忠誠か復讐か――滅びの貴族令嬢、王子の剣となる

案山子十六号

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狂嵐襲来編

騎士団④

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 ――その刹那。

 サーディスは静かに目を閉じ、念じた。

 "戻れ"――と。

 それは、迷いのない命令だった。
 王国騎士団の砦のどこか、
 おそらくは武器庫に封じられていたはずの魔剣が、彼女の呼びかけに応じた。

 "――ギィンッ!"

 鋭く甲高い音が、砦のどこかで響き渡る。
 それはただの音ではない。
 金属の摩擦音とも違う。
 まるで"空間そのものを切り裂いた"かのような、異質な響きだった。

 その瞬間、騎士たちは驚愕に顔を上げ、視線を周囲へと巡らせた。

 「何の音だ……?」

 誰もが警戒し、何かが起きたことを悟る。

 だが――

 その問いが発せられる間もなく。
 突風のように、黒き閃光が応接室を貫いた。

 "――シュンッ!"

 その軌跡は、まるで"光"のようだった。
 通常の武器ではありえない速度。
 まるで"意思"を持つかのように、魔剣は一直線にサーディスのもとへと帰還する。

 「……ッ!」

 サーディスの目が見開かれる。

 しかし、彼女は迷うことなく――

 飛来する魔剣を、逆手で受け止めた。

 "ガシィッ!"

 刃を握る瞬間、指先に馴染んだ感触が伝わる。

 ただの武器ではない。
 この剣は"彼女のもの"だ。
 その事実を確かめるように、サーディスは魔剣をしっかりと握りしめる。

「帰ってきた……」

 一瞬の間。
 騎士たちは、信じられないものを見たように息をのむ。

「今のは……?」

「どうやって……?」

 彼女の手から離されたはずの剣が、自らの意思で戻ってきた。
 それは、騎士たちが知る"常識"では説明できない現象だった。

 だが――サーディスにとっては、ただの"当然の帰還"。

 そして、その"一瞬の間"こそ、戦場を覆す好機だった。

 黒き魔剣が、再びその主の手に戻った時――応接室の空気が変わった。
 疑問と驚愕が渦巻く中、サーディスは深く息を吐いた。

 そして、魔剣を鞘ごと構えた。

 彼女は魔剣を手にした――だが、刃を抜くことはしない。
 今ここで魔剣を解放すれば、この場にいる騎士たちを皆殺しにしてしまう。

 それは、王子の望む未来ではなかった。
 無益な殺しは避けるべきだ。
 加えて、魔剣を抜けば、魔の浸食が進み、時間も労力も無駄にすることになる。
 さらに血に酔えば王子すら切ってしまう危険がある。
 ここは、剣を抜かずに戦う。

 それが、サーディスの選択だった。

 "ギィンッ!"

 刃を抜かぬまま、サーディスは一番近くにいた騎士の剣を、鞘ごとの魔剣で叩き落とした。
 騎士の手から鋼が弾き飛ばされ、鈍い音を立てて床へと転がる。

 「なっ――!?」

 騎士が驚きに目を見開いたその瞬間、サーディスは素早く動いた。
 床に落ちた剣を拾い上げ、逆手に握る。

 拾った剣を構える間もなく、別の騎士が防御態勢を取る。
 だが、サーディスの動きは速かった。
 守りに入った騎士の懐へ、すかさず滑り込むように接近する。

 "シュンッ!"

 素早く剣の柄を突き出し、相手の首元を打ち抜く。

 「ぐっ……!」

 騎士の息が詰まり、膝から崩れ落ちる。
 喉を押さえながら、苦しげに息を整えようとする騎士の横を、サーディスは迷いなく通り過ぎた。

 さらに、近づいてきた別の騎士が、サーディスに向かって剣を振り下ろす。
 だが、サーディスは魔剣の鞘ごと振り抜き、その一撃を受け流す。

 "カァンッ!"

 衝撃が走るも、サーディスは微動だにしない。
 魔剣の鞘が、通常の剣とは比べ物にならぬ強度を持っていた。

 騎士は完全に虚を突かれ、次の一手が遅れる。
 その一瞬の間を逃さず、サーディスは視線を王子へ向けた。

 「サーディス……!」

 王子が声を上げた瞬間、サーディスは拾った剣を王子の方へと投げた。
 彼の手元へ、一直線に飛ぶ刃。

 「――使ってください!」

 王子は即座に反応し、宙を舞う剣を片手で掴み取る。
 そして、躊躇なく剣を構え直す。

 「……助かった!」

 直後、王子へ襲いかかる騎士の剣を受け止める。

 "ギィンッ!"

 鋼がぶつかり合う音が、室内に響く。

 王子の表情が変わる。
 それまで、捕らえられることを想定していた男ではない。
 剣を手にした瞬間、その目に鋭い光が宿る。

 王子の剣は、迷いなく騎士の刃を押し返す。
 戦士の本能が、目覚める。

 サーディスはすかさず王子の横へと並び立った。

 「ここを抜けます!」

 王子は力強く頷く。

 「……ああ!」

 完全武装の騎士団に包囲されながらも、二人は戦う力を取り戻した。
 剣を手にしたことで、これまでの圧倒的劣勢から、一気に"戦う力"を取り戻したのは確かだった。

 だが――

 それでも、敵の数は圧倒的だった。

 「――ッ!」

 室内には、既に十数人の騎士たちが王子とサーディスを取り囲んでいた。
 扉の向こうにも、さらなる増援が待ち構えている。

 逃げ道はない。
 戦わなければ、ここで終わる。

 目の前の騎士たちは、単なる"門番"ではなかった。
 彼らは王国騎士団の中でも、特に"王都に忠誠を誓った者たち"だった。

 新王カエルスの即位とともに、国境防衛の中核を担うことを誓った者たち。
 その中でも厳選された精鋭部隊。

 彼らの動きは、一糸乱れぬ隊列を組み、完璧に統率されていた。
 個の力だけでなく、"集団戦"に特化した動きを見せる。

 各々の間合いが整い、隙のない布陣。
 王子たちが無策で突っ込めば、容易に囲まれ、討たれる。

 そして――

 その中の一人が、王子へ向かって斬りかかる。

 「くっ……!」

 王子アレクシスは、一歩踏み込んで剣を振るい、
 精鋭騎士の剣撃を、ぎりぎりのところで受け止めた。

 "ガキィィンッ!!"

 鋼と鋼がぶつかり合い、火花が散る。

 しかし――

 敵の剣は、"重い"。

 それだけではない。
 剣の振り方に、一切の無駄がない。

 ただの衛兵ではない。
 戦場を経験し、敵を討ち果たしてきた"戦士"としての実力を持つ者たちだった。

 王子の腕に、痺れるような衝撃が走る。
 王子は歯を食いしばり、剣を押し返す。

 敵は強い。
 だが、負けるわけにはいかない。

 ここで止まれば、すべてが終わる。

 ――この場にいる騎士たちは、"王国の精鋭"。

 この戦いに勝たなければ、未来はない。
 サーディスも、すかさず構え直し、王子の隣に立つ。

 彼らの戦いは、ここからが本番だった。

 血と鋼が交差する応接室――。

 だが、その戦場が膠着し始めた、その時――。

 "ギィ……"

 硬い革靴が石畳を踏みしめる音が、静かに響いた。
 まるで、その歩みだけで戦場の流れを変えてしまうかのような、異質な空気。
 剣を交えていた騎士たちが、微かに肩を強張らせ、動きを一瞬止めた。

 そして――

 「……ここまでだ、殿下」

 低く、よく通る声。
 冷静で、静かでありながら、
 そこには揺るぎない威圧感が滲んでいた。

 戦場に歩み出たのは、一人の男。

 王国騎士団の砦を統べる者――騎士団長カイル・アーデン。

 その歩みは、ゆったりとしていた。
 だが、彼が前に出るだけで、周囲の騎士たちは一歩ずつ後退する。
 彼の存在が、"戦局を変える"と分かっていたからだ。

 王子もサーディスも、その異様な空気を敏感に察知した。

 「……やはり、お前が出てくるか」

 サーディスは低く呟きながら、気絶させた騎士の剣を拾い上げた。

 その刹那――。

 カイルは目を細め、サーディスをじっと見つめた。
 次の瞬間、"シャキン"と鋭い音を立てながら、カイルは剣を引き抜いた。

 サーディスの視線が鋭くなる。
 その剣は、ただの鉄の塊ではなかった。

 "気"が宿っている――。

 まるで、剣自体が意志を持っているかのような"威圧感"。
 それは、長年戦場を生き抜き、無数の命を断ち切ってきた者だけが纏う"剣気"だった。

 サーディスは、一瞬で理解する。

 この男は、ただの騎士ではない。
 "生粋の戦士"だ。

 (……この男、周りの騎士とは別格だ)

 その確信が胸を支配した。

 次の瞬間――。

 "ギィンッ!"

 サーディスの剣と、騎士団長カイルの剣がぶつかり合った。
 一撃。
 それだけで、サーディスの腕に衝撃が走る。

 「……ッ!」

 サーディスはわずかに足を引いた。

 圧倒的な"重さ"。

 それは、単なる剣の振りではない。
 "練り上げられた技術と膂力"が、刃の一撃ごとに込められている。
 それを真正面から受ければ、まともに耐えられる者などそうはいない。

 並の騎士とは、格が違う。
 彼の剣は、圧倒的な正確さと威力を兼ね備えていた。

 (……この男、只者じゃない)

 サーディスは、一撃を受けた瞬間に確信した。

 "短時間で勝つ"のは難しい。

 そして――
 サーディスは王子の方向を一瞬見た。

 王子もまた、騎士たちに囲まれ、苦戦していた。
 彼は剣士として優れた技量を持つが、それでも相手は"王国最精鋭"。
 一対多では、徐々に押され始めている。

 (まずい……!)

 このままでは、脱出どころではない。
 "戦力差が大きすぎる"。

 「ここで、終わりにしよう」

 騎士団長が静かに言った。

 サーディスは剣を構え直す。
 ――だが、その隙を見逃さない。

 ズバァッ!

 騎士団長の剣が、サーディスの髪をかすめた。

 (……やっかいだ)

 紙一重で避けたが、これまで戦ったどの騎士よりも"精密な剣"だった。
 サーディスは一歩退く。

 ――このままでは、"まずい"。

 騎士団長が王子に視線を向ける。

 「……殿下、観念しなさい」

 彼は剣を構え、"王子を討つため"の構えを取った。

 「ッ……!」

 サーディスは歯を食いしばり、目の前の状況を見つめた。

 ――"今、どう動くべきか"。

 彼女の脳裏で、次の一手を考える時間が、刻一刻と削られていった。


<あとがき>
ここまで見てくれてありがとうございます!
気に入っていただけたら、お気に入り登録をよろしくお願いします!
次の話は今夜22時に投稿します。
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