忠誠か復讐か――滅びの貴族令嬢、王子の剣となる

案山子十六号

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動乱編

逡巡

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 城の外れ、瓦礫と死体が散らばる戦場の名残の中で、サーディスは王子と合流した。王子はすでにヴォルネス公を討ち、血に濡れた剣を静かに収めていた。
 その表情に疲労の色はあったが、誇りを失うことなく、凛然と立っていた。
 サーディスの姿を認めると、王子は微かに微笑んだ。

「……無傷か。さすがだな」

 何気ない称賛。しかし、その言葉に、サーディスはうまく返すことができなかった。

("王妃が……?")

 ゼファルの言葉が、頭の中を反響する。"十年前の襲撃を命じたのは、王妃シャルロット"。

 そして王子も、それを知っていたのではないか?

 冷静になれと心の奥で理性が訴える。

 "今ここで王子を問い詰めたところで、復讐は成し遂げられない"。

 サーディスの狙うべき敵は王妃だけではない。王妃の命令を実行したクレストの生き残り。アルノー家を滅ぼした者たちは、まだこの国の中に潜んでいる。王子を敵と決めつけ、ここで剣を向けたら、復讐の機会を失う。

 冷静な判断では、そう分かっている。

 だが――

("どうしても、今すぐ問いただしたい")

 感情が、理性を揺さぶる。

 彼は知っていたのか?
 自分の母が、アルノー家を滅ぼす命令を下したことを。もし知っていたのなら、それを止めることはできなかったのか?

 胸が軋む。
 だが、それでもサーディスは冷静を装い、一歩、王子から距離を取った。

「……シス様」

「ん?」

「聞きたいことが……」
 言いかけて、言葉が喉に詰まる。

(今、問い詰めて……"何を期待している"?)

 もし王子が、"知っていた"と頷いたら?
 もし王子が、"覚えていない"と言ったら?あるいは"知らない"と言ったら?

(どの答えが返ってきても、私は……)
 問いを口にするのが、怖かった。

 サーディスは、拳を握りしめる。

(今は、まだ……)

 王子は、サーディスの様子をじっと見つめていた。
「……どうした?」

 その問いに、サーディスは一瞬だけ目を伏せる。

「いえ……国境までは、あとどのくらいでしょうか」
 僅かに間を置いて、別の質問を口にした。

 王子は少し怪訝な顔をしたが、それ以上は深く追及しなかった。

「馬を飛ばせば、三日ほどで着く」

 サーディスは、ゆっくりと息を吐く。胸の奥が、ぐちゃぐちゃだった。王子を敵とみなして剣を向けるべきなのか。
 それとも、それは違うのか。

(今は……それを考える余裕はない)

「では、さっさと砦へ向かいましょう」
 そう言い、サーディスは歩を進めた。

 王子は、一瞬だけ彼女を見つめた後、その背を追いかけるように歩き出した。王子とサーディスは、ヴォルネス城の厩舎から馬を奪い、城を後にした。背後には、混乱する城の光がわずかに揺らめいている。

 だが、振り返ることはしなかった。
 彼らの戦いは、まだ終わってはいない。目指すは国境の騎士団。王子アレクシスは、長年仕えていた騎士団の指揮官たちが、今もなお忠義を貫いていることを願っていた。彼らは王家に忠誠を誓った精鋭たち。
 だが、王が変わった今、果たして彼らの意志はどうなっているのか。

 夜の闇が、二人を覆い隠す。
 サーディスは、王子の背を見つめながら、無言で馬を走らせた。冷たい夜風が頬をかすめる。ゼファルの言葉が、頭の奥で何度も反響していた。

(本当に……王妃が……?)

 どこか遠くで、胸の奥に微かな痛みを感じる。それを振り払うように、サーディスは目を閉じ、静かに息を整えた。
 今は考えるべき時ではない。今は"生き延びる"ことが最優先。
 その事実を理解していても、澱のように沈んだ感情は、簡単には消えてくれなかった。
 そんな彼女の隣で、王子が静かに呟く。

 「……終わりではない」

 サーディスは、わずかに顔を上げる。
 王子は前方の闇を見据えながら、静かに続けた。

「ここからが始まりだ」

 その言葉に、サーディスは小さく息を吐く。

(そう……まだ、何も終わってはいない)

 王子を救った。ヴォルネスを討ち、策を打ち破った。
 だが、それだけでは何も変わらない。
 本当の敵は、まだ玉座に座っている。

 そして――

("本当の答え"を見つける戦いが、まだ続いている)

 それが何なのか、まだわからない。
 だが、"このままでは終われない"ことだけは確かだった。

「……ええ」
 サーディスは、わずかに頷いた。

 心の奥に沈む迷いを押し殺しながら、前を見据える。
 王子の言う通りだ。これは"始まり"に過ぎない。
 二人は馬を駆り、闇の中へと消えていった。

<あとがき>
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