忠誠か復讐か――滅びの貴族令嬢、王子の剣となる

案山子十六号

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狂嵐襲来編

ゲオルグ

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夜の森は静寂に包まれ、焚火の炎だけが、周囲を照らしていた。
パチパチと薪が燃える音が響く中、王子アレクシスは、傭兵団に向かってこれまでの経緯を話していた。

彼の口から語られるのは、ヴォルネス城からの脱出、騎士団砦での裏切り、サーディスとの戦い、そして"クレスト"との戦いのこと――。

「クレストを倒して王子を助けたって?」

「おまけに騎士団を突破して、逃げ延びたって?」

「いやいや、それ吟遊詩人の唄か何かじゃねぇの?」

傭兵たちは次々に驚きの声を上げ、そして称賛を惜しまなかった。

「いやぁ、やっぱ王子様ともなると、やることが違うな!」

「違う違う、サーディス殿の実力がやべぇんだろ。ゼファルを屠った剣士だぜ?」

サーディスは、焚火をじっと見つめながら、彼らの言葉を聞いていた。
(むず痒い……)

王子を救出し、クレストを倒し、騎士団を抜け、逃げ延びる――。
すべて事実ではあるが、彼らが語るような"英雄譚"とは程遠い。

現実はもっと泥臭く、苦しく、冷や汗と血に塗れたものだった。
それを、こうして"伝説のように"語られるのは、妙な気分だった。

(……そろそろ話題を変えよう)

そう思ったサーディスは、ふと視線をゲオルグに向けた。

「ゲオルグ殿は、昔どんなところに仕えていたのですか?」

焚火の明かりが、ゲオルグの顔を照らす。
男は少し目を細め、手元の木の枝を弄びながら、わずかに口元を歪めた。

「……良いところの家だったよ」

曖昧な返答。
だが、サーディスはその"濁し方"に、どこか引っ掛かるものを感じた。

「なぜ辞めたのですか?」

さらに問いを投げかけると、ゲオルグは焚火の炎を見つめたまま、ほんの僅かに間を空けた。

――その刹那。

王子の表情が、ほんの一瞬、変わるのをサーディスは見逃さなかった。

(……シス様?)

王子はすぐにいつもの冷静な顔に戻ったが、その"わずかな変化"が妙に気になった。
ゲオルグは、そんな二人の反応に気づいているのかいないのか、静かに息を吐いた。

「……十年前にドジやってな。利き腕が動かなくなっちまったんだ」

「――!」

サーディスの脳裏に、"十年前"という言葉が残る。

(……十年前)

偶然かもしれない。
だが、自分にとっても"十年前"という時間は、切っても切れないものだった。

ゲオルグは苦笑しながら、肩をすくめる。

「そんでまあ、そこは辞めて――今のこの傭兵団を立ち上げたってわけだ」

「未練はなかったんですか?」

傭兵団の一人が、興味深そうに問いかける。
ゲオルグは焚火の炎を指先でいじりながら、しばらく何かを思い返すように視線を落とした。

「ねぇと言えば嘘になるさ」

焚火が爆ぜ、火の粉が舞う。

「でもまあ、今の気楽な傭兵稼業の方が、俺の性に合ってるな」

そう言ってゲオルグは笑う。
豪快な、いつもの笑い方だった。

だが――

サーディスの胸の奥に残る違和感は、消えなかった。

(……この声、どこかで聞いたことがある)

はっきりとは思い出せない。
だが、確かに何かが"引っかかる"。

彼女は焚火を見つめながら、考えを巡らせる。
一方、王子は何も言わず、静かに焚火の炎を見つめていた。


<あとがき>
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