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動乱編
王都
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王城の奥深く、厳かに設えられた謁見の間。高い天井にそびえ立つ黒曜石の柱、燭台に揺れる仄暗い灯火。豪奢な装飾に覆われながらも、どこか冷たい空気が漂うこの空間には、かつて王が政を執った威厳の名残があった。
その中心。漆黒の石で作られた重厚な玉座に、一人の男が座っていた。
カエルス・マクシミリアン・ヴァルトハイト。
王子アレクシスの叔父にして、新たな"王"を僭称した男。その姿は、一見すると気品に満ちていた。銀糸の刺繍が施された深紅の王衣、鋭く整えられた黒髪、貴族らしい端整な顔立ち。
だが、その瞳だけは異質だった。冷徹に研ぎ澄まされた、"氷の刃"のような瞳。感情を一切見せることなく、ただ、すべてを計算し尽くしているかのような視線。
「……王子と、その護衛が生き延びたか」
玉座の前に跪く部下たちからの報告を受け、カエルスはゆっくりと指先を叩いた。
カツ、カツ、カツ……。
規則正しく響く音が、謁見の間の静寂を支配する。やがて、彼は口を開いた。
「ヴォルネス公の無様な失態だな」
低く呟いたその声には、わずかな感情も滲んでいなかった。その場にいた数名の貴族たちは、恐れを抱きながらも、必死に言葉を紡ぐ。
「し、しかし陛下……王子は、すでに"亡き者"とされたも同然。今さら生き延びたところで、何の影響も――」
「愚か者」
カエルスの冷たい声が、貴族の言葉を遮る。室内の空気が、一瞬にして凍りついた。
「"聖剣"を持つ限り、王子はまだ生き続ける」
燭台の炎が揺らめく。
「王とは、単なる王座に座る者ではない。"王を証明する力"を持つ者こそが、本物の王となる」
彼は、ゆっくりと立ち上がった。
「王権とは"象徴"だ。正統なる証がなければ、人は新たな王を求めることになる」
「……つまり?」
震えるように言葉を発した貴族の一人を、カエルスは冷ややかに見下ろす。
彼の口元に、僅かに微笑が浮かんだ。
「聖剣がある限り、王子は生き続ける」
その意味を理解した者たちは、息を呑む。
「ならば、どうするべきか?」
足音を響かせながら、カエルスは部下たちを見回した。
「"死んでもらう"のが、最も確実だ」
まるで、何の感情も込められていない一言。だが、それは、彼にとって"すでに決まっている結論"だった。室内には重い沈黙が落ちる。誰もが息を潜め、"新王"の意向を伺っていた。
カエルスは、ゆっくりと玉座へ戻ると、指を軽く弾いた。
「すぐに追っ手を放て」
静かな声が、命令として響いた。
「"王子の首"と、"聖剣"を持ち帰れ」
カエルスは、僅かに目を細めながら、遠くを見つめた。
「王は、"この私"だということを、この国に知らしめるためにな」
王宮の大扉が静かに開く。廊下の灯火に照らされ、黒い影がゆっくりと姿を現した。漆黒の長衣を纏い、腰には闇より生まれたような短剣を提げている。
長身で引き締まった体躯。鋭利な刃のように整った顔立ち。その目は冷徹で、一切の感情を映さない。
"王直属の精鋭"クレストの一人、ゼファル。
彼は足音すら立てずに進み、静かに片膝をついた。その動作は流れるように滑らかで、一切の無駄がない。まるで影が形を成したように、そこに在る。
カエルス・ヴァルトハイトは、その姿を見下ろしながら低く命じた。
「"王子と護衛を始末せよ"」
ゼファルは微かに目を細めた。
「"御意"」
その瞬間、命令は絶対のものとなった。ゼファルは、何のためらいもなく立ち上がると、音もなくその場を後にする。
王の命令は"絶対"。王の秩序を乱す者は、静かに闇に葬られる。それが影の役目。それ以上でも、それ以下でもない。
歩きながら、ゼファルは冷静に思考を巡らせる。標的は二人。王子アレクシスと、その護衛サーディス。王子は確かに狙うべき存在だが、問題は護衛の剣。
(……"サーディス")
ゼファルは、その名を脳内で反芻した。ただの護衛ではない。
王子を守るためだけに現れた者。そしてその戦いぶりは、異様だった。
("あの剣"は、ただの剣技ではない)
戦場で鍛えられた者ならば分かる。剣筋の速さ、力の制御、殺意の鋭さ。彼女の動きは、"殺すこと"に特化している。
ゼファルには分かる。
("人を斬ることに慣れすぎている")
つまり、"経験"がある。王子の護衛としての役目だけでは説明がつかない"何か"がある。
(……"俺と同じ"か?)
かつて、ゼファルは暗殺者としての訓練を受けた。何度も"殺し"を重ね、影として生きる術を叩き込まれた。
サーディスの動きには、その名残を感じる。
(ならば、先に"彼女"を仕留める)
王子は戦場経験が浅い。だが、サーディスがいる限り、王子を守られ続ける。
最も確実なのは"王子に手を出す前に、サーディスを殺すこと"。そうすれば、王子は容易く落ちる。
ゼファルは、既に王子たちの逃亡経路を予測していた。
("国境の騎士団"に向かうか……)
今、王子が頼れる勢力はほとんどない。クレストはすでに王宮を掌握し、貴族たちも新王側についている。
生き延びるための選択肢は、ごく限られている。王子が動けるのは"王都の外"。
そして、"国境の騎士団"だけが、王子を受け入れる可能性がある。
(……ならば、先回りするだけだ)
ゼファルは、黒衣を翻し、夜の闇へと溶け込んだ。音もなく、気配もなく。狩りが、始まる。
その中心。漆黒の石で作られた重厚な玉座に、一人の男が座っていた。
カエルス・マクシミリアン・ヴァルトハイト。
王子アレクシスの叔父にして、新たな"王"を僭称した男。その姿は、一見すると気品に満ちていた。銀糸の刺繍が施された深紅の王衣、鋭く整えられた黒髪、貴族らしい端整な顔立ち。
だが、その瞳だけは異質だった。冷徹に研ぎ澄まされた、"氷の刃"のような瞳。感情を一切見せることなく、ただ、すべてを計算し尽くしているかのような視線。
「……王子と、その護衛が生き延びたか」
玉座の前に跪く部下たちからの報告を受け、カエルスはゆっくりと指先を叩いた。
カツ、カツ、カツ……。
規則正しく響く音が、謁見の間の静寂を支配する。やがて、彼は口を開いた。
「ヴォルネス公の無様な失態だな」
低く呟いたその声には、わずかな感情も滲んでいなかった。その場にいた数名の貴族たちは、恐れを抱きながらも、必死に言葉を紡ぐ。
「し、しかし陛下……王子は、すでに"亡き者"とされたも同然。今さら生き延びたところで、何の影響も――」
「愚か者」
カエルスの冷たい声が、貴族の言葉を遮る。室内の空気が、一瞬にして凍りついた。
「"聖剣"を持つ限り、王子はまだ生き続ける」
燭台の炎が揺らめく。
「王とは、単なる王座に座る者ではない。"王を証明する力"を持つ者こそが、本物の王となる」
彼は、ゆっくりと立ち上がった。
「王権とは"象徴"だ。正統なる証がなければ、人は新たな王を求めることになる」
「……つまり?」
震えるように言葉を発した貴族の一人を、カエルスは冷ややかに見下ろす。
彼の口元に、僅かに微笑が浮かんだ。
「聖剣がある限り、王子は生き続ける」
その意味を理解した者たちは、息を呑む。
「ならば、どうするべきか?」
足音を響かせながら、カエルスは部下たちを見回した。
「"死んでもらう"のが、最も確実だ」
まるで、何の感情も込められていない一言。だが、それは、彼にとって"すでに決まっている結論"だった。室内には重い沈黙が落ちる。誰もが息を潜め、"新王"の意向を伺っていた。
カエルスは、ゆっくりと玉座へ戻ると、指を軽く弾いた。
「すぐに追っ手を放て」
静かな声が、命令として響いた。
「"王子の首"と、"聖剣"を持ち帰れ」
カエルスは、僅かに目を細めながら、遠くを見つめた。
「王は、"この私"だということを、この国に知らしめるためにな」
王宮の大扉が静かに開く。廊下の灯火に照らされ、黒い影がゆっくりと姿を現した。漆黒の長衣を纏い、腰には闇より生まれたような短剣を提げている。
長身で引き締まった体躯。鋭利な刃のように整った顔立ち。その目は冷徹で、一切の感情を映さない。
"王直属の精鋭"クレストの一人、ゼファル。
彼は足音すら立てずに進み、静かに片膝をついた。その動作は流れるように滑らかで、一切の無駄がない。まるで影が形を成したように、そこに在る。
カエルス・ヴァルトハイトは、その姿を見下ろしながら低く命じた。
「"王子と護衛を始末せよ"」
ゼファルは微かに目を細めた。
「"御意"」
その瞬間、命令は絶対のものとなった。ゼファルは、何のためらいもなく立ち上がると、音もなくその場を後にする。
王の命令は"絶対"。王の秩序を乱す者は、静かに闇に葬られる。それが影の役目。それ以上でも、それ以下でもない。
歩きながら、ゼファルは冷静に思考を巡らせる。標的は二人。王子アレクシスと、その護衛サーディス。王子は確かに狙うべき存在だが、問題は護衛の剣。
(……"サーディス")
ゼファルは、その名を脳内で反芻した。ただの護衛ではない。
王子を守るためだけに現れた者。そしてその戦いぶりは、異様だった。
("あの剣"は、ただの剣技ではない)
戦場で鍛えられた者ならば分かる。剣筋の速さ、力の制御、殺意の鋭さ。彼女の動きは、"殺すこと"に特化している。
ゼファルには分かる。
("人を斬ることに慣れすぎている")
つまり、"経験"がある。王子の護衛としての役目だけでは説明がつかない"何か"がある。
(……"俺と同じ"か?)
かつて、ゼファルは暗殺者としての訓練を受けた。何度も"殺し"を重ね、影として生きる術を叩き込まれた。
サーディスの動きには、その名残を感じる。
(ならば、先に"彼女"を仕留める)
王子は戦場経験が浅い。だが、サーディスがいる限り、王子を守られ続ける。
最も確実なのは"王子に手を出す前に、サーディスを殺すこと"。そうすれば、王子は容易く落ちる。
ゼファルは、既に王子たちの逃亡経路を予測していた。
("国境の騎士団"に向かうか……)
今、王子が頼れる勢力はほとんどない。クレストはすでに王宮を掌握し、貴族たちも新王側についている。
生き延びるための選択肢は、ごく限られている。王子が動けるのは"王都の外"。
そして、"国境の騎士団"だけが、王子を受け入れる可能性がある。
(……ならば、先回りするだけだ)
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