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5話
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魔王城の城下町。
そこは、多種多様な魔物たちがひしめき合い、怪しげな露店が軒を連ねる、魔界最大の繁華街だ。
「……いいか、レン。今日の目的はあくまで『市場調査』だ。この街で何が売れ、何が不足しているのか。それを把握することで、魔王領の適正な課税ラインを算出する」
俺、カナデは、手元のメモ帳を握りしめて歩いていた。
隣には、今日のために「比較的、魔王っぽくないカジュアルな服装」に着替えたレンがいる。
と言っても、百九十センチの筋肉質な体躯に、上質な黒いシャツを羽織ったその姿は、隠しきれない「王者のオーラ」を放ちまくっていた。
「わかってるって、カナデ! シジョーチョーサだろ? 要するに、お前と一緒に街ブラして楽しめばいいんだよな!」
「違う。……あと、さっきから距離が近い。せめてあと二十センチは離れろ」
「えー、迷子になったら困るじゃん。ほら、ここ、人……じゃなくて魔物が多いし」
レンはそう言って、自然な動作で俺の手首を掴んできた。
大きな、熱い掌。前世でライブ会場や満員電車に揉まれた時に、こいつがよくやってきた「はぐれ防止」のポーズだ。
当時は「助かる」としか思わなかったが、今はこの異世界の湿った空気のせいか、掴まれた場所が妙に熱を帯びている気がする。
「……離せ。迷子になるような年齢じゃない」
「ダメ。俺が心配なんだよ」
レンは黄金の瞳を細めて、悪戯っぽく笑った。
こいつの「心配」は、いつも過剰だ。だが、その瞳に一点の曇りもないのが一番タチが悪い。
俺たちは、賑やかな通りを歩き始めた。
露店には、光る果実や、鳴き声を上げるキノコ、魔法を付与された武器などが並んでいる。
「おっ、カナデ! あそこの店、見てみろよ。なんかお前に似てる石が売ってるぜ」
「石に似てるとはどういう意味だ……。……あ、あれは『魔導石』か」
レンが指差したのは、地味だが硬質な輝きを放つ青い石だった。
確かに、華やかさはないが、安定した魔力を供給するための重要な資材だ。
「な? 地味だけど頑丈そうで、でも光に当てるとちょっと綺麗だろ? まさにカナデじゃん」
「……褒めているのか、貶しているのか、はっきりしろ」
俺が呆れて呟くと、レンは「もちろん褒めてるんだよ」と言いながら、店主に断りもせずその石を一つ買い上げた。
「ほら、やるよ。今日のお守りだ」
「市場調査の経費から出すなよ。……あ、お前の自腹か」
レンから手渡された青い石は、まだこいつの体温が残っていて、驚くほど温かかった。
俺はそれを無造作にポケットに放り込み、「調査を続けるぞ」と歩を早めた。
しばらく歩くと、甘い香りが漂ってきた。
魔界の特産品である「ルナ・ベリー」を煮詰めた飴を売る店だ。
「おい、カナデ。あっちの魔物たち、見てみろよ」
レンが指差す先には、若い魔物のカップル(らしき二人)が、一つの飴を仲良く分け合って食べていた。
……それだけなら微笑ましい光景だが、この魔界の風習なのか、彼らは尾を絡ませ合いながら、互いの顔を至近距離で見つめ合っている。
「……魔界の公共の場でのマナーについて、ガイドラインを作成する必要がありそうだな」
「えー、いいじゃん。仲良さそうで。……なぁ、カナデ。俺たちもあんな風に見えてんのかな?」
レンが、ひょいと顔を覗き込んできた。
黄金の瞳が、俺の黒縁眼鏡を真っ直ぐに映し出す。
「……見えるわけないだろ。あいつらは恋人同士。俺たちは……」
「俺たちは?」
レンが言葉の続きを待つように、少しだけ顔を近づけてくる。
鼻先が触れそうな距離。
周囲の喧騒が遠のき、ドクドクと心臓の音が耳の奥で鳴り響く。
「……俺たちは、『魔王』と『不憫な経理部長』だ。以上」
俺はレンの胸を片手で押し返し、冷たく言い放った。
「なんだよ、冷てーな! せめて『親友』って言ってくれよ!」
「仕事中は上司と部下だ。……ほら、次の店に行くぞ。資材の卸価格を確認する」
「はいはい、部長様。……あ、待てよ! 今の店、試食あるってよ! カナデ、あーんしてやろうか?」
「死んでも嫌だ。……マイナス五千ゴールド」
「なんでだよ! 親愛の情だろ!?」
騒がしく追いかけてくるレン。
俺は必死に冷静さを装い、ポケットの中の温かい石をぎゅっと握りしめた。
――この距離感。
前世と同じはずなのに、何かが決定的にズレ始めている。
だが、そのズレを修正する勇気も、今はまだ、俺の中の計算式には存在しなかった。
「……全く。異世界の物価だけでなく、自分の心拍数まで管理しなきゃいけないとはな」
俺の小さな独り言は、レンの「カナデ、あのアイスも食おうぜ!」という能天気な叫びにかき消されていった。
そこは、多種多様な魔物たちがひしめき合い、怪しげな露店が軒を連ねる、魔界最大の繁華街だ。
「……いいか、レン。今日の目的はあくまで『市場調査』だ。この街で何が売れ、何が不足しているのか。それを把握することで、魔王領の適正な課税ラインを算出する」
俺、カナデは、手元のメモ帳を握りしめて歩いていた。
隣には、今日のために「比較的、魔王っぽくないカジュアルな服装」に着替えたレンがいる。
と言っても、百九十センチの筋肉質な体躯に、上質な黒いシャツを羽織ったその姿は、隠しきれない「王者のオーラ」を放ちまくっていた。
「わかってるって、カナデ! シジョーチョーサだろ? 要するに、お前と一緒に街ブラして楽しめばいいんだよな!」
「違う。……あと、さっきから距離が近い。せめてあと二十センチは離れろ」
「えー、迷子になったら困るじゃん。ほら、ここ、人……じゃなくて魔物が多いし」
レンはそう言って、自然な動作で俺の手首を掴んできた。
大きな、熱い掌。前世でライブ会場や満員電車に揉まれた時に、こいつがよくやってきた「はぐれ防止」のポーズだ。
当時は「助かる」としか思わなかったが、今はこの異世界の湿った空気のせいか、掴まれた場所が妙に熱を帯びている気がする。
「……離せ。迷子になるような年齢じゃない」
「ダメ。俺が心配なんだよ」
レンは黄金の瞳を細めて、悪戯っぽく笑った。
こいつの「心配」は、いつも過剰だ。だが、その瞳に一点の曇りもないのが一番タチが悪い。
俺たちは、賑やかな通りを歩き始めた。
露店には、光る果実や、鳴き声を上げるキノコ、魔法を付与された武器などが並んでいる。
「おっ、カナデ! あそこの店、見てみろよ。なんかお前に似てる石が売ってるぜ」
「石に似てるとはどういう意味だ……。……あ、あれは『魔導石』か」
レンが指差したのは、地味だが硬質な輝きを放つ青い石だった。
確かに、華やかさはないが、安定した魔力を供給するための重要な資材だ。
「な? 地味だけど頑丈そうで、でも光に当てるとちょっと綺麗だろ? まさにカナデじゃん」
「……褒めているのか、貶しているのか、はっきりしろ」
俺が呆れて呟くと、レンは「もちろん褒めてるんだよ」と言いながら、店主に断りもせずその石を一つ買い上げた。
「ほら、やるよ。今日のお守りだ」
「市場調査の経費から出すなよ。……あ、お前の自腹か」
レンから手渡された青い石は、まだこいつの体温が残っていて、驚くほど温かかった。
俺はそれを無造作にポケットに放り込み、「調査を続けるぞ」と歩を早めた。
しばらく歩くと、甘い香りが漂ってきた。
魔界の特産品である「ルナ・ベリー」を煮詰めた飴を売る店だ。
「おい、カナデ。あっちの魔物たち、見てみろよ」
レンが指差す先には、若い魔物のカップル(らしき二人)が、一つの飴を仲良く分け合って食べていた。
……それだけなら微笑ましい光景だが、この魔界の風習なのか、彼らは尾を絡ませ合いながら、互いの顔を至近距離で見つめ合っている。
「……魔界の公共の場でのマナーについて、ガイドラインを作成する必要がありそうだな」
「えー、いいじゃん。仲良さそうで。……なぁ、カナデ。俺たちもあんな風に見えてんのかな?」
レンが、ひょいと顔を覗き込んできた。
黄金の瞳が、俺の黒縁眼鏡を真っ直ぐに映し出す。
「……見えるわけないだろ。あいつらは恋人同士。俺たちは……」
「俺たちは?」
レンが言葉の続きを待つように、少しだけ顔を近づけてくる。
鼻先が触れそうな距離。
周囲の喧騒が遠のき、ドクドクと心臓の音が耳の奥で鳴り響く。
「……俺たちは、『魔王』と『不憫な経理部長』だ。以上」
俺はレンの胸を片手で押し返し、冷たく言い放った。
「なんだよ、冷てーな! せめて『親友』って言ってくれよ!」
「仕事中は上司と部下だ。……ほら、次の店に行くぞ。資材の卸価格を確認する」
「はいはい、部長様。……あ、待てよ! 今の店、試食あるってよ! カナデ、あーんしてやろうか?」
「死んでも嫌だ。……マイナス五千ゴールド」
「なんでだよ! 親愛の情だろ!?」
騒がしく追いかけてくるレン。
俺は必死に冷静さを装い、ポケットの中の温かい石をぎゅっと握りしめた。
――この距離感。
前世と同じはずなのに、何かが決定的にズレ始めている。
だが、そのズレを修正する勇気も、今はまだ、俺の中の計算式には存在しなかった。
「……全く。異世界の物価だけでなく、自分の心拍数まで管理しなきゃいけないとはな」
俺の小さな独り言は、レンの「カナデ、あのアイスも食おうぜ!」という能天気な叫びにかき消されていった。
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