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10話
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翌朝。
案の定というべきか、僕の腰はもはや自分の体ではないような重だるさに支配されていた。
カーテンの隙間から差し込む朝日が、乱れたベッドの上を照らし出す。
昨夜、ディルク殿下が僕の脳内に注ぎ込み続けた『本音』の残響が、まだ耳の奥で熱く脈打っている。
(……一睡もさせないなんて、本当に有言実行するなんて思わないじゃないか……)
僕がシーツに顔を埋めて震えていると、背後から逞しい腕が伸びてきて、僕の細い腰を再び抱き寄せた。
「おはよう、レアン。……まだ眠いのかい? それとも、昨夜の続きを期待しているのかな」
耳元で囁くディルク殿下の声は、事後とは思えないほど艶っぽく、そして満足げだ。
だが、僕の脳内に流れ込んでくる本音は、朝から全く自重を知らない。
『……ああ、朝日を浴びるレアンのうなじ。私の付けた赤い痕が、白磁のような肌に鮮やかに浮かび上がっている。なんて美しい光景だ。このまま再び押し倒して、今度は朝の光の中で、君が恥ずかしさに震える顔を隅々まで眺め尽くしたい。君の体の中に、私の熱がまだ残っているのを感じるだけで、腰の奥が疼いてたまらないんだ……』
(……お願いだから、朝くらいは静かにしててよ、殿下!)
僕は真っ赤になって殿下の腕を振り払おうとしたが、そこに慌ただしいノックの音が響いた。
扉の向こうから、ユストスの切迫した声が届く。
「ディルク殿下! 朝早くに失礼いたします。隣国のザナドゥ公国より、セレス王子が親善大使として、たった今この別荘に到着されました!」
「……セレスだと?」
ディルク殿下の声が一瞬で氷点下まで下がり、部屋の空気がピリリと張り詰める。
殿下の心の声が『……あの略奪趣味のハイエナめ。私のレアンに指一本でも触れたら、外交問題どころか、その場で首を跳ねてやる』という、どす黒い殺意に変わるのを僕は受信してしまった。
セレス・フォン・ザナドゥ。
原作ゲームでは、攻略対象の中でも最も危険な「隠しキャラ」だ。
美しい銀髪と慈愛に満ちた微笑みを持ちながら、その実、他人の大切なものを奪うことに至上の悦びを感じるという、救いようのないサディスト。
「レアン、君はここで休んでいなさい。私が追い返してくる」
「い、いえ! 公国の王子様なら、僕も挨拶くらいは……。それに、隠れている方が怪しまれます」
僕は震える足で立ち上がり、なんとか着替えを済ませた。
殿下は不服そうに僕の腰を支えながら、応接間へと向かう。
そこには、白銀の髪を揺らし、優雅にソファに腰掛ける美貌の青年がいた。
「やあ、ディルク。久しぶりだね。……そして、君が噂のレアン・ド・ヴァリエール様かな?」
セレス王子は立ち上がると、流れるような動作で僕の前へと進み、あろうことか僕の手を取って甲に深く口づけをした。
「……っ!?」
「噂以上の美しさだ。まるで、この汚れた世界に舞い降りた一輪の百合のようだ。……ディルク、君には勿体ない。こんなに儚げな君を、独占して閉じ込めておくなんて、あまりに酷な話じゃないか」
セレスの言葉は、表向きは僕への賞賛と殿下への皮肉だ。
だが、僕の脳内に流れ込んできた「彼の本音」は、これまでに遭遇した誰よりも、嗜虐的で、狂っていた。
『……くくく、見つけたぞ。ディルクが血眼になって守っている『宝物』を。……なんて美味そうな獲物だ。恐怖に揺れるその琥珀色の瞳、今すぐ抉り取って私のコレクションに加えたい。……いや、その前に。この白く細い手足に鉄の鎖を繋ぎ、私の後宮で泣き叫ぶまで可愛がってやろう。……君が絶望に染まって、私を殺してくれと懇願する顔……。想像するだけで、私の心臓が歓喜に震えるよ』
(………………無理。この人、ガチでヤバい奴だ……!!)
僕は恐怖のあまり、殿下の背後に隠れるように身を寄せた。
それを見たディルク殿下の独占欲も、ついに臨界点に達する。
「セレス。……その手を離せ。私のレアンに二度と触れるな」
『……よくも、よくも私のレアンに。その汚らわしい唇を、今すぐ削ぎ落としてやりたい。レアン、大丈夫だよ。君を傷つける者は、例え王子であろうと私が地獄へ送ってやる。……レアンは私だけのものだ。私の檻の中で、私だけを見ていればいいんだ。……ああ、早く部屋に戻して、君の全身を私の香りで洗い流したい……!』
最強王子ディルク、執着騎士ユストス、そしてサディスト王子セレス。
三人の、あまりにも歪で、重すぎる「本音」に晒され、僕の精神は崩壊寸前だった。
「……セレス王子。僕は殿下の傍にいるのが一番幸せです。ですから、お構いなく」
僕は精一杯の勇気を振り絞って断ったが、セレスは愉快そうに目を細めた。
「……ふふ、今はそう言っておけばいい。……必ず奪いに来るよ、レアン。……君が私の下で、本当の悦びを知るその日までね」
『……逃げられると思うなよ。獲物が逃げようとすればするほど、私の狩猟本能は燃え上がる。……ディルク、君がどう守ろうと無駄だ。私は、君の最も愛するものを、最も残酷な方法で奪い取ってみせる』
こうして、別荘での平穏(?)な日々は終わりを告げた。
僕を巡る、隣国をも巻き込んだ「執着と破滅の争奪戦」が、いよいよ本番を迎えようとしていたのだ。
案の定というべきか、僕の腰はもはや自分の体ではないような重だるさに支配されていた。
カーテンの隙間から差し込む朝日が、乱れたベッドの上を照らし出す。
昨夜、ディルク殿下が僕の脳内に注ぎ込み続けた『本音』の残響が、まだ耳の奥で熱く脈打っている。
(……一睡もさせないなんて、本当に有言実行するなんて思わないじゃないか……)
僕がシーツに顔を埋めて震えていると、背後から逞しい腕が伸びてきて、僕の細い腰を再び抱き寄せた。
「おはよう、レアン。……まだ眠いのかい? それとも、昨夜の続きを期待しているのかな」
耳元で囁くディルク殿下の声は、事後とは思えないほど艶っぽく、そして満足げだ。
だが、僕の脳内に流れ込んでくる本音は、朝から全く自重を知らない。
『……ああ、朝日を浴びるレアンのうなじ。私の付けた赤い痕が、白磁のような肌に鮮やかに浮かび上がっている。なんて美しい光景だ。このまま再び押し倒して、今度は朝の光の中で、君が恥ずかしさに震える顔を隅々まで眺め尽くしたい。君の体の中に、私の熱がまだ残っているのを感じるだけで、腰の奥が疼いてたまらないんだ……』
(……お願いだから、朝くらいは静かにしててよ、殿下!)
僕は真っ赤になって殿下の腕を振り払おうとしたが、そこに慌ただしいノックの音が響いた。
扉の向こうから、ユストスの切迫した声が届く。
「ディルク殿下! 朝早くに失礼いたします。隣国のザナドゥ公国より、セレス王子が親善大使として、たった今この別荘に到着されました!」
「……セレスだと?」
ディルク殿下の声が一瞬で氷点下まで下がり、部屋の空気がピリリと張り詰める。
殿下の心の声が『……あの略奪趣味のハイエナめ。私のレアンに指一本でも触れたら、外交問題どころか、その場で首を跳ねてやる』という、どす黒い殺意に変わるのを僕は受信してしまった。
セレス・フォン・ザナドゥ。
原作ゲームでは、攻略対象の中でも最も危険な「隠しキャラ」だ。
美しい銀髪と慈愛に満ちた微笑みを持ちながら、その実、他人の大切なものを奪うことに至上の悦びを感じるという、救いようのないサディスト。
「レアン、君はここで休んでいなさい。私が追い返してくる」
「い、いえ! 公国の王子様なら、僕も挨拶くらいは……。それに、隠れている方が怪しまれます」
僕は震える足で立ち上がり、なんとか着替えを済ませた。
殿下は不服そうに僕の腰を支えながら、応接間へと向かう。
そこには、白銀の髪を揺らし、優雅にソファに腰掛ける美貌の青年がいた。
「やあ、ディルク。久しぶりだね。……そして、君が噂のレアン・ド・ヴァリエール様かな?」
セレス王子は立ち上がると、流れるような動作で僕の前へと進み、あろうことか僕の手を取って甲に深く口づけをした。
「……っ!?」
「噂以上の美しさだ。まるで、この汚れた世界に舞い降りた一輪の百合のようだ。……ディルク、君には勿体ない。こんなに儚げな君を、独占して閉じ込めておくなんて、あまりに酷な話じゃないか」
セレスの言葉は、表向きは僕への賞賛と殿下への皮肉だ。
だが、僕の脳内に流れ込んできた「彼の本音」は、これまでに遭遇した誰よりも、嗜虐的で、狂っていた。
『……くくく、見つけたぞ。ディルクが血眼になって守っている『宝物』を。……なんて美味そうな獲物だ。恐怖に揺れるその琥珀色の瞳、今すぐ抉り取って私のコレクションに加えたい。……いや、その前に。この白く細い手足に鉄の鎖を繋ぎ、私の後宮で泣き叫ぶまで可愛がってやろう。……君が絶望に染まって、私を殺してくれと懇願する顔……。想像するだけで、私の心臓が歓喜に震えるよ』
(………………無理。この人、ガチでヤバい奴だ……!!)
僕は恐怖のあまり、殿下の背後に隠れるように身を寄せた。
それを見たディルク殿下の独占欲も、ついに臨界点に達する。
「セレス。……その手を離せ。私のレアンに二度と触れるな」
『……よくも、よくも私のレアンに。その汚らわしい唇を、今すぐ削ぎ落としてやりたい。レアン、大丈夫だよ。君を傷つける者は、例え王子であろうと私が地獄へ送ってやる。……レアンは私だけのものだ。私の檻の中で、私だけを見ていればいいんだ。……ああ、早く部屋に戻して、君の全身を私の香りで洗い流したい……!』
最強王子ディルク、執着騎士ユストス、そしてサディスト王子セレス。
三人の、あまりにも歪で、重すぎる「本音」に晒され、僕の精神は崩壊寸前だった。
「……セレス王子。僕は殿下の傍にいるのが一番幸せです。ですから、お構いなく」
僕は精一杯の勇気を振り絞って断ったが、セレスは愉快そうに目を細めた。
「……ふふ、今はそう言っておけばいい。……必ず奪いに来るよ、レアン。……君が私の下で、本当の悦びを知るその日までね」
『……逃げられると思うなよ。獲物が逃げようとすればするほど、私の狩猟本能は燃え上がる。……ディルク、君がどう守ろうと無駄だ。私は、君の最も愛するものを、最も残酷な方法で奪い取ってみせる』
こうして、別荘での平穏(?)な日々は終わりを告げた。
僕を巡る、隣国をも巻き込んだ「執着と破滅の争奪戦」が、いよいよ本番を迎えようとしていたのだ。
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