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動乱編
真相
しおりを挟むサーディスの手が、止まる。剣の刃先が、喉元の皮膚を浅く傷つけ、薄く血が滲む。
だがゼファルは微動だにしなかった。彼は、余裕すら見せるように口元を歪める。
「知りたくないか? "お前の主の家が滅んだ本当の理由"」
サーディスの心臓が、大きく跳ねた。
(……何?)
「"貴様が知っていることは、ほんの一部に過ぎない"」
ゼファルは、サーディスの目を見据えながら静かに続ける。
「貴様の知るまい"アルノー家襲撃"の真相」
剣を持つ手に力が入る。
だがサーディスの中で、確かに"迷い"が生まれた。
ゼファルの言葉が、まるで呪いのように頭の中に入り込んでくる。
「お前の復讐すべき相手が本当は誰なのか。"それを確かめずに、俺を殺してしまっていいのか?"」
サーディスは、一瞬息を呑む。だが、その迷いを振り払うように剣を強く握り直す。
「いいだろう」
サーディスは、ゼファルを睨みつけたまま、低く言う。
「話せ」
ゼファルは、それを聞いて満足げに目を細める。
「賢明な判断だ」
「では、"十年前の真実"を教えてやろう」
淡々とした口調で、彼は語り始める。
「"あの襲撃は、クレスト全員に下された命令だった"」
サーディスの目が細められる。
「"全員"?」
ゼファルは無表情のまま続ける。
「そうだ。あの命令に逆らった者は一人もいない
」
「王直属の精鋭である我らクレストに"疑問を抱く権利"などない」
サーディスの手が、剣の柄を僅かに強く握る。予想していたことではあった。
だが、確信を持って聞かされると、全身の血が冷えるようだった。
("一部の者ではなく、クレスト全員が関わっていた"……)
心の奥底で、まだ"何かの間違いかもしれない"と願う気持ちがあったのかもしれない。
しかし――
「"命令を下したのは誰だ"」
それこそが、サーディスにとって最も重要な答えだった。
ゼファルは、わずかに口角を上げる。
まるで、これを言うのを待っていたかのように。
「……あの襲撃を命じたのは――"王妃シャルロット・カタリーナ・ヴァルトハイト"だ」
時が止まったように思えた。
サーディスの指先が、わずかに震えた。
「ばかな……なぜ王妃がそんなことを」
ゼファルの言葉を信じることができなかった。
アルノー家は確かに王都でも名のある貴族だったが、王家にとって反逆者でもなければ、王権を脅かすような一派でもなかった。
それなのに、なぜ王妃が。あの優雅で気品に満ちた女性が、アルノー家を滅ぼす決定を下す必要があったのか。
サーディスは混乱したまま、ゼファルを睨みつける。
「理由が気になるか?」
ゼファルは、意地の悪い笑みを浮かべた。
「さあな。なんでだろうな?」
その言葉に、サーディスの中で何かが弾ける。
「……っ!」
剣を強く握りしめた。無意識に、一歩踏み出していた。
「言え! その理由も答えずに、私が納得するとでも思ったか!」
ゼファルは楽しげに目を細めた。
「なら、拷問でもするか?」
その言葉は嘲るようでいて、どこか余裕すら感じさせた。サーディスは瞬時に歯を食いしばる。
(そんな時間はない……!)
王子とともに逃げ延びる必要がある。これ以上、ここで時間を費やすわけにはいかない。
「……ッ」
サーディスは奥歯を噛み締めたまま、震える呼吸を抑えようとした。それでも、ゼファルの言葉が耳を離れない。
(王妃が……?)
あの人が、家族を?
サーディスは目の前がぐらりと揺れるような感覚に襲われる。
王妃――シャルロット・カタリーナ・ヴァルトハイト。
サーディスにとって、幼いころから"敬愛する女性"だった。
幼き日の記憶が、まるで水の底から泡が浮かび上がるように、次々と脳裏をよぎる。オルメスの唄を教えてくれたのも、王妃だった。生きて帰ってこいと言ってくれたのも、王妃だった。
戦乱の最中でも、穏やかな笑みを浮かべ、「またお茶をしましょう」と言ってくれた。それは偽りではないと、心から信じていた。
それなのに――
(そんな……そんなはずがない……)
何かの間違いだ。ゼファルが嘘をついているのだ。
(嘘だ……)
そう思いたかった。
(王妃が……あの王妃が、私の家族を……?)
呼吸が詰まる。手が、冷たくなっていく。信じたくなかった。
だが――
サーディスは、左目が映し出す"真実"を恨めしく思った。ゼファルの言葉は、一片の偽りもなかった。
(嘘をついていない……)
もし、この目さえなければ。この目がなければ、こんな言葉、ただの戯言と切り捨てられたのに。
だが、今のサーディスには、それができない。
(……新王カエルスか、あるいは先代陛下が黒幕だと思っていた)
彼らが権力闘争のために、自分の家族を滅ぼしたのだと。だからこそ、新王を討つことで、復讐を果たすのだと信じていた。
だが違った。
サーディスの家族を滅ぼしたのは、"王妃シャルロット"だったのだ。目の前のゼファルが語る事実が、心の奥底まで鋭く突き刺さる。
(……あの方が……私の家を……)
ゼファルは、サーディスの動揺を見逃さなかった。
たった一瞬。その"隙"に、彼はすべてを賭けた。袖の内側に隠していた短剣を、迷いなく抜き放つ。
狙うのは"喉元"。一撃で終わらせる。心臓ではない。喉を裂けば、絶命するまでに抵抗する余地すら与えられない。ゼファルの戦闘経験が導き出した"最適解"だった。
刃が僅かに月光を反射し、まっすぐにサーディスの喉へと突き進む。
「"甘い"」
低く冷徹な声が響いた。
ゼファルの目が、かすかに見開かれた。
サーディスの剣が、確実に腕の関節を断ち切っていた。
「……ッ!」
ゼファルの顔が苦痛に歪む。彼の腕がぶらりと垂れ下がった。だが、サーディスは止まらない。切り払った腕からさらに踏み込み、流れるような剣閃がゼファルを襲う。
「ぐっ……!!」
ゼファルは防御する間もなく、肩口に深々と切り傷を刻まれた。
――いや、肩だけではない。
胴を横薙ぎに斬りつけ、次いで脚を狙い、鋭い刃が立て続けに襲いかかる。ゼファルはただ後退するしかなかった。
「……どうした、もう終わりか?」
サーディスの声は冷たい。静かで、凍りつくような怒気が滲んでいた。
ゼファルは歯を食いしばり、片腕が動かないながらも剣を構える。
「ぐッ………"化け物"が……!」
「違う。これは"復讐"だ」
サーディスの剣が、さらにゼファルを追い詰める。肩、脇腹、太腿――致命傷にはならないが、確実に戦意を削ぐ"痛み"を刻みつける。
ゼファルの動きが鈍る。
(……まだだ)
サーディスは最後の一撃を見舞うように、ゼファルの膝を斬り払った。その瞬間、ゼファルの体が地に崩れる。
息を荒くし、苦悶の表情を浮かべながら膝をつくゼファルを、サーディスは冷たい目で見下ろす。
「……くっ……」
短剣を振り下ろそうとするが、もはや力は残っていない。サーディスはゼファルの目を見据えた。
「なぜ王妃はアルノー家襲撃を命じた」
ゼファルは、自身の結末を予想しながらも、微かに笑った。
「……はは……さあな………」
「……そうか」
サーディスは冷徹に剣先でうなじを貫いた。ゼファルの体がわずかに痙攣する。しかしすぐに動かなくなった。
ゼファル。クレストの暗殺者、死亡。
サーディスは、ゼファルの体から剣を引き抜く。血が床に飛び散る。
静かに、剣を払い、深く息を吐いた。
だが、胸の奥には"何の達成感もなかった"。
(……私の家を滅ぼしたのは、王妃だった)
ゼファルの言葉が、脳裏で反響する。
(嘘ではなかった)
サーディスは、血に濡れた剣を握りしめた。
「"シス様"……」
サーディスは、静かに目を閉じた。
"王子を救う理由が、一瞬だけ揺らぐ"。
ゼファルの死が、すべてを終わらせたわけではなかった。
むしろ"本当の復讐の扉"が開かれたのだ。
<あとがき>
ここまで見てくれてありがとうございます!
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明日も9時に投稿します。
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