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狂嵐襲来編
騎士団②
しおりを挟む王国騎士団の砦に迎え入れられたアレクシスとサーディスは、短い休息を与えられた。
食事こそ出されなかったが、最低限の休憩時間を与えられたことに、王子は内心で安堵していた。
旅の疲労と、長く続いた緊張から、少しでも休息を得られるのはありがたい。
だが、サーディスは違った。
彼女の警戒心は、依然として解けることはなかった。
騎士たちは、過剰なほどに整然と王子を囲み、砦の奥へと案内していく。
まるで、"監視する"かのような統率された動き。
"王子を守る"というより、"王子を囲う"ような雰囲気に、サーディスの直感が警鐘を鳴らしていた。
「こちらへどうぞ」
騎士の一人が、分厚い木製の扉を開いた。
その奥に広がるのは、整然とした応接室だった。
部屋の中央には円卓がひとつ、周囲には精巧な木製の椅子が並べられている。
壁には王国の紋章が掲げられ、炉には火が灯されていた。
テーブルには簡素ながらも温かい茶が用意されている。
アレクシスは静かに室内へと足を踏み入れた。
サーディスも後に続く。
だが、この時点で彼女はすでに違和感を覚えていた。
(……やけに慎重だ)
護衛の騎士たちは、一歩下がった位置で部屋の出入り口を固めるように立っている。
王族を迎える儀礼としては過剰とも言える警備だった。
通常ならば、王子が応接室に通される際、近衛兵が数人控えることはある。
しかし、今の配置は、まるで"王子と騎士を封じ込める"かのような形だった。
そして――
「武器をお預かりいたします。規則ですので」
その言葉が発せられた瞬間、サーディスの警戒心が一気に跳ね上がった。
(……何?)
王族を迎える際に、護衛の騎士から武器を取り上げる――
そんな決まりは、彼女の知る限り存在しない。
護衛の武器を奪うということは、つまり、万が一の際に王子を守る術を奪うということだ。
アレクシスは特に異を唱えず、剣を外して差し出した。
その光景に、サーディスはわずかに眉をひそめる。
王子は、おそらく"騎士団への信頼"がまだ残っているのだろう。
だが――
彼女の手が、剣の柄を握ったまま、動かなくなった。
無意識に、ほんの僅かに、武器を手放すことを躊躇っていた。
その様子を見た騎士の一人が、静かに言葉を重ねる。
「ご安心ください。聖剣は王家の証として、そのまま保持を許可します」
確かに、アレクシスが帯びる聖剣は、"王位の正統性を示す証"。
それを奪えば、騎士団が明確に王子を裏切る意志を持つことになってしまう。
しかし、それ以外の武器――
サーディスの剣、短刀、そして隠し持っていた小型のナイフまで、すべて回収された。
(これは……)
彼女の脳裏に、警鐘が鳴る。
王子を迎え入れたはずなのに、護衛の武器を奪うという矛盾。
それは、"騎士団がまだ敵ではない"という証拠であると同時に、
"騎士団がすでに裏切る準備をしている"可能性も示していた。
武器を預ける瞬間、彼女はちらりとアレクシスを見た。
王子は、特に警戒する様子もなく、静かに手を休めている。
"騎士団を信じよう"とする王子。
"騎士団を疑い始めている"サーディス。
しかし、この場で異を唱えれば、状況は一気に不利になる。
(……今は、騎士団を信じるしかない)
そう考え、サーディスは剣を差し出した。
騎士がそれを受け取り、厳重に保管するための箱へと納める。
その瞬間、彼女の背筋に嫌な予感が走った。
武器を失ったことで、サーディスの警戒心はさらに強まる。
しかし、まだ"決定的な異変"は起きていない。
騎士たちの態度も、裏切りを明確に示すものではない。
(……このまま、事が済むことを願うしかない)
彼女はわずかに息を吐き、椅子を引いて座る。
アレクシスも同様に席に着き、静かに出された茶に目を落とした。
砦の騎士団が、本当に味方であることを願いながら――
サーディスは、何気ない動作を装いながらも、
"戦いに備えた"。
応接室の奥、円卓の向こう側に、一人の壮年の男が座っていた。
騎士団長――カイル・アーデン。
彼は銀色の鎧を纏い、長年の鍛錬と実戦を経た体躯を持つ男だった。
黒く短く整えられた髪、鋭い眼光。
"戦士"としての強さと、"指揮官"としての冷静さを兼ね備えた、歴戦の騎士。
王子を迎え入れるために座していた男は、ゆっくりと姿勢を正し、静かに頭を下げた。
「お待ちしておりました、殿下」
その言葉は礼儀正しく、敵意の欠片もない。
しかし、サーディスの眼には、彼の視線に微かな"硬さ"があるように映った。
(何かを隠している……?)
表情は柔らかい。
だが、その奥にある"何か"が、不自然に緊張しているように思えた。
カイルはゆっくりと息を吐き、王子へと向き直る。
「こうして殿下がここへ辿り着かれたこと、心より安堵しております」
その言葉は、紛れもない"歓迎"の意を含んでいた。
しかし、サーディスはその言葉の裏に潜む"慎重さ"を敏感に察知していた。
(……まるで、私たちがここに来ることを"知っていた"かのような口ぶり)
不自然なほどに、動揺がない。
まるで、王子がここに現れるのが"予定調和"だったかのように。
アレクシスはカイルの言葉に無言で頷き、静かに席に座る。
サーディスも、王子のすぐ後ろに控えながら、警戒を解くことはなかった。
カイルは深く息を吐き、静かに語り始める。
「まず……王都はすでに完全に新王の支配下にあります」
アレクシスは、その言葉を淡々と受け止めた。
「……予想していたことだ」
しかし、それでも胸の奥に広がるのは、王都を失ったという現実の重み。
騎士団や貴族の中に、自分に味方する者がまだいるかもしれない――
そういう期待は、もはや持つべきではないのかもしれない。
王子はすぐに問いを発した。
「反対派の貴族はどうなった?」
カイルは、一瞬だけ躊躇った。
その後、沈痛な表情を浮かべながら答える。
「……抵抗を試みた者たちは、現在粛清されております」
静寂が、部屋に満ちる。
王子は拳を強く握り締めた。
「ヴォルネス公が打たれた後、貴族たちは混乱しました」
カイルの声は、低く重いものだった。
「しかし、それを制圧したのは"クレスト"です」
"クレスト"――新王直属の精鋭騎士団。
ゼファルの敗北後、新王カエルスはすぐに次の手を打った。
「ゼファルが討たれたことは、新王にとって誤算だったはず」
アレクシスは静かに呟いた。
「……だが、それでもカエルスは動揺せずに対応したというのか」
カイルは深く頷く。
「ええ。王子派と見なされた貴族は、即座に拘束、または"処刑"されました。」
アレクシスの表情が険しくなる。
「……やはり、カエルスは"強硬手段"を取ったか」
「ええ」
カイルの言葉に、砦の空気が重く沈む。
王都だけではなく、王国全土に"恐怖"が広がっていた。
王子派の貴族たちは、もはや自らを隠すことしかできない。
新王カエルスの統治は、予想以上に速やかに、そして冷酷に進められていた。
王子は、長く息を吐いた。
(……もう後戻りはできない)
新王の手による粛清は、すでに始まっている。
もはや、自分に与する貴族たちは、戦うか、逃げるかの選択を迫られている。
それならば、自分はどうするべきか?
カイルは王子をじっと見つめ、慎重に言葉を紡ぐ。
「王子殿下。今こそ、動かねばなりません」
その言葉が、王子の決意を形作っていく。
新王の圧政が広がる中で、
彼は、"正統なる王子"としての役割を果たさねばならない。
カイルは、王子の前で静かに頷いた。
そして、言葉を続ける。
「問題はまだあります。王都には"三人のクレスト"が残っています。そのいずれも新王カエルスに忠誠を誓っていると」
"クレスト"――新王直属の精鋭騎士団。
アレクシスは息を呑む。
彼らが未だ王都に残っているという事実が意味すること――
それは、王都が新王の完全な掌握下にあることを示していた。
アレクシスが戻るのが遅れれば遅れるほど、
"王子派"と呼ばれる者たちは次々と処刑され、味方が消えていく。
(……急がねばならない)
王子は、静かに拳を握りしめた。
その時、サーディスの眉がわずかに動いた。
"クレスト"――
その名を聞いた瞬間、胸の奥で冷たい記憶が疼く。
それは、かつて彼女の家族を襲った者たちの一員でもあった。
"クレスト"という名が刻む傷は、彼女の中に消えない傷痕を残している。
(……クレストが、まだ王都に)
彼らは新王の忠実な手駒。
王子を狙い、どこまでも追ってくるであろう存在。
だが、サーディスの警戒は、それだけではなかった。
アレクシスはすぐに問いを投げかける。
「王都に戻る手段は?」
カイルは、その問いに対し――"少しの間"を置いた。
(……遅い)
サーディスの目が、わずかに鋭くなる。
この場において、王都へ戻る手段は即座に答えられるはずだ。
それなのに、カイルは一瞬の躊躇を見せた。
そのわずかな沈黙が、彼女に"疑念"を抱かせるには十分だった。
王子はまだ気づいていない。
しかし、サーディスは"何かがおかしい"と確信し始めていた。
――その時だった。
"ガチャン!"
突如として、応接室の扉が勢いよく開かれた。
それと同時に、十数名の騎士たちが、一斉に部屋へと踏み込んできた。
完全武装の状態で――剣を帯び、槍を構えた騎士たち。
"護衛"ではなく、"敵"として、王子とサーディスを囲むように配置される。
王子とサーディスは、"裏切り"に気づくよりも早く、完全に包囲されていた。
<あとがき>
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