6 / 28
6話
王宮の夜は早い。だが、今夜に限っては別だ。
窓の外からは賑やかな音楽が漏れ聞こえ、廊下を行き交う人々も心なしか浮き足立っている。
今日は、隣国からのお客様を迎えての「歓迎夜会」が開かれるらしい。
「よし、陽太。準備はいいか?」
鏡の前で、恭介が俺に問いかける。
今日の恭介は一段と気合が入っていた。夜会用の濃紺の礼服に身を包み、いつも以上に「仕事ができるイケメン」オーラを放っている。
そして俺はといえば――。
(……おい。この首のひらひらは何だ。何なんだよ)
俺の首には、サテン生地の豪華なフリルタイが巻かれていた。
中央には大粒のサファイアまで輝いている。完全に「贈答用の高級ぬいぐるみ」の装いだ。
「きゅう……きゅうぅん(動きにくいし、肩が凝るんだよ。外せよ恭介)」
「ダメだ。夜会には各国の要人も来る。俺の『契約獣』がただの犬っころだと思われたら、お前の格に関わるからな。……まあ、何をつけても世界一可愛いことに変わりはないんだが」
恭介はそう言うと、俺を抱き上げ、わざわざ鼻の頭に自分の鼻を擦り寄せてきた。
近い。近すぎる。
中身が男の俺でも、この至近距離で絶世のイケメンに微笑まれると、心臓に悪い。
「きゅ……っ(わかったから、早く行くぞ。離せ)」
俺は顔を逸らして、小さな前足で恭介の頬を押し返した。
会場に足を踏み入れると、そこは光と香水の海だった。
きらびやかなドレスを纏った貴婦人たちや、勲章を誇らしげに下げた貴族たちが、一斉にこちらを振り返る。
「あちらが、例の『伝説の召喚術師』殿ね……」
「隣にいらっしゃるのが神獣様? なんて高貴なお姿……」
ざわめきが広がる中、恭介は堂々と会場の中央へと進む。
俺は恭介の腕の中で、極力「威厳のある神獣」を装って、じっと前を見つめることに徹した。
へらへらしてはいけない。俺は今、この国の軍事力の象徴(もふもふ版)なのだ。
しかし、その決意はすぐに崩される。
「まあ! なんて可愛らしいのかしら!」
一人の年配の女性――この国の王妃様が、扇を口元に当てて近づいてきた。
恭介は恭しく一礼する。
「お初にお目にかかります、王妃陛下。我が契約獣、陽太でございます」
「お行儀がいいのね。……少しだけ、触れてもよろしくて?」
王妃様の瞳は、期待でキラキラと輝いている。
断れるはずがない。恭介は「陽太、頼むぞ」とアイコンタクトを送ってくると、俺を王妃様の差し出した掌の上へと移動させた。
王妃様の指先が、首元のフリルタイを避けて、俺の顎の下を優しく撫でる。
(う、うぉぉ……。王妃様、マッサージが上手すぎる……)
さすが一国の母。指の動きに迷いがない。
俺は必死に理性を保とうとしたが、絶妙な指圧に負け、思わず「くぅ~ん……」と情けない声を漏らして、王妃様の手に頭を預けてしまった。
「あら、あらまあ! なんて愛らしいの! 心が洗われるようですわ!」
それを見た周囲の貴婦人たちが、我先にと集まってきた。
「私も!」「私にもその癒やしを!」と、夜会は一気に「神獣お触り会」の様相を呈し始める。
俺はあっちの手に撫でられ、こっちの手で背中をさすられ、もみくちゃにされた。
中身は26歳男性。普段なら「セクハラだぞ!」と叫ぶところだが、もはや思考回路が「気持ちいいからいいか……」という神獣モードに上書きされつつあった。
だが、その時。
「――皆様。陽太は少々、お疲れのようです」
低い、冷徹な声が会場に響いた。
恭介が、いつの間にか俺の隣に立っていた。
彼は有無を言わせぬ手つきで俺を回収すると、自分の胸元にぎゅっと抱き寄せた。
「キョウ殿? まだお話の途中ですが……」
「申し訳ありません。神獣の魔力はデリケートでして。過度の接触は、明日の魔法行使に障ります」
恭介はそう告げると、足早にテラスの方へと俺を連れ出した。
夜風が、火照った俺の身体に心地よく当たる。
(ふぅ……。助かった。あのままじゃ、俺の毛が全部抜けるとこだった)
俺が鳴くと、恭介は誰もいないテラスの隅で、ふっと息を吐いた。
そして、俺を抱きしめる腕の力を、先ほどよりも少しだけ強める。
「……陽太。お前、誰にでもあんな顔をするのか?」
「きゅん?(どんな顔だよ)」
「あんな……気持ちよさそうに、自分から喉を鳴らして。……俺以外の奴にああいう顔を見せるのは、あまり面白くないな」
恭介の瞳には、夜景の光が反射して、どこか寂しげな色が混ざっていた。
それは執着というほど重くはないけれど、親友に向けるものにしては、少しだけ熱を帯びすぎているような。
俺は返す言葉(鳴き声)が見つからず、ただ恭介の礼服の胸元に、じっと顔を埋めることしかできなかった。
窓の外からは賑やかな音楽が漏れ聞こえ、廊下を行き交う人々も心なしか浮き足立っている。
今日は、隣国からのお客様を迎えての「歓迎夜会」が開かれるらしい。
「よし、陽太。準備はいいか?」
鏡の前で、恭介が俺に問いかける。
今日の恭介は一段と気合が入っていた。夜会用の濃紺の礼服に身を包み、いつも以上に「仕事ができるイケメン」オーラを放っている。
そして俺はといえば――。
(……おい。この首のひらひらは何だ。何なんだよ)
俺の首には、サテン生地の豪華なフリルタイが巻かれていた。
中央には大粒のサファイアまで輝いている。完全に「贈答用の高級ぬいぐるみ」の装いだ。
「きゅう……きゅうぅん(動きにくいし、肩が凝るんだよ。外せよ恭介)」
「ダメだ。夜会には各国の要人も来る。俺の『契約獣』がただの犬っころだと思われたら、お前の格に関わるからな。……まあ、何をつけても世界一可愛いことに変わりはないんだが」
恭介はそう言うと、俺を抱き上げ、わざわざ鼻の頭に自分の鼻を擦り寄せてきた。
近い。近すぎる。
中身が男の俺でも、この至近距離で絶世のイケメンに微笑まれると、心臓に悪い。
「きゅ……っ(わかったから、早く行くぞ。離せ)」
俺は顔を逸らして、小さな前足で恭介の頬を押し返した。
会場に足を踏み入れると、そこは光と香水の海だった。
きらびやかなドレスを纏った貴婦人たちや、勲章を誇らしげに下げた貴族たちが、一斉にこちらを振り返る。
「あちらが、例の『伝説の召喚術師』殿ね……」
「隣にいらっしゃるのが神獣様? なんて高貴なお姿……」
ざわめきが広がる中、恭介は堂々と会場の中央へと進む。
俺は恭介の腕の中で、極力「威厳のある神獣」を装って、じっと前を見つめることに徹した。
へらへらしてはいけない。俺は今、この国の軍事力の象徴(もふもふ版)なのだ。
しかし、その決意はすぐに崩される。
「まあ! なんて可愛らしいのかしら!」
一人の年配の女性――この国の王妃様が、扇を口元に当てて近づいてきた。
恭介は恭しく一礼する。
「お初にお目にかかります、王妃陛下。我が契約獣、陽太でございます」
「お行儀がいいのね。……少しだけ、触れてもよろしくて?」
王妃様の瞳は、期待でキラキラと輝いている。
断れるはずがない。恭介は「陽太、頼むぞ」とアイコンタクトを送ってくると、俺を王妃様の差し出した掌の上へと移動させた。
王妃様の指先が、首元のフリルタイを避けて、俺の顎の下を優しく撫でる。
(う、うぉぉ……。王妃様、マッサージが上手すぎる……)
さすが一国の母。指の動きに迷いがない。
俺は必死に理性を保とうとしたが、絶妙な指圧に負け、思わず「くぅ~ん……」と情けない声を漏らして、王妃様の手に頭を預けてしまった。
「あら、あらまあ! なんて愛らしいの! 心が洗われるようですわ!」
それを見た周囲の貴婦人たちが、我先にと集まってきた。
「私も!」「私にもその癒やしを!」と、夜会は一気に「神獣お触り会」の様相を呈し始める。
俺はあっちの手に撫でられ、こっちの手で背中をさすられ、もみくちゃにされた。
中身は26歳男性。普段なら「セクハラだぞ!」と叫ぶところだが、もはや思考回路が「気持ちいいからいいか……」という神獣モードに上書きされつつあった。
だが、その時。
「――皆様。陽太は少々、お疲れのようです」
低い、冷徹な声が会場に響いた。
恭介が、いつの間にか俺の隣に立っていた。
彼は有無を言わせぬ手つきで俺を回収すると、自分の胸元にぎゅっと抱き寄せた。
「キョウ殿? まだお話の途中ですが……」
「申し訳ありません。神獣の魔力はデリケートでして。過度の接触は、明日の魔法行使に障ります」
恭介はそう告げると、足早にテラスの方へと俺を連れ出した。
夜風が、火照った俺の身体に心地よく当たる。
(ふぅ……。助かった。あのままじゃ、俺の毛が全部抜けるとこだった)
俺が鳴くと、恭介は誰もいないテラスの隅で、ふっと息を吐いた。
そして、俺を抱きしめる腕の力を、先ほどよりも少しだけ強める。
「……陽太。お前、誰にでもあんな顔をするのか?」
「きゅん?(どんな顔だよ)」
「あんな……気持ちよさそうに、自分から喉を鳴らして。……俺以外の奴にああいう顔を見せるのは、あまり面白くないな」
恭介の瞳には、夜景の光が反射して、どこか寂しげな色が混ざっていた。
それは執着というほど重くはないけれど、親友に向けるものにしては、少しだけ熱を帯びすぎているような。
俺は返す言葉(鳴き声)が見つからず、ただ恭介の礼服の胸元に、じっと顔を埋めることしかできなかった。
あなたにおすすめの小説
人族は一人で生きられないらしい――獣人公爵に拾われ、溺愛されて家族になりました
よっちゃん
BL
人族がほとんど存在しない世界に、
前世の記憶を持ったまま転生した少年・レオン。
獣人が支配する貴族社会。
魔力こそが価値とされ、
「弱い人族」は守られるべき存在として扱われる世界で、
レオンは常識の違いに戸惑いながらも必死に生きようとする。
そんな彼を拾ったのは、
辺境を治める獣人公爵アルト。
寡黙で冷静、しかし一度守ると決めたものは決して手放さない男だった。
溺愛され、守られ、育てられる日々。
だが、レオンはただ守られるだけの存在で終わることを選ばない。
学院での出会い。
貴族社会に潜む差別と陰謀。
そして「番」という、深く重い絆。
レオンは学び、考え、
自分にしかできない魔法理論を武器に、
少しずつ“並び立つ覚悟”を身につけていく。
獣人と人族。
価値観も、立場も、すべてが違う二人が、
それでも選び合い、家族になるまでの物語。
溺愛×成長×異世界BL。
読後に残るのは、
「ここに居場所があっていい」と思える、あたたかな幸福。
拾った異世界の子どもがどタイプ男子に育つなんて聞いてない。
おまめ
BL
召喚に巻き込まれ異世界から来た少年、ハルを成り行きで引き取ることになった男、ソラ。立派に親代わりを務めようとしていたのに、一緒に暮らしていくうちに少年がどタイプ男子になっちゃって困ってます。
✻✻✻
2026/01/10 『1.出会い』を分割し、後半部分を『2.引き取ります。』として公開しました。
聖女召喚の巻き添えで喚ばれた「オマケ」の男子高校生ですが、魔王様の「抱き枕」として重宝されています
八百屋 成美
BL
聖女召喚に巻き込まれて異世界に来た主人公。聖女は優遇されるが、魔力のない主人公は城から追い出され、魔の森へ捨てられる。
そこで出会ったのは、強大な魔力ゆえに不眠症に悩む魔王。なぜか主人公の「匂い」や「体温」だけが魔王を安眠させることができると判明し、魔王城で「生きた抱き枕」として飼われることになる。
光る穴に落ちたら、そこは異世界でした。
みぃ
BL
自宅マンションへ帰る途中の道に淡い光を見つけ、なに? と確かめるために近づいてみると気付けば落ちていて、ぽん、と異世界に放り出された大学生が、年下の騎士に拾われる話。
生活脳力のある主人公が、生活能力のない年下騎士の抜けてるとこや、美しく格好いいのにかわいいってなんだ!? とギャップにもだえながら、ゆるく仲良く暮らしていきます。
何もかも、ふわふわゆるゆる。ですが、描写はなくても主人公は受け、騎士は攻めです。
平凡な男子高校生が、素敵な、ある意味必然的な運命をつかむお話。
しゅ
BL
平凡な男子高校生が、非凡な男子高校生にベタベタで甘々に可愛がられて、ただただ幸せになる話です。
基本主人公目線で進行しますが、1部友人達の目線になることがあります。
一部ファンタジー。基本ありきたりな話です。
それでも宜しければどうぞ。
最弱白魔導士(♂)ですが最強魔王の奥様になりました。
はやしかわともえ
BL
のんびり書いていきます。
2023.04.03
閲覧、お気に入り、栞、ありがとうございます。m(_ _)m
お待たせしています。
お待ちくださると幸いです。
2023.04.15
閲覧、栞、お気に入りありがとうございます。
m(_ _)m
更新頻度が遅く、申し訳ないです。
今月中には完結できたらと思っています。
2023.04.17
完結しました。
閲覧、栞、お気に入りありがとうございます!
すずり様にてこの物語の短編を0円配信しています。よろしければご覧下さい。
モフモフになった魔術師はエリート騎士の愛に困惑中
risashy
BL
魔術師団の落ちこぼれ魔術師、ローランド。
任務中にひょんなことからモフモフに変幻し、人間に戻れなくなってしまう。そんなところを騎士団の有望株アルヴィンに拾われ、命拾いしていた。
快適なペット生活を満喫する中、実はアルヴィンが自分を好きだと知る。
アルヴィンから語られる自分への愛に、ローランドは戸惑うものの——?
24000字程度の短編です。
※BL(ボーイズラブ)作品です。
この作品は小説家になろうさんでも公開します。
呪われた辺境伯は、異世界転生者を手放さない
波崎 亨璃
BL
ーーー呪われた辺境伯に捕まったのは、俺の方だった。
異世界に迷い込んだ駆真は「呪われた辺境伯」と呼ばれるレオニスの領地に落ちてしまう。
強すぎる魔力のせいで、人を近づけることができないレオニス。
彼に触れれば衰弱し、最悪の場合、命を落とす。
しかしカルマだけはなぜかその影響を一切受けなかった。その事実に気づいたレオニスは次第にカルマを手放さなくなっていく。
「俺に触れられるのは、お前だけだ」
呪いよりも重い執着と孤独から始まる、救済BL。
となります。