子供のままの婚約者が子供を作ったようです

夏見颯一

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36.【疑いながら後悔していた】(修正済み)

 子供の父親が誰か分からない。

 庶子問題でよく使われる陳腐な手とは言え、今回はしっかりと逆手に取る事で不倫相手の前マーキス侯爵の罪を少しでも軽減する形にしましたか。
 尤も、王妃の為人を知れば知る程、誰の子か分からないのも真実でしょう。

「確認するが、エリックは前マーキス侯爵の子ではないと」
「不倫をしていた事実が確認されただけで、エリックが前マーキス侯爵の子であると断定出来るものはありません」

 伝聞や曖昧な話が続く中、実在した人物を出す事で現実味を持たせる。
 最早定番のグリフィスのやり口ですが、今回はメイヴェナ公爵が話す順番を間違えた事で苦しい言い訳のようにも聞こえます。

「……そもそもあいつは本当に王妃の子なのか?」
「王妃を不貞していた事にしたいだけじゃないのか……」

 私の刺した棘はなかなか抜けず、王妃が産んだとはどうやっても言い切れなくなったエリックは王妃の不貞の証拠には使えなくなっております。
 最初に王妃の不貞を説明してからなら、書類のない事も不倫の信憑性を増す話になったでしょうに。
 こんな尻拭いのような審議ではない会話に付き合わされるフリードも大変ね。

 さあ、どうするのかしら?

「あー……エリックが入れ替わった王妃の子だという物的証拠はあるだろうか?」
「……ありません。母の証言のみです」

 母曰く、王妃の生活は極端なくらいに話が入ってこなかったと。
 それはつまり周囲に全く使用人がいなかったと言う事であり、当然証人となれるような使用人もいないという事です。
 前リーノ伯爵夫人がいかに陛下付きの侍女であったとしても、陛下付きである時点で少し不貞に関しての証拠としては弱いのですよね。これならば正直陛下の言葉の方が重みがある筈なのですが……。

「交換した、もしくは預かった証拠もないのか?」
「両親から何も聞いておりませんので、私には分かりません」

 証拠となる書類も出せず、フリードもやる気がない。
 居並ぶ公爵は……基本的にはあくまで『敵対しない』程度の約束を根回しで取り付けたくらいでしょうね。
 父ももう助け船を出す気はないようです。

 それにしても、メイヴェナ公爵はエリックが王妃の子だと王弟として断言すれば、それ自体が根拠になる抜け道もお忘れのよう。

「そういや前リーノ伯爵夫人って……」
「ちょっと病んだらしいと聞いたな……」

 1度崩れた流れは変えられないどころか、時間をかけすぎて今は入院中の前リーノ伯爵夫人の『証言』を疑う声も出始めましたか。
 予想以上に大きく悪い流れになりかけておりますね。

 不意に私と視線を合わせないフリードが、ちらりと一緒に入室した従者なのか侍従なのかに顔を向けました。
 普段王城で見かける方ではく、他で見覚えのある顔でもなく。

「議長、宜しいでしょうか?」

 フリードと並んだ青年がまっすぐメイヴェナ公爵を見た時に、私は彼が誰なのか思い至りました。
 最終局面でエリックの断罪が進まなかったら或いは、と予想した通り。

「まず、君は誰だ?」

 ケインとは全く似ていない落ち着き払った青年の風貌は、父親のマーキス侯爵とも違い、当然母親の元マーキス侯爵夫人とも全く違う、実に高位貴族然としたものでした。

「私はグリフィス・マーキス。マーキス侯爵家長子であり、僭越ながら陛下付きの雑用をしている者です」

 ようやく引きずり出せました。




 慈愛院の受け付けであるシェイラが玄関を掃除していると、

「ここの慈愛院は開いているだろうか?」
「あ……はい!」

 利用者は基本的にいないので、シェイラは声に反応するのが遅れた。

 振り返った先には草臥れた旅装束の騎士らしき集団と、その中央に守られるように赤子を抱えて俯く女性がいた。
 何とも不審な集団にシェイラは案内を躊躇った。
 警戒されている事に気が付いた騎士達の隊長格らしき男性が慌てて、

「我々は警戒されるような者ではなく! 王立騎士団の遠征部隊です。途中訳ありで保護せざるを得なかった貴族の母子を助けて貰えないかと」
「……まず真っ先にここですか?」
「この女性には王都周辺に身寄りがなく。騎士団本部に相談したら、慈愛院を紹介されたのです」

 ディアーモ公爵夫人が整え始めた事に倣い、放置していた慈愛院を整え始めた貴族家は多い。
 慈善活動をしている宣伝にもなるからと騎士団を始めとした各所に斡旋をお願いしたという話は聞いており、シェイラもその部分は不審な所はないと判断した。

 ただ、この慈愛院は王都の門からも騎士団本部からも遠い場所にあり、真っ先に来る場所ではない。

「諸々の確認の為、責任者のディアーモ公爵夫人をお呼びしても宜しいですか」
「ああ、こちらこそお願いしたい」

 隊長格の騎士の表情は何処までも善意で、ディアーモ公爵夫人の名前を聞いても安堵すら見えた。
 不審には違いないが、判断のつかないシェイラは連絡用スタッフに声をかけてディアーモ公爵家に走って貰う事にした。

 シェイラとスタッフのやり取りの間に母子と隊長格の騎士を残し、他の騎士は去っていた。

「遠征で疲れているからな……」
「大変ですね。どうぞ中に入って下さい」

 お茶をまず勧めると、母親の女性は警戒して手をつけなかったが、隊長格の騎士はあっさり飲んで「美味しいです。ありがとうございます」と暢気に返したので、騎士の方はただのお人好しでいいだろうとシェイラは思った。

「では受付として、こちらの用紙に名前を書いて頂けませんか?」

 差し出された用紙を無言で受け取ると、女性はサラサラとサインをした。
 これだけでも貴族を騙って保護を受けようとする詐欺を防げるのだが、シェイラは女性の名前を見て、一瞬時間が止まった。

『ミレーナ・ノルーン』

 固まったのはほんの一瞬であったが、隊長格の騎士はそれに気が付いた。

「どうされました?」
「いえ……ここはディアーモ公爵夫人の運営する慈愛院ですから。ディアーモ公爵家と問題を起こされた女性と同じ名前だったので驚いたのですよ」
「それは確かに驚きますね。ですが……この女性は本当にその女性なんです……」
「ええ! 分かって連れてこられたのですか?」
「そうですね。確かに問題でしょうが……他に助けてくれそうな場所もなく」

 この時のシェイラは緊張のあまり倒れそうになっていた。

 まさか、死んだ事になっている筈の自分、『ノルーン男爵令嬢』の生存をを確認しに来た?

 ディアーモ公爵家の関係者からも周辺で探っている人物はいないと聞かされていたシェイラは、恐怖で叫んで逃げ出したかった。
 だが、まだ決めつけられないと必死に貴族として受けた教育を思い出し、必死に笑顔を貼り付けた。

「貴女も顔色が悪そうですが、大丈夫ですか?」

 偽物のミレーアと子供を連れてきた騎士は動きがぎこちなくなっていたシェイラを見て、心配そうな顔をした。
 シェイラは混乱の極致にいて、これらをどう対処すればいいのか分からないながらも。

「私が来て初めての利用者ですので……緊張もありまして」
「初仕事なら緊張しますよね。どうぞ椅子におかけになって下さい」

 動きで疑った割に、隊長格の騎士はその言葉をあっさり信じた。
 これは寧ろ普段から騙されていないかと、シェイラと名乗っているノルーン男爵令嬢は恐怖から一転心配になった。
 その横で、ノルーン男爵令嬢の姉のミレーアを名乗っている女性はただただ俯き赤子を抱いているだけだった。
 顔も見えず声も聞こえなければ、演技をしているかどうかもシェイラには見極める事が出来なかった。


 しばらくして慈愛院に来たディアーモ公爵夫人は書類を見るなり、

「詐欺師を連れてきて何がしたかったの?」
「は? 詐欺師なんて……この女性は夫から暴力を受けていたのを我々が保護した方です!」
「それが騎士道のつもりかどうかは知りませんけど、ミレーア・ノルーンなんて貴族女性は存在しないのよ」

 ディアーモ公爵夫人の冷然とした態度に、本物のお人好しだった隊長格の騎士の騎士は、

「そんな、それは令嬢と揉めたからにしても……」
「貴方達がこの女性をディアーモ公爵家と揉めたミレーアだと勝手に思い込んだだけで、これはエリックと結婚したミレーアではないわ」

 つかつかとわざと音を立ててディアーモ公爵夫人が存在しない名前を名乗っている女性に近付くと、女性は怯えたように体を縮めた。

「あらあら。怯えるくらいなら詐欺なんてやらない方が良いわよ。本物はここ1、2ヶ月の間に出産したの。分かる? 貴女の子供は明らかに大きいわよね」

 女性は赤子を隠すように抱くが、

「詐欺師は保護出来ないわ。騎士団に連れていって頂戴」
「違う! 私がミレーア・ノルーンだ!」

 例えミレーア本人だったとしても、最早貴族籍にはない時点で貴族の身分を詐称した事になるとは女性には分からなかった。

 ディアーモ公爵夫人を怒鳴りつけた直後、控えていた公爵家の護衛騎士達により女性は取り押さえられた。
 女性の腕の中の子供が火がついたように泣きだした。

「ここは不遇の身となった女性を保護する慈愛院だろ、聞いてた話と違う! そちらの方が詐欺じゃないか!」
「だから、そもそも存在していない人間の名前は使えないのよ。騙る事だって当然出来ないの。貴女の使ったミレーアは既に平民となって名字なんてないって事も知らないなんて、かなり情報が古いんじゃない?」

 とは言え、流ちょうな文字が書けた女性は、隊長格の騎士がすっかり騙される程度には下位貴族か富裕層の平民としての教養は持ち合わせていた。
 ならば自分の本名を書けばいいだけの事だが、恐らく女性は別の意味で訳ありなのだろう。実家が没落したか、本人が問題を起こして廃嫡されたか……いずれにせよ、慈愛院で不遇の貴族女性として扱われる条件には満たない。

 ディアーモ公爵夫人とて、女性が子供を抱えて行き場を失った事に全く同情していない訳ではなかった。
 ただ、普通に修道院なりに保護を求めれば良かったのに、貴族として生きたい気持ちが勝った女性が安直に詐欺に走って事態を混乱させている事は、到底許せるものではなかった。

「それにね、私が私の娘を傷付けた女の顔を知らない訳ないでしょう?」


 彼女は騎士団に出会った時から徹頭徹尾『ミレーア・ノルーン』の名前を名乗っていたと、騙された事に消沈しながら隊長格の騎士は説明した。
 部下も呼び戻し、何度もディアーモ公爵夫人に謝りながら、騎士団本部に泣きわめく子供を抱いた女性を連れて行った。

 彼女が平民であったなら、最悪の場合死刑もあり得る。
 自分を探しに来た訳ではないと分かった部分はほっとしたシェイラも、何とも言えない気持ちで去って行った方向を見ていた。

「あれは何だったのでしょう?」
「そうねぇ。恐らく私に本物の『ミレーア』か確認して欲しかったのでしょう」

 ミレーアを知るミレーアの友人達は、人生を狂わされたのでミレーアとエリックをとても恨んでおり、話にもならない。
 ディアーモ公爵夫人にしても怒らせてはいけない人間であるが、公共の場で顔を見せるくらいなら精々叩き出される程度で済むだろうと思われたのだろう。

「偽物に引っかかった騎士達は気の毒だけと、ミレーアと子供を探しているって分かったわね」

 本物のミレーアはディアーモ公爵家の力も借りて、更に遠くに逃げている。
 これはヒルダが強く言ったからだった。

 ヒルダが神殿の奥でリリアナと会った際に待機していた神官の読んでいた本が、子供の親権について書かれた本だった。
 それをヒルダは神殿が赤子の父親を警戒していると取った。

 真実、当たっていたのだろう。

 騎士団やその上にいる者達がミレーアに保護するだけの意味はなく、あるとしたら子供以外ない。

 神殿の方は多額の寄付金を積んだヒルダがリリアナの子供を心配していると相談した結果、リリアナの子供を別の場所に移動したが。

「今更?」
「今だからこそかも知れないわね」

 子供の父親と思しきバルドルは死んだ。
 バルドルが死んだからその子供を欲しがっている。

「でも……バルドルは偽王子なんですよね?」

 そう発表があった。
 ディアーモ公爵夫人は答えず、シェイラも沈黙した。


 王城で真実を知ったヒルダが帰ってくるまでは、まだ時間があった。

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