貴女が新しく婚約した事はお祝いしたい所だったけど……相手を前もって知っていたのなら私としては個人的に反対する手紙を出したわ」

 筆頭公爵令嬢とは言え、他家の婚約に物申す事は出来ません。
 そんな事などソルシアーナは当然知っている筈です。

「何か問題がございましたか?」
「貴女が婚約したケイン・マーキスとマーキス侯爵は問題ありません。ですが、マーキス侯爵家の長男と夫人には気を付けなさい」

 普通は忠告だったにしても、もう少し曖昧な言い方をするものです。
 ソルシアーナがはっきりと名前を出して指摘するという事は、何かが差し迫った状況であると言う事でしょう。
 しかし、婚約前にディアーモ公爵家がマーキス侯爵家を調べた時には何も引っ掛からなかった筈です。

「ソルシアーナ……」
「今は調べても出てこないでしょう。気を付けて、自分の身と立場を守りなさい」

 年上の友人は、王家の知る情報を持っています。
 本来関係者には絶対に教えられない情報で、マーキス侯爵令息と婚約した私にも教えてはいけない事でしょう。

 忙しいソルシアーナとはそこでお別れとなりました。お茶会も終了です。
 もう少し聞きたかった所ですが、ソルシアーナも言えない事でしょう。

「ナーシャ、帰ったら直ぐにお父様に会いに行くわ」

 馬車に乗り込んだ私は、私の出来る事を考えていました。



 数日後。
 私は婚約者としてマーキス侯爵家での昼食会に呼ばれました。

 軽めの昼食なので長男と次男は参加せず、侯爵夫妻とケインだけだと私には前もって連絡がありました。

「やあ、私の婚約予定の方、初めまして」

 マーキス侯爵家の参加者は3人だけだと確かに聞いておりましたが、食堂にはもう2人見知らぬ方達が侯爵夫妻の前に着席しておりました。
 私はチラリと侯爵夫妻を見ると、侯爵は呆気にとられていて、夫人の方が顔色悪く震えておりました。

「お前!」

 ケインが私に声をかけてきた青年に怒鳴りつけると、着席していたケインと同年代の青年と夫人と同じくらいの年の女性が、舞台俳優を思わせる大仰な手振りをして不快げに顔を顰めました。

「怒鳴りつけるなんて品のない。お前のような下品な人間が従兄弟なんて、私は恥ずかしくって堪らないな」
「勝手に人の家の食堂に着席しているお前達の方が余程問題だ!」
「怒鳴るなんて低俗ですよね?」

 私に見知らぬ男が声をかけてくるが、私は視線も合わせず一切無視した。

「ふふふ……流石に奥ゆかしいですね」

 声だけで気持ち悪い。
 そう感じたのは私だけでもありませんでした。

「ガトラ子爵夫人、令息、我が家は出入り禁止と言っただろう!」

 我に返ったマーキス侯爵は無礼な親子に怒鳴りつけ、即刻排除を指示しようとしますが、

「あら? 私は姉さんにちゃんと招かれたからここにいるのですよ」

 ガトラ子爵夫人はどぎつい色の口紅をつけた唇を歪ませました。
 彼女は、マーキス侯爵夫人の実妹。

 再度マーキス侯爵夫人の周辺を調査した結果、ガトラ子爵夫人との歪な姉妹関係が判明しました。
 これは家族間で秘されていたのでなかなか出て来ず、ソルシアーナの忠告がなければ何も知らないまま私はここに立っていたでしょう。

「何故呼んだ!」
「息子の婚約者を紹介しようと……」
「それで終わると思っていたのか!?」

 マーキス侯爵は私がいるのにも拘わらず夫人を責め出しましたが、これまでの経緯を考えると夫人の非は明らかです。

「それにしても、私は幸運だね。公爵家に迎え入れられるかも知れないなんて」
「そんな訳ないだろう! 私とヒルダ様は既に婚約している」
「何言ってるんだ。それこそあり得ないだろう。何度も言ってきたが、機会は平等にあるべきだ。お前が婚約出来る可能性があるなら、私だって婚約出来る」
「お前がどう思おうと、私がヒルダ様の婚約者だ」
「だからお前は愚鈍だって言っているだろう! 私の下の力しかないお前が公爵家に迎えられるなんて夢物語、ほんと母上、どうしようもない奴ですね!」

 腹を抱えて笑い出す男を何と言えば良いのかしら?
 子爵令息が侯爵令息に向ける荒唐無稽な話に、またもやマーキス侯爵夫妻は硬直してしまいました。
 恐らく、夫妻がガトラ子爵夫人と令息の発言に困惑して固まっている中、子爵母子が今まで好き勝手してきたんでしょうね。

「そうね。ヒルダさん、これからよろしくね」
「誰が名前を呼んで良いと言いました? 身の程を弁えなさい」

 馴れ馴れしく近付いてきたガトラ子爵夫人にピシャリと言い返しました。
 予想外の言葉に驚いたガトラ子爵夫人は一瞬キョトンとしましたが、何を言われたのか理解すると怒りを露わに、

「息子の嫁になる分際で、義母に何を言うの!」
「私はケインと婚約しております。貴女は無関係の方です」
「は? 公爵令嬢でしょう! だったら、姉さんの息子じゃなくて私の息子を選ぶのが正解だって分からないの?」

 ガトラ子爵夫人の頭の中で何がどう処理されたのか知りませんが、ニヤニヤ笑い出しました。

「ああ。貴女、そもそも『あれ』の婚約者だったものね。当たり前の事を知らないのは当たり前よね。それじゃあ、私が今後は付きっきりで教えてあげるから、感謝しなさい」

 エリックとの婚約で、私は随分な目で見られていたようね。
 私がにこっと笑うと、ガトラ子爵夫人は満足げに笑いましたが、

「ここまで付き合ってあげたのですから、感謝しなさい」

 私の言葉で、ガトラ子爵夫人と令息は公爵家の護衛騎士達に拘束されました。
 昼食会の参加の条件を、護衛騎士の同伴にしておいた甲斐がありました。

 私は格上の公爵令嬢です。

 マーキス侯爵夫人が渋っても断らせませんでした。
 何事も起きなければ、騎士がいてもいなくても同じですからね。

 拘束されていく妹と甥にマーキス侯爵夫人は動揺しながら、

「……妹達は悪い事をする気はなかったんです。許してあげて下さい!」
「母上!」
「いい加減にしろ! ガトラ子爵夫人達はディアーモ公爵令嬢にどれ程不敬をしたと思っているんだ!」

 実はある程度起きる事は予想はしていました。
 けれども息子の婚約者を招いての場で、ここまで愚かな事をやるとは思っていませんでした。

「マーキス侯爵、貴方の甘い考えには失望しました」

 夫人ばかり責めるマーキス侯爵に、これだけははっきりと言っておきます。

 何かやらかすマーキス侯爵夫人を自由にさせていた責は、マーキス侯爵自身にあるのです。
 家を守る為には被害者を気取る前にやる事があったでしょう。

 私の言葉を聞いてマーキス侯爵夫人の方が膝をつき、取り乱し始めました。
 存外夫人は無能ではなかったようで、自分が『善意』でやった事がマーキス侯爵家を危うくした事に気が付いたようです。
 やる前に気が付いて欲しかったですけど、身内は目が曇るのでしょうか?



 その後、マーキス侯爵夫人は領地に蟄居したとの事ですが……。

 ディアーモ公爵家の調べでは修道院に入ったようです。
 私は敢えてガトラ子爵夫人達を解放しましたから、夫人は力もなくなっているのに彼女達に付きまとわれて逃げたという事です。

 あれで逃げるのなら公爵家の義母にも向いておりません。

「気を付けるって難しいですわね……」

 夫人がディアーモ公爵家の膿となる前だっただけ、ましなのでしょう。


しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

愛する女性を側室に望むのなら、いっそ私との婚約は解消してほしいのですが?

四折 柊
恋愛
公爵令嬢ジョゼフィーヌには好きな人がいた。その人は隣国の王子様リック。ジョゼフィーヌはリックと結婚したくて努力をしてきた。そして十六歳になり立派な淑女になれたと自信を得たジョゼフィーヌは、リックにプロポーズをしようとした。ところが彼に婚約者がいたことが発覚し悲しみに暮れる。今まで確認しなかった自分も悪いが、なぜかリックも家族もそのことを教えてくれなかった。そんなときジョゼフィーヌに婚約の打診が来た。その相手は自国のアルバン王太子殿下。断りたいが王命が下り仕方なく受け入れた。それなのに、ある日夜会でアルバンが可憐な令嬢に一目惚れをした。その後、アルバンはその令嬢を側室にしたいと望んだので、お互いのために婚約を解消したいと申し出たが拒絶されて……。ジョゼフィーヌの未来はどうなるのか?!

元婚約者のあなたへ どうか幸せに

石里 唯
恋愛
 公爵令嬢ローラは王太子ケネスの婚約者だったが、家が困窮したことから、婚約破棄をされることになる。破棄だけでなく、相愛と信じていたケネスの冷酷な態度に傷つき、最後の挨拶もできず別れる。失意を抱いたローラは、国を出て隣国の大学の奨学生となることを決意する。  隣国は3年前、疫病が広がり大打撃を受け、国全体が復興への熱意に満ち、ローラもその熱意に染まり勉学に勤しむ日々を送っていたところ、ある日、一人の「学生」がローラに声をかけてきて―――。

あなたの絶望のカウントダウン

nanahi
恋愛
親同士の密約によりローラン王国の王太子に嫁いだクラウディア。 王太子は密約の内容を知らされないまま、妃のクラウディアを冷遇する。 しかも男爵令嬢ダイアナをそばに置き、面倒な公務はいつもクラウディアに押しつけていた。 ついにダイアナにそそのかされた王太子は、ある日クラウディアに離縁を突きつける。 「本当にいいのですね?」 クラウディアは暗い目で王太子に告げる。 「これからあなたの絶望のカウントダウンが始まりますわ」

婚約者の幼馴染って、つまりは赤の他人でしょう?そんなにその人が大切なら、自分のお金で養えよ。貴方との婚約、破棄してあげるから、他

猿喰 森繁
恋愛
完結した短編まとめました。 大体1万文字以内なので、空いた時間に気楽に読んでもらえると嬉しいです。

【完結】あなた方は信用できません

玲羅
恋愛
第一王子から婚約破棄されてしまったラスナンド侯爵家の長女、ファシスディーテ。第一王子に寄り添うはジプソフィル子爵家のトレニア。 第一王子はひどい言いがかりをつけ、ファシスディーテをなじり、断罪する。そこに救いの手がさしのべられて……?

気づいたときには遅かったんだ。

水瀬瑠奈
恋愛
 「大好き」が永遠だと、なぜ信じていたのだろう。

親切なミザリー

みるみる
恋愛
第一王子アポロの婚約者ミザリーは、「親切なミザリー」としてまわりから慕われていました。 ところが、子爵家令嬢のアリスと偶然出会ってしまったアポロはアリスを好きになってしまい、ミザリーを蔑ろにするようになりました。アポロだけでなく、アポロのまわりの友人達もアリスを慕うようになりました。 ミザリーはアリスに嫉妬し、様々な嫌がらせをアリスにする様になりました。 こうしてミザリーは、いつしか親切なミザリーから悪女ミザリーへと変貌したのでした。 ‥ですが、ミザリーの突然の死後、何故か再びミザリーの評価は上がり、「親切なミザリー」として人々に慕われるようになり、ミザリーが死後海に投げ落とされたという崖の上には沢山の花が、毎日絶やされる事なく人々により捧げられ続けるのでした。 ※不定期更新です。

嘘の誓いは、あなたの隣で

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢ミッシェルは、公爵カルバンと穏やかに愛を育んでいた。 けれど聖女アリアの来訪をきっかけに、彼の心が揺らぎ始める。 噂、沈黙、そして冷たい背中。 そんな折、父の命で見合いをさせられた皇太子ルシアンは、 一目で彼女に惹かれ、静かに手を差し伸べる。 ――愛を信じたのは、誰だったのか。 カルバンが本当の想いに気づいた時には、 もうミッシェルは別の光のもとにいた。

処理中です...