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動乱編
思い
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闇を裂くように、二頭の馬が疾走する。夜の冷気が肌を刺し、樹々の間を抜ける風が衣を揺らす。
王子アレクシスの背中はまっすぐだったが、時折、その肩がわずかに震えるのをサーディスは見逃さなかった。
(……傷が痛むのか)
城を脱出する際に受けた数々の傷。まともな手当てもせずにここまで来たのだから、痛まないはずがない。
「……シス様、大丈夫ですか?」
思わず、そう問いかけていた。
王子は少し驚いたように振り向き答える。
「大丈夫だ」
そして、ふっと笑う。
「君に"シス様"と呼ばれると……とても懐かしい気持ちになるな」
――心臓が跳ねた。
サーディスは、息を呑みそうになりながら、手綱を強く握る。
"言いたい"。
"私はミレクシアだ"と、今すぐにでも叫びたい。
王子の驚いた顔を見たい。
そして彼がどんな言葉を返すのかを知りたい。
だが。
(……駄目)
サーディスは、その衝動を力ずくで押し殺す。まだ、復讐は終わっていない。十年前の真実すら、まだわかっていない。王妃が命じた以上、王子も知っていた可能性が高い。
もし、王子が"アルノー家を滅ぼすことを知っていて黙認していた"のなら。
王子は"敵"だ。
そう考えると、胸が痛んだ。張り裂けそうなほどに。
(私は何を期待しているの……?)
唇を噛み締め、沈黙を貫く。
王子は、そんなサーディスの表情の変化に気づいたのか、少し困ったように苦笑した。
「……変なことを言ったな」
軽く肩をすくめ、手綱を握り直す。
「さあ、急ごう」
そう言って、馬を走らせる。
サーディスは、感情の渦を胸の奥に押し込めながら、その背を追った。
月が静かに夜の空に浮かぶ頃、アレクシスとサーディスは放棄された村跡で休息をとっていた。
旅の疲れが全身にのしかかる。
だが、それ以上に、心の奥に澱のように積もった感情の方が重たかった。
しばらくの沈黙の後、サーディスは鞘に収めた剣を静かに持ち上げる。
「……これをお返しします」
王子が視線を向ける。サーディスの手に握られていたのは、聖剣。
王子を救出したときから、ずっと彼女が預かっていたものだった。本来なら、とうに返しているべきだったのかもしれない。
だが、なぜか今まで、その機会を作ることができなかった。
王子は少し驚いたように目を細める。
「……君が持っていた方が安全かもしれないな」
冗談めかして言いながら、それでも彼は剣を受け取る。鞘の感触を確かめ、しばし沈黙した後、小さく息を吐いた。
その時、サーディスは少し迷った。それでも、言葉を紡ぐことを選んだ。
「……シス様が無事でよかったです」
小さな声だった。
王子が一瞬驚いたようにサーディスを見た。彼の目がこちらを映すのが、なぜか恐ろしかった。
だが、王子はすぐに微笑む。
「……君も、無事でよかった」
サーディスの胸が、ぎゅっと締めつけられる。
その感情を、完全には殺しきれなかった。心の奥に染み込むように広がる温かさが、どうしようもなく憎かった。
(違う……これは違う)
必死に自分に言い聞かせる。王子の信頼を得た。これで、復讐はよりやりやすくなった。そのためにここまできたのだから。
――だから、"嬉しい"なんて思ってはいけない。
サーディスは静かに目を伏せ、感情を押し殺すように言った。
「……明日は早く出発しましょう。ここに長居はできません」
王子はその言葉を聞き、微かに目を細める。
「……そうだな」
彼の声は、どこか寂しげだった。
だが、サーディスはそれを深く考えないようにしながら、ただ夜の闇を見つめていた。
復讐を果たす。この感情に溺れるわけにはいかないのだから。
<あとがき>
ここまで読んでくださりありがとうございます!
動乱編はこれにて最後となり次から新章になります。
応援してくださると励みになります!
王子アレクシスの背中はまっすぐだったが、時折、その肩がわずかに震えるのをサーディスは見逃さなかった。
(……傷が痛むのか)
城を脱出する際に受けた数々の傷。まともな手当てもせずにここまで来たのだから、痛まないはずがない。
「……シス様、大丈夫ですか?」
思わず、そう問いかけていた。
王子は少し驚いたように振り向き答える。
「大丈夫だ」
そして、ふっと笑う。
「君に"シス様"と呼ばれると……とても懐かしい気持ちになるな」
――心臓が跳ねた。
サーディスは、息を呑みそうになりながら、手綱を強く握る。
"言いたい"。
"私はミレクシアだ"と、今すぐにでも叫びたい。
王子の驚いた顔を見たい。
そして彼がどんな言葉を返すのかを知りたい。
だが。
(……駄目)
サーディスは、その衝動を力ずくで押し殺す。まだ、復讐は終わっていない。十年前の真実すら、まだわかっていない。王妃が命じた以上、王子も知っていた可能性が高い。
もし、王子が"アルノー家を滅ぼすことを知っていて黙認していた"のなら。
王子は"敵"だ。
そう考えると、胸が痛んだ。張り裂けそうなほどに。
(私は何を期待しているの……?)
唇を噛み締め、沈黙を貫く。
王子は、そんなサーディスの表情の変化に気づいたのか、少し困ったように苦笑した。
「……変なことを言ったな」
軽く肩をすくめ、手綱を握り直す。
「さあ、急ごう」
そう言って、馬を走らせる。
サーディスは、感情の渦を胸の奥に押し込めながら、その背を追った。
月が静かに夜の空に浮かぶ頃、アレクシスとサーディスは放棄された村跡で休息をとっていた。
旅の疲れが全身にのしかかる。
だが、それ以上に、心の奥に澱のように積もった感情の方が重たかった。
しばらくの沈黙の後、サーディスは鞘に収めた剣を静かに持ち上げる。
「……これをお返しします」
王子が視線を向ける。サーディスの手に握られていたのは、聖剣。
王子を救出したときから、ずっと彼女が預かっていたものだった。本来なら、とうに返しているべきだったのかもしれない。
だが、なぜか今まで、その機会を作ることができなかった。
王子は少し驚いたように目を細める。
「……君が持っていた方が安全かもしれないな」
冗談めかして言いながら、それでも彼は剣を受け取る。鞘の感触を確かめ、しばし沈黙した後、小さく息を吐いた。
その時、サーディスは少し迷った。それでも、言葉を紡ぐことを選んだ。
「……シス様が無事でよかったです」
小さな声だった。
王子が一瞬驚いたようにサーディスを見た。彼の目がこちらを映すのが、なぜか恐ろしかった。
だが、王子はすぐに微笑む。
「……君も、無事でよかった」
サーディスの胸が、ぎゅっと締めつけられる。
その感情を、完全には殺しきれなかった。心の奥に染み込むように広がる温かさが、どうしようもなく憎かった。
(違う……これは違う)
必死に自分に言い聞かせる。王子の信頼を得た。これで、復讐はよりやりやすくなった。そのためにここまできたのだから。
――だから、"嬉しい"なんて思ってはいけない。
サーディスは静かに目を伏せ、感情を押し殺すように言った。
「……明日は早く出発しましょう。ここに長居はできません」
王子はその言葉を聞き、微かに目を細める。
「……そうだな」
彼の声は、どこか寂しげだった。
だが、サーディスはそれを深く考えないようにしながら、ただ夜の闇を見つめていた。
復讐を果たす。この感情に溺れるわけにはいかないのだから。
<あとがき>
ここまで読んでくださりありがとうございます!
動乱編はこれにて最後となり次から新章になります。
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