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狂嵐襲来編
王都③
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城の廊下を進む二人の足音が、静寂に響いていた。
ジークリンデ・アーベントロートとオルフェン。クレストの精鋭たち。
先ほど、彼らは新王カエルス・マクシミリアン・ヴァルトハイトから王子討伐の命を受けた。
その重い命令を胸に、彼らは無駄な言葉を交わすことなく歩き続ける。
彼らには余計な感情を挟む理由はなかった。今すべきは、次の行動を決めること――ただそれだけだった。
だが、廊下の曲がり角に差し掛かったとき、オルフェンがぼそりと呟く。
「……ゼファルが討たれるとはなぁ」
低く、どこか簡単が含まれている声。
しかし、その奥には微かな驚きが滲んでいた。
ジークリンデは小さく息をつく。
「……確かに、あのゼファルが敗れるとは、ね」
ゼファル――闇の処刑人。
クレストに名を連ねる男の中でも、彼の剣の腕は特筆するほどではなかった。
しかし、それでも並の騎士が太刀打ちできるような相手ではない。
何より、彼の本領は暗殺や奇襲といった陰の技にあった。
ジークリンデは、僅かに眉を寄せながら言葉を続ける。
「……だからこそ、彼は"侮った"んでしょうね」
オルフェンがわずかに視線を向ける。
「"真正面から戦ってしまった"ってことか」
「ええ」
ジークリンデは冷ややかに言い放つ。
「彼は格下と見れば、無駄に正攻法で戦い痛めつける悪癖がある。もっとも、普段はそれでも勝てるから問題にはならなかったんでしょうけど」
その顔にはわずかに嫌悪感が浮かんでいる。彼女にとってそのような戦い方は決して相いれないものだったから。
そして、今回ばかりは"誤算"があったのだろう。
彼は本来、闇に紛れ、敵を確実に仕留めることを得意とする者。
それを放棄し真正面から戦ってしまったせいで、自らの長所を殺し、"敗北"を招いた。
オルフェンは顎に手を当て、わずかに考え込むように呟く。
「……確かにな。奇襲や暗殺なら、ゼファルが後れを取ることはありえん」
だからこそ、無様な敗北だった。
しかも――王子の護衛、サーディスと呼ばれる女剣士に討たれた。
ジークリンデはふっと笑う。
「ま、どのみち私たちには関係ない話だけど」
彼女は軽く肩をすくめ、空を見上げた。雲一つない晴天だった。
オルフェンは横目で彼女を見ながら、淡々と言葉を返す。
「関係なくはないぜ。ゼファルを討った女が、王子を守ってるってのなら……」
ジークリンデは、その言葉に少しだけ目を細める。
「……つまり、私たちの邪魔になる、ということ?」
「その可能性のほうがたけぇだろうな」
オルフェンは淡々とした口調で言いながら、軽く肩をすくめる。
「ゼファルを討つほどの剣士なら、少しは楽しめるかもしれん」
サーディス。
ジークリンデは、その名を脳裏で反芻する。
確かに、ゼファルを討った女ならば、決して侮れない存在だ。
「……それなら、それを確かめるのも悪くないかもしれないわね」
ジークリンデは、ほんのわずかに口角を上げた。
彼女にとっても、ただの退屈な任務ではなくなったのかもしれない。
城の外を歩きながら、オルフェンは気だるげに肩をすくめた。
「……で、どうすんだ?」
ジークリンデは歩みを止めず、前を見据えたまま答える。
「どうするとは?」
オルフェンは溜息をつきながら、手をひらひらと動かした。
「俺たちだよ。王子を追うって言っても、国内をやみくもに探すわけにもいかねぇだろ」
確かに、それは事実だった。
この国の広さを考えれば、王子がどこかへ潜伏している可能性は無数にある。
手当たり次第に探すのは時間の無駄だ。
ジークリンデはしばらく考え、視線を前に向けたまま呟く。
「ヴォルネス公の近くなら、頼れる場所は限られているわね……」
彼女の頭の中で、可能性のある候補地が並べられていく。
「まず、国境付近の騎士団。それから、カロス伯。次点で……グリムシュタイン公――そう、"コウモリ公"ね」
オルフェンがくすっと笑う。
「コウモリ公ねえ……確かに、あいつは王都の連中とは一線を画してる。王子に手を貸してもおかしくないな」
ジークリンデは短く頷く。
「私は騎士団の方へ行く。うまく行けばそこで王子殿下を捕らえられるかもしれないし」
彼女の口調は冷静だったが、そこには確かな自信があった。
オルフェンは腕を組みながら、少し考える素振りを見せる。
「じゃあ俺は……カロス伯領へ行ってみるか。最近行ってなかったからな」
ジークリンデがじとっとした視線を向ける。
「ちょっと。遊びじゃないのよ」
オルフェンは気だるげに肩をすくめる。
「わかってるよ。カロス伯は王子派を表明している。どっちにしろ、放っておくわけにはいかねぇだろ」
カロス伯は明確に王子側についたと宣言した貴族の一人。
もし王子がそこに潜んでいなくても、王子側の勢力がどれほどのものかを確かめるにはうってつけの場所だった。
ジークリンデは短く頷く。
「いいわ。私は南、あなたは北西」
二人の視線が一瞬交わる。
ジークリンデはオルフェンから一歩距離を取ると、微かに唇の端を持ち上げた。
次の瞬間――"ふわり"と宙に浮いた。
オルフェンは無言のまま、その光景を見送る。特に驚いた様子もない。
ジークリンデの体を、風が纏う。
それはただのそよ風ではなかった。
まるで、この場の大気そのものが、彼女に従っているかのような感覚だった。
彼女の淡い金髪が、風に乗って柔らかく揺れる。
長いマントがふわりと広がり、彼女の姿を神秘的に彩る。
足元に、一陣の旋風が渦巻いた。
その渦は、地面との繋がりを断つかのように彼女を支え、ゆっくりと持ち上げる。
まるで、大気が彼女の存在を抱え込み、そのまま上空へと誘っているようだった。
そして、次の瞬間――
"ゴォッ!"
突風が巻き起こる。
ジークリンデの身体が、一気に宙へと舞い上がる。
その加速は、人間離れしたものだった。
まるで、風そのものが彼女の"翼"となり、自由に大気を翔ける存在へと変えてしまったかのよう。
オルフェンは、そんなジークリンデの姿を見上げながら、気だるげに呟いた。
「おいおい、まさかそのまま行くのか」
彼の言葉に、ジークリンデは風の流れに身を任せながら、宙で身を翻す。
「それこそまさかよ。そんなにもたないもの」
軽く笑いながら、彼女は足元を見下ろした。
「厩舎に飛ぶだけよ」
オルフェンはわずかに口角を吊り上げる。
「相変わらず、お前は面倒な移動をするよな」
ジークリンデはその言葉には答えず、風に乗って高度を上げる。
「じゃあ、また会いましょう」
宙に舞いながら、軽やかに告げた。彼女の声は、まるで風そのものだった。
自由で、掴みどころがなく、どこか儚げな――しかし、確かな強さを秘めた声。
そのまま、彼女の姿は夜空へと消えていった。
オルフェンは、しばらくその姿を見つめていた。
消えていくジークリンデの残り香。
風が吹き抜けるたびに、彼女の気配だけが、わずかにこの場に残っていた。
「……さて」
彼は小さく息をつくと、ゆっくりと踵を返した。
次に向かうは北西、カロス伯領。王子の首を狩るために――彼もまた、自らの戦場へと向かうのだった。
<あとがき>
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ジークリンデ・アーベントロートとオルフェン。クレストの精鋭たち。
先ほど、彼らは新王カエルス・マクシミリアン・ヴァルトハイトから王子討伐の命を受けた。
その重い命令を胸に、彼らは無駄な言葉を交わすことなく歩き続ける。
彼らには余計な感情を挟む理由はなかった。今すべきは、次の行動を決めること――ただそれだけだった。
だが、廊下の曲がり角に差し掛かったとき、オルフェンがぼそりと呟く。
「……ゼファルが討たれるとはなぁ」
低く、どこか簡単が含まれている声。
しかし、その奥には微かな驚きが滲んでいた。
ジークリンデは小さく息をつく。
「……確かに、あのゼファルが敗れるとは、ね」
ゼファル――闇の処刑人。
クレストに名を連ねる男の中でも、彼の剣の腕は特筆するほどではなかった。
しかし、それでも並の騎士が太刀打ちできるような相手ではない。
何より、彼の本領は暗殺や奇襲といった陰の技にあった。
ジークリンデは、僅かに眉を寄せながら言葉を続ける。
「……だからこそ、彼は"侮った"んでしょうね」
オルフェンがわずかに視線を向ける。
「"真正面から戦ってしまった"ってことか」
「ええ」
ジークリンデは冷ややかに言い放つ。
「彼は格下と見れば、無駄に正攻法で戦い痛めつける悪癖がある。もっとも、普段はそれでも勝てるから問題にはならなかったんでしょうけど」
その顔にはわずかに嫌悪感が浮かんでいる。彼女にとってそのような戦い方は決して相いれないものだったから。
そして、今回ばかりは"誤算"があったのだろう。
彼は本来、闇に紛れ、敵を確実に仕留めることを得意とする者。
それを放棄し真正面から戦ってしまったせいで、自らの長所を殺し、"敗北"を招いた。
オルフェンは顎に手を当て、わずかに考え込むように呟く。
「……確かにな。奇襲や暗殺なら、ゼファルが後れを取ることはありえん」
だからこそ、無様な敗北だった。
しかも――王子の護衛、サーディスと呼ばれる女剣士に討たれた。
ジークリンデはふっと笑う。
「ま、どのみち私たちには関係ない話だけど」
彼女は軽く肩をすくめ、空を見上げた。雲一つない晴天だった。
オルフェンは横目で彼女を見ながら、淡々と言葉を返す。
「関係なくはないぜ。ゼファルを討った女が、王子を守ってるってのなら……」
ジークリンデは、その言葉に少しだけ目を細める。
「……つまり、私たちの邪魔になる、ということ?」
「その可能性のほうがたけぇだろうな」
オルフェンは淡々とした口調で言いながら、軽く肩をすくめる。
「ゼファルを討つほどの剣士なら、少しは楽しめるかもしれん」
サーディス。
ジークリンデは、その名を脳裏で反芻する。
確かに、ゼファルを討った女ならば、決して侮れない存在だ。
「……それなら、それを確かめるのも悪くないかもしれないわね」
ジークリンデは、ほんのわずかに口角を上げた。
彼女にとっても、ただの退屈な任務ではなくなったのかもしれない。
城の外を歩きながら、オルフェンは気だるげに肩をすくめた。
「……で、どうすんだ?」
ジークリンデは歩みを止めず、前を見据えたまま答える。
「どうするとは?」
オルフェンは溜息をつきながら、手をひらひらと動かした。
「俺たちだよ。王子を追うって言っても、国内をやみくもに探すわけにもいかねぇだろ」
確かに、それは事実だった。
この国の広さを考えれば、王子がどこかへ潜伏している可能性は無数にある。
手当たり次第に探すのは時間の無駄だ。
ジークリンデはしばらく考え、視線を前に向けたまま呟く。
「ヴォルネス公の近くなら、頼れる場所は限られているわね……」
彼女の頭の中で、可能性のある候補地が並べられていく。
「まず、国境付近の騎士団。それから、カロス伯。次点で……グリムシュタイン公――そう、"コウモリ公"ね」
オルフェンがくすっと笑う。
「コウモリ公ねえ……確かに、あいつは王都の連中とは一線を画してる。王子に手を貸してもおかしくないな」
ジークリンデは短く頷く。
「私は騎士団の方へ行く。うまく行けばそこで王子殿下を捕らえられるかもしれないし」
彼女の口調は冷静だったが、そこには確かな自信があった。
オルフェンは腕を組みながら、少し考える素振りを見せる。
「じゃあ俺は……カロス伯領へ行ってみるか。最近行ってなかったからな」
ジークリンデがじとっとした視線を向ける。
「ちょっと。遊びじゃないのよ」
オルフェンは気だるげに肩をすくめる。
「わかってるよ。カロス伯は王子派を表明している。どっちにしろ、放っておくわけにはいかねぇだろ」
カロス伯は明確に王子側についたと宣言した貴族の一人。
もし王子がそこに潜んでいなくても、王子側の勢力がどれほどのものかを確かめるにはうってつけの場所だった。
ジークリンデは短く頷く。
「いいわ。私は南、あなたは北西」
二人の視線が一瞬交わる。
ジークリンデはオルフェンから一歩距離を取ると、微かに唇の端を持ち上げた。
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オルフェンは無言のまま、その光景を見送る。特に驚いた様子もない。
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まるで、この場の大気そのものが、彼女に従っているかのような感覚だった。
彼女の淡い金髪が、風に乗って柔らかく揺れる。
長いマントがふわりと広がり、彼女の姿を神秘的に彩る。
足元に、一陣の旋風が渦巻いた。
その渦は、地面との繋がりを断つかのように彼女を支え、ゆっくりと持ち上げる。
まるで、大気が彼女の存在を抱え込み、そのまま上空へと誘っているようだった。
そして、次の瞬間――
"ゴォッ!"
突風が巻き起こる。
ジークリンデの身体が、一気に宙へと舞い上がる。
その加速は、人間離れしたものだった。
まるで、風そのものが彼女の"翼"となり、自由に大気を翔ける存在へと変えてしまったかのよう。
オルフェンは、そんなジークリンデの姿を見上げながら、気だるげに呟いた。
「おいおい、まさかそのまま行くのか」
彼の言葉に、ジークリンデは風の流れに身を任せながら、宙で身を翻す。
「それこそまさかよ。そんなにもたないもの」
軽く笑いながら、彼女は足元を見下ろした。
「厩舎に飛ぶだけよ」
オルフェンはわずかに口角を吊り上げる。
「相変わらず、お前は面倒な移動をするよな」
ジークリンデはその言葉には答えず、風に乗って高度を上げる。
「じゃあ、また会いましょう」
宙に舞いながら、軽やかに告げた。彼女の声は、まるで風そのものだった。
自由で、掴みどころがなく、どこか儚げな――しかし、確かな強さを秘めた声。
そのまま、彼女の姿は夜空へと消えていった。
オルフェンは、しばらくその姿を見つめていた。
消えていくジークリンデの残り香。
風が吹き抜けるたびに、彼女の気配だけが、わずかにこの場に残っていた。
「……さて」
彼は小さく息をつくと、ゆっくりと踵を返した。
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