9 / 68
王子護衛騎士編
王子とお茶会②
しおりを挟む<前書き>――――――――――――――――――
本編は第15話までゆっくりと進む展開になっています。
テンポよく物語を追いたい方は、『王子護衛騎士編』の『ここまでの人物紹介』を先に読んでから続きを進めるのがおすすめです。
人物や関係性を把握した状態で読めるので、スムーズに物語に入り込めます。
じっくり読みたい方はそのままどうぞ。お好みのスタイルでお楽しみください!
<前書き>――――――――――――――――――
夕陽が差し込み、金色の光が白いテーブルクロスを優しく照らしていた。茶器に注がれた紅茶の湯気がゆるやかに立ち上る。
王子アレクシスは、興味深げに対面に座るサーディスを見つめていた。
「君のことはあまり詳しくは知らない。詩歌に詳しいことは分かったが、他には何かないかな」
穏やかに語る王子の声に、周囲の貴族たちも興味を示す。
サーディスは静かに杯を置いた。そして、涼やかな声音で答える。
「では、余興程度の特技を……嘘を、どんなものでも見抜けます」
その場の空気がわずかに変わった。王子は微かに眉を上げ、目を細める。
「それは面白いな」
貴族たちの間にもざわつきが広がる。
「嘘を見抜く、か……」
王子は口元に指を添え、わずかに考え込むような仕草を見せた。
「では、試してみよう。今から五つの情報を言う。そのうち一つだけが嘘だ」
サーディスは静かに頷いた。王子は少し考え、言葉を紡ぐ。
「王族でありながら剣の腕を磨いているのは、昔、年下の子に負けたことが悔しかったから」
王子の瞳がわずかに遠くを見た。
「子供の頃、剣の試合で負けたことがある。その時の相手は貴族の子息だったが、随分と手厳しくやられたものだよ」
軽く笑いながらそう言ったが、その声音の奥には、微かな懐かしさが滲んでいた。
(……本当だ)
彼は確かに剣術を磨いてきた。そして、それを始めるきっかけになったのは、幼い頃の出会いだった。
だが、その相手の名前は――
王子は、その考えを振り払うように続けた。
今度は、特に表情を変えずに言った。
「詩歌の話が出たことだし、ついでに言っておこう。アーカーシャの唄は、私が特に気に入っているものの一つだ」
静かな口調だったが、少しだけ早口だった。
(……さて、どう答えるかな?)
王子はサーディスの反応を探るように、ゆっくりと茶を口にした。
「……子供の頃は、誰しも愚かなことをするものだ」
王子はそう言って微かに苦笑した。
「私は幼い頃、夜中にどうしても甘いものが食べたくなり、厨房に忍び込んだことがある。執事に見つかり、ひどく怒られたがな」
貴族たちの間から、くすくすと笑いが漏れた。
「それは、また……意外ですな」
「陛下には知られなかったので?」
「さすがにそこまでは行かなかったよ。執事が私を庇ってくれたからな」
少し懐かしげに言った王子だったが、サーディスの目は静かに彼を見つめていた。
「私は一度、騎士になることを夢見たことがある」
貴族の一人が驚いたように口を開いた。
「ほう、それはまた……王族としての責務がある中で、なぜ?」
「子供の頃、戦場に立つ騎士たちを見て憧れたのだよ。剣を振るい、国のために戦う姿は実に美しかった」
王子はゆっくりと紅茶を口に含んだ
。
「しかし、私は王族。兵を率いる立場であっても、剣を取ることは許されない」
「ですが、今は剣術を鍛えておられますね?」
サーディスが静かに問いかけた。王子は目を細め、微笑んだ。
「そうだな……だが、それはあくまで"護身のため"。本来、王族が戦うことなどあってはならないのだ」
どこか遠い響きを持つ言葉だった。
「これは、私の過去のちょっとした逸話だ」王子は肩をすくめた。
「私は昔、一度だけ、公爵令嬢に求婚されたことがある。舞踏会の最中のことだった」
「まあ、それは……」
貴族たちが一斉に関心を示した。
「それはまた……どのような経緯で?」
「単純な話だ。彼女は王家との結びつきを求めたのだろう。だが、私は特に気にもせず、翌日には忘れていた」
サーディスは静かに彼の言葉を聞いていた。
王子は、サーディスの視線を受けながら、わずかに口角を上げた。
「さて、サーディス。私の言った五つの話のうち、どれが嘘だと思う?」
場の視線が彼女に集まる。貴族たちも興味津々といった様子で見守っていた。
サーディスは、ゆっくりと目を閉じ、一つずつ言葉を噛み締めるように考える。
そして、静かに目を開いた。
「答えは……」
王子は彼女の言葉を待つ。
紅茶の湯気が、二人の間を静かに揺らめいていた。
サーディスは静かに王子を見つめた。彼の瞳には、いつもの余裕と穏やかさが宿っている。まるで、彼女の反応を楽しんでいるかのように。
貴族たちは興味津々といった様子で二人を見つめていた。サーディスの礼儀作法が意外にも洗練されていたこと。そして、王子がこうして彼女をからかうように話していること。
そのどちらもが、彼らにとって新鮮な光景だった。
「……王子も、意地が悪いですね」
サーディスは、淡々とした口調で言った。
「どれも本当のことなのでしょう?」
王子の目がわずかに細められる。彼女の反応を確認するように、静かに微笑んだ。
「認めよう。確かに、どれも"本当のこと"だ」
彼は、そう軽く言ってのける。貴族たちの間から、笑い声が上がる。
「なるほど、王子殿下はまた興味深い方をお連れになったようですな」
「武人でありながら、詩歌を口にし、礼儀作法も心得ているとは……」
「まさか、どこかの名門の出では?」
彼らの言葉には、純粋な驚きと興味が混じっていた。
サーディスは、その視線を冷静に受け止めながらも、心の奥で小さく息をつく。
(これ以上、詮索されるのは面倒だ)
だが、王子は特にそのことを気にした様子もなく、サーディスをじっと見つめていた。
彼の視線の奥には、かすかな探るような色が混じっていたが、サーディスはそれを受け流すように、再び静かに杯を手に取った。
「……茶が冷めてしまいますね」
その一言で、場の空気が和らぐ。貴族たちも笑みを交わし、再び談笑が始まった。
だが、王子だけはどこか満足げな表情を浮かべて、サーディスを見つめ続けていた。
茶の香りが静かに漂う。
サーディスと向かい合いながら、私――アレクシスは慎重に言葉を選んだ。
「君について、まだ詳しく聞いていなかったな。生まれはどこなんだ?」
サーディスは微かに瞬きをしたが、特に動揺した様子も見せずに答えた。
「隣国の辺境の寒村の出身です」
「国外?」
私は眉を寄せた。
「ええ。小さな村でしたが、大きな火事で村は全滅しました。生き残ったのは、私だけです」
サーディスの口調は淡々としていたが、その冷静さが逆に違和感を覚えさせた。
「……君だけが?」
「ええ。おそらく、ですが」
表情ひとつ変えずにそう言い切る。その態度は、まるで過去の痛みをすでに切り捨てたかのようだった。
「その後、どうやって生き延びた?」
「山で隠遁者に拾われました。そこで武芸を叩き込まれました」
私はサーディスの仕草を見ながら、考える。
「なるほど。その隠遁者が貴族としての教養も教えたということか?」
サーディスは否定した。
「いいえ。貴族の教養は、傭兵団にいた時に学びました」
「傭兵団?」
「生きるために、金を稼ぐ必要がありました。ある傭兵団に一時的に所属したことがあります。そこで出会った"貴族崩れ"が、貴族の作法を教えてくれました」
私はその言葉を聞きながら、無意識に指でカップの縁をなぞった。
――違和感。
彼女の言葉に明確な嘘はない。
だが、"何か"を隠している。すべてが虚構というわけではなく、真実の中に巧妙に嘘を混ぜている感覚。
「なるほど。君はたまたま教えを受けたというわけか」
「ええ。ですが、貴族の正式な教育を受けたわけではありませんので、あまり大層なものではありません」
サーディスはそう言いながら、微かに話題を逸らすようにカップを持ち上げ、静かに口をつけた。
……うまい。
彼女は自らの素性に触れられたくない。だが、不自然に話を切るのではなく、あくまで"自然に"話を終わらせる技術を持っている。
それに気づいた私は、サーディスの手元を見つめながら考える。
(おそらく彼女は、高度な教育を受けている)
大商人の家の出か、あるいは貴族の出身か。
しかし、彼女の外見がその考えを否定させる。
――銀の髪。
――赤い瞳。
貴族の世界において、彼女のような容姿を持つ者は極めて少ない。もし貴族として育てられたのなら、私が覚えていないはずがない。
(国外の出身、というのは本当なのかもしれない)
だが、それならば――"なぜ、彼女に懐かしさを覚えたのか"。
彼女の話の中には、嘘がある。はっきりとは分からないが、私の本能がそう告げていた。
彼女は、信用できると言えばできるし、できないと言えばできない。少なくとも、彼女は"明らかな嘘"で私を煙に巻こうとしている。
何かを隠している。それは、間違いない。
だが――この数日間、彼女の言動を見ていれば、嘘をついているとはいえ、不誠実な振る舞いをしているわけではない。
彼女は実直だ。愛想はないが、任務に対して忠実で、余計なことをしない。だからこそ、私は彼女を"泳がせる"ために、自由な時間をある程度与えていた。
……だが、怪しい行動は一切ない。
慎重になっているだけかもしれないが、それでも"何かを企んでいる"素振りは見せない。
(彼女は敵か? それとも味方か?)
――長い付き合いになる。
先日、自分でそう言った言葉が、今になって思い起こされた。
サーディス。
果たして、彼女はどこから来て、何を目的にここへ来たのか。私の懐かしさの正体は、一体何なのか。
それを知るのは、きっとまだ先のことになるだろう。
その時、サーディスの手が一瞬止まった。
カップを置く手の動きが、わずかに遅れる。
まるで、何かを考えているかのように。
(……?)
私は、彼女の指先を見つめた。
サーディスは、何事もなかったかのように視線を上げる。
「王子?」
何も知らない、という顔で。
だが、その瞳の奥には、確かに"何か"があった。
0
あなたにおすすめの小説
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます
腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった!
私が死ぬまでには完結させます。
追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。
追記2:ひとまず完結しました!
死に戻ったら、私だけ幼児化していた件について
えくれあ
恋愛
セラフィーナは6歳の時に王太子となるアルバートとの婚約が決まって以降、ずっと王家のために身を粉にして努力を続けてきたつもりだった。
しかしながら、いつしか悪女と呼ばれるようになり、18歳の時にアルバートから婚約解消を告げられてしまう。
その後、死を迎えたはずのセラフィーナは、目を覚ますと2年前に戻っていた。だが、周囲の人間はセラフィーナが死ぬ2年前の姿と相違ないのに、セラフィーナだけは同じ年齢だったはずのアルバートより10歳も幼い6歳の姿だった。
死を迎える前と同じこともあれば、年齢が異なるが故に違うこともある。
戸惑いを覚えながらも、死んでしまったためにできなかったことを今度こそ、とセラフィーナは心に誓うのだった。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
三歩先行くサンタさん ~トレジャーハンターは幼女にごまをする~
杵築しゅん
ファンタジー
戦争で父を亡くしたサンタナリア2歳は、母や兄と一緒に父の家から追い出され、母の実家であるファイト子爵家に身を寄せる。でも、そこも安住の地ではなかった。
3歳の職業選別で【過去】という奇怪な職業を授かったサンタナリアは、失われた超古代高度文明紀に生きた守護霊である魔法使いの能力を受け継ぐ。
家族には内緒で魔法の練習をし、古代遺跡でトレジャーハンターとして活躍することを夢見る。
そして、新たな家門を興し母と兄を養うと決心し奮闘する。
こっそり古代遺跡に潜っては、ピンチになったトレジャーハンターを助けるサンタさん。
身分差も授かった能力の偏見も投げ飛ばし、今日も元気に三歩先を行く。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
皆様ありがとう!今日で王妃、やめます!〜十三歳で王妃に、十八歳でこのたび離縁いたしました〜
百門一新
恋愛
セレスティーヌは、たった十三歳という年齢でアルフレッド・デュガウスと結婚し、国王と王妃になった。彼が王になる多には必要な結婚だった――それから五年、ようやく吉報がきた。
「君には苦労をかけた。王妃にする相手が決まった」
ということは……もうつらい仕事はしなくていいのねっ? 夫婦だと偽装する日々からも解放されるのね!?
ありがとうアルフレッド様! さすが私のことよく分かってるわ! セレスティーヌは離縁を大喜びで受け入れてバカンスに出かけたのだが、夫、いや元夫の様子が少しおかしいようで……?
サクッと読める読み切りの短編となっていります!お楽しみいただけましたら嬉しく思います!
※他サイト様にも掲載
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる