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4話
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「――カナデさん、こっちの毛並みもお願いしていいっすか!」
「わあ、この子も可愛いですね。ブラッシングしましょうか」
騎士団本部の庭園は、今や異様な光景に包まれていた。
本来、屈強な男たちが剣を振るうはずの場所に、馬、軍用犬、果てはどこから迷い込んだのか野生のリスまでが集まり、その中心でカナデがニコニコと微笑んでいる。
魔導師団を追い返した翌日から、カナデの評判は騎士団内で爆上がりしていた。
『伝説の聖獣を懐かせた天才』。
『あの冷酷な団長に意見できる唯一の少年』。
さらに、カナデが動物たちに施すマッサージや手入れを見た騎士たちは、口々に彼を「癒やしの聖子」と呼び始めたのだ。
「カナデさん、実はうちの馬が最近食欲なくて……」
「どれどれ。……あ、奥歯に何かが詰まってますね。今取ってあげますよ」
カナデがひょいと馬の口を覗き込み、手際よく処置をすると、馬は嬉しそうにカナデの顔を舐め回した。
「わはは、くすぐったいですよ!」
そんな和やかな光景を、遠く離れた執務室の窓から、どす黒いオーラを放って見つめる男がいた。
「…………」
ヴォルフガングである。
彼の手元にある高級万年筆が、ミシミシと悲鳴を上げ、ついにはパキリと真っ二つに折れた。
「団長、これで五本目ですよ。……嫉妬で見苦しいです」
副団長のゼクスが、呆れたように書類を整理する。
「……嫉妬ではない。カナデは私の『特別補佐官』だ。あのように、全方位に愛想を振りまくのは職務放棄ではないか」
「職務(モフモフの世話)を全力でやってるだけでしょう。……というか、団長。顔が怖いですよ。『全員斬る』って書いてあります」
ヴォルフガングは窓を離れ、音を立てて椅子に座った。
その脳内では、カナデに懐く馬、犬、そしてカナデの肩に乗っているリスに至るまで、すべてを「排除」するシミュレーションが完了していた。
(私ですら、まだ一度もカナデに顔を舐められたことはないというのに……!)
そこへ、当のカナデが「失礼します!」と元気に部屋に入ってきた。
手には、庭で摘んだばかりのハーブの束を持っている。
「ヴォルフガング様! 騎士団の皆さんの馬たちが、すごくお利口さんで驚きました。あ、これ、お疲れの団長にハーブティーを淹れようと思って……」
カナデの純粋な笑顔。
ヴォルフガングの胸の内にあったドロドロとした黒い感情が、その笑顔一つでシュワシュワと溶けて消えていく。
だが、代わりに別の「重い感情」がムクムクと鎌首をもたげた。
「カナデ。こちらへ来い」
「はい? うわっ!」
返事をする間もなく、カナデは強い力で引き寄せられ、ヴォルフガングの膝の上に強引に着地させられた。
いわゆる「団長席での対面抱っこ」の形だ。
「ど、団長!? 何ですか急に。ゼクスさんが見てますよ!」
「気にするな。あいつは今、存在していない」
「ひどい扱いの差!?」
ゼクスは遠い目をして、無言で部屋を出て行った。空気が読める副団長である。
ヴォルフガングはカナデの細い腰に腕を回し、首筋に深く顔を埋めた。
クンクンと、獲物の匂いを嗅ぐような仕草。
「……草の匂いと、獣の匂いがする。あんな連中に、触らせすぎだ」
「連中って……みんな同僚じゃないですか。団長、もしかして……またモフモフに触りたかったんですか?」
カナデは苦笑して、ヴォルフガングの頭を「よしよし」と撫でた。
団長の硬い髪質は、触ってみると意外と心地いい。
「後でライカを呼びますから。今は僕で我慢してくださいね」
「…………」
ヴォルフガングは、ピクリと反応した。
(僕で我慢してください)。
その言葉が、彼の偏った脳内で都合よく変換される。
「……そうか。ならば、遠慮なく貴様で我慢させてもらおう」
「え?」
次の瞬間、ヴォルフガングの唇が、カナデの首筋に吸い付いた。
「っ!? 痛っ、何するんですか!」
「……印(しるし)だ。貴様が誰のものか、あの馬の骨共にも分かるようにしておかねばならん」
「馬の骨って、馬のこと!? 本物の馬にマウント取ってどうするんですか!」
ヴォルフガングは離れない。
それどころか、カナデのシャツのボタンに器用な指先をかけた。
「カナデ。私は決めたぞ。庭園を潰して、貴様だけを閉じ込める温室を作る」
「スローライフが監獄ライフに進化しちゃった!! ダメですよ、僕、外の空気吸わないと枯れちゃうタイプですから!」
「ならば、私も一緒に枯れよう。二人きりで、永遠にな」
「愛が重すぎる!!」
カナデのツッコミも虚しく、ヴォルフガングの執着心は加速していく。
一方、王都の裏通りでは。
カナデを失い、聖獣の加護が切れたことで「魔力枯渇」に陥った魔導師団の残党が、禁忌の魔道具に手を伸ばそうとしていた。
「……カナデを……あの無能さえ戻れば、我らは救われるのだ……」
昏い執念が、再びカナデの身に迫ろうとしていたが――。
「……おや、カナデ。震えているのか? 安心しろ、今夜はベッドの四隅に貴様を繋ぐ魔法陣を敷いておいた。もう、どこへも逃げられんぞ」
「敵より先に団長から逃げたいです!!」
カナデの明日は、どっちだ。
「わあ、この子も可愛いですね。ブラッシングしましょうか」
騎士団本部の庭園は、今や異様な光景に包まれていた。
本来、屈強な男たちが剣を振るうはずの場所に、馬、軍用犬、果てはどこから迷い込んだのか野生のリスまでが集まり、その中心でカナデがニコニコと微笑んでいる。
魔導師団を追い返した翌日から、カナデの評判は騎士団内で爆上がりしていた。
『伝説の聖獣を懐かせた天才』。
『あの冷酷な団長に意見できる唯一の少年』。
さらに、カナデが動物たちに施すマッサージや手入れを見た騎士たちは、口々に彼を「癒やしの聖子」と呼び始めたのだ。
「カナデさん、実はうちの馬が最近食欲なくて……」
「どれどれ。……あ、奥歯に何かが詰まってますね。今取ってあげますよ」
カナデがひょいと馬の口を覗き込み、手際よく処置をすると、馬は嬉しそうにカナデの顔を舐め回した。
「わはは、くすぐったいですよ!」
そんな和やかな光景を、遠く離れた執務室の窓から、どす黒いオーラを放って見つめる男がいた。
「…………」
ヴォルフガングである。
彼の手元にある高級万年筆が、ミシミシと悲鳴を上げ、ついにはパキリと真っ二つに折れた。
「団長、これで五本目ですよ。……嫉妬で見苦しいです」
副団長のゼクスが、呆れたように書類を整理する。
「……嫉妬ではない。カナデは私の『特別補佐官』だ。あのように、全方位に愛想を振りまくのは職務放棄ではないか」
「職務(モフモフの世話)を全力でやってるだけでしょう。……というか、団長。顔が怖いですよ。『全員斬る』って書いてあります」
ヴォルフガングは窓を離れ、音を立てて椅子に座った。
その脳内では、カナデに懐く馬、犬、そしてカナデの肩に乗っているリスに至るまで、すべてを「排除」するシミュレーションが完了していた。
(私ですら、まだ一度もカナデに顔を舐められたことはないというのに……!)
そこへ、当のカナデが「失礼します!」と元気に部屋に入ってきた。
手には、庭で摘んだばかりのハーブの束を持っている。
「ヴォルフガング様! 騎士団の皆さんの馬たちが、すごくお利口さんで驚きました。あ、これ、お疲れの団長にハーブティーを淹れようと思って……」
カナデの純粋な笑顔。
ヴォルフガングの胸の内にあったドロドロとした黒い感情が、その笑顔一つでシュワシュワと溶けて消えていく。
だが、代わりに別の「重い感情」がムクムクと鎌首をもたげた。
「カナデ。こちらへ来い」
「はい? うわっ!」
返事をする間もなく、カナデは強い力で引き寄せられ、ヴォルフガングの膝の上に強引に着地させられた。
いわゆる「団長席での対面抱っこ」の形だ。
「ど、団長!? 何ですか急に。ゼクスさんが見てますよ!」
「気にするな。あいつは今、存在していない」
「ひどい扱いの差!?」
ゼクスは遠い目をして、無言で部屋を出て行った。空気が読める副団長である。
ヴォルフガングはカナデの細い腰に腕を回し、首筋に深く顔を埋めた。
クンクンと、獲物の匂いを嗅ぐような仕草。
「……草の匂いと、獣の匂いがする。あんな連中に、触らせすぎだ」
「連中って……みんな同僚じゃないですか。団長、もしかして……またモフモフに触りたかったんですか?」
カナデは苦笑して、ヴォルフガングの頭を「よしよし」と撫でた。
団長の硬い髪質は、触ってみると意外と心地いい。
「後でライカを呼びますから。今は僕で我慢してくださいね」
「…………」
ヴォルフガングは、ピクリと反応した。
(僕で我慢してください)。
その言葉が、彼の偏った脳内で都合よく変換される。
「……そうか。ならば、遠慮なく貴様で我慢させてもらおう」
「え?」
次の瞬間、ヴォルフガングの唇が、カナデの首筋に吸い付いた。
「っ!? 痛っ、何するんですか!」
「……印(しるし)だ。貴様が誰のものか、あの馬の骨共にも分かるようにしておかねばならん」
「馬の骨って、馬のこと!? 本物の馬にマウント取ってどうするんですか!」
ヴォルフガングは離れない。
それどころか、カナデのシャツのボタンに器用な指先をかけた。
「カナデ。私は決めたぞ。庭園を潰して、貴様だけを閉じ込める温室を作る」
「スローライフが監獄ライフに進化しちゃった!! ダメですよ、僕、外の空気吸わないと枯れちゃうタイプですから!」
「ならば、私も一緒に枯れよう。二人きりで、永遠にな」
「愛が重すぎる!!」
カナデのツッコミも虚しく、ヴォルフガングの執着心は加速していく。
一方、王都の裏通りでは。
カナデを失い、聖獣の加護が切れたことで「魔力枯渇」に陥った魔導師団の残党が、禁忌の魔道具に手を伸ばそうとしていた。
「……カナデを……あの無能さえ戻れば、我らは救われるのだ……」
昏い執念が、再びカナデの身に迫ろうとしていたが――。
「……おや、カナデ。震えているのか? 安心しろ、今夜はベッドの四隅に貴様を繋ぐ魔法陣を敷いておいた。もう、どこへも逃げられんぞ」
「敵より先に団長から逃げたいです!!」
カナデの明日は、どっちだ。
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