11 / 28
11話
しおりを挟む
窓の外では、夜明け前の深い群青色がゆっくりと薄まり始めていた。
昨夜の「手だけ人間化」という奇妙なハプニングの余韻が、まだ部屋の隅々に残っている。
俺は、恭介が再び眠りについた後も、自分の前足をじっと見つめていた。
今はまた、白くて丸い肉球に戻っている。
けれど、あのとき感じた恭介の頬の柔らかさや、自分自身の低い声が、まだ耳の奥にこびりついて離れない。
(……人間に戻るって、あんなに緊張することだったっけ)
元の世界では当たり前だったことが、この異世界では特別な「イベント」になってしまっている。
トコトコと歩み寄り、ソファで眠る恭介の顔を覗き込んだ。
普段はあんなに強気で、俺を甘やかし倒しているこいつが、今は無防備に寝息を立てている。眉間に少しだけ寄った皺が、連日の研究の過酷さを物語っていた。
「きゅ……(お疲れ、恭介)」
俺はそっと、恭介の胸の上に飛び乗った。
神獣の身体は軽い。恭介は目を覚まさなかったが、無意識に腕を伸ばして、俺の身体を抱き寄せた。
「……ん、陽太……」
寝言で名前を呼ばれ、俺の心臓がトクンと跳ねた。
これまで「親友」として何年も一緒にいたはずなのに、この一週間で、恭介との距離感は完全におかしくなっている。
もし人間に戻ったら。
この腕の中に収まることも、こうして無防備に体温を感じ合うことも、すべて「不自然」なこととして片付けられてしまうのだろうか。
夜が明け、カーテンの隙間から黄金色の光が差し込んできた。
恭介がゆっくりと瞼を持ち上げる。
「……おはよう、陽太。よく眠れたか?」
「きゅう(ああ、お前こそ)」
恭介は俺を抱いたまま起き上がり、ぐーっと背筋を伸ばした。
それから、俺の目を見て、いつになく真剣な表情を浮かべる。
「今日、午後から術式を行う。準備は万端だ。……ただ、陽太。一つだけ言っておかなきゃいけないことがある」
「きゅん?(なんだよ、改まって)」
「この術式は、お前の魔力を一時的に固定するものだ。だから……戻った後、どれくらいその姿を維持できるか、まだ正確にはわからない。数時間かもしれないし、数日かもしれない。……それに、もしかしたら『神獣』としての本能が、少しだけ残ってしまうかもしれないんだ」
神獣としての本能。
それは、今のように喉を鳴らしたくなったり、恭介に撫でられたくなったりすることだろうか。
俺は少しだけ想像して、顔が熱くなるのを感じた。
「きゅ、きゅう!(いいよ。どんな姿でも、俺は俺だろ)」
「……そうだな。お前は、どこまでいっても陽太だもんな」
恭介はそう言うと、俺の耳の後ろを、名残惜しそうに指先でくすぐった。
午後になり、部屋にはいくつもの魔石が配置され、淡い光の結界が張られた。
恭介が呪文を唱え始めると、部屋中の空気が震え、俺の身体を中心に眩い光が溢れ出す。
「陽太、強くイメージしろ。お前の、本当の姿を!」
恭介の声に導かれるように、俺は意識を集中させた。
白かった視界が、次第に色を取り戻していく。
身体が引き伸ばされるような感覚。
視点が高くなり、床についていた四肢が、力強い「足」と「腕」へと変わっていく。
光が収まったとき。
俺は、冷たい床の上に、自分の足で立っていた。
「……できた、のか?」
自分の手を見る。
昨夜のような一部だけではない、確かな俺の身体だ。
そして、目の前には、驚愕と、それから言葉にできないほど深い慈愛の入り混じった瞳をした、恭介が立っていた。
「陽太……」
恭介の手が、震えながら俺の肩に触れる。
人間の姿で、至近距離で見つめ合う。
もふもふの毛に守られていない肌が、恭介の熱を直接感じ取ってしまい、俺は息の仕方を忘れたように立ち尽くした。
昨夜の「手だけ人間化」という奇妙なハプニングの余韻が、まだ部屋の隅々に残っている。
俺は、恭介が再び眠りについた後も、自分の前足をじっと見つめていた。
今はまた、白くて丸い肉球に戻っている。
けれど、あのとき感じた恭介の頬の柔らかさや、自分自身の低い声が、まだ耳の奥にこびりついて離れない。
(……人間に戻るって、あんなに緊張することだったっけ)
元の世界では当たり前だったことが、この異世界では特別な「イベント」になってしまっている。
トコトコと歩み寄り、ソファで眠る恭介の顔を覗き込んだ。
普段はあんなに強気で、俺を甘やかし倒しているこいつが、今は無防備に寝息を立てている。眉間に少しだけ寄った皺が、連日の研究の過酷さを物語っていた。
「きゅ……(お疲れ、恭介)」
俺はそっと、恭介の胸の上に飛び乗った。
神獣の身体は軽い。恭介は目を覚まさなかったが、無意識に腕を伸ばして、俺の身体を抱き寄せた。
「……ん、陽太……」
寝言で名前を呼ばれ、俺の心臓がトクンと跳ねた。
これまで「親友」として何年も一緒にいたはずなのに、この一週間で、恭介との距離感は完全におかしくなっている。
もし人間に戻ったら。
この腕の中に収まることも、こうして無防備に体温を感じ合うことも、すべて「不自然」なこととして片付けられてしまうのだろうか。
夜が明け、カーテンの隙間から黄金色の光が差し込んできた。
恭介がゆっくりと瞼を持ち上げる。
「……おはよう、陽太。よく眠れたか?」
「きゅう(ああ、お前こそ)」
恭介は俺を抱いたまま起き上がり、ぐーっと背筋を伸ばした。
それから、俺の目を見て、いつになく真剣な表情を浮かべる。
「今日、午後から術式を行う。準備は万端だ。……ただ、陽太。一つだけ言っておかなきゃいけないことがある」
「きゅん?(なんだよ、改まって)」
「この術式は、お前の魔力を一時的に固定するものだ。だから……戻った後、どれくらいその姿を維持できるか、まだ正確にはわからない。数時間かもしれないし、数日かもしれない。……それに、もしかしたら『神獣』としての本能が、少しだけ残ってしまうかもしれないんだ」
神獣としての本能。
それは、今のように喉を鳴らしたくなったり、恭介に撫でられたくなったりすることだろうか。
俺は少しだけ想像して、顔が熱くなるのを感じた。
「きゅ、きゅう!(いいよ。どんな姿でも、俺は俺だろ)」
「……そうだな。お前は、どこまでいっても陽太だもんな」
恭介はそう言うと、俺の耳の後ろを、名残惜しそうに指先でくすぐった。
午後になり、部屋にはいくつもの魔石が配置され、淡い光の結界が張られた。
恭介が呪文を唱え始めると、部屋中の空気が震え、俺の身体を中心に眩い光が溢れ出す。
「陽太、強くイメージしろ。お前の、本当の姿を!」
恭介の声に導かれるように、俺は意識を集中させた。
白かった視界が、次第に色を取り戻していく。
身体が引き伸ばされるような感覚。
視点が高くなり、床についていた四肢が、力強い「足」と「腕」へと変わっていく。
光が収まったとき。
俺は、冷たい床の上に、自分の足で立っていた。
「……できた、のか?」
自分の手を見る。
昨夜のような一部だけではない、確かな俺の身体だ。
そして、目の前には、驚愕と、それから言葉にできないほど深い慈愛の入り混じった瞳をした、恭介が立っていた。
「陽太……」
恭介の手が、震えながら俺の肩に触れる。
人間の姿で、至近距離で見つめ合う。
もふもふの毛に守られていない肌が、恭介の熱を直接感じ取ってしまい、俺は息の仕方を忘れたように立ち尽くした。
61
あなたにおすすめの小説
人族は一人で生きられないらしい――獣人公爵に拾われ、溺愛されて家族になりました
よっちゃん
BL
人族がほとんど存在しない世界に、
前世の記憶を持ったまま転生した少年・レオン。
獣人が支配する貴族社会。
魔力こそが価値とされ、
「弱い人族」は守られるべき存在として扱われる世界で、
レオンは常識の違いに戸惑いながらも必死に生きようとする。
そんな彼を拾ったのは、
辺境を治める獣人公爵アルト。
寡黙で冷静、しかし一度守ると決めたものは決して手放さない男だった。
溺愛され、守られ、育てられる日々。
だが、レオンはただ守られるだけの存在で終わることを選ばない。
学院での出会い。
貴族社会に潜む差別と陰謀。
そして「番」という、深く重い絆。
レオンは学び、考え、
自分にしかできない魔法理論を武器に、
少しずつ“並び立つ覚悟”を身につけていく。
獣人と人族。
価値観も、立場も、すべてが違う二人が、
それでも選び合い、家族になるまでの物語。
溺愛×成長×異世界BL。
読後に残るのは、
「ここに居場所があっていい」と思える、あたたかな幸福。
銀狼様とのスローライフ
八百屋 成美
BL
激務に心身を病み、逃げるように田舎へ移り住んだ佐伯湊。
ある雨の日、彼は庭先で銀色に輝く巨大な狼を拾う。
それは、人間に追われ傷ついた神獣、リュカだった。
傷の手当てをきっかけに、湊の家に居座ることになったリュカ。
尊大で俺様な態度とは裏腹に、彼は湊が作ったご飯を美味しそうに食べ、寒い夜にはその温かい毛並みで湊を包み込んでくれる。
孤独だった湊の心は、リュカの無償の愛によって次第に満たされていく。
しかし、平穏な日々は長くは続かなかった。
【本編完結】転生したら、チートな僕が世界の男たちに溺愛される件
表示されませんでした
BL
ごく普通のサラリーマンだった織田悠真は、不慮の事故で命を落とし、ファンタジー世界の男爵家の三男ユウマとして生まれ変わる。
病弱だった前世のユウマとは違い、転生した彼は「創造魔法」というチート能力を手にしていた。
この魔法は、ありとあらゆるものを生み出す究極の力。
しかし、その力を使うたび、ユウマの体からは、男たちを狂おしいほどに惹きつける特殊なフェロモンが放出されるようになる。
ユウマの前に現れるのは、冷酷な魔王、忠実な騎士団長、天才魔法使い、ミステリアスな獣人族の王子、そして実の兄と弟。
強大な力と魅惑のフェロモンに翻弄されるユウマは、彼らの熱い視線と独占欲に囲まれ、愛と欲望が渦巻くハーレムの中心に立つことになる。
これは、転生した少年が、最強のチート能力と最強の愛を手に入れるまでの物語。
甘く、激しく、そして少しだけ危険な、ユウマのハーレム生活が今、始まる――。
本編完結しました。
続いて閑話などを書いているので良かったら引き続きお読みください
【8話完結】いじめられっ子だった僕が、覚醒したら騎士団長に求愛されました
キノア9g
BL
いじめられ続けた僕は、ある日突然、異世界に転移した。
けれど、勇者として歓迎されたのは、僕を苦しめてきた“あいつ”の方。僕は無能と決めつけられ、誰からも相手にされなかった。
そんな僕に手を差し伸べてくれたのは、冷酷と恐れられる騎士団長・ジグルドだった。
なのに、あいつの命令で、僕は彼に嘘の告白をしてしまう――「ジグルドさんのことが、好きなんです」
それが、すべての始まりだった。
あの日から彼は、僕だけをまっすぐ見つめてくる。
僕を守る手は、やさしく、強くて、どこまでも真剣だった。
だけど僕には、まだ知られていない“力”がある。
過去の傷も、偽りの言葉も超えて、彼の隣にいてもいいのだろうか。
これは、いじめられっ子の僕が“愛されること”を知っていく、嘘と覚醒の物語。
全8話。
植物チートを持つ俺は王子に捨てられたけど、実は食いしん坊な氷の公爵様に拾われ、胃袋を掴んでとことん溺愛されています
水凪しおん
BL
日本の社畜だった俺、ミナトは過労死した末に異世界の貧乏男爵家の三男に転生した。しかも、なぜか傲慢な第二王子エリアスの婚約者にされてしまう。
「地味で男のくせに可愛らしいだけの役立たず」
王子からそう蔑まれ、冷遇される日々にうんざりした俺は、前世の知識とチート能力【植物育成】を使い、実家の領地を豊かにすることだけを生きがいにしていた。
そんなある日、王宮の夜会で王子から公衆の面前で婚約破棄を叩きつけられる。
絶望する俺の前に現れたのは、この国で最も恐れられる『氷の公爵』アレクシス・フォン・ヴァインベルク。
「王子がご不要というのなら、その方を私が貰い受けよう」
冷たく、しかし力強い声。気づけば俺は、彼の腕の中にいた。
連れてこられた公爵邸での生活は、噂とは大違いの甘すぎる日々の始まりだった。
俺の作る料理を「世界一美味い」と幸せそうに食べ、俺の能力を「素晴らしい」と褒めてくれ、「可愛い、愛らしい」と頭を撫でてくれる公爵様。
彼の不器用だけど真っ直ぐな愛情に、俺の心は次第に絆されていく。
これは、婚約破棄から始まった、不遇な俺が世界一の幸せを手に入れるまでの物語。
弟がガチ勢すぎて愛が重い~魔王の座をささげられたんだけど、どうしたらいい?~
マツヲ。
BL
久しぶりに会った弟は、現魔王の長兄への謀反を企てた張本人だった。
王家を恨む弟の気持ちを知る主人公は死を覚悟するものの、なぜかその弟は王の座を捧げてきて……。
というヤンデレ弟×良識派の兄の話が読みたくて書いたものです。
この先はきっと弟にめっちゃ執着されて、おいしく食われるにちがいない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる