魔王になった親友が未払いの残業代を「愛」で払おうとしてくるんだが。~有能経理の俺、異世界ブラック魔王城をホワイトに叩き直す〜

たら昆布

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4話

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 魔王城の裏庭。
 そこは、禍々しい紫色の草が群生し、時折、意思を持った食虫植物が通りすがりの虫を捕食する、お世辞にも「憩いの場」とは言えない空間だった。

「よし、クロ。今日は君の入社祝いだ。存分に食べて、明日からの激務に備えてくれ」

 俺、カナデは、手際よく「魔界の黒豚」のバラ肉を串に刺していた。
 傍らでは、新入社員のインテリ・バットことクロが、小さな眼鏡をキュキュッと拭きながら感動に震えている。

『あ、ありがとうございます、カナデ部長……! まさか魔王城で、こんなに人間らしい(?)扱いを受けるなんて……。私、一生ついていきます!』

「大げさだ。ただの福利厚生の一環だよ。……さて、レン。火加減はどうだ?」

 俺が視線を向けると、そこにはエプロンを(上半身裸の上に)付けたレンが、バーベキューコンロの前に鎮座していた。
 その顔は、まるで国家の存亡をかけた戦いに挑むかのように真剣だ。

「任せろカナデ! 俺の『獄炎魔法(地獄の業火)』があれば、肉なんて一瞬で最高の状態にしてやるぜ!」

「待て。火力が強すぎる。それは城を一つ焼き払う時の魔法だろ。もっとこう……弱火で、じわじわとだな……」

「弱火ぃ? そんなの魔王の辞書にねーよ! 男は黙って最大出力だろ!」

 レンが豪快に笑い、コンロに向かって手をかざす。
 瞬間、ボオォォォッ!! という爆音と共に、庭全体が昼間のような明るさに包まれた。

『ヒィィィッ! 私の羽が焼けるー!!』

 クロが慌てて俺のポケットに逃げ込む。
 俺は即座に【生活魔法:消臭・冷却】を展開し、熱波を遮断した。

「レン!! お前、俺が下処理した極上の肉を炭にする気か! 減給だ、二万ゴールド減給!」

「えっ、今のは演出だって! ほら、見てみろよ、いい感じに……あ」

 火が収まった後のコンロには、肉だったはずの「黒い炭の棒」が転がっていた。
 レンはバツが悪そうに頭を掻き、黄金の瞳を泳がせる。

「……やりすぎた。てへっ」

「『てへっ』じゃない。お前のそのパワー、どうにかしろ。……貸せ、俺がやる」

 俺はレンの隣に立ち、コンロを覗き込んだ。
 肉を焼き直すために【生活魔法】を微調整し、炭化した部分を削ぎ落としていく。

 ふと、横にいるレンの視線を感じた。
 見上げると、レンが至近距離で、じーっと俺の手元を――いや、俺の顔を眺めていた。

「……なんだよ。文句があるなら言え」

「いや、文句なんてねーよ。……たださ、カナデって昔からそうだよな。何でも器用にこなして、俺の尻拭いしてくれて。……お前が隣にいると、なんか安心するわ」

 レンの声が、いつもの爆音ではなく、少しだけ低く、落ち着いたトーンで響いた。
 異世界の夕暮れ(と言っても空は紫だが)の光が、レンの彫りの深い顔立ちを強調する。
 不覚にも、心臓がトクンと跳ねた。

「……急に気持ち悪いことを言うな。お前、実は酒でも飲んだのか?」

「飲んでねーよ! 本音だよ本音! 俺さ、魔王になった瞬間はちょっと怖かったんだぜ? 言葉も通じねーし、周りは化け物ばっかりだし。でも、お前が召喚されてから、ここが急に『居場所』って感じになったんだ」

 レンが大きな手を、俺の頭にポンと置いた。
 前世でよくやられた、乱暴な撫で方だ。
 だが、その手のひらから伝わってくる熱は、間違いなくこいつの――親友の温度だった。

「…………。……肉、焼けたぞ。ほら、食え」

 俺は熱くなった顔を隠すように、皿をレンに押し付けた。
 レンは「おっ、サンキュー!」と、さっきのしんみりした空気など霧散させたかのような笑顔で、肉を頬張り始める。

「うっめえええ! やっぱりカナデの飯は世界一、いや、魔界一だな!」

「当然だ。……クロ、君も食べなさい。栄養をつけないと、明日の決算作業は乗り切れないからな」

『……ハイ、部長。ところで、魔王様のあの熱い視線……私、経済学的に分析しても「友情」の範囲を超えている気がするのですが……』

「いいから食え。それ以上喋ると、君の福利厚生からデザートを削除するぞ」

『ヒッ! 黙々と食べます!』

 俺は、無邪気に肉を食らう魔王の横顔を、盗み見るように眺めた。
 こいつはきっと、何も考えていない。
 「親友として大好きだ」という感情を、最大火力でぶつけてきているだけだ。
 
 だが、俺の方はどうだ?
 この妙に速い鼓動を、どうやって帳簿の上で「相殺」すればいい。

「あ、カナデ! 口の端にタレついてんぞ。取ってやるよ」

「……っ! 自分でやる! 触るな、この脳筋魔王!」

「なんだよ、ケチ! お返しに俺の肉、一口やるから機嫌直せよ!」

 相変わらず噛み合わないまま、魔王城の夜は更けていく。
 恋の黒字化までは、まだ、果てしなく遠いようだった。
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