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2話
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異世界に転生して二日目。
俺、カナデは、魔王城の食堂で頭を抱えていた。
目の前に並べられているのは、紫色のドロドロした何かと、トゲの生えた巨大な肉。
そして、なぜか皿の上でのたうち回っている、青い色をしたレタスのような植物だ。
「……なぁ、レン。これ、生物兵器の試作品か何かか?」
俺が震える指でその「食事」を指差すと、隣に座ったレンは、慣れた手つきでトゲだらけの肉を素手で掴み、ガブリと豪快に噛み付いた。
「ん? これか? 『デス・ボア』のモモ肉だよ。ちょっと硬いけど、野生の味がしてイケるぜ! カナデも食えよ、魔力つくぞ!」
レンは口の周りをテカテカに光らせながら、俺の皿にその凶悪な肉を放り込んできた。
肉から生えているトゲが、俺の頬をかすめる。危うく異世界二日目にして、親友の手によって顔面に深い傷を負うところだった。
「食えるか。……というか、これが毎日続くのか?」
「おう! 魔王城の伝統料理らしいぜ。料理長のガルムが『これこそが魔王の力の源!』って鼻息荒くしてたし」
レンが親指で示した先には、厨房からこちらの様子を伺っている、三つの頭を持つ巨大な犬――ケルベロスのガルムがいた。
三つの口からそれぞれヨダレを垂らしながら、「美味いか? もっと食うか?」と期待に満ちた(ように見える)眼差しを送ってきている。
……ダメだ。この城、予算以前に「文化」が崩壊している。
「レン、お前。前世であれほど『コンビニの唐揚げ棒が世界で一番美味い』って熱弁してたのは嘘だったのか?」
「嘘なわけねーだろ! 今でも食いたいよ! でもよ、ここにはコンビニもねーし、醤油もソースもねーんだぞ。あるのは、この塩化カリウムみたいな味のする『魔界の塩』だけだ」
レンは悲しそうに、紫色のドロドロ(スープらしい)を啜った。
こいつはこいつで、この過酷な食生活を「仕方ない」と受け入れようとしていたらしい。
だが、俺は違う。俺は、美味い飯のためなら、国家予算すら動かす男だ。
「……ガルム。ちょっとこっちに来い」
俺が手招きすると、巨大なケルベロスが「クゥ~ン」と喉を鳴らしながら近寄ってきた。
見た目は怖いが、知能はそれなりに高いらしい。
「この肉、一回茹でてから焼いたか? トゲは取ったのか? 血抜きは?」
三つの頭が同時に左右に振られる。……全くだ。
俺は立ち上がり、懐から昨日書き出した「魔王城改善計画書」を取り出した。
「いいか、レン。そしてガルム。今日からこの城の食費を三割カットする。その代わり、味は俺が保証する」
「えっ、カットするのに美味くなるの!? カナデ、お前ついに魔法で飯を生成できるようになったのか?」
レンが目を輝かせて、俺の肩をガシッと掴む。
近い。顔が近い。黄金の瞳に吸い込まれそうになるが、俺は冷徹にその顔を押し返した。
「魔法じゃない。知恵だ。俺のスキル【生活魔法】はな、微細な温度調整と不純物の除去に特化しているんだよ。……つまり、この『魔界の塩』からエグみを取り除き、肉を低温調理で柔らかくすることができる」
俺はガルムの調理場に乗り込み、まずその「デス・ボア」の肉を魔法で洗浄した。
トゲを抜き、血を抜き、不純物を取り除く。
次に、城の裏庭に生えていた「ただの雑草」として扱われていた香草を調合し、臭みを消す。
十分後。
食堂には、これまでこの城では決して漂うことのなかった、芳醇で香ばしい肉の香りが立ち込めた。
「お、おい……なんだこれ、めちゃくちゃいい匂いがするぞ……」
レンの鼻がヒクヒクと動き、ヨダレがテーブルに零れ落ちる。
俺は、丁寧にスライスした肉を皿に盛り、レンの前に置いた。
「食ってみろ。これが『経理的コスト削減料理』第一号だ」
レンは震える手でフォーク(これも俺が魔法で磨いた)を手に取り、肉を口に運んだ。
咀嚼した瞬間、レンの動きが止まる。
「……。………………。う、美味すぎる!!」
レンが立ち上がり、絶叫した。
その目には、じわりと涙が浮かんでいる。
「柔らかい……味がする……! カナデ、お前すごいよ! お前、もう経理じゃなくて俺の専属シェフになってくれ! いや、もう俺の嫁になれ!」
「断る。……あと、どさくさに紛れて変なことを言うな。一万ゴールド減給だ」
「なんでだよ! 感動の表現だろ!? なぁ、もう一口! もう一口くれ!」
レンは子供のように、俺の腕にしがみついてきた。
百九十センチの大男に全力で甘えられ、俺の体は右に左に大きく揺れる。
「……離せ、レン! 暑苦しいって言ってるだろ! 計算が狂う!」
「嫌だね! こんな美味い飯を作るやつ、絶対離さないからな! 俺、決めたわ。お前が黒字にするまで、俺はこの城から一歩も出ねーし、お前を元の世界にも帰さない!」
「それはお前が仕事しろっていう意味か!? おい!」
親友のあまりに純粋で、あまりに重苦しい「友情(という名の依存)」に、俺は深い溜息をついた。
胃袋を掴むのは、恋愛の基本だと聞いたことがあるが。
まさか異世界で、魔王の胃袋をコスト削減のついでに掴んでしまうことになるとは。
俺たちの関係は、まだ「借金まみれの主従」に過ぎない。
……はずだ。
「カナデぇ、おかわりー!」
「……自分でよそえ、この無能魔王」
俺はメガネを押し上げ、冷たく突き放した。
だが、皿を差し出すレンの顔が、ほんの少しだけ、前世よりも可愛く見えてしまったのは……きっと、この世界の空気が薄いせいだ。そうに違いない。
俺、カナデは、魔王城の食堂で頭を抱えていた。
目の前に並べられているのは、紫色のドロドロした何かと、トゲの生えた巨大な肉。
そして、なぜか皿の上でのたうち回っている、青い色をしたレタスのような植物だ。
「……なぁ、レン。これ、生物兵器の試作品か何かか?」
俺が震える指でその「食事」を指差すと、隣に座ったレンは、慣れた手つきでトゲだらけの肉を素手で掴み、ガブリと豪快に噛み付いた。
「ん? これか? 『デス・ボア』のモモ肉だよ。ちょっと硬いけど、野生の味がしてイケるぜ! カナデも食えよ、魔力つくぞ!」
レンは口の周りをテカテカに光らせながら、俺の皿にその凶悪な肉を放り込んできた。
肉から生えているトゲが、俺の頬をかすめる。危うく異世界二日目にして、親友の手によって顔面に深い傷を負うところだった。
「食えるか。……というか、これが毎日続くのか?」
「おう! 魔王城の伝統料理らしいぜ。料理長のガルムが『これこそが魔王の力の源!』って鼻息荒くしてたし」
レンが親指で示した先には、厨房からこちらの様子を伺っている、三つの頭を持つ巨大な犬――ケルベロスのガルムがいた。
三つの口からそれぞれヨダレを垂らしながら、「美味いか? もっと食うか?」と期待に満ちた(ように見える)眼差しを送ってきている。
……ダメだ。この城、予算以前に「文化」が崩壊している。
「レン、お前。前世であれほど『コンビニの唐揚げ棒が世界で一番美味い』って熱弁してたのは嘘だったのか?」
「嘘なわけねーだろ! 今でも食いたいよ! でもよ、ここにはコンビニもねーし、醤油もソースもねーんだぞ。あるのは、この塩化カリウムみたいな味のする『魔界の塩』だけだ」
レンは悲しそうに、紫色のドロドロ(スープらしい)を啜った。
こいつはこいつで、この過酷な食生活を「仕方ない」と受け入れようとしていたらしい。
だが、俺は違う。俺は、美味い飯のためなら、国家予算すら動かす男だ。
「……ガルム。ちょっとこっちに来い」
俺が手招きすると、巨大なケルベロスが「クゥ~ン」と喉を鳴らしながら近寄ってきた。
見た目は怖いが、知能はそれなりに高いらしい。
「この肉、一回茹でてから焼いたか? トゲは取ったのか? 血抜きは?」
三つの頭が同時に左右に振られる。……全くだ。
俺は立ち上がり、懐から昨日書き出した「魔王城改善計画書」を取り出した。
「いいか、レン。そしてガルム。今日からこの城の食費を三割カットする。その代わり、味は俺が保証する」
「えっ、カットするのに美味くなるの!? カナデ、お前ついに魔法で飯を生成できるようになったのか?」
レンが目を輝かせて、俺の肩をガシッと掴む。
近い。顔が近い。黄金の瞳に吸い込まれそうになるが、俺は冷徹にその顔を押し返した。
「魔法じゃない。知恵だ。俺のスキル【生活魔法】はな、微細な温度調整と不純物の除去に特化しているんだよ。……つまり、この『魔界の塩』からエグみを取り除き、肉を低温調理で柔らかくすることができる」
俺はガルムの調理場に乗り込み、まずその「デス・ボア」の肉を魔法で洗浄した。
トゲを抜き、血を抜き、不純物を取り除く。
次に、城の裏庭に生えていた「ただの雑草」として扱われていた香草を調合し、臭みを消す。
十分後。
食堂には、これまでこの城では決して漂うことのなかった、芳醇で香ばしい肉の香りが立ち込めた。
「お、おい……なんだこれ、めちゃくちゃいい匂いがするぞ……」
レンの鼻がヒクヒクと動き、ヨダレがテーブルに零れ落ちる。
俺は、丁寧にスライスした肉を皿に盛り、レンの前に置いた。
「食ってみろ。これが『経理的コスト削減料理』第一号だ」
レンは震える手でフォーク(これも俺が魔法で磨いた)を手に取り、肉を口に運んだ。
咀嚼した瞬間、レンの動きが止まる。
「……。………………。う、美味すぎる!!」
レンが立ち上がり、絶叫した。
その目には、じわりと涙が浮かんでいる。
「柔らかい……味がする……! カナデ、お前すごいよ! お前、もう経理じゃなくて俺の専属シェフになってくれ! いや、もう俺の嫁になれ!」
「断る。……あと、どさくさに紛れて変なことを言うな。一万ゴールド減給だ」
「なんでだよ! 感動の表現だろ!? なぁ、もう一口! もう一口くれ!」
レンは子供のように、俺の腕にしがみついてきた。
百九十センチの大男に全力で甘えられ、俺の体は右に左に大きく揺れる。
「……離せ、レン! 暑苦しいって言ってるだろ! 計算が狂う!」
「嫌だね! こんな美味い飯を作るやつ、絶対離さないからな! 俺、決めたわ。お前が黒字にするまで、俺はこの城から一歩も出ねーし、お前を元の世界にも帰さない!」
「それはお前が仕事しろっていう意味か!? おい!」
親友のあまりに純粋で、あまりに重苦しい「友情(という名の依存)」に、俺は深い溜息をついた。
胃袋を掴むのは、恋愛の基本だと聞いたことがあるが。
まさか異世界で、魔王の胃袋をコスト削減のついでに掴んでしまうことになるとは。
俺たちの関係は、まだ「借金まみれの主従」に過ぎない。
……はずだ。
「カナデぇ、おかわりー!」
「……自分でよそえ、この無能魔王」
俺はメガネを押し上げ、冷たく突き放した。
だが、皿を差し出すレンの顔が、ほんの少しだけ、前世よりも可愛く見えてしまったのは……きっと、この世界の空気が薄いせいだ。そうに違いない。
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