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狂嵐襲来編
ジークリンデと騎士団
しおりを挟む夕陽が赤く空を染める頃、ジークリンデは国境沿いにある王国騎士団の砦へと到着した。
長い移動にもかかわらず、彼女の表情には疲労の色はない。
王都から派遣された王直属の精鋭騎士クレストの一員として、彼女の姿勢は一分の隙もなく、まるで鋼のように堂々としていた。
砦の前には高くそびえる石壁が築かれ、その上には警戒の目を光らせる騎士たちの姿が見える。
門の前には武装した騎士たちが数名立ち、訪問者を厳しく監視していた。
ジークリンデは馬を止めると、軽く手綱を引き、静かに息を吐いた。
そして、門番の騎士たちへと凛とした声を投げかける。
「王都より派遣されたクレスト、ジークリンデ・アーベントロートよ。砦の責任者に取り次ぎなさい」
彼女の名を聞いた門番たちは、一瞬だけ顔を見合わせた。
表情には驚きと警戒が滲む。
王国騎士団の砦にクレストの騎士が訪れるなど、滅多にあることではない。
それはすなわち――、
緊急の要件を意味している。
「……お待ちください、すぐに責任者に報告いたします」
門番の一人が砦の奥へと駆けていく。
残された騎士たちは、ジークリンデの姿をじっと観察していた。
彼女の戦装束は綺麗に整えられているが、その風格はただの貴族の騎士とは明らかに異なる。
彼女の周囲に漂う空気は、"戦士"のそれだった。
剣の柄を握るその手からも、無駄のない鍛え上げられた動きが感じられる。
――それも当然だ。
彼女は王国最強の騎士団、クレストの一員。
ただの名ばかりの貴族ではなく、実戦を積み重ねてきた"本物の剣士"なのだから。
門番たちは一層の緊張感を持ち、ジークリンデを見つめた。
王都からの使者――しかもクレストともなれば、砦の騎士団にとっても軽視できる存在ではない。
しばらくすると、奥から一人の騎士が現れた。
砦の責任者、騎士団長カイル・アーデン。
彼は壮年の騎士であり、重厚な鎧をまといながらも、動きには鋭さがあった。
厳格な表情を保ちながら、門の前に立つジークリンデへと視線を向ける。
「これは……ジークリンデ殿。遠路ご苦労様です」
ジークリンデは軽く一礼し、静かに言葉を返した。
「時間が惜しいので、早速本題に入りましょう。――王子アレクシスの行方について、お話があるの」
砦の空気が、張り詰めたものへと変わった。
王都から訪れたクレストの騎士。
そして、王子の名がここで語られた意味。
騎士たちは、それがただの訪問ではないことを悟った。
「それで……クレスト殿が何のご用向きで?」
騎士団長は敬意を払いつつも、内心では驚いているようだった。
王都から派遣された追手の一人が、直接砦を訪れるというのは予想外だったのだろう。
ジークリンデは無駄な前置きもせず、本題に入る。
「王子殿下を追うが、人員を提供してもらいたい」
王都から訪れたジークリンデの言葉に、騎士団長カイル・アーデンは静かに眉をひそめる。
「……人員を、ですか?」
慎重な口調。
敬意を払いながらも、彼の声には一抹の疑念が滲んでいた。
ジークリンデは無駄な前置きはしない。
この場の騎士団は、王家に忠誠を誓った者たちの集まりであることを理解していた。
だからこそ、曖昧な言葉を並べるより、率直な要求をすることが重要だった。
王子の名を口にするだけで、場が緊張する。
それが今の王国の情勢を物語っていた。
「殿下は傭兵団を味方につけ、逃亡を続けている。さらに、護衛として"サーディス"がついているのは知っているでしょう」
その名を聞いた瞬間、カイルの表情が険しくなる。
サーディス――先日、砦での戦闘を繰り広げた女騎士。
ただの護衛ではない。
彼女の戦いぶりは、カイル自身が目の当たりにしていた。
強さだけでなく、機転の利く判断力、鋭い洞察力――単独でも極めて厄介な相手だった。
「……サーディス、ですか」
カイルは沈思するように目を伏せる。
「彼女を排除するには、多対一での戦闘を想定するか、あるいは一対一に持ち込める状況を作る必要があるわ」
ジークリンデの言葉に、カイルは短く頷く。
その通りだ。
王子を討つにしても、サーディスという障害を乗り越えねばならない。
それは並の騎士では到底成し得ない仕事だ。
カイルはしばらく考え込んだ後、口を開いた。
「……正直に言って、王子の追跡は既に困難になっております」
「どういうこと?」
「完全に撒かれてしまった。我々が行方を突き止めるのは難しいのです」
それは、敗北を認める言葉でもあった。
砦を脱出された時点で、騎士団の役割は終わったも同然。
新たに追跡部隊を編成し、再び行方を探るには時間がかかる。
その間に、王子はより安全な場所へと移動してしまうだろう。
しかし、ジークリンデは迷いなく言い放った。
「行き先は、わかっているわ」
カイルの視線が鋭くなる。
「……確証は?」
「王子たちは、この砦とグリムシュタイン公の領地の直線状にいた。つまり、次に向かう先は――」
「グリムシュタイン公……"コウモリ公"の元か」
カイルは低く呟く。
その表情には複雑なものが浮かんでいた。
貴族派と王族派の間を行き来する厄介な存在――グリムシュタイン公爵。
王子が彼を頼るというのなら、何らかの支援を受ける可能性が高い。
カイルは目を細め、ジークリンデに視線を向けた。
「……で、何故そこで王子を捕らえられなかったのです?」
問いは鋭いものだったが、ジークリンデは迷いなく答えた。
「サーディスが思った以上に強かった。それに、言ったでしょう。傭兵団の援護があった」
淡々とした声色だったが、その言葉には"悔しさ"が滲んでいた。
サーディスが強いことは事前に理解していたが、まさかあそこまでとは――。
加えて、王子が傭兵団を味方につけたことで、彼女一人での追跡には限界が生じた。
カイルは腕を組み、静かに思案する。
「傭兵……か」
王子が傭兵を雇う余裕があるとは思えなかった。
となれば、何らかの形で"信用"を得たということか。
それはつまり、王子が着実に支持者を増やしている証でもある。
カイルは、無意識のうちに拳を握りしめた。
(……このままではまずい)
王子の影響力が増せば増すほど、新王側にとっては大きな脅威となる。
この場で王子を討たねば、状況はさらに厳しくなるだろう。
そして、彼は静かに口を開いた。
「……私も追手に加わりましょう」
ジークリンデの瞳がわずかに揺れる。
「……何ですって?」
「自分の目の前で王子に逃げられた。私の失態です」
その言葉には、悔恨と覚悟が込められていた。
カイルは、王子を確保する役目を担っていた。
しかし、結果は"逃亡"――しかも、自分の砦の中でだ。
王子は"生きて"いる。
それは、カイルの部下たちの手によって阻止できなかったからだ。
ジークリンデは鋭い視線を向ける。
「……あなたの部下たちを信じていないわけではないでしょう?」
「信じている。だが、自分の失敗を彼らに拭わせるわけにはいかないので」
それが、彼の"騎士としての矜持"だった。
自らの責任は、自らの手で果たす。
それがカイル・アーデンの信条であり、彼が長年王国騎士団を率いてきた理由だった。
ジークリンデはしばらく彼を見つめていたが、やがて肩をすくめる。
「……まぁ、止めはしないわ」
カイルが加わることは悪い話ではない。
騎士団長自らが追跡に参加すれば、王子討伐の成功率は大きく上がる。
ジークリンデは小さく微笑む。
それに対し、カイルは静かに頷いた。
こうして、王子を討つための"新たな狩り"が始まった。
<あとがき>
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・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。
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