子供のままの婚約者が子供を作ったようです

夏見颯一

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8.【親と子と】(2月7日改稿)

「今度は子爵令息が貴女の婚約者になったと騒いでいるけれど、貴女のお父様にもう少し色々控え目でお願いして欲しいと頼んで頂けません?」
「父に伝えておきますわ」

 買い物に出かけた店で、ディアーモ公爵家とはあまり縁のない公爵夫人に会い、私は当たり障りのない笑顔で答えました。
 常に父達の陰謀が頭から離れない方々に、最早真実を一欠片も話す気にはなれません。
 今回の件は当然父達は無関係で、私のやった事の結果です。


 ガトラ子爵親子をマーキス侯爵夫人の望み通り解き放った結果、マーキス侯爵夫人は思い通りにならなかった事をガトラ子爵夫人達に責められ追い詰められて修道院に逃げ込みました。
 これに関してはよくもまあ、こんな神経で侯爵夫人をやれていたと思いました。

 貴族女性は兎に角悪い人間に目を付けられやすく、気の弱い令嬢や夫人だとずっと集られ続けたとよく聞きます。
 まさしくマーキス侯爵夫人はガトラ子爵夫人に子供時代から集られていたそうですが……自分が善意で施しているとマーキス侯爵夫人は考えていたようで、私からしたら末期な方でした。

「……あの人は修道院で過ごしていた方が穏やかに生活出来るだろうね」

 母と親戚が私に大変な不敬を働き、ケインはすっかり萎縮してしまいました。
 マーキス侯爵も自分の油断が妻を追い詰め、三男の婚約を壊しかけたと陰鬱に過ごしているとか。

 あれくらいならエリックの嫌がらせに耐え続けた私には微風なんですけどね。
 マーキス侯爵達がいつまで経っても申し訳なさそうにするのが、私も判断を間違えたと思いました。


 エリックの事とか、極一部の事ではとんでもない判断をしてきましたが、一応世間では有能であると言われている父に判断を仰ごうと、執務室に向かいました。

「下位貴族の訳の分からんのがヒルダの婚約者を名乗っていたらしいな。取り敢えず親子共々消したから」

 まさかの結果報告を受けるとは思いませんでした。

「お父様?」
「夢物語にしてはどうにも不快極まりなくてな、さくっと」

 私は父の後ろに控える家令のグリューを見ました。

「下位貴族令息はたくさんおられますから、1人くらいいなくなっても誰も困りませんよ」

 困る困らないの視点ならそうでしょうね。
 それに、公爵令嬢の婚約者と勝手に触れ回る事の危険性すら理解していなかったなら、いなくなった方が困らないかも知れません。

「子供ではないのだから、貴族として発言する責任は理解していなくてはいけない。下位貴族令息だろうと当然だな」

 無責任な発言をしてもエリックは子供だったから許されていたのね。
 うっかり思い出したくもない名前が出てきましたが、エリックも最後は父から大人だろうと突き放されましたね。

「お父様のその行動で、私はまた父達の陰謀に利用されているって噂されるでしょうね」

 最早私は何かをあぶり出す餌に思えてきました。
 私とエリックとの婚約で随分色々な犯罪者と犯罪まがいの人達を釣ったと、最近多方面から聞かされましたよ。

「陰謀に娘を利用するほど、私は非情ではないぞ? まあ、好きに周囲は言うものだな」

 父は分かっているような、分かっていないような。
 それでもガトラ子爵夫人と令息がいなくなったのは事実のようです。

 まだマーキス侯爵とケインが心の整理自体はついておりませんが、これで私の婚約と結婚の障害は一つ消えた。
 それだけは安心でした。



 リーノ伯爵にすっかり利用されて不貞腐れた母は、時々社交を休むようになりました。
 特にリーノ伯爵家と近しい家が集まる場を欠席する事が多く、どうしてもの場合には仕方なく私が代わりに出向きます。

 それで問題が起きた事はありませんし、起きる事はないと私も母も思っておりました。
 これも結局、問題が片付いたと思い込んだ油断ですね。

 問題が起きたのは、病院や孤児院に寄付を募るチャリティーバザー用の刺繍をする会です。

 元々の主催者は先代の伯爵夫人だったのですが、最近代替わりをして現伯爵夫人が主催するようになったと聞きました。
 出かける前に「大目に見てあげてね」と母が言った事に私は首を傾げましたが、母のディアーモ公爵夫人に代わり娘の私が来たと知ると、あからさまに驚きがっかりするような夫人でした。
 手紙で前もって母が娘が代わりに行くと伝えていたにも関わらず、明らかに手紙を確認もしていない伯爵夫人の態度には、私も大変不快感を感じました。

 実はこの刺繍の会は大変に評判が宜しくありません。

 先代伯爵夫人は刺繍の腕が素晴らしく、聞き上手で口も堅い方だったそうです。
 その人格を慕って高位貴族夫人達が集まったそうですが、現伯爵夫人は刺繍の腕は兎も角、口が軽くて何より悪口好きだとか。

 同じ派閥の公爵家や侯爵家に避けられるようになったので、違う派閥の我が家に声をかけてきたようです。
 社交の一環の義理での参加でしたが、これは招待を受けてしまった母の失敗ですね。

 部屋に入ると主催者の同類の友人達であろう夫人達が、部屋の一角を占領して何やら騒いでいるのが目に入りました。
 誰かの悪口大会のようです。
 その声がどうにも気に入らず、私は彼女達とは離れた出口の扉に一番近い席に座りました。

 後で思えば、この時点で不快だからと帰れば良かったのでしょう。
 社交経験の少ない私はどうにも歴とした貴族夫人との付き合い方が分からないので、簡単に帰っていいものか判断を迷ってしまったのです。

 そして、伯爵夫人が私の母を招待した本当の意図も、当然気付きませんでした。

「隣、よろしいかしら?」
「はい、どうぞ」

 他の参加者から距離を取る私に声をかけてきたのは、前メイヴェナ公爵夫人でした。
 ソルシアーナの祖母に当たる方で、社交に熱心だと伺っております。

「ありがとう」

 前メイヴェナ公爵夫人が席に着くと、直ぐに専属のメイドの方が刺繍の道具を用意しました。
 メイドの手つきは手慣れたもので、私も参加が初めてならメイドも初めての準備だった我が家とは全然違いますね。笑ってしまいます。

「今日は貴女は何の図柄にするか決めているのかしら?」

 前メイヴェナ公爵夫人がそう仰ったタイミングで、奥を占領している夫人達の集団がわっと下品に笑い出しました。
 あの方達は本当に何をしに来たのでしょう?

 私が馬鹿騒ぎになってきた夫人達を忌々しげに見つめたので、

「……あの方達を前伯爵夫人が見たら、さぞかし嘆かれるでしょうね。前は素晴らしい集まりでしたのに」
「そうなんですか?」
「ええ。今日は……彼女の頼みで参加をしましたが……最後までこの調子でしたら私はお茶会でこの会の参加はしないように申し上げます」

 前伯爵夫人がどのような方かは私は知りません。
 ですが、前とは言え未だ影響力を持つ前メイヴェナ公爵夫人が動くほどの方だと言う事です。

「この会を審判する私は何があっても黙っています。あの方達がもし貴女に近付いても私は止めませんから、自分で対処しなさい」
「はい」

 見た所、彼女達は伯爵以下の家の夫人達です。
 私とは面識のない方ばかりのようで、近付いては来ないと思っておりました。

 予想通り、彼女達は近付いては来ませんでした。
 だけど、私は彼女達の奥にまだ誰かいた事に気付きませんでした。


「ケインさんを元の婚約者に返してあげて頂戴。可哀想な事になっているのよ?」

 不意に私の隣の席に座ったのは、エリックの母親であるリーノ伯爵夫人でした。

 私は驚きを隠せませんでした。
 普通は確執のある家同士はどうしても同時に呼ぶ場合でも、一緒にならないように配慮するものです。
 公爵夫人である母が散々口にしたので、エリックとともにリーノ伯爵夫人を嫌っているのは誰でも知っている事です。
 本来母が出席する筈だったこの会に、リーノ伯爵夫人を招くのはあり得ない事でした。

 いつの間にか部屋に入っていた主催者が、他の伯爵夫人達とニヤニヤこちらの様子を窺っておりました。
 ここで、私は主催者がわざと母とリーノ伯爵夫人を揃えようとしたのだと気付きました。
 何という侮辱。
 しかし、場数を踏んでいない私には、同時に上手く纏める術はありませんでした。

 私は、招待を受けた癖に逃げた母を恨みました。
 そして、同じく罠に引っかかってしまったリーノ伯爵夫人を哀れに思いました。

 リーノ伯爵の快進撃の裏側で、エリックの問題や私の母の流した悪評の流れ着いた先は、リーノ伯爵夫人だったと聞き及んでおります。
 要は、夫と違い躱す力のなかったリーノ伯爵夫人は、社交界で一連の問題の元凶とされました。

 当事者である私からすれば、婚約破棄騒動に纏わる事からエリックのこれまで起こしてきた問題の全てが夫人だけの責任とは思えません。リーノ伯爵も私の両親も相当悪かった事です。
 けれど、人は勝手に言うものです。
 言い返し黙らせる程の弁も、跳ね返す程の矜恃もないリーノ伯爵夫人は、昔から言われっぱなしになりやすかったのが災いしました。
 これまでディアーモ公爵夫人の傘にも守られていた分、多くの悪意を向けられリーノ伯爵夫人にはどうしようもなかったでしょう。

 そして、リーノ伯爵夫人が今更破棄された婚約の話をしているのも、あの主催者達が何かしら言ったからでしょう。
 本来は母でしたが、破棄された本人である私でも面白い反応が見られるのではないかと、彼女達は目論んだ。
 それを看破しても、私にはリーノ伯爵夫人と悪意の主催者達を同時に相手して打ち負かすだけの話術はありません。

「返すも何も、婚約は破棄されております」
「破棄だとか何だとかで、相手に対しての愛情が変わるものではないでしょう?」

 私は正解の分からないまま、リーノ伯爵夫人に言い返しました。
 前メイヴェナ公爵夫人が手をピクリと動かしましたが、前メイヴェナ公爵夫人は審判に徹せられて口を挟まず刺繍を続けられました。
 主催者達の笑いが私は不快で堪りませんが、前メイヴェナ公爵夫人も耐えているので私もそちらは見ないようにしました。

「愛情なんてありません」
「そんな事はないわ。だってずっと婚約していたのでしょう?」

 主催者達はどんな事をリーノ伯爵夫人に吹き込んだのでしょうか?
 私は最初から一貫してエリックに何の好意も持っておりません。
 そもそも親達がただただエリックを構うだけで、私とエリックはまともに交流もありませんでした。

「婚約していたから何ですか? どこまでいっても愛情が生まれない事だって普通にあります。それは随分な決めつけですね」
「婚約ってそう言うものよ。貴女も本当はエリックに愛情が残っているでしょう?」
「一切ありません」

 これに関しては即答です。
 愛の話だけは『ない』とはっきり断言しておきます。

 ああ、それにしても忌々しいです。
 上手く立ち回れない所為で、主催者達の見世物になるなんて!

「子供が出来たからって拗ねなくても良いでしょ。貴女の婚約者は元の婚約者とよりを戻して、貴女がエリックと結婚すれば丸く収まる」
「エリックはノルーン男爵令嬢と結婚したとリーノ伯爵令息からお聞きしました」

 その瞬間、不思議に穏やかだったリーノ伯爵夫人の表情は一変した。

「あの子は子供なのよ! 子供なんだから、大目に見るべきでしょう!」

 私の刺繍道具が入っていた箱を掴み私に向かって投げつけました。
 驚いて固まった私に箱は当たりませんでした。

 箱を受け止めたのは、前メイヴェナ公爵夫人のメイドでした。
 どうやら護衛の教育も受けている様子です。

 リーノ伯爵夫人をけしかけ見物していた主催者達が、感情が高ぶった夫人が公爵令嬢を傷付けようとした事実に慌てふためき集まってきました。
 流石に何かあったら主催者の責任も問われますものね。
 主催者達は必死にリーノ伯爵夫人を押さえ、宥めようとしました。

 主催者の企みの根底には、恐らくリーノ伯爵家の財力へのやっかみがあったのでしょう。同じ伯爵家ですからね。
 ただ顔ぶれを見る限り、リーノ伯爵夫人は主催者達の夫にとっては恩人の妻の筈です。
 それを分かっていたのでしょうか?

「どうしてよ! どうして許してくれないの!」

 泣きわめくリーノ伯爵夫人をどうする事も主催者達には出来ないようで。
 自分達の始めた下らない遊びの収拾も付けられない無能な貴族夫人達には、私は付き合っていられません。

「貴女の子供が子供だったから何ですの? 貴女の息子が婿入り予定の立場で他の貴族令嬢に手を出し子供を作った事実は何も変わらないでしょう」

 実際のところ、大目に見るくらいで許される話でもないですよね。

「エリック! エリックは……!」
「それぐらいにしなさい」
 
 最後まで会を見届ける筈の前メイヴェナ公爵夫人が立ち上がりました。
 数々の社交を経験してきた前メイヴェナ公爵夫人にも、もう限界だったのでしょう。非常に大きなため息をつかれました。

「リーノ伯爵夫人は病んでいるので私が預かります。良いですね」

 メイドに命じてリーノ伯爵夫人を支えさせると、前メイヴェナ公爵夫人はリーノ伯爵夫人を連れて部屋を出て行こうとしました。
 今回の会で箔となる一番の大物を激怒させた事に気が付き、主催者は焦って走ってきました。

「あ、あの!」
「楽しく刺繍をする会だと思っていましたが、どうやらわざわざ招待した方を見世物にして楽しむ会だったようね。もうこんな低俗な会には参加しません」

 箔を付けたかったのなら何故こんな真似をしたのか、私には分かりません。
 前メイヴェナ公爵夫人同様、伯爵家主催で呼べる事が称賛されるディアーモ公爵夫人にも自分達の見世物にしようとして、今後自分達がどうなるか。

 自分達がリーノ伯爵夫人にした以上の目に会うでしょうね。

 それは自分達の行いが返ってきただけです。
 確かに性格が悪いぐらいではないと貴族としてやっていけませんが、主催者達の行為は貴族としてただ非難される事でしょう。

 もっと上手く立ち回らないと。
 私は公爵家の人間として、振り回される立場であってはいけません。
 もっと上手く立ち回って、主催者もリーノ伯爵夫人も正しく……。

「ディアーモ公爵令嬢、精進しなさい」

 去り際に一言、前メイヴェナ公爵夫人は言って微笑まれました。

 私が返答する前に前メイヴェナ公爵夫人はリーノ伯爵夫人を連れて帰っていきました。
 主催者は呆然と立ち尽くし、一緒になっていた夫人達も今更自分達がやった事は不味かったのではないかと狼狽え始めました。
 私も連れてきたメイドが片付けてくれたので、部屋を後にしました。

 前メイヴェナ公爵夫人の不興を買ったこの会は、もう2度と行われないでしょう。



 顛末を母に伝えると、

「私が行くべきだったわね……」

 母も精進の途中だと笑いました。
 まだまだ難しい事です。

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