忠誠か復讐か――滅びの貴族令嬢、王子の剣となる

案山子十六号

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狂嵐襲来編

エルヴァン

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 サーディスは、いまだ"ヘタレクシス"の話題が尾を引いている空気を断ち切るため、意図的に話を変えた。  

「……エルヴァン殿」  

「おいおい、殿なんてつけるなよ」  

 エルヴァンは軽く笑いながら手を振る。  

「堅苦しいのは苦手なんだ。エルヴァンでいい」  

 彼の砕けた口調に、サーディスは少し考え、静かに頷いた。  

「では、エルヴァン。貴族だったと言っていたが……どうして傭兵に?」  

 その問いに、エルヴァンは「やれやれ」といった様子で肩をすくめる。  

「理由は簡単さ。"貴族社会が性に合わなかった"ってだけだ」  

 そう言うと、彼はどこか遠くを見るような目をした。  

「……俺は、名のある貴族の生まれだよ。親も兄弟も、それなりに地位のある人間だった」  

「名のある貴族……」  

 サーディスは、エルヴァンの出自を考えた。貴族ならば王子とも顔見知りだったのも納得がいく。  
 しかし、彼の今の立場を考えると、貴族の座を捨てたというのは疑問だった。  
 そんなサーディスの様子に気付いたのか、エルヴァンは小さく笑った。  

「……でもな、俺はどうしても"あの世界"に馴染めなかったんだよ」  

 "あの世界"――すなわち貴族社会のことだろう。  
 エルヴァンは苦笑を浮かべながら続けた。  

「貴族ってのは面倒なもんだ。形式にこだわり、面子を気にし、笑いたくもないのに笑い、飲みたくもない酒を飲む。誰が誰より上か下かを競い、常に政治的な駆け引きをしてる……そんな生活に俺は耐えられなかった」  

 サーディスは黙って聞いていた。  

「何度も家族と喧嘩したよ。『貴族としての責務を果たせ』『王国のために尽くせ』……そう言われるたびに反発した。お決まりの未来なんて、まっぴらごめんだった」  

 王子がそれを聞いて、少し寂しげに微笑んだ。  

「……お前の家族は、お前のことを惜しんだろうな」  

「さぁな」  

 エルヴァンは冗談めかした調子で肩をすくめる。  

「結局、大喧嘩の末、家を追い出される形になった。まあ、向こうとしても厄介者を始末できてせいせいしたんじゃないか?」  

 それを聞いたサーディスは、ほんのわずかに眉をひそめた。  

「……後悔はないのか?」  

 貴族の家を捨て、傭兵となる道を選ぶ。それは、並の人間ができる選択ではない。  
 だが、エルヴァンはあっけらかんと笑った。  

「後悔? あるわけねぇだろ。俺は今、すげぇ気楽に生きてる」  

 彼は弓を軽く指で弾きながら、満足げに続ける。  

「貴族の宴よりも、戦場の方がよっぽど性に合ってる。気を遣う必要もねぇし、命のやり取りはシンプルで分かりやすい」  

「……命のやり取りが、シンプル?」  

 サーディスが問い返すと、エルヴァンは真剣な目で彼女を見た。  

「そうさ。戦場じゃ、強い奴が生きて、弱い奴が死ぬ。それだけだ。裏切りや策謀はあっても、"殺るか殺られるか"って単純な話だ。少なくとも、貴族の駆け引きみてぇな陰湿な世界より、俺には合ってる」  

 その言葉に、サーディスは少しだけ理解できる気がした。  

「なるほど……」  

 彼は、ただ"貴族のしがらみ"から逃げたのではない。"自由に生きる"ために、傭兵という道を選んだのだ。  

 王子はそんなエルヴァンを見て、わずかに苦笑を漏らす。  

「……昔から変わらないな、お前は」  

「だろ? 俺はこの通り、昔っから自由気ままな生き方がモットーなんだよ」  

 エルヴァンは王子の肩をぽんと叩き、楽しげに笑った。  

「それに、こうしてまた"シス様"と一緒に旅ができるなんて、運命ってやつかもな」  

 王子はその言葉に、苦笑いを浮かべた。  

「だからその呼び方はやめろと……」  

「じゃあ、やっぱり"ヘタレクシス"か?」  

「絶対にやめろ」  

 エルヴァンが悪ノリし、王子が渋い顔をする。  
 そのやり取りを見ながら、サーディスは静かに考えていた。  

(……この男は、本当に"自由"に生きているんだな)  

 貴族の責務を捨て、傭兵として生きる。  
 その道は、彼にとって"正解"だったのかもしれない。  

 だが―― 。

(私は、どこへ向かうつもりなのだろう)  

 王子に忠誠を誓いながらも、"復讐"という目的を忘れてはいけない。  
 エルヴァンのように、ただ自由に生きることはできないのだ。  

 それでも――。

(……悪くない)  

 そんな風に思ってしまった自分に、サーディスは少しだけ戸惑いながら、エルヴァンの楽しげな笑い声を聞いていた。


<あとがき>
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