魔王になった親友が未払いの残業代を「愛」で払おうとしてくるんだが。~有能経理の俺、異世界ブラック魔王城をホワイトに叩き直す〜

たら昆布

文字の大きさ
2 / 32

2話

しおりを挟む
 異世界に転生して二日目。
 俺、カナデは、魔王城の食堂で頭を抱えていた。

 目の前に並べられているのは、紫色のドロドロした何かと、トゲの生えた巨大な肉。
 そして、なぜか皿の上でのたうち回っている、青い色をしたレタスのような植物だ。

「……なぁ、レン。これ、生物兵器の試作品か何かか?」

 俺が震える指でその「食事」を指差すと、隣に座ったレンは、慣れた手つきでトゲだらけの肉を素手で掴み、ガブリと豪快に噛み付いた。

「ん? これか? 『デス・ボア』のモモ肉だよ。ちょっと硬いけど、野生の味がしてイケるぜ! カナデも食えよ、魔力つくぞ!」

 レンは口の周りをテカテカに光らせながら、俺の皿にその凶悪な肉を放り込んできた。
 肉から生えているトゲが、俺の頬をかすめる。危うく異世界二日目にして、親友の手によって顔面に深い傷を負うところだった。

「食えるか。……というか、これが毎日続くのか?」

「おう! 魔王城の伝統料理らしいぜ。料理長のガルムが『これこそが魔王の力の源!』って鼻息荒くしてたし」

 レンが親指で示した先には、厨房からこちらの様子を伺っている、三つの頭を持つ巨大な犬――ケルベロスのガルムがいた。
 三つの口からそれぞれヨダレを垂らしながら、「美味いか? もっと食うか?」と期待に満ちた(ように見える)眼差しを送ってきている。

 ……ダメだ。この城、予算以前に「文化」が崩壊している。

「レン、お前。前世であれほど『コンビニの唐揚げ棒が世界で一番美味い』って熱弁してたのは嘘だったのか?」

「嘘なわけねーだろ! 今でも食いたいよ! でもよ、ここにはコンビニもねーし、醤油もソースもねーんだぞ。あるのは、この塩化カリウムみたいな味のする『魔界の塩』だけだ」

 レンは悲しそうに、紫色のドロドロ(スープらしい)を啜った。
 こいつはこいつで、この過酷な食生活を「仕方ない」と受け入れようとしていたらしい。
 だが、俺は違う。俺は、美味い飯のためなら、国家予算すら動かす男だ。

「……ガルム。ちょっとこっちに来い」

 俺が手招きすると、巨大なケルベロスが「クゥ~ン」と喉を鳴らしながら近寄ってきた。
 見た目は怖いが、知能はそれなりに高いらしい。

「この肉、一回茹でてから焼いたか? トゲは取ったのか? 血抜きは?」

 三つの頭が同時に左右に振られる。……全くだ。
 俺は立ち上がり、懐から昨日書き出した「魔王城改善計画書」を取り出した。

「いいか、レン。そしてガルム。今日からこの城の食費を三割カットする。その代わり、味は俺が保証する」

「えっ、カットするのに美味くなるの!? カナデ、お前ついに魔法で飯を生成できるようになったのか?」

 レンが目を輝かせて、俺の肩をガシッと掴む。
 近い。顔が近い。黄金の瞳に吸い込まれそうになるが、俺は冷徹にその顔を押し返した。

「魔法じゃない。知恵だ。俺のスキル【生活魔法】はな、微細な温度調整と不純物の除去に特化しているんだよ。……つまり、この『魔界の塩』からエグみを取り除き、肉を低温調理で柔らかくすることができる」

 俺はガルムの調理場に乗り込み、まずその「デス・ボア」の肉を魔法で洗浄した。
 トゲを抜き、血を抜き、不純物を取り除く。
 次に、城の裏庭に生えていた「ただの雑草」として扱われていた香草を調合し、臭みを消す。

 十分後。
 食堂には、これまでこの城では決して漂うことのなかった、芳醇で香ばしい肉の香りが立ち込めた。

「お、おい……なんだこれ、めちゃくちゃいい匂いがするぞ……」

 レンの鼻がヒクヒクと動き、ヨダレがテーブルに零れ落ちる。
 俺は、丁寧にスライスした肉を皿に盛り、レンの前に置いた。

「食ってみろ。これが『経理的コスト削減料理』第一号だ」

 レンは震える手でフォーク(これも俺が魔法で磨いた)を手に取り、肉を口に運んだ。
 咀嚼した瞬間、レンの動きが止まる。

「……。………………。う、美味すぎる!!」

 レンが立ち上がり、絶叫した。
 その目には、じわりと涙が浮かんでいる。

「柔らかい……味がする……! カナデ、お前すごいよ! お前、もう経理じゃなくて俺の専属シェフになってくれ! いや、もう俺の嫁になれ!」

「断る。……あと、どさくさに紛れて変なことを言うな。一万ゴールド減給だ」

「なんでだよ! 感動の表現だろ!? なぁ、もう一口! もう一口くれ!」

 レンは子供のように、俺の腕にしがみついてきた。
 百九十センチの大男に全力で甘えられ、俺の体は右に左に大きく揺れる。

「……離せ、レン! 暑苦しいって言ってるだろ! 計算が狂う!」

「嫌だね! こんな美味い飯を作るやつ、絶対離さないからな! 俺、決めたわ。お前が黒字にするまで、俺はこの城から一歩も出ねーし、お前を元の世界にも帰さない!」

「それはお前が仕事しろっていう意味か!? おい!」

 親友のあまりに純粋で、あまりに重苦しい「友情(という名の依存)」に、俺は深い溜息をついた。
 胃袋を掴むのは、恋愛の基本だと聞いたことがあるが。
 まさか異世界で、魔王の胃袋をコスト削減のついでに掴んでしまうことになるとは。

 俺たちの関係は、まだ「借金まみれの主従」に過ぎない。
 ……はずだ。

「カナデぇ、おかわりー!」

「……自分でよそえ、この無能魔王」

 俺はメガネを押し上げ、冷たく突き放した。
 だが、皿を差し出すレンの顔が、ほんの少しだけ、前世よりも可愛く見えてしまったのは……きっと、この世界の空気が薄いせいだ。そうに違いない。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

番に見つからない街で、子供を育てている

はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。 異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。 現世の記憶は失われているが、 この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。 街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、 ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。 だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。 再会は望まない。 今はただ、この子との生活を守りたい。 これは、番から逃げたオメガが、 選び直すまでの物語。 *本編完結しました

【8話完結】僕の大切な人はBLゲームの主人公でした。〜モブは主人公の幸せのためなら、この恋も諦められます〜

キノア9g
BL
転生先は、まさかのBLゲームの世界。 モブであるリセルは、恋を自覚した瞬間、幼馴染・セスがこの世界の“主人公”だと気づいてしまう。 このまま一緒にいても、いつか彼は攻略対象に惹かれていく運命——それでも、今だけは傍にいたい。 「諦める覚悟をしたのに、どうしてこんなにも君が愛おしいんだろう」 恋の終わりを知っているモブと、想いを自覚していく主人公。 甘さと切なさが胸を締めつける、すれ違いから始まる運命の物語。 全8話。

ゆい
BL
涙が落ちる。 涙は彼に届くことはない。 彼を想うことは、これでやめよう。 何をどうしても、彼の気持ちは僕に向くことはない。 僕は、その場から音を立てずに立ち去った。 僕はアシェル=オルスト。 侯爵家の嫡男として生まれ、10歳の時にエドガー=ハルミトンと婚約した。 彼には、他に愛する人がいた。 世界観は、【夜空と暁と】と同じです。 アルサス達がでます。 【夜空と暁と】を知らなくても、これだけで読めます。 2025.4.28 ムーンライトノベルに投稿しました。

【完結】薄幸文官志望は嘘をつく

七咲陸
BL
サシャ=ジルヴァールは伯爵家の長男として産まれるが、紫の瞳のせいで両親に疎まれ、弟からも蔑まれる日々を送っていた。 忌々しい紫眼と言う両親に幼い頃からサシャに魔道具の眼鏡を強要する。認識阻害がかかったメガネをかけている間は、サシャの顔や瞳、髪色までまるで別人だった。 学園に入学しても、サシャはあらぬ噂をされてどこにも居場所がない毎日。そんな中でもサシャのことを好きだと言ってくれたクラークと言う茶色の瞳を持つ騎士学生に惹かれ、お付き合いをする事に。 しかし、クラークにキスをせがまれ恥ずかしくて逃げ出したサシャは、アーヴィン=イブリックという翠眼を持つ騎士学生にぶつかってしまい、メガネが外れてしまったーーー… 認識阻害魔道具メガネのせいで2人の騎士の間で別人を演じることになった文官学生の恋の話。 全17話 2/28 番外編を更新しました

αからΩになった俺が幸せを掴むまで

なの
BL
柴田海、本名大嶋海里、21歳、今はオメガ、職業……オメガの出張風俗店勤務。 10年前、父が亡くなって新しいお義父さんと義兄貴ができた。 義兄貴は俺に優しくて、俺は大好きだった。 アルファと言われていた俺だったがある日熱を出してしまった。 義兄貴に看病されるうちにヒートのような症状が… 義兄貴と一線を超えてしまって逃げ出した。そんな海里は生きていくためにオメガの出張風俗店で働くようになった。 そんな海里が本当の幸せを掴むまで…

推しのために自分磨きしていたら、いつの間にか婚約者!

木月月
BL
異世界転生したモブが、前世の推し(アプリゲームの攻略対象者)の幼馴染な側近候補に同担拒否されたので、ファンとして自分磨きしたら推しの婚約者にされる話。 この話は小説家になろうにも投稿しています。

一日だけの魔法

うりぼう
BL
一日だけの魔法をかけた。 彼が自分を好きになってくれる魔法。 禁忌とされている、たった一日しか持たない魔法。 彼は魔法にかかり、自分に夢中になってくれた。 俺の名を呼び、俺に微笑みかけ、俺だけを好きだと言ってくれる。 嬉しいはずなのに、これを望んでいたはずなのに…… ※いきなり始まりいきなり終わる ※エセファンタジー ※エセ魔法 ※二重人格もどき ※細かいツッコミはなしで

運悪く放課後に屯してる不良たちと一緒に転移に巻き込まれた俺、到底馴染めそうにないのでソロで無双する事に決めました。~なのに何故かついて来る…

こまの ととと
BL
『申し訳ございませんが、皆様には今からこちらへと来て頂きます。強制となってしまった事、改めて非礼申し上げます』  ある日、教室中に響いた声だ。  ……この言い方には語弊があった。  正確には、頭の中に響いた声だ。何故なら、耳から聞こえて来た感覚は無く、直接頭を揺らされたという感覚に襲われたからだ。  テレパシーというものが実際にあったなら、確かにこういうものなのかも知れない。  問題はいくつかあるが、最大の問題は……俺はただその教室近くの廊下を歩いていただけという事だ。 *当作品はカクヨム様でも掲載しております。

処理中です...