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2話
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「……はぁ、はぁ、はぁっ……!」
ガタガタと揺れる馬車の中で、僕は自分の心臓の音を必死になだめていた。
プラチナブロンドの髪は乱れ、琥珀色の瞳は涙で潤んでいる。
窓の外を流れる夜の景色を眺めながら、僕は頭を抱えた。
(信じられない……何なんだよ、あの第一王子は!)
ディルク・フォン・エトワール。
原作ゲームでは攻略対象ですらなく、冷酷無比な「背景の最強キャラ」だったはずだ。
それがどうして、あんなドロドロの執着ボイスで僕を狙っているんだ。
『君の肌を私の色で塗り潰してやろう』
『泣いて許しを請う君を一晩中……』
「ああああっ、思い出さないようにしてるのに、再生される……!」
ディルク殿下のあの「低くて最高にいい声」で脳内に直接再生されるものだから、破壊力が桁違いだ。
僕は前世でBL小説を嗜んでいたけれど、自分がその「受け」になるなんて、しかもこんなガチの執着攻めに狙われるなんて、聞いていない。
「と、とにかく。実家に戻って準備をして、すぐさま隣国へ亡命しよう。処刑も嫌だけど、あんな肉食獣に食べられるのはもっと嫌だ……!」
馬車がヴァリエール侯爵家の屋敷に到着する。
僕は慌てて中へ駆け込んだ。
だが、そこには絶望的な光景が広がっていた。
「……レアン、帰ったか」
玄関ホールで僕を待っていたのは、僕を疎ましく思っているはずの父――ヴァリエール侯爵。
そしてその隣には、先ほどパーティー会場にいたはずのディルク殿下が、平然とした顔で立っていたのだ。
「え、な、なんで……っ!?」
あまりの恐怖に、僕は腰を抜かしそうになる。
ディルク殿下は、まるでお忍びで散歩にでも来たかのような優雅さで僕を見下ろした。
「馬車よりも、私の転移魔法の方が早かったようだね」
ディルク殿下は微笑んでいる。
氷のような冷たい微笑だ。
だが、僕の頭の中に流れ込んでくる「音」は、もはや爆音だった。
『……見つけた。震えている。小鹿のように細い足をガクガクさせて、私を見上げている。ああ、今すぐこの場で組み伏せて、その潤んだ瞳を絶望と快楽で染め上げたい。逃げられると思ったのかい? 可愛いレアン。君がこの屋敷に帰ってくる数分間に、私は君の父親と「取引」を済ませたよ』
ひっ、と短い悲鳴が喉の奥で鳴った。
「レアン、お前は本日をもってヴァリエール家から籍を抜くことになった」
父が冷酷に告げる。
「ディルク殿下が、お前を『個人的な所有物』として引き取りたいとおっしゃっている。莫大な寄付金と引き換えにな。喜べ、役立たずのお前が初めて家の役に立ったぞ」
(売られた……! 実の親に、あの肉食獣に売られた!!)
あまりの衝撃に、目の前が真っ暗になる。
ディルク殿下がゆっくりと一歩、僕に近づいた。
革の手袋をはめた長い指が、僕の頬をなぞる。
「さて、レアン。私の城へ行こうか。君のために、最高の『部屋』を用意してあるんだ」
表面上の声は、どこまでも慈愛に満ちている。
だが、裏側の声は――。
『部屋といっても、ベッドと繋がれた鎖以外、何も必要ないだろう? 君が窓から逃げ出さないように、魔法の結界も張っておいた。まずはその汚らわしい家族の記憶を、私の愛で上書きしてあげよう。一睡もさせずに、何度も、何度も、壊れるまで愛してあげるからね』
「ひ……っ、嫌だ! 助けて……っ!」
僕は反射的にディルク殿下の手を振り払い、再び逃げようとした。
けれど、後ろから伸びてきた力強い腕に、ひょいと抱き上げられてしまう。
「暴れないでくれ。怪我をさせたくないんだ」
『もっと暴れてくれ。その抵抗が私の欲情を煽る。君の細い腰をこの手で強く掴んだら、どんなに高い声で鳴くんだろう。ああ、もう我慢が限界だ。今すぐ首筋に牙を立てて、私の所有印を刻みつけてやりたい』
「あ、あう……っ」
あまりに生々しい「本音」に、僕の脳はついにオーバーヒートを起こした。
ディルク殿下の胸板は驚くほど厚く、そこから伝わる心臓の鼓動は、僕と同じように激しく脈打っている。
この人も、無表情な顔の裏で、僕と同じくらい必死なんだ――なんて、同情している場合じゃない!
「お、降ろしてください! 自分で歩けます!」
「ダメだ。君は足が震えている。それに、君をこうして抱いているのが、今の私には一番の『毒』であり『薬』なんだよ」
『離すわけがないだろう。ようやく手に入れたんだ。これから一生、私の腕の中から逃げられると思うなよ。まずは寝室に着いたら、その邪魔な服を全部引きちぎって、指先の一本一本までじっくりと味わい尽くしてやる……』
ディルク殿下の黄金の瞳が、一瞬だけ獲物を狙う獣のように光った。
僕はそのまま、夜の闇へと消えていく王室専用の馬車へと連れ去られた。
馬車の中は二人きり。
逃げ場のない密室で、ディルク殿下の心の声は、さらに危険な旋律を奏で始める。
「レアン。君の心音、私にまで響いているよ。そんなに私に抱かれるのが楽しみかい?」
「ち、違います……っ! これは恐怖で……!」
「嘘をつく唇には、お仕置きが必要かな」
『ああ、その赤い唇……。どれだけ甘い蜜が詰まっているんだろう。吸い尽くして、呼吸ができなくなるまで貪りたい。君が酸素を求めて私の服を掴む姿を想像するだけで、腰のあたりが熱くてたまらないんだ』
(だ、誰か……! 誰かこの王子の「ダダ漏れ」を止めてください――!!)
僕の絶叫は、誰にも届くことなく、夜霧の中に溶けていった。
ガタガタと揺れる馬車の中で、僕は自分の心臓の音を必死になだめていた。
プラチナブロンドの髪は乱れ、琥珀色の瞳は涙で潤んでいる。
窓の外を流れる夜の景色を眺めながら、僕は頭を抱えた。
(信じられない……何なんだよ、あの第一王子は!)
ディルク・フォン・エトワール。
原作ゲームでは攻略対象ですらなく、冷酷無比な「背景の最強キャラ」だったはずだ。
それがどうして、あんなドロドロの執着ボイスで僕を狙っているんだ。
『君の肌を私の色で塗り潰してやろう』
『泣いて許しを請う君を一晩中……』
「ああああっ、思い出さないようにしてるのに、再生される……!」
ディルク殿下のあの「低くて最高にいい声」で脳内に直接再生されるものだから、破壊力が桁違いだ。
僕は前世でBL小説を嗜んでいたけれど、自分がその「受け」になるなんて、しかもこんなガチの執着攻めに狙われるなんて、聞いていない。
「と、とにかく。実家に戻って準備をして、すぐさま隣国へ亡命しよう。処刑も嫌だけど、あんな肉食獣に食べられるのはもっと嫌だ……!」
馬車がヴァリエール侯爵家の屋敷に到着する。
僕は慌てて中へ駆け込んだ。
だが、そこには絶望的な光景が広がっていた。
「……レアン、帰ったか」
玄関ホールで僕を待っていたのは、僕を疎ましく思っているはずの父――ヴァリエール侯爵。
そしてその隣には、先ほどパーティー会場にいたはずのディルク殿下が、平然とした顔で立っていたのだ。
「え、な、なんで……っ!?」
あまりの恐怖に、僕は腰を抜かしそうになる。
ディルク殿下は、まるでお忍びで散歩にでも来たかのような優雅さで僕を見下ろした。
「馬車よりも、私の転移魔法の方が早かったようだね」
ディルク殿下は微笑んでいる。
氷のような冷たい微笑だ。
だが、僕の頭の中に流れ込んでくる「音」は、もはや爆音だった。
『……見つけた。震えている。小鹿のように細い足をガクガクさせて、私を見上げている。ああ、今すぐこの場で組み伏せて、その潤んだ瞳を絶望と快楽で染め上げたい。逃げられると思ったのかい? 可愛いレアン。君がこの屋敷に帰ってくる数分間に、私は君の父親と「取引」を済ませたよ』
ひっ、と短い悲鳴が喉の奥で鳴った。
「レアン、お前は本日をもってヴァリエール家から籍を抜くことになった」
父が冷酷に告げる。
「ディルク殿下が、お前を『個人的な所有物』として引き取りたいとおっしゃっている。莫大な寄付金と引き換えにな。喜べ、役立たずのお前が初めて家の役に立ったぞ」
(売られた……! 実の親に、あの肉食獣に売られた!!)
あまりの衝撃に、目の前が真っ暗になる。
ディルク殿下がゆっくりと一歩、僕に近づいた。
革の手袋をはめた長い指が、僕の頬をなぞる。
「さて、レアン。私の城へ行こうか。君のために、最高の『部屋』を用意してあるんだ」
表面上の声は、どこまでも慈愛に満ちている。
だが、裏側の声は――。
『部屋といっても、ベッドと繋がれた鎖以外、何も必要ないだろう? 君が窓から逃げ出さないように、魔法の結界も張っておいた。まずはその汚らわしい家族の記憶を、私の愛で上書きしてあげよう。一睡もさせずに、何度も、何度も、壊れるまで愛してあげるからね』
「ひ……っ、嫌だ! 助けて……っ!」
僕は反射的にディルク殿下の手を振り払い、再び逃げようとした。
けれど、後ろから伸びてきた力強い腕に、ひょいと抱き上げられてしまう。
「暴れないでくれ。怪我をさせたくないんだ」
『もっと暴れてくれ。その抵抗が私の欲情を煽る。君の細い腰をこの手で強く掴んだら、どんなに高い声で鳴くんだろう。ああ、もう我慢が限界だ。今すぐ首筋に牙を立てて、私の所有印を刻みつけてやりたい』
「あ、あう……っ」
あまりに生々しい「本音」に、僕の脳はついにオーバーヒートを起こした。
ディルク殿下の胸板は驚くほど厚く、そこから伝わる心臓の鼓動は、僕と同じように激しく脈打っている。
この人も、無表情な顔の裏で、僕と同じくらい必死なんだ――なんて、同情している場合じゃない!
「お、降ろしてください! 自分で歩けます!」
「ダメだ。君は足が震えている。それに、君をこうして抱いているのが、今の私には一番の『毒』であり『薬』なんだよ」
『離すわけがないだろう。ようやく手に入れたんだ。これから一生、私の腕の中から逃げられると思うなよ。まずは寝室に着いたら、その邪魔な服を全部引きちぎって、指先の一本一本までじっくりと味わい尽くしてやる……』
ディルク殿下の黄金の瞳が、一瞬だけ獲物を狙う獣のように光った。
僕はそのまま、夜の闇へと消えていく王室専用の馬車へと連れ去られた。
馬車の中は二人きり。
逃げ場のない密室で、ディルク殿下の心の声は、さらに危険な旋律を奏で始める。
「レアン。君の心音、私にまで響いているよ。そんなに私に抱かれるのが楽しみかい?」
「ち、違います……っ! これは恐怖で……!」
「嘘をつく唇には、お仕置きが必要かな」
『ああ、その赤い唇……。どれだけ甘い蜜が詰まっているんだろう。吸い尽くして、呼吸ができなくなるまで貪りたい。君が酸素を求めて私の服を掴む姿を想像するだけで、腰のあたりが熱くてたまらないんだ』
(だ、誰か……! 誰かこの王子の「ダダ漏れ」を止めてください――!!)
僕の絶叫は、誰にも届くことなく、夜霧の中に溶けていった。
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