忠誠か復讐か――滅びの貴族令嬢、王子の剣となる

案山子十六号

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狂嵐襲来編

騎士団②

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 王国騎士団の砦に迎え入れられたアレクシスとサーディスは、短い休息を与えられた。
 食事こそ出されなかったが、最低限の休憩時間を与えられたことに、王子は内心で安堵していた。
 旅の疲労と、長く続いた緊張から、少しでも休息を得られるのはありがたい。

 だが、サーディスは違った。

 彼女の警戒心は、依然として解けることはなかった。

 騎士たちは、過剰なほどに整然と王子を囲み、砦の奥へと案内していく。
 まるで、"監視する"かのような統率された動き。

 "王子を守る"というより、"王子を囲う"ような雰囲気に、サーディスの直感が警鐘を鳴らしていた。

「こちらへどうぞ」

 騎士の一人が、分厚い木製の扉を開いた。

 その奥に広がるのは、整然とした応接室だった。

 部屋の中央には円卓がひとつ、周囲には精巧な木製の椅子が並べられている。
 壁には王国の紋章が掲げられ、炉には火が灯されていた。
 テーブルには簡素ながらも温かい茶が用意されている。

 アレクシスは静かに室内へと足を踏み入れた。
 サーディスも後に続く。

 だが、この時点で彼女はすでに違和感を覚えていた。

 (……やけに慎重だ)

 護衛の騎士たちは、一歩下がった位置で部屋の出入り口を固めるように立っている。

 王族を迎える儀礼としては過剰とも言える警備だった。

 通常ならば、王子が応接室に通される際、近衛兵が数人控えることはある。
 しかし、今の配置は、まるで"王子と騎士を封じ込める"かのような形だった。

 そして――

「武器をお預かりいたします。規則ですので」

 その言葉が発せられた瞬間、サーディスの警戒心が一気に跳ね上がった。

 (……何?)

 王族を迎える際に、護衛の騎士から武器を取り上げる――
 そんな決まりは、彼女の知る限り存在しない。

 護衛の武器を奪うということは、つまり、万が一の際に王子を守る術を奪うということだ。

 アレクシスは特に異を唱えず、剣を外して差し出した。
 その光景に、サーディスはわずかに眉をひそめる。
 王子は、おそらく"騎士団への信頼"がまだ残っているのだろう。

 だが――

 彼女の手が、剣の柄を握ったまま、動かなくなった。
 無意識に、ほんの僅かに、武器を手放すことを躊躇っていた。
 その様子を見た騎士の一人が、静かに言葉を重ねる。

 「ご安心ください。聖剣は王家の証として、そのまま保持を許可します」

 確かに、アレクシスが帯びる聖剣は、"王位の正統性を示す証"。
 それを奪えば、騎士団が明確に王子を裏切る意志を持つことになってしまう。

 しかし、それ以外の武器――

 サーディスの剣、短刀、そして隠し持っていた小型のナイフまで、すべて回収された。

 (これは……)

 彼女の脳裏に、警鐘が鳴る。
 王子を迎え入れたはずなのに、護衛の武器を奪うという矛盾。

 それは、"騎士団がまだ敵ではない"という証拠であると同時に、
 "騎士団がすでに裏切る準備をしている"可能性も示していた。

 武器を預ける瞬間、彼女はちらりとアレクシスを見た。
 王子は、特に警戒する様子もなく、静かに手を休めている。

 "騎士団を信じよう"とする王子。
 "騎士団を疑い始めている"サーディス。

 しかし、この場で異を唱えれば、状況は一気に不利になる。

 (……今は、騎士団を信じるしかない)

 そう考え、サーディスは剣を差し出した。
 騎士がそれを受け取り、厳重に保管するための箱へと納める。

 その瞬間、彼女の背筋に嫌な予感が走った。
 武器を失ったことで、サーディスの警戒心はさらに強まる。

 しかし、まだ"決定的な異変"は起きていない。
 騎士たちの態度も、裏切りを明確に示すものではない。

 (……このまま、事が済むことを願うしかない)

 彼女はわずかに息を吐き、椅子を引いて座る。
 アレクシスも同様に席に着き、静かに出された茶に目を落とした。
 砦の騎士団が、本当に味方であることを願いながら――

 サーディスは、何気ない動作を装いながらも、
 "戦いに備えた"。

 応接室の奥、円卓の向こう側に、一人の壮年の男が座っていた。

 騎士団長――カイル・アーデン。

 彼は銀色の鎧を纏い、長年の鍛錬と実戦を経た体躯を持つ男だった。
 黒く短く整えられた髪、鋭い眼光。
 "戦士"としての強さと、"指揮官"としての冷静さを兼ね備えた、歴戦の騎士。

 王子を迎え入れるために座していた男は、ゆっくりと姿勢を正し、静かに頭を下げた。

 「お待ちしておりました、殿下」

 その言葉は礼儀正しく、敵意の欠片もない。
 しかし、サーディスの眼には、彼の視線に微かな"硬さ"があるように映った。

 (何かを隠している……?)

 表情は柔らかい。
 だが、その奥にある"何か"が、不自然に緊張しているように思えた。
 カイルはゆっくりと息を吐き、王子へと向き直る。

 「こうして殿下がここへ辿り着かれたこと、心より安堵しております」

 その言葉は、紛れもない"歓迎"の意を含んでいた。
 しかし、サーディスはその言葉の裏に潜む"慎重さ"を敏感に察知していた。

 (……まるで、私たちがここに来ることを"知っていた"かのような口ぶり)

 不自然なほどに、動揺がない。
 まるで、王子がここに現れるのが"予定調和"だったかのように。

 アレクシスはカイルの言葉に無言で頷き、静かに席に座る。
 サーディスも、王子のすぐ後ろに控えながら、警戒を解くことはなかった。

 カイルは深く息を吐き、静かに語り始める。

 「まず……王都はすでに完全に新王の支配下にあります」

 アレクシスは、その言葉を淡々と受け止めた。

 「……予想していたことだ」

 しかし、それでも胸の奥に広がるのは、王都を失ったという現実の重み。
 騎士団や貴族の中に、自分に味方する者がまだいるかもしれない――
 そういう期待は、もはや持つべきではないのかもしれない。

 王子はすぐに問いを発した。

 「反対派の貴族はどうなった?」

 カイルは、一瞬だけ躊躇った。
 その後、沈痛な表情を浮かべながら答える。

「……抵抗を試みた者たちは、現在粛清されております」

 静寂が、部屋に満ちる。

 王子は拳を強く握り締めた。

「ヴォルネス公が打たれた後、貴族たちは混乱しました」

 カイルの声は、低く重いものだった。

 「しかし、それを制圧したのは"クレスト"です」

 "クレスト"――新王直属の精鋭騎士団。
 ゼファルの敗北後、新王カエルスはすぐに次の手を打った。

「ゼファルが討たれたことは、新王にとって誤算だったはず」

 アレクシスは静かに呟いた。

 「……だが、それでもカエルスは動揺せずに対応したというのか」

 カイルは深く頷く。

「ええ。王子派と見なされた貴族は、即座に拘束、または"処刑"されました。」

 アレクシスの表情が険しくなる。

「……やはり、カエルスは"強硬手段"を取ったか」

「ええ」

 カイルの言葉に、砦の空気が重く沈む。

 王都だけではなく、王国全土に"恐怖"が広がっていた。
 王子派の貴族たちは、もはや自らを隠すことしかできない。
 新王カエルスの統治は、予想以上に速やかに、そして冷酷に進められていた。

 王子は、長く息を吐いた。

 (……もう後戻りはできない)

 新王の手による粛清は、すでに始まっている。
 もはや、自分に与する貴族たちは、戦うか、逃げるかの選択を迫られている。

 それならば、自分はどうするべきか?
 カイルは王子をじっと見つめ、慎重に言葉を紡ぐ。

 「王子殿下。今こそ、動かねばなりません」

 その言葉が、王子の決意を形作っていく。
 新王の圧政が広がる中で、
 彼は、"正統なる王子"としての役割を果たさねばならない。

 カイルは、王子の前で静かに頷いた。
 そして、言葉を続ける。

「問題はまだあります。王都には"三人のクレスト"が残っています。そのいずれも新王カエルスに忠誠を誓っていると」

 "クレスト"――新王直属の精鋭騎士団。

 アレクシスは息を呑む。
 彼らが未だ王都に残っているという事実が意味すること――
 それは、王都が新王の完全な掌握下にあることを示していた。

 アレクシスが戻るのが遅れれば遅れるほど、
 "王子派"と呼ばれる者たちは次々と処刑され、味方が消えていく。

 (……急がねばならない)

 王子は、静かに拳を握りしめた。

 その時、サーディスの眉がわずかに動いた。

 "クレスト"――

 その名を聞いた瞬間、胸の奥で冷たい記憶が疼く。
 それは、かつて彼女の家族を襲った者たちの一員でもあった。
 "クレスト"という名が刻む傷は、彼女の中に消えない傷痕を残している。

 (……クレストが、まだ王都に)

 彼らは新王の忠実な手駒。
 王子を狙い、どこまでも追ってくるであろう存在。

 だが、サーディスの警戒は、それだけではなかった。
 アレクシスはすぐに問いを投げかける。

「王都に戻る手段は?」

 カイルは、その問いに対し――"少しの間"を置いた。

 (……遅い)

 サーディスの目が、わずかに鋭くなる。
 この場において、王都へ戻る手段は即座に答えられるはずだ。
 それなのに、カイルは一瞬の躊躇を見せた。
 そのわずかな沈黙が、彼女に"疑念"を抱かせるには十分だった。

 王子はまだ気づいていない。
 しかし、サーディスは"何かがおかしい"と確信し始めていた。

 ――その時だった。

 "ガチャン!"

 突如として、応接室の扉が勢いよく開かれた。
 それと同時に、十数名の騎士たちが、一斉に部屋へと踏み込んできた。
 完全武装の状態で――剣を帯び、槍を構えた騎士たち。

 "護衛"ではなく、"敵"として、王子とサーディスを囲むように配置される。
 王子とサーディスは、"裏切り"に気づくよりも早く、完全に包囲されていた。


<あとがき>
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