忠誠か復讐か――滅びの貴族令嬢、王子の剣となる

案山子十六号

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狂嵐襲来編

騎士団③

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 騎士たちは、すでに陣形を組んでいた。
 王子とサーディスを中心に、逃げ場を塞ぐように動く。

 "護衛"ではない。
 これは、捕縛のための布陣だった。
 アレクシスは、眉をひそめながら静かに立ち上がる。

 彼の表情に驚きはない。
 むしろ、警戒していたことが的中したかのような落ち着きを見せていた。

 彼の目は、まっすぐに騎士団長カイルを捉える。

「……これはどういうことだ?」

 その問いに、カイルは何の躊躇もなく答えた。

「王子殿下――申し訳ないが、ここで貴方を拘束する」

 その瞬間、部屋の空気が一気に張り詰めた。

 サーディスは、無意識のうちに剣の柄を探した。
 しかし――

 そこには何もない。

 すでに武器を取り上げられていた。

 敵意が明確になった今、すぐにでも剣を抜き王子を守りたい――
 その本能が疼く。

 だが、その術がない。

 手元には、護るべき刃はなく、背後には、確かに護るべき王子がいる。

 サーディスは、不思議と落胆しなかった。
 やはりそうか、という感情が強かった。
 一方、王子アレクシスも剣を持たぬまま、それでも冷静に騎士団長を見据えていた。

「……つまり、お前は"カエルス側"についたということか?」

 静かに問う。
 だが、カイルの答えは、予想していたものとは異なっていた。

「違います」

 カイルは一歩、王子へと歩を進めた。

「私は"王国"の未来を守らなければならないのです」

 その言葉に、アレクシスの目が僅かに細められる。

「ほう……?」

 王子は、わずかに首を傾げ、続きを促す。

「貴方が生き続ける限り、国は混乱を続けるだろう」

 カイルの声には、迷いがなかった。

「新王派と王子派の争いは激化し、国全体が荒れる。その混乱の中、隣国が王国に攻め込む可能性もある」

 カイルの言葉には、確かに一理あった。
 新王と王子の争いが続けば、王国は戦乱の中に沈む。
 それを機に、国境を越えて外敵が侵攻する危険性は十分に考えられた。

 だが――

「だからこそ、貴方はここで"消えなければならない"」

 カイルの目に宿る光は、"忠義"か、それとも"覚悟"か。
 アレクシスは、静かに瞳を閉じ、一度息を吐いた。

「……なるほどな」

 そして、ゆっくりと目を開けると、冷たい笑みを浮かべた。

 戦いの刻は、すでに避けられない。
 カイルは、無駄な動作なく剣を抜いた。

 銀色の刃が、応接室の暖炉の灯りを受け、鈍く光を放つ。

 鋭く研がれた剣は、まさに実戦を生き抜いてきた騎士の証。
 それは単なる威嚇ではなく、この場にいる王子と騎士を本気で拘束するための意思表示だった。

 彼の表情は、変わらない。
 感情の起伏を一切見せることなく、ただ淡々と、決断を下した男の目をしていた。

 そして――

「王国を守るため、貴方を拘束し、カエルス陛下に引き渡す」

 その言葉は、騎士団長としての"決定"だった。


 その瞬間――

 サーディスの心の中に、冷たい怒りが込み上げた。

 (……"王国のため"? 笑わせる)

 心の中で、鋭く吐き捨てる。

 今、王都ではどれだけの血が流されているか。
 新王の圧政により、どれだけの無実の民が犠牲になったか。

 "クレスト"の名の下に、どれだけの剣が振るわれ、どれだけの命が奪われたか――

 この騎士団長は、それを知りながら、黙認するつもりなのか?

 "王国を守る"ために、王子を売るのか?

 サーディスは、自分の奥底から湧き上がる怒りを押し殺す。

 だが、その視線は鋭さを増し、わずかに拳が震えた。
 アレクシスは静かに目を細めた。

 彼の目には、怒りよりも、むしろ"冷めた理解"があった。

 この場で、騎士団が王子を裏切る可能性は、すでに考えていたことだった。
 ただ、それがどのような"大義"の元になされたのかを、知る必要があった。

 だから、王子は静かに問いかけた。

「……騎士団は"王国の安定"を守るために、私を見捨てると?」

 その問いに、カイルは迷いなく答える。

「貴方を拘束することが、最も"穏便"な道だ」

 彼の声は、揺るがない。
 まるで、それが唯一の正解であるかのように、淡々と告げた。


 その言葉に――

 王子アレクシスは、小さく笑った。

 嘲るような笑みではない。
 絶望の笑みでもない。

 ただ、"本当にそうか?"と問いかけるような、意味深な笑みだった。

 彼はゆっくりと手を開き、わずかに足を引いた。

 身構えるような動作ではない。
 しかし――

 逃げ場はない。
 すでに騎士たちは部屋を囲み、武器を構えていた。

 ――完全な包囲。

 部屋の中にいる騎士たちだけではない。

 扉の外からも複数の騎士の気配が感じられた。
 彼らは既に動きを封じるための配置を取っていた。

 つまり――完全に逃げ場を塞がれている。

 武器を持たない今、戦う術はほぼ皆無だった。

 剣を奪われ、数の差も歴然。
 この状況で、正面から打破する手段は限りなく少ない。

 このままでは、王子は拘束され、サーディスも敵に囲まれたまま何もできなくなる。

 だが、その時――
 カイルは、静かにサーディスへと視線を移した。


 彼の瞳には、わずかな迷いがあった。
 だが、それを押し殺すように、彼は低く静かに命じた。

「サーディス殿……貴殿は関係ない。貴殿はここから出ていくことを許そう」

 (……関係ない?)

 サーディスはわずかに目を細めた。
 今の言葉が信じられなかったわけではない。
 むしろ、それが"本気"であることを理解していた。

 この場での敵は"王子"であり、サーディスではない。
 サーディスは"王子の護衛"としてここにいるだけであり、個人として見れば新王の敵ではない。

「貴殿はカエルス陛下にとって敵ではない。"王子の護衛"を解かれたのなら、我々は君を追わない」

 カイルは静かに言葉を紡ぐ。

 それは、戦場で何度も命を預かってきた者が発する、最後の"譲歩"だった。
 彼は、サーディスがここで王子を見捨て、砦を出ることを許すと言っている。


 サーディスは無表情のまま、カイルを見据える。
 彼の言うことは正しい。

 ――今、ここで離れれば、私は生き残れる。

 騎士団が敵となれば、この戦いはさらに厳しくなる。
 武器を持たないこの状況で戦いを挑めば、勝機は限りなく低い。

 今、ただ"ここを出る"だけで、戦いに巻き込まれることもなくなる。

 王子を見捨てれば――

 自分は確実に生き延びることができる。
 だが、サーディスの中に、そんな選択肢は存在しなかった。

「……シス様を見捨てるつもりはない」

 静かに、しかし力強く。
 サーディスはただ一言、そう告げた。

 それだけで、この場の空気が一変する。

 騎士たちは一瞬驚いたように目を見開く。
 カイルもまた、僅かに眉を動かした。

 しかし――

 すぐに深く息を吐き、静かに目を閉じた。
 次の瞬間。
 彼は、決意を込めた声で告げた。

 「ならば……もろとも討たせてもらう」

 その言葉が終わると同時に、カイルの剣が振り上げられる。
 彼の動きに合わせるように、周囲の騎士たちが一斉に構えを取った。

 そして――

 応接室は、一瞬の沈黙の後――戦場と化した。



<あとがき>
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