子供のままの婚約者が子供を作ったようです

夏見颯一

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35.【君は誰の子『貴方』の子】

 この事件の始まりには、とてつもなく愚かしい男がおりました。
 あまりに愚かしく、最早何一つ取り返しのつかない事さえ分からない、どうしようもなく救いようのない男がおりました。
 女性なら一笑に付すような、愚かな男です。


 審議という名の無意味なやり取りが続く中、私はポケットに入れた手紙に触れます。
 差出人は前メイヴェナ公爵夫人の名前でありながら、中に入っていたのは一枚の便せん分以外は全く別人が書いた物でした。
 私に手紙を渡したメイヴェナ公爵自身は、関係あるからと前メイヴェナ公爵夫人から聞いただけで内容までは詳しく知らないのでしょうね。
 知っていたらあんな落ち着いている事は出来る筈もありません。

 この審議会の参加者はほとんど男性なのですが、意図的に男性当主ばかりが選ばれているのでしょう。
 そして、男性達にこの審議をやらせております。
 この審議は女性の立場で見た場合は違った話になりますからね。

「……ディアーモ公爵は、エリックが王妃の子だと知っていたのか?」
「最早審議する意味あるのでしょうか?」

 メイヴェナ公爵の質問に珍しく刺々しく父が返すのは、身の程を全く弁えないエリックが散々我が儘として暴言を吐き続けたからです。
 取り敢えず父がエリックには猿轡をして椅子に縛り付ける提案をして、圧倒的多数で許可を得ました。
 もうこの時点で誰も王子として認める気がサラサラないって分かりますでしょうに、審議は続いていきます。

「こういうものは、進行通りやる必要があるのだ」
「知りませんでした。知っていたら婿になどと考える事もありませんでした」
「では何故婿に迎え入れようとした?」
「前リーノ伯爵と繋がりを持ちたかっただけです。妻同士も友人でしたからね」

 現時点から父の行動を振り返ると、エリックが王子だと思っていた行動にも見えますから、審議されるのは当然です。
 たまには焦ればいいのですが、父はこんな時でも堂々としております。

「これを婚約者にするなど、余程の事情があるとしか思えないのだが?」
「幼少期でしたから、こんな人間になるとは思っておりませんでした」
「……君がこう育てたと報告にはある」
「私が他家の子息の教育の責任を何故問われなければいけないのです? これは前リーノ伯爵夫妻が望んでこの姿に育てたのですよ」

 何も知らない父は……知っていたとしても軽く言い放つでしょうね。
 エリックを育てた前リーノ伯爵夫妻の思いは、あの夫婦だけのものです。

「わざと傀儡にする為に育てたのだろう!」

 会議室の何処からか声がしました。
 空気が変わる一瞬前に、

「これは王の子ではない。どこに証拠がある? ほら、誰が王の子だと認める!」

 公爵としての父の言葉に、野次を飛ばそうとした他の貴族達も気勢を削がれ沈黙に転じました。
 端から父はエリックを王子とは認めていないことぐらい、態度から察せられるでしょうに。

 仮にこの会議で王子として認められたとしても疑惑はついて回るので王位継承権は持てず名前だけとなり、認められない場合でも利用されない為に断種の措置をされてしかるべき場所で監禁されます。
 野次の主達が心配したような事にはそもそも絶対になり得ません。

 結局男性は大事な事より別件に繋げるのだなと、私はこっそりため息をつきました。

 政治的な問題を色々混ぜ込んで審議するものではなく、大事なのはあくまでも『王の子か否か』です。

「……ディアーモ公爵令嬢は何か意見があるだろうか?」

 会議に飽いた様子を見咎められたのか、元婚約者として意見を求められたのか判然としませんが、メイヴェナ公爵に問いかけられました。

「……王妃の子だとしか分からない事は、陛下の子である確たる根拠が全くないと同意義です。それならば王子ではないとするべきでしょう。ですが、まず赤子の時点からリーノ伯爵夫妻の元で育ったエリックが王妃の子である事について証明をお願いします」

 遠慮する気など私には欠片もありません。
 当時の事実として流布しているのは、王妃の妊娠とバルドルの誕生ですが、

「王妃が出産したとしたら王家の記録にある筈です。その記録にないのであれば……そもそも王妃の子かも分からないのではないでしょうか?」

 私の言葉の意味に気付いたメイヴェナ公爵は、慌てて近くに控えていた文官の顔を見ます。
 全力で文官は首を振っていますが、メイヴェナ公爵は即席の議長代理で資料は文官が前もって揃えておくものです。
 貴族達の視線も担当の文官達に集中し、今にも全員倒れそうな顔色になっております。

「誰か、資料を当たれ」

 メイヴェナ公爵は不手際をした文官達を睨み付け、走って資料を取りに行かせました。

 あらあら。『エリックが王妃の子である』と予め断定して会議を始めれば、王妃の子かどうかの議論を封じ込められるなんて、誰の甘い考えでしょう。
 入れ替えの事実を公表した所で、結局はきちんとした『事実と矛盾しない』根拠が、王妃がエリックを出産した証拠が必要なのです。
 本来追求するべき父達は無駄話が本当に好きで困ります。

 顔色を一層悪くした状態の文官が戻ってきて資料を漁りますが、

「出産の記録は御座いません……」
「と言う事は、エリックを王妃が産んだという証明は出来ませんね。審議はこれでお開きですか」

 陛下の思惑に便乗して杜撰な計画を立てたメイヴェナ公爵が悪いのですよ。
 私に不備を突かれて議論を打ち切られたメイヴェナ公爵は、苦虫を噛みつぶしたような顔をしますが、ここまで時間をかけすぎましたね。

 性格も何もかもが酷いエリックを出した次に王の庶子としてのフリードを有利に審議する流れは作らせません。
 娘であるソルシアーナを自分同様思い人と結婚させてやりたかったとしても、フリードを王子にする必要はないでしょう。

「え、終わり……?」
「話し合う必要はなくなったぞ……」
「じゃあ、あいつ何だったんだ……」

 わざわざ呼び出された貴族達が不満の声を上げ始め、メイヴェナ公爵に私は睨まれましたが素知らぬ顔をいたします。
 陛下とグリフィスの下準備を無視したのもメイヴェナ公爵でしょうに。

「では、王妃の不貞について話し合う! 王妃の不貞の末に生まれたエリックの処遇についてだ!」

 議長でもないのに父が声を轟かせました。
 席を立とうとしていた貴族達も席に座り直しました。
 それでも王妃の出産の記録がない事が分かった直後でもあるので、一様に困惑顔をされております。

「では議長であるメイヴェナ公爵、宜しくお願いします」
「あ、ああ……」

 エリックの立場が明確になった事でほぼ無罪となった父が、私の隣に悠々と座ります。

「フリードに繋げなくて正解だ」

 父も大概人の心など分からない人ですけど、私がメイヴェナ公爵を止めた理由は分かったようです。
 フリードを陛下の庶子として発表したいなら、相当タイミングなどを狙わないと実母であるラビナレットに何があったのか抉り返す向きになります。
 私は父に身を寄せ小声で、

「これは独断ですの?」
「娘を思う親はどこも同じだ」

 笑顔の父にイラッとしましたが、本気で人間の心など分からない人は諦めた方が早いです。

 一方、風向きが完全に自分から逸れた事を察したのか、縛られた体で藻掻いたエリックから猿轡が外れました。

「僕の父は王に決まっている!」

 誰が誰の子なのか?
 それを一番疑っていたのは誰なのか?

 警備の騎士がエリックに再び猿轡をし、落ち着きを取り戻した文官がメイヴェナ公爵に審議の前に整えられた資料を手渡しました。

「これは陛下付きの侍女だった前リーノ伯爵夫人が王城を出る際に、陛下に残した証拠だ」

 メイヴェナ公爵が議場の全員に見えるよう掲げたのは一冊の本でした。
 恐らくは日記の類いでしょう。
 前リーノ伯爵夫人が入院中であれ存命である事を知る者は、中途半端な物を出してきた事に首を傾げております。

 私はポケットの上から手紙を握りしめました。
 前メイヴェナ公爵夫人が託され、私の元に届いた前リーノ伯爵夫人の叫びがここにあります。

「これによると王妃は『前マーキス侯爵』と不貞をしていた。既にマーキス侯爵家を捜索し、こちらからも証拠を掴んでいる」

 無類の女性好きであったとは言え前マーキス侯爵は、何故立ち止まらなかったのでしょうね?
 ケイン達からも悪くは聞かなかったですし、半分は下心でも、残り半分は可哀想な境遇に見えた王妃様を慰め、助けたかったのかも知れません。

「……これ以降はリーノ伯爵に伺おう。リーノ伯爵の入室をお願いしたい」

 付き人と共に入ってきたフリードは常になく、人形のように表情が抜け落ちていました。
 挨拶の間も私やあの方とは一切目を合わせないようにして、議長席に立つメイヴェナ公爵を見て、

「……私の母である前リーノ伯爵夫人は、自分の実子と王妃の子を入れ替えたのは間違いありません」
「王妃は出産の記録がないが?」
「母は王妃に同情して陛下に外に出す事を願い出て、王妃は外で出産をされたと聞きました。その際、実子であるバルドルを担保にしたと」

 その話、誰から聞いたの?
 私にはフリードを見つめるしかありません。

「どうして外で?」
「外で産んだら記録には残りません。出産の記録がなければ、不貞の子は生まれていなかった扱いに出来ます」

 明快にフリードが答えるものを、何故メイヴェナ公爵が知らなかったのか。

「そして、エリックを産んだ後、王妃は一度逃げ出しました。故にバルドルは王家に残され、エリックは……母の手元に残されました」

 ……陛下はそういう筋書きにしたのですか。
 フリードが私の目を見ないのは、少なくともこの筋書きに納得がいっていないからでしょう。

「話が逸れるがバルドルは……」
「王太子とした意味をお考え下さい。そして、それが廃位となった理由も」

 フリードの言葉の意味は、かつての前リーノ伯爵夫人と陛下の事を知らない私にも分かります。
 前リーノ伯爵夫人が陛下付きの侍女だった頃を知る方々は、完全に表情を消しており、何を考えているのか私に悟らせません。

「エリックは間違いなく王妃の子です。けれど、バルドル同様、エリックの父親は誰か分かりません」


 誰が誰の子なのか?

 女は自分が産むのだから自分の子だと言えるけれど、男は自分の子かどうか、分かる術を持ちません。
 故に、男ばかり集めてこの会議をしているのです。
 愚かな男は「お前の子供も父親など分からない」と言いたいのでしょうね。

『貴方の子に決まっているでしょう』

 バルドルの母である前リーノ伯爵夫人の言葉は、まだ現れない陛下には突きつけられません。


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