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23話
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城下町から戻り、身に纏っていた重いマントを脱ぎ捨てると、ようやく肩の力が抜けるのが分かった。
王宮の客室は、魔法の灯火が暖色系の光を投げかけ、昼間の喧騒とは対照的な静寂に包まれている。
俺は、左手首に巻かれたばかりの藍色のブレスレットを、指先でそっとなぞった。
革の香りと、埋め込まれた銀色の石。自分の体温で少し温まったその感触が、今日という一日が夢ではなかったことを教えてくれる。
「陽太、お疲れ様。……久しぶりに外を歩いて疲れただろ」
恭介が、部屋の隅にある重厚なサイドボードから、細長い首の瓶と二つのクリスタルグラスを取り出した。
琥珀色の液体がグラスに注がれると、果実が熟成したような、芳醇で少しだけ鋭い香りが部屋に広がった。
「これ……酒か?」
「ああ。王宮の地下で数十年眠っていた名酒だそうだ。お前が人間に戻ったら、一緒に飲もうと決めていたんだ。……ほら」
手渡されたグラスを受け取ると、指先が恭介のそれと微かに触れ合った。
俺たちは自然と、窓際のゆったりとしたソファに腰を下ろす。
「……乾杯」
「ああ、乾杯」
小さな音を立てて重なったグラス。
一口含めば、熱い酒精が喉を焼き、それから花が咲くような華やかな香りが鼻に抜けた。
もふもふの姿だった時は、恭介が飲んでいるのを横で眺めながら、自分はミルクや水を啜っていた。だが、今はこうして、対等な男同士として、同じ「酔い」を共有できる。
「……美味いな。元の世界でよく飲んでた安ビールとは、大違いだ」
「はは、比べるのが失礼だろ。……でも、あの狭いアパートで、コンビニの唐揚げをつつきながら飲んでた時間も、俺は嫌いじゃなかったよ」
恭介が懐かしそうに目を細める。
酒が回ってきたのか、彼の頬が僅かに赤らみ、いつもより表情が柔らかくなっている。
「……陽太、お前はさ。こっちに来て、神獣なんて大層なものにされて……嫌じゃなかったか? 俺に召喚されて、振り回されて」
ふいに、恭介がポツリと漏らした。
その言葉には、普段の彼からは想像もつかないような、繊細な不安が混ざっている。
俺は、グラスの中の琥珀色の液体を揺らしながら、頭上の耳をパタパタと動かした。
「……嫌だったら、とっくに逃げ出してるよ。神獣の力があれば、この城の壁くらい余裕で飛び越えられるんだからな」
俺が少しぶっきらぼうに答えると、恭介は驚いたように俺を見た。
「嫌なことばっかりじゃなかった。……お前に毎日ブラッシングされるのも、美味い飯を食わせてもらうのも、……悪くなかったよ。何より、お前が一人でこの世界に来てなくて良かったって、今は思ってる」
「…………陽太」
恭介が、空いた方の手を伸ばし、ソファの背もたれに置いた俺の手に重ねてきた。
酒のせいか、それとも彼の体温か。
重ねられた手のひらが、火傷しそうなほど熱い。
「……俺は、お前に救われてるんだ。陽太、お前がそばにいてくれないと、俺はこの世界の召喚術師として、たぶん自分を見失ってた。……ありがとうな」
恭介の顔が、少しずつ近づいてくる。
彼の瞳の中に、窓から差し込む月光と、俺自身の戸惑った顔が映り込んでいる。
酒精に溶かされた理性が、少しずつ輪郭を失っていく。
俺の心臓は、まるで全力疾走をした後のように激しく、けれど心地よいリズムで胸を叩いていた。
「……近いよ、恭介。……酒臭い」
「お前だって同じだろ」
恭介はそう笑うと、重ねていた手を俺の耳の付け根へと滑らせた。
髪を梳くような、愛おしむような指の動き。
人間に戻ったことで、その感触はもふもふの時よりもずっと、ダイレクトに脳を痺れさせる。
「……ふぅ……っ」
俺は抵抗することを忘れ、恭介の肩に頭を預けた。
アルコールの心地よさと、大好きな親友のぬくもり。
今は、難しいことは何も考えたくなかった。
ただ、この静かで甘やかな時間が、ずっと続いてくれればいい。
夜の帳が降り、二人の影は月明かりの下で一つに溶け合っていく。
展開はどこまでも、ゆっくりと。
友情と愛情の境界線が、お互いの体温で少しずつ溶け出していくのを、俺たちはまだ、「酒のせい」にして笑い合うことができた。
「……陽太、もう一杯飲むか?」
「……ああ。……もう少しだけ、付き合えよ」
窓の外では、静かな異世界の夜が深まっていた。
王宮の客室は、魔法の灯火が暖色系の光を投げかけ、昼間の喧騒とは対照的な静寂に包まれている。
俺は、左手首に巻かれたばかりの藍色のブレスレットを、指先でそっとなぞった。
革の香りと、埋め込まれた銀色の石。自分の体温で少し温まったその感触が、今日という一日が夢ではなかったことを教えてくれる。
「陽太、お疲れ様。……久しぶりに外を歩いて疲れただろ」
恭介が、部屋の隅にある重厚なサイドボードから、細長い首の瓶と二つのクリスタルグラスを取り出した。
琥珀色の液体がグラスに注がれると、果実が熟成したような、芳醇で少しだけ鋭い香りが部屋に広がった。
「これ……酒か?」
「ああ。王宮の地下で数十年眠っていた名酒だそうだ。お前が人間に戻ったら、一緒に飲もうと決めていたんだ。……ほら」
手渡されたグラスを受け取ると、指先が恭介のそれと微かに触れ合った。
俺たちは自然と、窓際のゆったりとしたソファに腰を下ろす。
「……乾杯」
「ああ、乾杯」
小さな音を立てて重なったグラス。
一口含めば、熱い酒精が喉を焼き、それから花が咲くような華やかな香りが鼻に抜けた。
もふもふの姿だった時は、恭介が飲んでいるのを横で眺めながら、自分はミルクや水を啜っていた。だが、今はこうして、対等な男同士として、同じ「酔い」を共有できる。
「……美味いな。元の世界でよく飲んでた安ビールとは、大違いだ」
「はは、比べるのが失礼だろ。……でも、あの狭いアパートで、コンビニの唐揚げをつつきながら飲んでた時間も、俺は嫌いじゃなかったよ」
恭介が懐かしそうに目を細める。
酒が回ってきたのか、彼の頬が僅かに赤らみ、いつもより表情が柔らかくなっている。
「……陽太、お前はさ。こっちに来て、神獣なんて大層なものにされて……嫌じゃなかったか? 俺に召喚されて、振り回されて」
ふいに、恭介がポツリと漏らした。
その言葉には、普段の彼からは想像もつかないような、繊細な不安が混ざっている。
俺は、グラスの中の琥珀色の液体を揺らしながら、頭上の耳をパタパタと動かした。
「……嫌だったら、とっくに逃げ出してるよ。神獣の力があれば、この城の壁くらい余裕で飛び越えられるんだからな」
俺が少しぶっきらぼうに答えると、恭介は驚いたように俺を見た。
「嫌なことばっかりじゃなかった。……お前に毎日ブラッシングされるのも、美味い飯を食わせてもらうのも、……悪くなかったよ。何より、お前が一人でこの世界に来てなくて良かったって、今は思ってる」
「…………陽太」
恭介が、空いた方の手を伸ばし、ソファの背もたれに置いた俺の手に重ねてきた。
酒のせいか、それとも彼の体温か。
重ねられた手のひらが、火傷しそうなほど熱い。
「……俺は、お前に救われてるんだ。陽太、お前がそばにいてくれないと、俺はこの世界の召喚術師として、たぶん自分を見失ってた。……ありがとうな」
恭介の顔が、少しずつ近づいてくる。
彼の瞳の中に、窓から差し込む月光と、俺自身の戸惑った顔が映り込んでいる。
酒精に溶かされた理性が、少しずつ輪郭を失っていく。
俺の心臓は、まるで全力疾走をした後のように激しく、けれど心地よいリズムで胸を叩いていた。
「……近いよ、恭介。……酒臭い」
「お前だって同じだろ」
恭介はそう笑うと、重ねていた手を俺の耳の付け根へと滑らせた。
髪を梳くような、愛おしむような指の動き。
人間に戻ったことで、その感触はもふもふの時よりもずっと、ダイレクトに脳を痺れさせる。
「……ふぅ……っ」
俺は抵抗することを忘れ、恭介の肩に頭を預けた。
アルコールの心地よさと、大好きな親友のぬくもり。
今は、難しいことは何も考えたくなかった。
ただ、この静かで甘やかな時間が、ずっと続いてくれればいい。
夜の帳が降り、二人の影は月明かりの下で一つに溶け合っていく。
展開はどこまでも、ゆっくりと。
友情と愛情の境界線が、お互いの体温で少しずつ溶け出していくのを、俺たちはまだ、「酒のせい」にして笑い合うことができた。
「……陽太、もう一杯飲むか?」
「……ああ。……もう少しだけ、付き合えよ」
窓の外では、静かな異世界の夜が深まっていた。
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