終焉の召喚術師〜悪魔の蔓延る世界に立ち向かう少年たち〜

NovaPro

文字の大きさ
27 / 97

第六章 〜故郷への帰還〜④

しおりを挟む
「くそっ……」

エルクは拳を握りしめたまま立ち尽くす。
何もできなかったという現実だけが、そこにあったのだ。

「……あの威圧感、尋常じゃありませんでしたね」

ルーインがゆっくりと肩を上下させながら息を整える。
ライナスも黙ったまま、己の手を見つめるように伏せ目がちに立ち、フィールもまた震える息を吐きながらエルクの隣へと歩み寄った。

「なぁ、教皇。あれは……一体何だったんだ」

冷たい風が通り抜けるなか、エルクは低く、絞り出すような声でそう問う。
するとロイドは空を仰ぎ、言葉を選ぶように口を閉ざした。
そして、しばらくの時間をおきゆっくりと……確かな声でこう答えた。

「―――天界を追われた堕天使の長だ。今は『傲慢』の名を冠する大罪の悪魔『ルシファー』として……悪魔側にいる」
「『堕天使』……?」

フィールが眉をひそめながら聞くと、ロイドは頷いた。

「元は天の秩序に仕えていた存在だ。だが神に背き、地に落とされた。―――天使でありながら悪魔でもある。そのどちらの力も併せ持つ特異な存在だからこそ、常軌を逸した力があるのだ」

その言葉に、ルーインが険しい表情を見せる。

「そんな存在が、どうしてあの少年と―――?」
「わからん。少年が自ら望んだのか、それとも無理矢理依り代にされたか―――」

静まり返る森に、その言葉が重く落ちる。
そのとき、エルクが静寂を破るようにこう言い放った。

「なぁ、俺、思ったんだけど……クロスの行き先がわかれば崇拝教のアジトも、やつらの本当の狙いが見えてくるんじゃないか?」

ロイドは、エルクの言葉にゆっくりと目を閉じる。

「……その可能性は高いだろう。動きを追えば、それだけ背後にいる者たちの輪郭が見えるかもしれん」

ルーインも、同調するように首を縦に振る。

「確かに。情報が断片的すぎるので、追えばそれなりに成果はでるでしょう。しかし―――危険すぎます」

ルーインの言葉の意味がわからないでもないエルクは、ぐっと拳を握りしめた。

「でも……俺たちは先に進まなきゃならない。だから―――俺たちはクロスを追う」

その決意に、空気がぴんと張りつめた。
フィールとライナスも、エルクに続くように決意の籠った目でうなずいている。

「……わかった。だがその前に、ひとつ話しておかなければならないことがある。本当はまだ話すつもりはなかったが……もう時が来てしまったようだ」

ロイドの言葉に、一同は息を呑む。
そして、ロイドは深く息を吐き、重たい声で語り始めた。

「エルク、ライナス―――この村に住んでいたお前たちの母、リーシャ。彼女は……サマナーだったのだ」

エルクとライナスは驚いた。
エルクは目を見開いたまま言葉を失い、ライナスもまた、唇を震わせている。

「母さんが……サマナー……?」

あまりにも突拍子のない話だ。

「彼女が契約をしていたのは、『謙虚』という美徳を司る天使ラファエルだった。そして、それに相対する存在がある。それが『傲慢』のルシファーだ」

ロイドの言葉は、まるで時間の流れを止めたかのようだった。
そして、その場にいる誰もが次の言葉を飲み込むように沈黙する。

「謙虚と……傲慢……」

エルクはその言葉をかすれた声で繰り返した。
その名が指し示すものの意味が、彼のなかでゆっくりと形を成していく。

「まさか……母さんは美徳のサマナーとして―――」

そう言いかけたところで、ロイドが静かに頷く。

「崇拝教に狙われた。リン=ユナと同じように、だ」

ライナスは息を呑み、震える声で問う。

「母さんも……計画の犠牲に…?」
「可能性は高い。そして彼女―――リーシャが亡くなったことによって、対を成すルシファーの封印が完全ではなくなったのだろう」

そのとき、エルクの脳裏で複数の点が繋がり始めた。

「リンが最初だと思ってたが、母さんから繋がっていたんだ。―――すべては美徳の天使の力を地上から消すために……」
「それは……封印を破るため……?」

フィールが顔を曇らせる。

「天使と契約するサマナーは、封印の錨(いかり)でもある。その命が絶たれれば、封印の力は弱くなる。やつらはそれを狙っているのだろう」

その言葉を聞いたエルクは、ふと視線を下げた。

「……母さんも、その標的のひとりだった……ってことなんだな」

その声には、怒りとも悲しみともつかない感情が混じっていた。
乾いたような痛みを覚えるエルクに、ロイドが伝える。

「あの少年を追えば、崇拝教に辿り着くだろう。だが、美徳の天使が狙われてる以上、護衛が最優先事項となる」

ロイドの言葉に、エルクはしばし唇を噛んだまま俯いていた。

「なら……その護衛も俺たちがやる」

確かな決意が込められた声に、ロイドは頷き淡々と続ける。

「現在、確認されている美徳の天使と契約する者は四人。『勤勉のガブリエル』『忍耐のアズラエル』『人徳のラミエル』『慈善のミカエル』だ。ガブリエルとアズラエルはすでに中央教会で保護済み。ラミエルとミカエルは、居場所はわかっているものの中央教会での保護には至っていない」

するとルーインが腕を組み、険しい表情を浮かべた。

「発見と保護が急務ですね。『節制のカシエル』が五年前に消息を絶ったことから、残る『純潔のウリエル』を早急に探さねばなりません」
「そうだ。だからラミエルとミカエルを探し出し、中央教会まで保護せねばならない」

ロイドは、静かな口調ながらも強い信頼を込め、こう言った。

「エルク、フィール、ライナス。お前たちには『人徳のラミエル』を探し出し、中央教会まで護衛してもらいたい。ミカエルについては、枢機卿が捜索および保護にあたる。今後の鍵を握る存在だ。分担して動こう」

こうしてエルクたちの故郷であるリーンズ村での一件を終え、一同は再びウェスタンの街へと戻ることに。
西支部教会支部長のバズに事の詳細を報告すると、ロイドは村跡地で見つかった痕跡やクロスの件、そしてルシファーの出現に至るまでのすべてを伝えた。
そして、改めてリーンズ村の調査と封鎖の強化を正式に依頼。
バズは重く頷き、迅速な調査隊の派遣を約束してくれたのだった。

その夜、一行は寄宿舎で身体を休め、翌朝一番の汽車でアースヘルムに戻ることに。

「疲れたな……」

汽車がゆっくりと走り出すと、ライナスがぽつりと呟いた。

「当たり前だよ、あんなの普通じゃないし」

フィールが隣の席で腕を組みながら、流れゆく外の景色を見る。
エルクは手のひらを見つめるように指を組み、黙っていた。
その姿を見たライナスが、問いかける。

「兄貴、母さんのこと―――」
「わかってる。今度は二人で……村に行こう」

窓の外ではウェスタンの街並みが遠くなり、いつの間にか自然豊かな景色へと変わっていく。
それは彼らの心情を映しているようで、どこか物悲しくもあるのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私 とうとうキレてしまいました なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが 飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした…… スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます

セーブポイント転生 ~寿命が無い石なので千年修行したらレベル上限突破してしまった~

空色蜻蛉
ファンタジー
枢は目覚めるとクリスタルの中で魂だけの状態になっていた。どうやらダンジョンのセーブポイントに転生してしまったらしい。身動きできない状態に悲嘆に暮れた枢だが、やがて開き直ってレベルアップ作業に明け暮れることにした。百年経ち、二百年経ち……やがて国の礎である「聖なるクリスタル」として崇められるまでになる。 もう元の世界に戻れないと腹をくくって自分の国を見守る枢だが、千年経った時、衝撃のどんでん返しが待ち受けていて……。 【お知らせ】6/22 完結しました!

大和型戦艦、異世界に転移する。

焼飯学生
ファンタジー
第二次世界大戦が起きなかった世界。大日本帝国は仮想敵国を定め、軍事力を中心に強化を行っていた。ある日、大日本帝国海軍は、大和型戦艦四隻による大規模な演習と言う名目で、太平洋沖合にて、演習を行うことに決定。大和、武蔵、信濃、紀伊の四隻は、横須賀海軍基地で補給したのち出港。しかし、移動の途中で濃霧が発生し、レーダーやソナーが使えなくなり、更に信濃と紀伊とは通信が途絶してしまう。孤立した大和と武蔵は濃霧を突き進み、太平洋にはないはずの、未知の島に辿り着いた。 ※ この作品は私が書きたいと思い、書き進めている作品です。文章がおかしかったり、不明瞭な点、あるいは不快な思いをさせてしまう可能性がございます。できる限りそのような事態が起こらないよう気をつけていますが、何卒ご了承賜りますよう、お願い申し上げます。

【一時完結】スキル調味料は最強⁉︎ 外れスキルと笑われた少年は、スキル調味料で無双します‼︎

アノマロカリス
ファンタジー
調味料…それは、料理の味付けに使う為のスパイスである。 この世界では、10歳の子供達には神殿に行き…神託の儀を受ける義務がある。 ただし、特別な理由があれば、断る事も出来る。 少年テッドが神託の儀を受けると、神から与えられたスキルは【調味料】だった。 更にどんなに料理の練習をしても上達しないという追加の神託も授かったのだ。 そんな話を聞いた周りの子供達からは大爆笑され…一緒に付き添っていた大人達も一緒に笑っていた。 少年テッドには、両親を亡くしていて妹達の面倒を見なければならない。 どんな仕事に着きたくて、頭を下げて頼んでいるのに「調味料には必要ない!」と言って断られる始末。 少年テッドの最後に取った行動は、冒険者になる事だった。 冒険者になってから、薬草採取の仕事をこなしていってったある時、魔物に襲われて咄嗟に調味料を魔物に放った。 すると、意外な効果があり…その後テッドはスキル調味料の可能性に気付く… 果たして、その可能性とは⁉ HOTランキングは、最高は2位でした。 皆様、ありがとうございます.°(ಗдಗ。)°. でも、欲を言えば、1位になりたかった(⌒-⌒; )

異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜

KeyBow
ファンタジー
 間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。  何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。  召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!  しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・  いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。  その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。  上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。  またぺったんこですか?・・・

『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?

釈 余白(しやく)
ファンタジー
 毒親の父が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い、残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。  その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。  最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。 連載時、HOT 1位ありがとうございました! その他、多数投稿しています。 こちらもよろしくお願いします! https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/398438394

おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう

お餅ミトコンドリア
ファンタジー
 パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。  だが、全くの無名。  彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。  若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。  弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。  独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。  が、ある日。 「お久しぶりです、師匠!」  絶世の美少女が家を訪れた。  彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。 「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」  精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。 「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」  これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。 (※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。 もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです! 何卒宜しくお願いいたします!)

処理中です...