忠誠か復讐か――滅びの貴族令嬢、王子の剣となる

案山子十六号

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動乱編

サーディスとアレクシス③

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(……さて、私はどうするべきか)

 王子を守ることはできる。それが"仕事"だからだ。
 だが、それは"正しい選択"なのか?
 サーディスの復讐の目的は、王家の内乱とは関係ない。彼女が狙うのは、十年前に自分たちを破滅させたものたち。

 ――王子アレクシスが生き延びたとして、それは復讐の助けになるのか?

 ――それとも、新王側についたほうが、目的を果たしやすいのか?

論理的に考えれば、今のシス様に従い続けることは"危険"だった。

(……新王側につけば、貴族たちの信頼を得ることができる)

 今の王都は、新王派が勢力を増している。王子が反逆者として追われる以上、彼に忠誠を誓い続けることは、王都へ戻った際に敵として扱われるリスクを伴う。
 しかし、新王派につけば、王都に潜り込みやすくなる。貴族たちに認められ、情報を集めやすくなり、狙うべき"仇"を一人ずつ潰していくこともできる。
 それが、もっとも合理的な選択だった。

(ならば、今ここでシス様を切るのも手だ)

 王子の首と、彼が持つ"聖剣"を持ち帰れば、新王側に忠誠を示せる。功績を認められ、"裏切り者"ではなく"英雄"として迎えられる可能性だってある。
 それでも私は剣を抜こうとはしなかった。
 ほんの一瞬、自分の胸の奥にある"感情"を見つけた。

 ――シス様を、守りたい。

 その言葉が脳裏をよぎった瞬間、私は奥歯を噛みしめた。

(……何を考えている? そんなものは、一時の感傷に過ぎない)

 かつての記憶が彼女を揺らがせているのか?
 幼き日に交わした剣の稽古の記憶が、今の彼を"昔のままのシス様"だと錯覚させているのか?
 私は、すぐにその考えを振り払った。

(シス様を選ぶのは、感情ではない)

 冷静に考えれば、今の時点で新王側に寝返るのは"悪手"だった。
 たとえシス様を討ち、新王のもとへ首を持ち帰ったとしても――"裏切り者は、決して信頼されることはない"
 ゼファルだけではない。討つべき"仇"は、まだ他にもいる。新王の側についたとしても、彼らを確実に始末する機会を得られるとは限らない。

 ならば――

(シス様の側にいたほうがいい)

 彼の側にいれば、新王側からの動きも監視できる。貴族たちがどこまで関与しているのか、裏で誰が糸を引いているのか、より多くの情報を得ることができる。
 なにより、王子が生き延びる限り、新王派は王都の支配を完全なものにできない。

(まだ、時期ではない)

 だからこそ、シス様の護衛として残る。それが最善の選択だから。

 "シス様を選ぶのは、決して感情的な判断ではない"

 ただ、合理的に"復讐の可能性が高い方を選んだ"だけだ。
 ゆっくりと息を吐いく。

(――それだけのことだ)

 自分にそう言い聞かせながらも、胸の奥のどこかで、別の何かが微かに疼くのを無視した。
 私は静かに歩を進め、王子の隣に並んだ。

「……王子、どうなさるおつもりですか?」
 王子は、ゆっくりと私を見た。彼の目には、決意が宿っていた。

「私に"王を奪われたままでいろ"とでも言うのか?」
 シス様は小さく笑った。

「……"反撃の機会をうかがう"。それが、答えだ」

 私は、その言葉を聞いて小さく頷いた。

(ならば、私は"それに従う"だけ)

 これは忠誠ではない。感情ではない。ただの"合理的な判断"。
 それがどんな結末を迎えるとしても。今は、それが最善の道なのだ。



 私――アレクシスは静かに足を止めた。
 手は自然と剣の柄に添えられ、目の前のサーディスを見つめる。
 そして、何気なく問いかけた。

「……君こそ、それでいいのか?」

 私の声には、慎重な"探り"が含まれていた。
 彼女は微かに眉を寄せる。

「……何がでしょう?」

 私は肩をすくめ、軽く笑ってみせる。

「君が本当に現実的な判断をするのなら、私の首を取るのが最善の手だぞ?」

 冗談めかした口調だったが、内心はそうではなかった。今この瞬間が"分岐点"になってもおかしくはない。

 ――もし、サーディスが裏切るなら、今がその時だ。

 彼女は、私よりも遥かに強い。私がどれだけ剣を振るおうと、彼女の前では大した脅威にはならないだろう。もしも今、彼女が本気で剣を振るえば……私は"あっけなく"終わる。
 それを彼女が理解していないはずがない。
 それなのに――サーディスは何も言わず、ただ剣の柄に軽く触れたまま、淡々と答えた。

「……私は、"王子の騎士"です。それ以上でも、それ以下でもありません」

 私は目を細めた。

(……本当に、そうなのか?)

 彼女の声は、感情の起伏を感じさせない。
 だが、その言葉には確かな"意志"があった。

 私は、ふっと息をつく。

「いいのか?」
「何がです?」

「私は君の働きに報いることができないかもしれない」

 軽い冗談のように言ったつもりだったが、その奥に滲んだのは"本音"だった。私は、どれだけ足掻こうと、敗れる可能性がある。王座にたどり着く前に"散る"かもしれない。

 その時、彼女はどうなる?
 私と共に死ぬのではないか?

 ――それだけは避けたかった。

 だが、彼女は静かに目を伏せ、短く答えた。

「では……"貸し"ということで。未来の陛下への」

 私は、その言葉に目を丸くした。次の瞬間、ふっと小さく笑う。

「……なるほど。では、"貸し"だな」
「ええ。お忘れなく」

 私は、剣の柄を軽く叩きながら、冗談めかして口を開く。

「では、その時の"褒美"は何がいい?」

 彼女はわずかに考える素振りを見せ、静かに答えた。

 「……そうですね。"爵位"でもいただきましょうか」

 私は、思わず目を瞬かせた。次の瞬間、微かに笑う。

「"君が貴族"か……それは面白い」
「私は正当な報酬を望んでいるだけです」

 彼女の口元が、ほんの僅かに緩んでいた。サーディスがこうして冗談めいたことを言うのは、珍しい。


 私はふと考える。

 ――父が彼女を"私の護衛に選んだ"のは、本当に偶然だったのか?

 父は、戦乱の世を生き抜いた人物だ。人を見る目もあった。彼が、サーディスを"護衛にするよう命じた"のは、剣の腕だけではない。
 この日が来ることを、予感していたのではないか?

 ――"私が、すべてを失いかける日が来ることを"。

 そして、その時に"私を守る者"として、"サーディス"を選んだのではないか?
 私は、静かにサーディスを見つめる。彼女もまた、同じように私を見ていた。
 そして、二人はほんのわずかに、笑った。それは、暗い未来の中で交わされた、束の間の"信頼"の証。

 彼女は、私を守るために命をかけると誓った。
 ならば――私も彼女を信じよう。
 命をかけて。
 この"心地よさ"もきっと、それを望んでいるのだろうから。
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