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3話
騎士団本部に連行されて二日目。
カナデの生活環境は、控えめに言って「過保護の監獄」だった。
朝起きればヴォルフガングが至近距離で寝顔を観察しており、食事をすれば「これは聖獣に効く栄養がある(嘘)」と、団長自らスプーンで口まで運ぼうとしてくる。
カナデの「スローライフ」への夢は、早くも「団長の愛玩動物ライフ」へと書き換えられつつあった。
そんな中、事件は起きた。
「カナデ・イシュタル! そこにいるのは分かっている、出てこい!」
騎士団の訓練場の入り口に、数人の魔導師を引き連れたヴィクトールが立っていた。
かつての職場での上司の姿に、カナデは思わず肩を震わせる。
「……副団長。どうしてここに」
カナデが歩み寄ると、ヴィクトールは安堵したような、それでいて相変わらず傲慢な笑みを浮かべた。
「ふん、こんなところにいたか。貴様がいなくなってから、魔導師団の聖獣どもが職務放棄をして困っているのだ。特別にクビを取り消してやる。さっさと戻って来い」
「……えっ?」
カナデは目を丸くした。
あれだけ「ゴミ」だの「無能」だのと罵って追い出しておいて、都合が悪くなれば「戻れ」とは、どの口が言うのか。
「あの……僕はもう、こちらの騎士団で雇用されています。それに、一度クビだと言われた場所に戻るつもりはありません」
「黙れ! 無能が調子に乗るな! 貴様は国の所有物である聖獣の管理を任されていた雑用係だ。命令に従わないというなら、反逆罪として処罰……」
ヴィクトールがカナデの腕を強引に掴もうと、手を伸ばしたその瞬間。
ピキィィィィィィィン……ッ!
凄まじい凍気が大気を震わせ、ヴィクトールの足元の地面が瞬時に凍りついた。
「……私の補佐官に、気安く触れるな」
低く、地這うような声。
建物の影から姿を現したのは、黒い軍服を翻したヴォルフガングだった。
その瞳は、獲物を屠る直前の冷酷な獣そのもの。
背後には、彼に同調して唸り声を上げる白銀虎のライカも控えている。
「ヴォ、ヴォルフガング騎士団長!? こ、これは魔導師団の内情でして……!」
「内情? 笑わせるな。カナデ・イシュタルを『無能』として追放したのは貴様らだろう。その辞令の写しは、既に私の手元にある」
ヴォルフガングは一歩、また一歩とヴィクトールに近づく。
そのたびに、周囲の温度が数度ずつ下がっていくかのようだった。
「捨てたはずの『無能』が、実は聖獣を統べる唯一の鍵だったと気づき、尻尾を振って迎えに来たか。……滑稽だな」
「それは……っ、我々には彼を教育する権利があり……!」
「権利だと?」
ヴォルフガングがヴィクトールの目の前で足を止める。
身長差もあり、ヴィクトールは完全に見下ろされる形になった。
「カナデは、私がこの手で拾い上げた。今の彼は、私の騎士団の宝であり……私の、個人的な所有物だ」
(所有物って言っちゃったよ、この人!)
カナデは後ろで顔を覆ったが、ヴォルフガングの勢いは止まらない。
「彼に指一本触れてみろ。魔導師団ごと、この国の地図から消してやろう。……失せろ。二度と、私のカナデの視界に入るな」
「ひ、ひいいいっ! 撤退だ、撤退しろ!」
ヴォルフガングの放つ殺気に耐えきれず、ヴィクトールたちは腰を抜かさんばかりの勢いで逃げ出した。
文字通りの「脱兎のごとく」である。
嵐が去った後の訓練場。
カナデは、呆然としながらヴォルフガングの背中を見つめていた。
「……あの、ヴォルフガング様。助けてくださって、ありがとうございました」
「…………」
ヴォルフガングは振り返らない。
だが、その肩が心なしか小さく震えているように見える。
怒りが収まらないのだろうか、とカナデが心配して顔を覗き込むと――。
「……カナデ。今の、聞いていたか」
「え? 助けてくれたことですか?」
「違う。……『私のカナデ』と、私が言ったのを、聞いていたか」
ヴォルフガングがゆっくりと振り返る。
その顔は、先ほどまでの冷酷な処刑人のものではなかった。
耳まで真っ赤に染め、期待と羞恥が入り混じったような、酷く不器用な男の顔だった。
「あ、はい。勢いで仰ったんですよね? 追い払うためのハッタリというか……」
「……ハッタリなものか」
ヴォルフガングは、カナデの両肩をがっしりと掴んだ。
その力は強く、逃げる隙間など微塵もない。
「私は本気だ。貴様が、あのもふもふ共に向ける眼差しを、私だけに向けるまで……私は、貴様を離すつもりはない」
「団長さん、それ、告白っていうか独占欲の塊ですよね!?」
「認めよう。私は、貴様が欲しくてたまらない。ライカよりも、だ」
『……おい。我をダシにするのはやめろ、人間』
ライカが呆れたように念話を飛ばすが、ヴォルフガングの耳には届かない。
彼はそのまま、カナデの額に自分の額をコツンと押し当てた。
「今夜は、祝杯だな。貴様が完全に魔導師団と縁を切った記念だ。……朝まで、じっくりと私の愛を教えてやる」
「それ、拷問の間違いじゃないですかーーー!?」
カナデの悲鳴が青空に響き渡る。
かつての職場を撃退したスッキリ感よりも、目の前の「愛が重すぎる男」への恐怖が勝った瞬間だった。
しかし、ヴォルフガングの腕に抱きしめられながら、カナデは不思議と悪い気はしていなかった。
自分を「無能」ではなく、一人の人間として、あるいは「執着の対象」として必要としてくれる熱。
それは、彼がこの世界で初めて手に入れた、確かな居場所だった。
「……でも、寝かせてはくださいね?」
「努力はしよう。……善処は、しないがな」
「絶対しないやつだこれ!!」
カナデの新しい日常は、どうやら前世の社畜時代よりも、ずっと体力を消耗するものになりそうだった。
カナデの生活環境は、控えめに言って「過保護の監獄」だった。
朝起きればヴォルフガングが至近距離で寝顔を観察しており、食事をすれば「これは聖獣に効く栄養がある(嘘)」と、団長自らスプーンで口まで運ぼうとしてくる。
カナデの「スローライフ」への夢は、早くも「団長の愛玩動物ライフ」へと書き換えられつつあった。
そんな中、事件は起きた。
「カナデ・イシュタル! そこにいるのは分かっている、出てこい!」
騎士団の訓練場の入り口に、数人の魔導師を引き連れたヴィクトールが立っていた。
かつての職場での上司の姿に、カナデは思わず肩を震わせる。
「……副団長。どうしてここに」
カナデが歩み寄ると、ヴィクトールは安堵したような、それでいて相変わらず傲慢な笑みを浮かべた。
「ふん、こんなところにいたか。貴様がいなくなってから、魔導師団の聖獣どもが職務放棄をして困っているのだ。特別にクビを取り消してやる。さっさと戻って来い」
「……えっ?」
カナデは目を丸くした。
あれだけ「ゴミ」だの「無能」だのと罵って追い出しておいて、都合が悪くなれば「戻れ」とは、どの口が言うのか。
「あの……僕はもう、こちらの騎士団で雇用されています。それに、一度クビだと言われた場所に戻るつもりはありません」
「黙れ! 無能が調子に乗るな! 貴様は国の所有物である聖獣の管理を任されていた雑用係だ。命令に従わないというなら、反逆罪として処罰……」
ヴィクトールがカナデの腕を強引に掴もうと、手を伸ばしたその瞬間。
ピキィィィィィィィン……ッ!
凄まじい凍気が大気を震わせ、ヴィクトールの足元の地面が瞬時に凍りついた。
「……私の補佐官に、気安く触れるな」
低く、地這うような声。
建物の影から姿を現したのは、黒い軍服を翻したヴォルフガングだった。
その瞳は、獲物を屠る直前の冷酷な獣そのもの。
背後には、彼に同調して唸り声を上げる白銀虎のライカも控えている。
「ヴォ、ヴォルフガング騎士団長!? こ、これは魔導師団の内情でして……!」
「内情? 笑わせるな。カナデ・イシュタルを『無能』として追放したのは貴様らだろう。その辞令の写しは、既に私の手元にある」
ヴォルフガングは一歩、また一歩とヴィクトールに近づく。
そのたびに、周囲の温度が数度ずつ下がっていくかのようだった。
「捨てたはずの『無能』が、実は聖獣を統べる唯一の鍵だったと気づき、尻尾を振って迎えに来たか。……滑稽だな」
「それは……っ、我々には彼を教育する権利があり……!」
「権利だと?」
ヴォルフガングがヴィクトールの目の前で足を止める。
身長差もあり、ヴィクトールは完全に見下ろされる形になった。
「カナデは、私がこの手で拾い上げた。今の彼は、私の騎士団の宝であり……私の、個人的な所有物だ」
(所有物って言っちゃったよ、この人!)
カナデは後ろで顔を覆ったが、ヴォルフガングの勢いは止まらない。
「彼に指一本触れてみろ。魔導師団ごと、この国の地図から消してやろう。……失せろ。二度と、私のカナデの視界に入るな」
「ひ、ひいいいっ! 撤退だ、撤退しろ!」
ヴォルフガングの放つ殺気に耐えきれず、ヴィクトールたちは腰を抜かさんばかりの勢いで逃げ出した。
文字通りの「脱兎のごとく」である。
嵐が去った後の訓練場。
カナデは、呆然としながらヴォルフガングの背中を見つめていた。
「……あの、ヴォルフガング様。助けてくださって、ありがとうございました」
「…………」
ヴォルフガングは振り返らない。
だが、その肩が心なしか小さく震えているように見える。
怒りが収まらないのだろうか、とカナデが心配して顔を覗き込むと――。
「……カナデ。今の、聞いていたか」
「え? 助けてくれたことですか?」
「違う。……『私のカナデ』と、私が言ったのを、聞いていたか」
ヴォルフガングがゆっくりと振り返る。
その顔は、先ほどまでの冷酷な処刑人のものではなかった。
耳まで真っ赤に染め、期待と羞恥が入り混じったような、酷く不器用な男の顔だった。
「あ、はい。勢いで仰ったんですよね? 追い払うためのハッタリというか……」
「……ハッタリなものか」
ヴォルフガングは、カナデの両肩をがっしりと掴んだ。
その力は強く、逃げる隙間など微塵もない。
「私は本気だ。貴様が、あのもふもふ共に向ける眼差しを、私だけに向けるまで……私は、貴様を離すつもりはない」
「団長さん、それ、告白っていうか独占欲の塊ですよね!?」
「認めよう。私は、貴様が欲しくてたまらない。ライカよりも、だ」
『……おい。我をダシにするのはやめろ、人間』
ライカが呆れたように念話を飛ばすが、ヴォルフガングの耳には届かない。
彼はそのまま、カナデの額に自分の額をコツンと押し当てた。
「今夜は、祝杯だな。貴様が完全に魔導師団と縁を切った記念だ。……朝まで、じっくりと私の愛を教えてやる」
「それ、拷問の間違いじゃないですかーーー!?」
カナデの悲鳴が青空に響き渡る。
かつての職場を撃退したスッキリ感よりも、目の前の「愛が重すぎる男」への恐怖が勝った瞬間だった。
しかし、ヴォルフガングの腕に抱きしめられながら、カナデは不思議と悪い気はしていなかった。
自分を「無能」ではなく、一人の人間として、あるいは「執着の対象」として必要としてくれる熱。
それは、彼がこの世界で初めて手に入れた、確かな居場所だった。
「……でも、寝かせてはくださいね?」
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