15 / 28
15話
しおりを挟む
カーテンの隙間から差し込む朝陽が、まぶたの裏側を白く焼いた。
俺は、重たい頭をゆっくりと持ち上げる。
(……あ。そうだ。俺、昨日から人間なんだった)
自分の手を確認し、指を動かす。昨夜の術式はまだ解けていないようで、俺は確かな重みを持った「男の身体」のままだった。
だが、何かがおかしい。
視界が妙に狭いし、顔のすぐ横に、信じられないほどいい匂いのする「壁」がある。
おそるおそる顔を上げると、そこには恭介の寝顔があった。
「……っ!?(なんでここにいんだよ!)」
声を上げそうになり、慌てて口を塞ぐ。
昨夜、ソファで撫でられているうちに寝落ちしたところまでは覚えている。おそらく、恭介が俺をベッドまで運んで、自分もそのまま意識を失ったのだろう。
恭介の大きな腕が、俺の腰をしっかりと抱き込んでいた。もふもふの神獣だった頃なら「いつもの定位置」だが、大人二人が一つのベッドで密着して寝ている今の状況は、どう考えても「親友」の枠をはみ出している。
しかも、最悪なことに。
(……耳。耳が動いてる……)
恭介の規則正しい寝息が俺の首元に当たるたび、頭上の白い耳がパタパタと嬉しそうに反応してしまう。尻尾に至っては、恭介の足に絡みつくような勢いでゆらゆらと揺れていた。
「……ん。陽太、起きたのか」
恭介が、ゆっくりと瞼を持ち上げた。
至近距離で視線がぶつかる。恭介の瞳に、俺の焦った顔がはっきりと映り込んだ。
「きょ、恭介! 離せ、この変態! いつまで抱きついてんだよ!」
「あ……。悪い、つい……神獣の時と同じ感覚で……」
恭介は慌てて俺を解放したが、ベッドから転げ落ちそうになった俺を、反射的に再び腕で支えてしまった。
結果として、俺は恭介に抱き抱えられるような姿勢になり、さらに気まずい空気が流れる。
「……あのな。今日から、寝る時は別々だぞ。絶対だぞ」
「……善処するよ。……それより陽太。髪、ひどいことになってるぞ。寝癖だらけだ」
恭介は気まずさを誤魔化すように、俺の乱れた髪に指を差し込んだ。
もふもふの時のブラッシングの代わりに、彼は鏡の前で、俺を椅子に座らせた。
「おい、自分でやるってば」
「ダメだ。陽太、お前は昔から自分の身なりに無頓着だろ。今は神獣の耳もあるんだ、手入れは俺がやる」
恭介は、温かいお湯に浸したタオルで俺の髪を整え始めた。
大きな手が、丁寧に、けれど迷いのない動きで俺の髪を撫でつける。
鏡越しに、俺の髪を真剣な目で見つめる恭介の顔が見えた。
「……陽太の髪、柔らかいな」
「……そうか? 普通だろ」
「いや、神獣の毛並みも良かったけど、こっちも……触り心地がいい」
恭介の指が、耳の周りを避けて首筋を掠める。
そのたびに、俺の心臓は小さな悲鳴を上げる。
今までは「ペットのケア」だと思って受け入れていたことが、今ではすべてが「男同士の接触」として意識されてしまう。
「……できたぞ。これでいいだろ」
恭介が満足げに頷く。
整えられた髪と、その間から覗く白い耳。
鏡の中の俺は、どこか知らない国の王子のようで、ひどく落ち着かない気分だった。
「……サンキュ。……なんか、変な感じだな」
「そうか? 俺は……意外と、悪くないと思ってるよ。こうしてお前を、俺のやり方で整えられるのは」
恭介の言葉には、独占欲というほどトゲはない。
けれど、昨夜よりも一歩、踏み込んだ熱量。
朝の光を浴びながら、俺たちは少しだけ距離を保ちつつ、新しい一日を始めた。
展開はどこまでもゆっくり。
けれど、朝の挨拶を交わすたびに、二人の間には、言葉にできない「何か」が確実に積み重なっていくのだった。
俺は、重たい頭をゆっくりと持ち上げる。
(……あ。そうだ。俺、昨日から人間なんだった)
自分の手を確認し、指を動かす。昨夜の術式はまだ解けていないようで、俺は確かな重みを持った「男の身体」のままだった。
だが、何かがおかしい。
視界が妙に狭いし、顔のすぐ横に、信じられないほどいい匂いのする「壁」がある。
おそるおそる顔を上げると、そこには恭介の寝顔があった。
「……っ!?(なんでここにいんだよ!)」
声を上げそうになり、慌てて口を塞ぐ。
昨夜、ソファで撫でられているうちに寝落ちしたところまでは覚えている。おそらく、恭介が俺をベッドまで運んで、自分もそのまま意識を失ったのだろう。
恭介の大きな腕が、俺の腰をしっかりと抱き込んでいた。もふもふの神獣だった頃なら「いつもの定位置」だが、大人二人が一つのベッドで密着して寝ている今の状況は、どう考えても「親友」の枠をはみ出している。
しかも、最悪なことに。
(……耳。耳が動いてる……)
恭介の規則正しい寝息が俺の首元に当たるたび、頭上の白い耳がパタパタと嬉しそうに反応してしまう。尻尾に至っては、恭介の足に絡みつくような勢いでゆらゆらと揺れていた。
「……ん。陽太、起きたのか」
恭介が、ゆっくりと瞼を持ち上げた。
至近距離で視線がぶつかる。恭介の瞳に、俺の焦った顔がはっきりと映り込んだ。
「きょ、恭介! 離せ、この変態! いつまで抱きついてんだよ!」
「あ……。悪い、つい……神獣の時と同じ感覚で……」
恭介は慌てて俺を解放したが、ベッドから転げ落ちそうになった俺を、反射的に再び腕で支えてしまった。
結果として、俺は恭介に抱き抱えられるような姿勢になり、さらに気まずい空気が流れる。
「……あのな。今日から、寝る時は別々だぞ。絶対だぞ」
「……善処するよ。……それより陽太。髪、ひどいことになってるぞ。寝癖だらけだ」
恭介は気まずさを誤魔化すように、俺の乱れた髪に指を差し込んだ。
もふもふの時のブラッシングの代わりに、彼は鏡の前で、俺を椅子に座らせた。
「おい、自分でやるってば」
「ダメだ。陽太、お前は昔から自分の身なりに無頓着だろ。今は神獣の耳もあるんだ、手入れは俺がやる」
恭介は、温かいお湯に浸したタオルで俺の髪を整え始めた。
大きな手が、丁寧に、けれど迷いのない動きで俺の髪を撫でつける。
鏡越しに、俺の髪を真剣な目で見つめる恭介の顔が見えた。
「……陽太の髪、柔らかいな」
「……そうか? 普通だろ」
「いや、神獣の毛並みも良かったけど、こっちも……触り心地がいい」
恭介の指が、耳の周りを避けて首筋を掠める。
そのたびに、俺の心臓は小さな悲鳴を上げる。
今までは「ペットのケア」だと思って受け入れていたことが、今ではすべてが「男同士の接触」として意識されてしまう。
「……できたぞ。これでいいだろ」
恭介が満足げに頷く。
整えられた髪と、その間から覗く白い耳。
鏡の中の俺は、どこか知らない国の王子のようで、ひどく落ち着かない気分だった。
「……サンキュ。……なんか、変な感じだな」
「そうか? 俺は……意外と、悪くないと思ってるよ。こうしてお前を、俺のやり方で整えられるのは」
恭介の言葉には、独占欲というほどトゲはない。
けれど、昨夜よりも一歩、踏み込んだ熱量。
朝の光を浴びながら、俺たちは少しだけ距離を保ちつつ、新しい一日を始めた。
展開はどこまでもゆっくり。
けれど、朝の挨拶を交わすたびに、二人の間には、言葉にできない「何か」が確実に積み重なっていくのだった。
61
あなたにおすすめの小説
人族は一人で生きられないらしい――獣人公爵に拾われ、溺愛されて家族になりました
よっちゃん
BL
人族がほとんど存在しない世界に、
前世の記憶を持ったまま転生した少年・レオン。
獣人が支配する貴族社会。
魔力こそが価値とされ、
「弱い人族」は守られるべき存在として扱われる世界で、
レオンは常識の違いに戸惑いながらも必死に生きようとする。
そんな彼を拾ったのは、
辺境を治める獣人公爵アルト。
寡黙で冷静、しかし一度守ると決めたものは決して手放さない男だった。
溺愛され、守られ、育てられる日々。
だが、レオンはただ守られるだけの存在で終わることを選ばない。
学院での出会い。
貴族社会に潜む差別と陰謀。
そして「番」という、深く重い絆。
レオンは学び、考え、
自分にしかできない魔法理論を武器に、
少しずつ“並び立つ覚悟”を身につけていく。
獣人と人族。
価値観も、立場も、すべてが違う二人が、
それでも選び合い、家族になるまでの物語。
溺愛×成長×異世界BL。
読後に残るのは、
「ここに居場所があっていい」と思える、あたたかな幸福。
銀狼様とのスローライフ
八百屋 成美
BL
激務に心身を病み、逃げるように田舎へ移り住んだ佐伯湊。
ある雨の日、彼は庭先で銀色に輝く巨大な狼を拾う。
それは、人間に追われ傷ついた神獣、リュカだった。
傷の手当てをきっかけに、湊の家に居座ることになったリュカ。
尊大で俺様な態度とは裏腹に、彼は湊が作ったご飯を美味しそうに食べ、寒い夜にはその温かい毛並みで湊を包み込んでくれる。
孤独だった湊の心は、リュカの無償の愛によって次第に満たされていく。
しかし、平穏な日々は長くは続かなかった。
【本編完結】転生したら、チートな僕が世界の男たちに溺愛される件
表示されませんでした
BL
ごく普通のサラリーマンだった織田悠真は、不慮の事故で命を落とし、ファンタジー世界の男爵家の三男ユウマとして生まれ変わる。
病弱だった前世のユウマとは違い、転生した彼は「創造魔法」というチート能力を手にしていた。
この魔法は、ありとあらゆるものを生み出す究極の力。
しかし、その力を使うたび、ユウマの体からは、男たちを狂おしいほどに惹きつける特殊なフェロモンが放出されるようになる。
ユウマの前に現れるのは、冷酷な魔王、忠実な騎士団長、天才魔法使い、ミステリアスな獣人族の王子、そして実の兄と弟。
強大な力と魅惑のフェロモンに翻弄されるユウマは、彼らの熱い視線と独占欲に囲まれ、愛と欲望が渦巻くハーレムの中心に立つことになる。
これは、転生した少年が、最強のチート能力と最強の愛を手に入れるまでの物語。
甘く、激しく、そして少しだけ危険な、ユウマのハーレム生活が今、始まる――。
本編完結しました。
続いて閑話などを書いているので良かったら引き続きお読みください
【8話完結】いじめられっ子だった僕が、覚醒したら騎士団長に求愛されました
キノア9g
BL
いじめられ続けた僕は、ある日突然、異世界に転移した。
けれど、勇者として歓迎されたのは、僕を苦しめてきた“あいつ”の方。僕は無能と決めつけられ、誰からも相手にされなかった。
そんな僕に手を差し伸べてくれたのは、冷酷と恐れられる騎士団長・ジグルドだった。
なのに、あいつの命令で、僕は彼に嘘の告白をしてしまう――「ジグルドさんのことが、好きなんです」
それが、すべての始まりだった。
あの日から彼は、僕だけをまっすぐ見つめてくる。
僕を守る手は、やさしく、強くて、どこまでも真剣だった。
だけど僕には、まだ知られていない“力”がある。
過去の傷も、偽りの言葉も超えて、彼の隣にいてもいいのだろうか。
これは、いじめられっ子の僕が“愛されること”を知っていく、嘘と覚醒の物語。
全8話。
植物チートを持つ俺は王子に捨てられたけど、実は食いしん坊な氷の公爵様に拾われ、胃袋を掴んでとことん溺愛されています
水凪しおん
BL
日本の社畜だった俺、ミナトは過労死した末に異世界の貧乏男爵家の三男に転生した。しかも、なぜか傲慢な第二王子エリアスの婚約者にされてしまう。
「地味で男のくせに可愛らしいだけの役立たず」
王子からそう蔑まれ、冷遇される日々にうんざりした俺は、前世の知識とチート能力【植物育成】を使い、実家の領地を豊かにすることだけを生きがいにしていた。
そんなある日、王宮の夜会で王子から公衆の面前で婚約破棄を叩きつけられる。
絶望する俺の前に現れたのは、この国で最も恐れられる『氷の公爵』アレクシス・フォン・ヴァインベルク。
「王子がご不要というのなら、その方を私が貰い受けよう」
冷たく、しかし力強い声。気づけば俺は、彼の腕の中にいた。
連れてこられた公爵邸での生活は、噂とは大違いの甘すぎる日々の始まりだった。
俺の作る料理を「世界一美味い」と幸せそうに食べ、俺の能力を「素晴らしい」と褒めてくれ、「可愛い、愛らしい」と頭を撫でてくれる公爵様。
彼の不器用だけど真っ直ぐな愛情に、俺の心は次第に絆されていく。
これは、婚約破棄から始まった、不遇な俺が世界一の幸せを手に入れるまでの物語。
侯爵令息セドリックの憂鬱な日
めちゅう
BL
第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける———
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。
弟がガチ勢すぎて愛が重い~魔王の座をささげられたんだけど、どうしたらいい?~
マツヲ。
BL
久しぶりに会った弟は、現魔王の長兄への謀反を企てた張本人だった。
王家を恨む弟の気持ちを知る主人公は死を覚悟するものの、なぜかその弟は王の座を捧げてきて……。
というヤンデレ弟×良識派の兄の話が読みたくて書いたものです。
この先はきっと弟にめっちゃ執着されて、おいしく食われるにちがいない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる