忠誠か復讐か――滅びの貴族令嬢、王子の剣となる

案山子十六号

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動乱編

投降

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 王子アレクシスは、静かに両手を上げ、堂々と敵の前に立った。

「ここにいる」

 彼の宣言とともに、森の静寂が破られた。ゼファルを筆頭に、追手の兵士たちの視線が一斉に王子へと集中する。

「……降伏する」

 王子はそう言い切ると、身につけていた武器を静かに地面に置いた。

「な……貴様……!」

 追手の兵士たちは、一瞬信じられないという表情を浮かべた。王子が素直に降伏するとは思ってもいなかったのだろう。
 しかし、ゼファルだけは違った。彼は王子をじっと見つめたまま、一歩、また一歩と近づいていく。
 王子は微笑を崩さない。

(……やはり、この男は"普通の兵士"とは違う)

 ゼファルは王子の体を観察するように見つめると、ふと目を細めた。

「……なるほど」

 彼の視線が、王子の腰元へ向かう。そこにあるべきものが、ない。

「聖剣が……ないな」
 低く呟くと同時に、ゼファルは静かに短剣を抜いた。

「貴様、剣をどこに隠した?」

 冷たく鋭い声が、王子の鼓膜を打つ。短剣の刃先が、王子の腹部へと押し当てられる。兵士たちが緊張した面持ちで王子を囲む中、アレクシスは微かに笑みを浮かべた。

「さて、な」

 ゼファルは、無表情のまま王子を見つめ続ける。

(……こいつ、時間を稼ぐつもりか?)

 計画では、この場で王子を処刑し、聖剣を回収する手筈だった。しかし、肝心の剣が見当たらない以上、即座に殺すわけにはいかない。

(この男……"誰か"に託したな)
 ゼファルの目がわずかに鋭くなる。

(護衛か……?)

 サーディスの存在が脳裏をよぎる。だが、王子が無事なのならば、彼女は"毒を口にしたはず"。今この場に姿を見せない以上、まだ動ける状態ではないと考えるべきだ。
 ゼファルは、一つ結論を出した。

「聖剣のありかを吐かせるため、"まだ生かしておけ"」

 彼は短剣を引き、鋭く部下へと指示を出す。

「拘束し、ヴォルネス公の城へ移送する」

 兵士たちは、王子の腕を固く縛り上げた。王子は痛みを感じる様子もなく、ただ静かに空を仰いだ。

(……頼んだぞ、サーディス)

 すべてを預けた相手に、わずかな希望を託しながら王子は捕らえられた。



 サーディスは、森の暗がりの中で息を殺しながら、王子を乗せた馬車の後ろ姿をじっと見つめていた。

(……シス様……)

 捕らえられた王子の背中が遠ざかっていく。それを止めることはできなかった。今の自分では、どうすることもできない。ほんのわずかに、安堵と焦燥が入り混じった感情が胸をよぎる。
 王子は、すぐには殺されない。ゼファルたちは聖剣を手に入れられなかった以上、王子を生かしておく"価値"がある。

(……すぐに処刑されることはない)

 王子は時間を稼いでくれた。だが問題は、ここからどうするかだった。
 目の前の選択肢は二つ。
 王子に言われた通り、聖剣を持って国境の騎士団に向かうか。それとも、王子を救いに行くか。
 だが、その前に"もう一つの問題"があった。

(……この毒が……邪魔だ)

 体の感覚が鈍い。手足に力が入らず、まともに立ち上がることすらできない。喉はひどく渇き、頭が鈍く重い。

(これでは、どこへ行くにしても……)

 ふと、視界が揺らぐ。頭の芯がぼんやりと霞んでいく。呼吸が浅くなる。指先に力が入らない。

(……休むべきか?)

 しかし、もしここで休んでしまえば王子はどうなる?
 この間にも、彼は敵地へと運ばれている。自分が何もしなければ、やがて処刑されるかもしれない。

("見捨てて逃げるのか?")

 それとも王子を救うために動くのか?

 サーディスの中で、"選択の時"が迫っていた。だが、毒が体を蝕む中で、思考すらまともにまとまらない。朦朧とする意識の中で、彼女は静かに拳を握った。

(……考えろ……どの選択が……正しい?)
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