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16話
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久しぶりに履くブーツの感触は、思っていたよりもずっと重かった。
恭介が用意してくれたのは、深緑色の生地に金の刺繍が入った、この国の貴族が着るような上質な服だ。耳と尻尾は相変わらずそのままだが、鏡の前に立つ俺は、どこからどう見ても「人」の形をしていた。
「陽太、顔色が悪いぞ。外に出るのが怖いか?」
恭介が、俺の襟元を整えながら覗き込んできた。
「……怖いっていうか、落ち着かないんだよ。四つん這いだった時の方が、地面が近くて安心できた気がする」
「はは、そんなことを言う人間は世界中で陽太だけだろうな」
恭介はそう笑うと、当然のように俺の隣に並び、廊下へと促した。
王宮の廊下は相変わらず広く、天井は高い。すれ違う兵士やメイドたちが、恭介に一礼し、それから隣に立つ俺を見て、一様に目を見開く。
「……あの方は?」
「召喚術師様と歩いている、あのお耳の方はもしや……」
ひそひそという囁き声が聞こえるたびに、俺の耳がピクリと後ろに倒れる。
恭介はそれに気づいたのか、そっと俺の背中に手を添えた。大きな掌の温度が、薄い上着越しに伝わってきて、少しだけ足元が安定した気がした。
中庭に出ると、鮮やかな花々の香りと、春のような暖かい風が俺たちを迎えた。
以前、もふもふの姿でゴロゴロと転げ回った芝生が、今は足元で心地よい音を立てている。
「あ、君は――」
ふいに、前方から澄んだ声がした。
大きな木の下。以前俺を膝に乗せてくれた第一王子、レイがそこに立っていた。
レイは俺の姿を見るなり、驚いたように瞬きを繰り返し、それからゆっくりと歩み寄ってきた。
「その耳と、その瞳。……もしかして、あの時の神獣か?」
「……ご無沙汰してます、レイ様。陽太です。お騒がせしてすみません」
俺が慣れない手つきで会釈をすると、レイは感嘆のため息をついた。
「驚いたな。あんなに小さくて愛らしかった者が、これほど凛々しい青年だったとは。……キョウ殿、彼はもう、私の膝には乗ってくれないのだな」
「ええ、残念ながら。……陽太の膝は、今は私専用ですので」
「おい、恭介!」
俺が慌てて恭介の脇腹を小突くと、恭介は涼しい顔で「冗談ですよ」と付け加えた。……が、その瞳はまったく笑っていない。
レイは面白そうに俺たちを見比べると、ふっと柔らかく微笑んだ。
「陽太、君が人の姿になれて良かった。……だが、その姿になっても、君から漂う空気は変わらない。陽だまりのような、優しい匂いだ」
レイの手が、俺の頬に触れようと伸びてくる。
だが、その指が届く前に、恭介が俺の肩を抱いて一歩後ろへ引かせた。
「レイ様。陽太はまだ、人間に戻ったばかりで魔力が安定しておりません。あまり刺激をされると、また獣に戻ってしまう恐れがありますので」
「……そうか。それは申し訳ないことをした」
レイは名残惜しそうに手を下げた。
俺は恭介の腕の中で、なんだか妙に落ち着かない気分になる。恭介の腕の力は、必要以上に強いわけではない。けれど、そこから伝わってくる微かな緊張感が、俺の肌をチリチリと焼くようだった。
「……恭介、もういいだろ。レイ様が困ってる」
「ああ、そうだな。……ではレイ様、我々はこれで失礼します。陽太の『リハビリ』の続きがありますので」
恭介は足早に俺を連れて、その場を去った。
背後に残されたレイの視線を感じながら、俺は恭介の横顔を盗み見る。
(……リハビリって、ただ散歩してるだけだろ)
不満を言おうとしたが、恭介の手が俺の指先に触れ、そのまま指を絡めるように握られた。
「……陽太、離れるなよ。お前はまだ、この世界では危なっかしいんだから」
握られた手の熱。
俺は、その熱から逃げることもできず、ただ繋がれた手を見つめながら、広い庭園を歩き続けた。
恭介が用意してくれたのは、深緑色の生地に金の刺繍が入った、この国の貴族が着るような上質な服だ。耳と尻尾は相変わらずそのままだが、鏡の前に立つ俺は、どこからどう見ても「人」の形をしていた。
「陽太、顔色が悪いぞ。外に出るのが怖いか?」
恭介が、俺の襟元を整えながら覗き込んできた。
「……怖いっていうか、落ち着かないんだよ。四つん這いだった時の方が、地面が近くて安心できた気がする」
「はは、そんなことを言う人間は世界中で陽太だけだろうな」
恭介はそう笑うと、当然のように俺の隣に並び、廊下へと促した。
王宮の廊下は相変わらず広く、天井は高い。すれ違う兵士やメイドたちが、恭介に一礼し、それから隣に立つ俺を見て、一様に目を見開く。
「……あの方は?」
「召喚術師様と歩いている、あのお耳の方はもしや……」
ひそひそという囁き声が聞こえるたびに、俺の耳がピクリと後ろに倒れる。
恭介はそれに気づいたのか、そっと俺の背中に手を添えた。大きな掌の温度が、薄い上着越しに伝わってきて、少しだけ足元が安定した気がした。
中庭に出ると、鮮やかな花々の香りと、春のような暖かい風が俺たちを迎えた。
以前、もふもふの姿でゴロゴロと転げ回った芝生が、今は足元で心地よい音を立てている。
「あ、君は――」
ふいに、前方から澄んだ声がした。
大きな木の下。以前俺を膝に乗せてくれた第一王子、レイがそこに立っていた。
レイは俺の姿を見るなり、驚いたように瞬きを繰り返し、それからゆっくりと歩み寄ってきた。
「その耳と、その瞳。……もしかして、あの時の神獣か?」
「……ご無沙汰してます、レイ様。陽太です。お騒がせしてすみません」
俺が慣れない手つきで会釈をすると、レイは感嘆のため息をついた。
「驚いたな。あんなに小さくて愛らしかった者が、これほど凛々しい青年だったとは。……キョウ殿、彼はもう、私の膝には乗ってくれないのだな」
「ええ、残念ながら。……陽太の膝は、今は私専用ですので」
「おい、恭介!」
俺が慌てて恭介の脇腹を小突くと、恭介は涼しい顔で「冗談ですよ」と付け加えた。……が、その瞳はまったく笑っていない。
レイは面白そうに俺たちを見比べると、ふっと柔らかく微笑んだ。
「陽太、君が人の姿になれて良かった。……だが、その姿になっても、君から漂う空気は変わらない。陽だまりのような、優しい匂いだ」
レイの手が、俺の頬に触れようと伸びてくる。
だが、その指が届く前に、恭介が俺の肩を抱いて一歩後ろへ引かせた。
「レイ様。陽太はまだ、人間に戻ったばかりで魔力が安定しておりません。あまり刺激をされると、また獣に戻ってしまう恐れがありますので」
「……そうか。それは申し訳ないことをした」
レイは名残惜しそうに手を下げた。
俺は恭介の腕の中で、なんだか妙に落ち着かない気分になる。恭介の腕の力は、必要以上に強いわけではない。けれど、そこから伝わってくる微かな緊張感が、俺の肌をチリチリと焼くようだった。
「……恭介、もういいだろ。レイ様が困ってる」
「ああ、そうだな。……ではレイ様、我々はこれで失礼します。陽太の『リハビリ』の続きがありますので」
恭介は足早に俺を連れて、その場を去った。
背後に残されたレイの視線を感じながら、俺は恭介の横顔を盗み見る。
(……リハビリって、ただ散歩してるだけだろ)
不満を言おうとしたが、恭介の手が俺の指先に触れ、そのまま指を絡めるように握られた。
「……陽太、離れるなよ。お前はまだ、この世界では危なっかしいんだから」
握られた手の熱。
俺は、その熱から逃げることもできず、ただ繋がれた手を見つめながら、広い庭園を歩き続けた。
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