忠誠か復讐か――滅びの貴族令嬢、王子の剣となる

案山子十六号

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狂嵐襲来編

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 燃える建物の中──

 黒煙が渦巻き、炎が壁を舐めるように広がる。
 焼け焦げた木材が崩れ、空気は血と灰の臭いで満たされていた。

 視界の端には、崩れた天井の隙間から燃え盛る夜空が見える。
 だが、その光すらも、この悪夢の中では恐ろしく感じた。

 その中に──四つの影が浮かび上がる。

 ── 暗くて顔が見えない。

 彼らは炎の中で佇み、ゆっくりと言葉を交わしていた。
 まるで、焼け落ちる屋敷などどうでもいいとでも言うように。

「……全員始末しましたか?」

 一人の男が、無機質な声で呟く。

「問題はない」

 短く答えたのは、聞き覚えのある声だった。
 サーディスは、一瞬だけ胸の奥が冷えるのを感じる。

 ── この声、どこかで……?

「そっちはどうだったんだ?」

 別の大柄な男が問いかける。

 炎の揺らめきの中で、一人の男がチラリと視線を動かした。

 その男は── 腕を押さえている。
 指先が震え、黒焦げた袖口から滲み出る血。

「……ぬかった」

 そう呟く男の声は低く、苛立ちと悔しさが滲んでいた。

「感覚がねぇ……腕一本持っていかれたかもな」

 男が押さえる腕は、すでに機能していないように見えた。
 焼け爛れた布がこびりつき、血がじわりと流れ出している。

「アルベルトの旦那の腕一本持って行くとは、大した奴じゃねぇか」

 大柄な男が、興味深そうに唸った。

「任務は終わりました。彼の手当てもあります。帰りましょう」

 最初の男が冷静に告げる。
 まるで、人を殺すことが 「ただの仕事」 であるかのように。

 ── その瞬間、炎の光が、一人の男の顔を照らした。

 ゼファル──!

 サーディスの脳裏に、焼き付くような映像が叩き込まれる。

 鋭い目つき。整った顔立ち。
 だが、その表情には何の感情もなかった。

 燃え上がる屋敷の中で、彼らは淡々とアルノー家を滅ぼした。

(……こいつらが……!!)

 血が煮えたぎるような感覚が、サーディスの全身を貫いた。

 怒り、憎しみ、そして……絶望。

 ──その瞬間、視界が闇に沈む。

「──ッ……!」

 サーディスは、跳ね起きた。

 荒い息が、冷えた空気に白く染まる。
 鼓動が速く、指先が震えている。

(夢……? いや……あれは……)

 焼け爛れた屋敷の映像が、まだ目の裏に焼き付いていた。
 あの男たちの声、炎の音、血の臭い──すべてが、あまりに鮮明だった。

(これは"夢"なんかじゃない。十年前、私が見なかっただけで、確かに起きた"現実"だ……)

 サーディスは、無意識のうちに拳を握りしめる。
 その中にある、冷たい金属の感触。

 彼女はゆっくりと、拳の中のものを開いた。
 そこにあったのは、細い鎖が繋がれた、小さなペンダント。

 アルノー家の紋章が刻まれた、唯一の形見。

(……そうだ、私は……)

 指先に食い込む爪の痛みと、冷えた金属の感触が、まだ目覚めきらない思考を呼び戻した。
 彼女はそっと、それを握りしめた。

 ──目の前に広がるのは、寂れた寒村の廃墟。

 石造りの家々は朽ち果て、屋根の一部が崩れ落ちている。
 木々が霜に覆われ、夜明け前の寒気が肌を刺した。

 焚き火はすでに消え、灰だけが残っていた。

 遠くで、鳥の鳴く声が響く。
 それだけが、この静寂を破る唯一の音だった。

 サーディスは、じっと夜明けの空を睨んだ。

 手の中でペンダントをぎゅっと握る。
 その硬質な感触が、迷いを払い、決意を再び固めさせる。

(……あいつらが……)

 燃え尽きた記憶が、彼女の中で再び炎を上げる。

 かつての光景が蘇る――
 焦げる木の匂い、焼け爛れた屋敷、絶望に染まる叫び声。
 それは遠い過去のはずなのに、今なお鮮明に、目の裏に焼き付いていた。

 消え去ることのない怒り。
 果たされぬ誓い。

 それらが、冷えた胸の奥でなお業火のように燃え続ける。
 熱く、苦しく、彼女の全身を締め付けながら。

 ――燃え残った炎は、決して消えはしない。
 それどころか、今まさに風を得て、再び燃え広がろうとしていた。

 この身が灰になるまで、決して消えぬ炎として。


<あとがき>
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