魔王になった親友が未払いの残業代を「愛」で払おうとしてくるんだが。~有能経理の俺、異世界ブラック魔王城をホワイトに叩き直す〜

たら昆布

文字の大きさ
5 / 32

5話

しおりを挟む
 魔王城の城下町。
 そこは、多種多様な魔物たちがひしめき合い、怪しげな露店が軒を連ねる、魔界最大の繁華街だ。

「……いいか、レン。今日の目的はあくまで『市場調査』だ。この街で何が売れ、何が不足しているのか。それを把握することで、魔王領の適正な課税ラインを算出する」

 俺、カナデは、手元のメモ帳を握りしめて歩いていた。
 隣には、今日のために「比較的、魔王っぽくないカジュアルな服装」に着替えたレンがいる。
 と言っても、百九十センチの筋肉質な体躯に、上質な黒いシャツを羽織ったその姿は、隠しきれない「王者のオーラ」を放ちまくっていた。

「わかってるって、カナデ! シジョーチョーサだろ? 要するに、お前と一緒に街ブラして楽しめばいいんだよな!」

「違う。……あと、さっきから距離が近い。せめてあと二十センチは離れろ」

「えー、迷子になったら困るじゃん。ほら、ここ、人……じゃなくて魔物が多いし」

 レンはそう言って、自然な動作で俺の手首を掴んできた。
 大きな、熱い掌。前世でライブ会場や満員電車に揉まれた時に、こいつがよくやってきた「はぐれ防止」のポーズだ。
 当時は「助かる」としか思わなかったが、今はこの異世界の湿った空気のせいか、掴まれた場所が妙に熱を帯びている気がする。

「……離せ。迷子になるような年齢じゃない」

「ダメ。俺が心配なんだよ」

 レンは黄金の瞳を細めて、悪戯っぽく笑った。
 こいつの「心配」は、いつも過剰だ。だが、その瞳に一点の曇りもないのが一番タチが悪い。

 俺たちは、賑やかな通りを歩き始めた。
 露店には、光る果実や、鳴き声を上げるキノコ、魔法を付与された武器などが並んでいる。

「おっ、カナデ! あそこの店、見てみろよ。なんかお前に似てる石が売ってるぜ」

「石に似てるとはどういう意味だ……。……あ、あれは『魔導石』か」

 レンが指差したのは、地味だが硬質な輝きを放つ青い石だった。
 確かに、華やかさはないが、安定した魔力を供給するための重要な資材だ。

「な? 地味だけど頑丈そうで、でも光に当てるとちょっと綺麗だろ? まさにカナデじゃん」

「……褒めているのか、貶しているのか、はっきりしろ」

 俺が呆れて呟くと、レンは「もちろん褒めてるんだよ」と言いながら、店主に断りもせずその石を一つ買い上げた。

「ほら、やるよ。今日のお守りだ」

「市場調査の経費から出すなよ。……あ、お前の自腹か」

 レンから手渡された青い石は、まだこいつの体温が残っていて、驚くほど温かかった。
 俺はそれを無造作にポケットに放り込み、「調査を続けるぞ」と歩を早めた。

 しばらく歩くと、甘い香りが漂ってきた。
 魔界の特産品である「ルナ・ベリー」を煮詰めた飴を売る店だ。

「おい、カナデ。あっちの魔物たち、見てみろよ」

 レンが指差す先には、若い魔物のカップル(らしき二人)が、一つの飴を仲良く分け合って食べていた。
 ……それだけなら微笑ましい光景だが、この魔界の風習なのか、彼らは尾を絡ませ合いながら、互いの顔を至近距離で見つめ合っている。

「……魔界の公共の場でのマナーについて、ガイドラインを作成する必要がありそうだな」

「えー、いいじゃん。仲良さそうで。……なぁ、カナデ。俺たちもあんな風に見えてんのかな?」

 レンが、ひょいと顔を覗き込んできた。
 黄金の瞳が、俺の黒縁眼鏡を真っ直ぐに映し出す。

「……見えるわけないだろ。あいつらは恋人同士。俺たちは……」

「俺たちは?」

 レンが言葉の続きを待つように、少しだけ顔を近づけてくる。
 鼻先が触れそうな距離。
 周囲の喧騒が遠のき、ドクドクと心臓の音が耳の奥で鳴り響く。

「……俺たちは、『魔王』と『不憫な経理部長』だ。以上」

 俺はレンの胸を片手で押し返し、冷たく言い放った。

「なんだよ、冷てーな! せめて『親友』って言ってくれよ!」

「仕事中は上司と部下だ。……ほら、次の店に行くぞ。資材の卸価格を確認する」

「はいはい、部長様。……あ、待てよ! 今の店、試食あるってよ! カナデ、あーんしてやろうか?」

「死んでも嫌だ。……マイナス五千ゴールド」

「なんでだよ! 親愛の情だろ!?」

 騒がしく追いかけてくるレン。
 俺は必死に冷静さを装い、ポケットの中の温かい石をぎゅっと握りしめた。

 ――この距離感。
 前世と同じはずなのに、何かが決定的にズレ始めている。
 だが、そのズレを修正する勇気も、今はまだ、俺の中の計算式には存在しなかった。

「……全く。異世界の物価だけでなく、自分の心拍数まで管理しなきゃいけないとはな」

 俺の小さな独り言は、レンの「カナデ、あのアイスも食おうぜ!」という能天気な叫びにかき消されていった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

番に見つからない街で、子供を育てている

はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。 異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。 現世の記憶は失われているが、 この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。 街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、 ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。 だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。 再会は望まない。 今はただ、この子との生活を守りたい。 これは、番から逃げたオメガが、 選び直すまでの物語。 *本編完結しました

【8話完結】僕の大切な人はBLゲームの主人公でした。〜モブは主人公の幸せのためなら、この恋も諦められます〜

キノア9g
BL
転生先は、まさかのBLゲームの世界。 モブであるリセルは、恋を自覚した瞬間、幼馴染・セスがこの世界の“主人公”だと気づいてしまう。 このまま一緒にいても、いつか彼は攻略対象に惹かれていく運命——それでも、今だけは傍にいたい。 「諦める覚悟をしたのに、どうしてこんなにも君が愛おしいんだろう」 恋の終わりを知っているモブと、想いを自覚していく主人公。 甘さと切なさが胸を締めつける、すれ違いから始まる運命の物語。 全8話。

ゆい
BL
涙が落ちる。 涙は彼に届くことはない。 彼を想うことは、これでやめよう。 何をどうしても、彼の気持ちは僕に向くことはない。 僕は、その場から音を立てずに立ち去った。 僕はアシェル=オルスト。 侯爵家の嫡男として生まれ、10歳の時にエドガー=ハルミトンと婚約した。 彼には、他に愛する人がいた。 世界観は、【夜空と暁と】と同じです。 アルサス達がでます。 【夜空と暁と】を知らなくても、これだけで読めます。 2025.4.28 ムーンライトノベルに投稿しました。

【完結】薄幸文官志望は嘘をつく

七咲陸
BL
サシャ=ジルヴァールは伯爵家の長男として産まれるが、紫の瞳のせいで両親に疎まれ、弟からも蔑まれる日々を送っていた。 忌々しい紫眼と言う両親に幼い頃からサシャに魔道具の眼鏡を強要する。認識阻害がかかったメガネをかけている間は、サシャの顔や瞳、髪色までまるで別人だった。 学園に入学しても、サシャはあらぬ噂をされてどこにも居場所がない毎日。そんな中でもサシャのことを好きだと言ってくれたクラークと言う茶色の瞳を持つ騎士学生に惹かれ、お付き合いをする事に。 しかし、クラークにキスをせがまれ恥ずかしくて逃げ出したサシャは、アーヴィン=イブリックという翠眼を持つ騎士学生にぶつかってしまい、メガネが外れてしまったーーー… 認識阻害魔道具メガネのせいで2人の騎士の間で別人を演じることになった文官学生の恋の話。 全17話 2/28 番外編を更新しました

αからΩになった俺が幸せを掴むまで

なの
BL
柴田海、本名大嶋海里、21歳、今はオメガ、職業……オメガの出張風俗店勤務。 10年前、父が亡くなって新しいお義父さんと義兄貴ができた。 義兄貴は俺に優しくて、俺は大好きだった。 アルファと言われていた俺だったがある日熱を出してしまった。 義兄貴に看病されるうちにヒートのような症状が… 義兄貴と一線を超えてしまって逃げ出した。そんな海里は生きていくためにオメガの出張風俗店で働くようになった。 そんな海里が本当の幸せを掴むまで…

推しのために自分磨きしていたら、いつの間にか婚約者!

木月月
BL
異世界転生したモブが、前世の推し(アプリゲームの攻略対象者)の幼馴染な側近候補に同担拒否されたので、ファンとして自分磨きしたら推しの婚約者にされる話。 この話は小説家になろうにも投稿しています。

一日だけの魔法

うりぼう
BL
一日だけの魔法をかけた。 彼が自分を好きになってくれる魔法。 禁忌とされている、たった一日しか持たない魔法。 彼は魔法にかかり、自分に夢中になってくれた。 俺の名を呼び、俺に微笑みかけ、俺だけを好きだと言ってくれる。 嬉しいはずなのに、これを望んでいたはずなのに…… ※いきなり始まりいきなり終わる ※エセファンタジー ※エセ魔法 ※二重人格もどき ※細かいツッコミはなしで

運悪く放課後に屯してる不良たちと一緒に転移に巻き込まれた俺、到底馴染めそうにないのでソロで無双する事に決めました。~なのに何故かついて来る…

こまの ととと
BL
『申し訳ございませんが、皆様には今からこちらへと来て頂きます。強制となってしまった事、改めて非礼申し上げます』  ある日、教室中に響いた声だ。  ……この言い方には語弊があった。  正確には、頭の中に響いた声だ。何故なら、耳から聞こえて来た感覚は無く、直接頭を揺らされたという感覚に襲われたからだ。  テレパシーというものが実際にあったなら、確かにこういうものなのかも知れない。  問題はいくつかあるが、最大の問題は……俺はただその教室近くの廊下を歩いていただけという事だ。 *当作品はカクヨム様でも掲載しております。

処理中です...