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狂嵐襲来編
エルヴァン
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サーディスは、いまだ"ヘタレクシス"の話題が尾を引いている空気を断ち切るため、意図的に話を変えた。
「……エルヴァン殿」
「おいおい、殿なんてつけるなよ」
エルヴァンは軽く笑いながら手を振る。
「堅苦しいのは苦手なんだ。エルヴァンでいい」
彼の砕けた口調に、サーディスは少し考え、静かに頷いた。
「では、エルヴァン。貴族だったと言っていたが……どうして傭兵に?」
その問いに、エルヴァンは「やれやれ」といった様子で肩をすくめる。
「理由は簡単さ。"貴族社会が性に合わなかった"ってだけだ」
そう言うと、彼はどこか遠くを見るような目をした。
「……俺は、名のある貴族の生まれだよ。親も兄弟も、それなりに地位のある人間だった」
「名のある貴族……」
サーディスは、エルヴァンの出自を考えた。貴族ならば王子とも顔見知りだったのも納得がいく。
しかし、彼の今の立場を考えると、貴族の座を捨てたというのは疑問だった。
そんなサーディスの様子に気付いたのか、エルヴァンは小さく笑った。
「……でもな、俺はどうしても"あの世界"に馴染めなかったんだよ」
"あの世界"――すなわち貴族社会のことだろう。
エルヴァンは苦笑を浮かべながら続けた。
「貴族ってのは面倒なもんだ。形式にこだわり、面子を気にし、笑いたくもないのに笑い、飲みたくもない酒を飲む。誰が誰より上か下かを競い、常に政治的な駆け引きをしてる……そんな生活に俺は耐えられなかった」
サーディスは黙って聞いていた。
「何度も家族と喧嘩したよ。『貴族としての責務を果たせ』『王国のために尽くせ』……そう言われるたびに反発した。お決まりの未来なんて、まっぴらごめんだった」
王子がそれを聞いて、少し寂しげに微笑んだ。
「……お前の家族は、お前のことを惜しんだろうな」
「さぁな」
エルヴァンは冗談めかした調子で肩をすくめる。
「結局、大喧嘩の末、家を追い出される形になった。まあ、向こうとしても厄介者を始末できてせいせいしたんじゃないか?」
それを聞いたサーディスは、ほんのわずかに眉をひそめた。
「……後悔はないのか?」
貴族の家を捨て、傭兵となる道を選ぶ。それは、並の人間ができる選択ではない。
だが、エルヴァンはあっけらかんと笑った。
「後悔? あるわけねぇだろ。俺は今、すげぇ気楽に生きてる」
彼は弓を軽く指で弾きながら、満足げに続ける。
「貴族の宴よりも、戦場の方がよっぽど性に合ってる。気を遣う必要もねぇし、命のやり取りはシンプルで分かりやすい」
「……命のやり取りが、シンプル?」
サーディスが問い返すと、エルヴァンは真剣な目で彼女を見た。
「そうさ。戦場じゃ、強い奴が生きて、弱い奴が死ぬ。それだけだ。裏切りや策謀はあっても、"殺るか殺られるか"って単純な話だ。少なくとも、貴族の駆け引きみてぇな陰湿な世界より、俺には合ってる」
その言葉に、サーディスは少しだけ理解できる気がした。
「なるほど……」
彼は、ただ"貴族のしがらみ"から逃げたのではない。"自由に生きる"ために、傭兵という道を選んだのだ。
王子はそんなエルヴァンを見て、わずかに苦笑を漏らす。
「……昔から変わらないな、お前は」
「だろ? 俺はこの通り、昔っから自由気ままな生き方がモットーなんだよ」
エルヴァンは王子の肩をぽんと叩き、楽しげに笑った。
「それに、こうしてまた"シス様"と一緒に旅ができるなんて、運命ってやつかもな」
王子はその言葉に、苦笑いを浮かべた。
「だからその呼び方はやめろと……」
「じゃあ、やっぱり"ヘタレクシス"か?」
「絶対にやめろ」
エルヴァンが悪ノリし、王子が渋い顔をする。
そのやり取りを見ながら、サーディスは静かに考えていた。
(……この男は、本当に"自由"に生きているんだな)
貴族の責務を捨て、傭兵として生きる。
その道は、彼にとって"正解"だったのかもしれない。
だが―― 。
(私は、どこへ向かうつもりなのだろう)
王子に忠誠を誓いながらも、"復讐"という目的を忘れてはいけない。
エルヴァンのように、ただ自由に生きることはできないのだ。
それでも――。
(……悪くない)
そんな風に思ってしまった自分に、サーディスは少しだけ戸惑いながら、エルヴァンの楽しげな笑い声を聞いていた。
<あとがき>
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「……エルヴァン殿」
「おいおい、殿なんてつけるなよ」
エルヴァンは軽く笑いながら手を振る。
「堅苦しいのは苦手なんだ。エルヴァンでいい」
彼の砕けた口調に、サーディスは少し考え、静かに頷いた。
「では、エルヴァン。貴族だったと言っていたが……どうして傭兵に?」
その問いに、エルヴァンは「やれやれ」といった様子で肩をすくめる。
「理由は簡単さ。"貴族社会が性に合わなかった"ってだけだ」
そう言うと、彼はどこか遠くを見るような目をした。
「……俺は、名のある貴族の生まれだよ。親も兄弟も、それなりに地位のある人間だった」
「名のある貴族……」
サーディスは、エルヴァンの出自を考えた。貴族ならば王子とも顔見知りだったのも納得がいく。
しかし、彼の今の立場を考えると、貴族の座を捨てたというのは疑問だった。
そんなサーディスの様子に気付いたのか、エルヴァンは小さく笑った。
「……でもな、俺はどうしても"あの世界"に馴染めなかったんだよ」
"あの世界"――すなわち貴族社会のことだろう。
エルヴァンは苦笑を浮かべながら続けた。
「貴族ってのは面倒なもんだ。形式にこだわり、面子を気にし、笑いたくもないのに笑い、飲みたくもない酒を飲む。誰が誰より上か下かを競い、常に政治的な駆け引きをしてる……そんな生活に俺は耐えられなかった」
サーディスは黙って聞いていた。
「何度も家族と喧嘩したよ。『貴族としての責務を果たせ』『王国のために尽くせ』……そう言われるたびに反発した。お決まりの未来なんて、まっぴらごめんだった」
王子がそれを聞いて、少し寂しげに微笑んだ。
「……お前の家族は、お前のことを惜しんだろうな」
「さぁな」
エルヴァンは冗談めかした調子で肩をすくめる。
「結局、大喧嘩の末、家を追い出される形になった。まあ、向こうとしても厄介者を始末できてせいせいしたんじゃないか?」
それを聞いたサーディスは、ほんのわずかに眉をひそめた。
「……後悔はないのか?」
貴族の家を捨て、傭兵となる道を選ぶ。それは、並の人間ができる選択ではない。
だが、エルヴァンはあっけらかんと笑った。
「後悔? あるわけねぇだろ。俺は今、すげぇ気楽に生きてる」
彼は弓を軽く指で弾きながら、満足げに続ける。
「貴族の宴よりも、戦場の方がよっぽど性に合ってる。気を遣う必要もねぇし、命のやり取りはシンプルで分かりやすい」
「……命のやり取りが、シンプル?」
サーディスが問い返すと、エルヴァンは真剣な目で彼女を見た。
「そうさ。戦場じゃ、強い奴が生きて、弱い奴が死ぬ。それだけだ。裏切りや策謀はあっても、"殺るか殺られるか"って単純な話だ。少なくとも、貴族の駆け引きみてぇな陰湿な世界より、俺には合ってる」
その言葉に、サーディスは少しだけ理解できる気がした。
「なるほど……」
彼は、ただ"貴族のしがらみ"から逃げたのではない。"自由に生きる"ために、傭兵という道を選んだのだ。
王子はそんなエルヴァンを見て、わずかに苦笑を漏らす。
「……昔から変わらないな、お前は」
「だろ? 俺はこの通り、昔っから自由気ままな生き方がモットーなんだよ」
エルヴァンは王子の肩をぽんと叩き、楽しげに笑った。
「それに、こうしてまた"シス様"と一緒に旅ができるなんて、運命ってやつかもな」
王子はその言葉に、苦笑いを浮かべた。
「だからその呼び方はやめろと……」
「じゃあ、やっぱり"ヘタレクシス"か?」
「絶対にやめろ」
エルヴァンが悪ノリし、王子が渋い顔をする。
そのやり取りを見ながら、サーディスは静かに考えていた。
(……この男は、本当に"自由"に生きているんだな)
貴族の責務を捨て、傭兵として生きる。
その道は、彼にとって"正解"だったのかもしれない。
だが―― 。
(私は、どこへ向かうつもりなのだろう)
王子に忠誠を誓いながらも、"復讐"という目的を忘れてはいけない。
エルヴァンのように、ただ自由に生きることはできないのだ。
それでも――。
(……悪くない)
そんな風に思ってしまった自分に、サーディスは少しだけ戸惑いながら、エルヴァンの楽しげな笑い声を聞いていた。
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