忠誠か復讐か――滅びの貴族令嬢、王子の剣となる

案山子十六号

文字の大きさ
4 / 68
王子護衛騎士編

10年後、武術大会

しおりを挟む

<前書き>――――――――――――――――――

本編は第15話までゆっくりと進む展開になっています。
テンポよく物語を追いたい方は、『王子護衛騎士編』の『ここまでの人物紹介』を先に読んでから続きを進めるのがおすすめです。

人物や関係性を把握した状態で読めるので、スムーズに物語に入り込めます。

じっくり読みたい方はそのままどうぞ。お好みのスタイルでお楽しみください!

<前書き>――――――――――――――――――



 王都に陽が昇る。空は澄み渡り、心地よい風が吹いていた。
 しかし、闘技場に集まった人々の熱気は、それを上回るほどのものだった。
 大会を一目見ようと、遠方から集まった観衆の歓声が響く。
 武具を身にまとった戦士たちが闘技場に並び、誰もが己の腕を試す機会を待ちわびている。

「今年の武術大会も、名だたる戦士が集まっているようだな」

 第一王子、アレクシス・エドワルド・ヴァルトハイトは、王家の観覧席に座りながら、賑わう競技場を見下ろしていた。
 目の前に広がる光景は壮観だった。
 重厚な鎧に身を包む騎士たち、軽やかな布の戦装束をまとった剣士、異国から来たと思われる戦士――。
 武術大会、それは王国全土から優れた剣士たちが集まり、己の力を示す舞台。王都で定期的に開かれ、貴族の私兵、辺境の戦士たちまでもが競い合う。

 戦場ではない。だが、ここでの勝者は確かな名声を得る。優勝者は王の前に召され、特別な褒美が与えられることもあった。それだけの栄誉がかかった大会だ。
 王族として、この場に足を運ぶのは義務のようなものだった。

 アレクシスはそう理解しつつも、武術大会が開催されるたび、思い出してしまう。
 ――幼い日の記憶。
 快活な少女の姿を。大貴族の生まれだというのに、それを気にも留めずに剣を振るい、泥だらけになって笑うお転婆な姿を。貴族の少女が遊びで騎士ごっこをするなら、せいぜい木の枝を振るう程度のものだろう。
 だが、彼女は違った。

 手を抜くことなく、誰よりも真剣に、汗を流して剣を振るっていた。その姿はどこか、心地よかった。王族として過ごす日々の中で、彼女と過ごした時間は、ほんのわずかではあったが。
 だが、それも十年前のあの日、終わった。アルノー家の名は、歴史から消えた。一家は、賊に襲われ、全員が命を落とした。大貴族の家門が突然に滅ぶという事態に、王宮でも多くの議論がなされたが、すでに屋敷は焼け落ち、残されたものは何もなかった。
 彼女も、例外ではない。あの快活な少女も、灰となり、跡形もなく消えた。

「アレクシス殿」

 アレクシスは声に反応し、ゆっくりと振り向いた。
 視線の先に立っていたのは、彼の叔父であり、王弟――カエルス・マクシミリアン・ヴァルトハイトだった。優雅な立ち居振る舞い、飾り気のない笑み。
 それは、表面上の温和さを演出するための仮面に過ぎないことを、アレクシスはよく知っていた。

「今年の大会も盛況だな」

 カエルスは、そう言いながら静かに隣の席へ腰を下ろす。アレクシスは、わずかに口角を上げ、作り笑いで返した。

「ええ。今年もまた、多くの強者が集まっているようです」

 礼儀正しい言葉遣い。だが、そこに親しみの色はない。カエルスもまた、同じように微笑みながら、杯を傾ける。

「そうだな。戦士たちの技を磨く場として、これほどふさわしいものはない」

 何気ない世間話。
 だが、その言葉の裏には、何かを探るような気配があった。
 アレクシスは、杯を軽く傾けつつ、内心で警戒を強める。叔父との関係が良好でないことは、互いに承知している。表向きの礼儀を守りながらも、心の内では剣を突きつけ合うような距離感だった。
 アレクシスは、彼の視線を一瞬だけ鋭く捉えたが、すぐに視線を競技場へと戻した。

「まもなく、王が大会の開幕を宣言される」

 カエルスが告げる。観衆の歓声が大きくなる。武術大会が、幕を開ける。
 この場に集った者たちの中に、アレクシスはまだ知らぬ"ある存在"がいることを、この時はまだ、知る由もなかった。

 闘技場の熱気が渦巻く中、歓声と剣戟の音が響き渡る。
 だが、アレクシスの目を惹いたのは、名のある剣士たちではなかった。彼の視線は、ひとりの無名の剣士に向けられていた。
 黒の戦闘服に身を包み、無駄のない動きで立つその姿。華美な装飾もなければ、顔を隠すための仮面もない。銀色の髪は長く、後ろで一つに結われている。光の加減で白銀にも見えるそれは、手入れが行き届いており、余計な飾りがなくとも目を引いた。

 しかし、最も特徴的なのは、左目を覆う黒い眼帯だった。右目は鋭く研ぎ澄まされており、その視線には獲物を逃さない猛禽のような鋭さがある。軽装ではあるが、左腕には幾重にも巻かれた包帯が見えた。単なる怪我隠しには見えない。何かを"封じる"ように、しっかりと巻かれている。身なりに派手さはない。
 だが、纏う雰囲気が明らかに異質だった。まるで、戦場からそのまま抜け出してきたかのような――そんな存在感。

 アレクシスは、知らずのうちにその剣士へと意識を向けていた。

(どこかの騎士団の出身か……それとも、流れの剣士か?)
 アレクシスは眉をひそめる。

 その名は――サーディス。初めて聞く名だった。王国に名を馳せた騎士の中に、この名の者はいない。いかなる戦場にも、名を刻んだ記録はない。
 ならば、辺境の戦士か、それとも剣を渡り歩く傭兵か。
 だが、そのどれとも違う気がする。

(妙だ……剣士として、洗練されすぎている)

 単なる武闘派ではない。剣士としての完成度が、まるで長年鍛え抜かれた"戦場の兵"のようだった。名も知らぬ者が、この戦場に立っている違和感が拭えない。そんな疑念を抱く中、戦いの鐘が鳴る。

「サーディス、試合開始だ!」

 対戦相手は、王都守備隊の一人。王国でも名の知れた剣士であり、過去の大会でも上位に食い込んだ実力者だ。
 しかし――
「なっ……!?」

 戦いは一瞬で終わった。サーディスは剣を抜き、わずか数手で相手を沈めた。観客席がどよめく。信じられない、といった表情の者が多い。それほどまでに、あまりにも速すぎた。
 相手が剣を振り下ろすよりも早く、サーディスはその動きを見切り、足元を崩す。次の瞬間には、正確無比な一撃が繰り出され、相手の喉元に剣が突きつけられていた。動きは洗練されていた。一切の無駄がない。
 必要な動作だけを重ね、敵を倒すための"最短距離"をなぞるような剣捌き。華やかさも、荒々しさもない。ただ、静かに、的確に――戦いが終わった。

 アレクシスは、無意識に腕を組んだ。

「……ふむ」
 冷静な声を漏らしながらも、その内心では驚きを隠せなかった。

 相手の動きを先読みし、"戦いの決着"を決める。敵が何をするかを見極め、動く前に封じる。この剣技は、ただの剣士のものではない。
(まるで……戦場で培われた剣技のようだ)
 闘技場での戦いではなく、命を奪い、命を拾う戦いを知っている者の動き。観客席が歓声を上げる中、サーディスは特に喜ぶ様子もなく、静かに勝利を受け入れた。
 そして、ゆっくりと視線を上げ――アレクシスの目を、一瞬だけ、まっすぐに捉えた。

(目が合った……?)
 不意に心臓が跳ねる。一瞬、視線が交差しただけ。

 だが、それだけでなぜかアレクシスは言い知れぬ動揺を覚えた。目の錯覚かもしれない。
 いや、そうではない。サーディスは、確かにこちらを見ていた。
 あの眼帯の下に隠された目が何を見ているのか――その冷たい光に、彼は一瞬だけ囚われた気がした。

 それからの試合は、驚異的なものだった。サーディスは、圧倒的な実力で次々と対戦相手を打ち倒していく。剣士たちは、皆それなりに名を馳せた者たちだった。熟練の戦士や騎士団の精鋭、過去の大会で上位に食い込んだ者たち。
 しかし――誰一人として、サーディスを止めることはできなかった。

「くっ……こいつ、何者だ……!」
「速すぎる……!」

 戦いは、まるで一方的な劇だった。サーディスは、全ての攻撃を見透かしているかのように回避し、的確に急所を突く。相手が剣を振るう前に、既に彼女の刃は動いている。相手が退こうとする瞬間、先回りするかのように追撃が飛ぶ。迷いなく、確実に。その剣筋には、"迷い"が一切なかった。
 最初は歓声に包まれていた闘技場だったが、次第にどよめきが広がっていく。

「……まさか、あの相手をも倒すとは……!」
「優勝候補だった騎士を、一瞬で……?」
「ありえない……!」

 サーディスの強さは、単なる"無名の挑戦者の快進撃"ではなかった。彼女の戦いぶりは、他の剣士たちとは決定的に異なっていた。それは、まるで"本当の戦場"にいるかのような戦い方。華やかな技巧や派手な剣技ではない。ただ、"敵を倒すための最短の手段"だけを選び続ける。その無駄のない動き、研ぎ澄まされた攻撃――。
 まるで、これまでに"何人もの命を奪ってきた者"の剣だった。

 アレクシスの隣に座る叔父カエルスが口を開く。
「ほう……面白いな」

 目を細めながら、闘技場を見下ろす。
「これほどの使い手が、無名とはな」

 その声は興味深げでありながら、どこか含みのあるものだった。
 アレクシスは、静かに頷く。

「ええ……ただの流れの剣士ではないでしょう」

 無名の剣士がここまで強いというのは、あまりにも不自然だった。どこかの流派の出身か、あるいは何らかの組織に属していたのか。だが、彼女の剣には"流派"の色がなかった。彼女の剣筋は、"剣術"ではない。それは"殺しの技術"だった。ただの剣士ではない。彼女は、"何かを隠している"。
 アレクシスは、サーディスの剣さばきをじっと見つめながら、確信に近い思いを抱いた。

(この女……間違いない。戦場を知る者の剣だ)

 サーディスの剣は、相手を"倒すためのもの"ではない。殺すための剣だった。それは、剣術の型や流儀を超えた、もっと純粋なもの。
 "生存のための技"。"勝つためではなく、生き延びるための剣"。その剣が、彼女が何者なのかを物語っていた。
 アレクシスの脳裏に、問いが刻まれる。

 ――彼女は、何者なのか。

 
 サーディスは決勝へと駒を進めた。
 だが、その勝負は"決闘"とは呼べないものだった。

 ――"鎧袖一触"。

 開始の合図と同時に、勝負が決まった。
 サーディスの剣が閃き、対戦相手は動く間もなく地に伏した。

 観客席にどよめきが走る。
 だが、アレクシスはただ、目の前の"異質な騎士"を見つめていた。

(この女……何者だ?)

 それが分かるまで、彼は彼女から目を離すことはできなかった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

死に戻ったら、私だけ幼児化していた件について

えくれあ
恋愛
セラフィーナは6歳の時に王太子となるアルバートとの婚約が決まって以降、ずっと王家のために身を粉にして努力を続けてきたつもりだった。 しかしながら、いつしか悪女と呼ばれるようになり、18歳の時にアルバートから婚約解消を告げられてしまう。 その後、死を迎えたはずのセラフィーナは、目を覚ますと2年前に戻っていた。だが、周囲の人間はセラフィーナが死ぬ2年前の姿と相違ないのに、セラフィーナだけは同じ年齢だったはずのアルバートより10歳も幼い6歳の姿だった。 死を迎える前と同じこともあれば、年齢が異なるが故に違うこともある。 戸惑いを覚えながらも、死んでしまったためにできなかったことを今度こそ、とセラフィーナは心に誓うのだった。

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

転生したら悪役令嬢になりかけてました!〜まだ5歳だからやり直せる!〜

具なっしー
恋愛
5歳のベアトリーチェは、苦いピーマンを食べて気絶した拍子に、 前世の記憶を取り戻す。 前世は日本の女子学生。 家でも学校でも「空気を読む」ことばかりで、誰にも本音を言えず、 息苦しい毎日を過ごしていた。 ただ、本を読んでいるときだけは心が自由になれた――。 転生したこの世界は、女性が希少で、男性しか魔法を使えない世界。 女性は「守られるだけの存在」とされ、社会の中で特別に甘やかされている。 だがそのせいで、女性たちはみな我儘で傲慢になり、 横暴さを誇るのが「普通」だった。 けれどベアトリーチェは違う。 前世で身につけた「空気を読む力」と、 本を愛する静かな心を持っていた。 そんな彼女には二人の婚約者がいる。 ――父違いの、血を分けた兄たち。 彼らは溺愛どころではなく、 「彼女のためなら国を滅ぼしても構わない」とまで思っている危険な兄たちだった。 ベアトリーチェは戸惑いながらも、 この異世界で「ただ愛されるだけの人生」を歩んでいくことになる。 ※表紙はAI画像です

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

三歩先行くサンタさん ~トレジャーハンターは幼女にごまをする~

杵築しゅん
ファンタジー
 戦争で父を亡くしたサンタナリア2歳は、母や兄と一緒に父の家から追い出され、母の実家であるファイト子爵家に身を寄せる。でも、そこも安住の地ではなかった。  3歳の職業選別で【過去】という奇怪な職業を授かったサンタナリアは、失われた超古代高度文明紀に生きた守護霊である魔法使いの能力を受け継ぐ。  家族には内緒で魔法の練習をし、古代遺跡でトレジャーハンターとして活躍することを夢見る。  そして、新たな家門を興し母と兄を養うと決心し奮闘する。  こっそり古代遺跡に潜っては、ピンチになったトレジャーハンターを助けるサンタさん。  身分差も授かった能力の偏見も投げ飛ばし、今日も元気に三歩先を行く。

処理中です...