魔王になった親友が未払いの残業代を「愛」で払おうとしてくるんだが。~有能経理の俺、異世界ブラック魔王城をホワイトに叩き直す〜

たら昆布

文字の大きさ
6 / 32

6話

しおりを挟む
 市場調査(という名のデート疑惑)から戻った翌日。
 魔王城の謁見の間に、高らかな笑い声が響き渡った。

「オーッホッホッホ! レン様、ようやくお会いできましたわ!」

 そこにいたのは、燃えるような紅いドレスを身に纏い、頭に立派な羊のような角を生やした美少女だった。
 名前はリリス。近隣を治める有力魔族、サキュバス一族の令嬢だという。

「……えっと、誰だっけ? カナデ、こいつ俺の知り合い?」

 玉座に座るレンが、隣に立つ俺にこっそりと耳打ちしてくる。
 近い。内緒話のつもりだろうが、吐息が耳にかかってくすぐったいんだよ。

「俺に聞くな。……リリス様、とおっしゃいましたか。魔王様にご用件は?」

 俺がビジネススマイルを浮かべて問いかけると、リリスは扇子で口元を隠しながら、勝ち誇ったように胸を張った。

「用件も何も! わたくしは、先代魔王様がレン様のために定めた、正当なる『許嫁』ですのよ!」

 ――謁見の間が、しんと静まり返った。
 ポケットの中で、昨日もらった『魔導石』が少し冷たくなった気がした。

「いいなずけぇ!? なんだよそれ、聞いてねーぞ!」

 レンが椅子から飛び上がる。
 俺は冷静に、脇に抱えていた『魔王家・秘密条約集』のページを捲った。

「……ありました。先代魔王が、サキュバス一族からの借金を帳消しにする代わりに、次代の魔王との婚姻を約束する、という一文が。……つまり、政略結婚の担保ですね」

「借金のカタ!? そんなの無効だろ! 俺、こいつの顔すら今初めて見たんだぞ!」

「あら、レン様ったら照れていらして。わたくし、レン様のためなら、この城の家計も支えて差し上げますわ。……さあ、その地味で暗そうな眼鏡の従者は下がらせて、二人きりでお話ししましょう?」

 リリスが俺を「邪魔な置物」を見るような目で見つめる。
 ……地味で暗そうな眼鏡。
 否定はしない。だが、今この瞬間に俺の中で「カチン」と何かが鳴った。

「……リリス様。あいにくですが、魔王様のスケジュールは三ヶ月先まで、この『地味な眼鏡』が管理しております」

 俺は一歩前に出た。

「さらに言えば、現在の魔王城は緊縮財政の真っ最中。外部から『妃』という名の食客を迎え入れる予算は一ゴールドもございません。婚姻を希望されるのであれば、まずはサキュバス一族が先代に貸し付けていた元本五億ゴールドの放棄、および、リリス様自身の生活費を賄うための労働実績を提示していただきます」

「……な、なんですって!? わたくしに向かって働けとおっしゃるの!?」

「当然です。この城でタダ飯を食えるのは、魔王(無能)と、その親友(俺)だけですから」

 俺が冷徹に言い放つと、リリスは「キーッ!」と地団駄を踏んだ。
 横ではレンが「カナデ……お前、なんか今日、いつもより怖いけどカッコいいな……」と感心したような声を上げている。

「わかりましたわ! ならば、わたくしがこの城に相応しい妃であることを証明してみせます! まずはその眼鏡、あなたをこの城から追い出して差し上げますわ!」

 リリスはそう言い捨てると、嵐のように去っていった。

「……ふぅ。レン、お前、変な火種を連れてくるな」

「いや、俺のせいじゃないだろ! 先代のジジイが勝手に決めたことなんだから! ……でもさ、カナデ。お前、さっき俺のこと『タダ飯を食える親友』って言ったよな?」

 レンが嬉しそうに、俺の肩を組んでくる。
 いつものように引き剥がそうとしたが、なぜか少しだけ、力が弱くなってしまった。

「……事実を言っただけだ。深い意味はない」

「そうかぁ? 俺には、お前がちょっとだけ嫉妬してくれたように見えたんだけどなー!」

「……マイナス三万ゴールド。今すぐ黙れ」

「えぇーっ!? 高っ!!」

 叫ぶレンを放置して、俺は自室へと向かった。
 胸の奥が、ほんの少しだけチリチリと焼けるような感覚。
 
 これは、きっと仕事が増えることへの苛立ちだ。
 ……リリスがレンに触れようとした瞬間に、反射的に「邪魔だ」と思ってしまった理由なんて、俺の帳簿には書く必要がない。

「……本当に、面倒なことになった」

 俺は眼鏡を外し、熱くなった目元を指で押さえた。
 友情という名の安定した黒字決算が、少しずつ、予測不能な赤字(恋)へと傾き始めていることに、俺はまだ気づかないふりをしていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

番に見つからない街で、子供を育てている

はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。 異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。 現世の記憶は失われているが、 この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。 街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、 ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。 だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。 再会は望まない。 今はただ、この子との生活を守りたい。 これは、番から逃げたオメガが、 選び直すまでの物語。 *本編完結しました

【8話完結】僕の大切な人はBLゲームの主人公でした。〜モブは主人公の幸せのためなら、この恋も諦められます〜

キノア9g
BL
転生先は、まさかのBLゲームの世界。 モブであるリセルは、恋を自覚した瞬間、幼馴染・セスがこの世界の“主人公”だと気づいてしまう。 このまま一緒にいても、いつか彼は攻略対象に惹かれていく運命——それでも、今だけは傍にいたい。 「諦める覚悟をしたのに、どうしてこんなにも君が愛おしいんだろう」 恋の終わりを知っているモブと、想いを自覚していく主人公。 甘さと切なさが胸を締めつける、すれ違いから始まる運命の物語。 全8話。

ゆい
BL
涙が落ちる。 涙は彼に届くことはない。 彼を想うことは、これでやめよう。 何をどうしても、彼の気持ちは僕に向くことはない。 僕は、その場から音を立てずに立ち去った。 僕はアシェル=オルスト。 侯爵家の嫡男として生まれ、10歳の時にエドガー=ハルミトンと婚約した。 彼には、他に愛する人がいた。 世界観は、【夜空と暁と】と同じです。 アルサス達がでます。 【夜空と暁と】を知らなくても、これだけで読めます。 2025.4.28 ムーンライトノベルに投稿しました。

【完結】薄幸文官志望は嘘をつく

七咲陸
BL
サシャ=ジルヴァールは伯爵家の長男として産まれるが、紫の瞳のせいで両親に疎まれ、弟からも蔑まれる日々を送っていた。 忌々しい紫眼と言う両親に幼い頃からサシャに魔道具の眼鏡を強要する。認識阻害がかかったメガネをかけている間は、サシャの顔や瞳、髪色までまるで別人だった。 学園に入学しても、サシャはあらぬ噂をされてどこにも居場所がない毎日。そんな中でもサシャのことを好きだと言ってくれたクラークと言う茶色の瞳を持つ騎士学生に惹かれ、お付き合いをする事に。 しかし、クラークにキスをせがまれ恥ずかしくて逃げ出したサシャは、アーヴィン=イブリックという翠眼を持つ騎士学生にぶつかってしまい、メガネが外れてしまったーーー… 認識阻害魔道具メガネのせいで2人の騎士の間で別人を演じることになった文官学生の恋の話。 全17話 2/28 番外編を更新しました

αからΩになった俺が幸せを掴むまで

なの
BL
柴田海、本名大嶋海里、21歳、今はオメガ、職業……オメガの出張風俗店勤務。 10年前、父が亡くなって新しいお義父さんと義兄貴ができた。 義兄貴は俺に優しくて、俺は大好きだった。 アルファと言われていた俺だったがある日熱を出してしまった。 義兄貴に看病されるうちにヒートのような症状が… 義兄貴と一線を超えてしまって逃げ出した。そんな海里は生きていくためにオメガの出張風俗店で働くようになった。 そんな海里が本当の幸せを掴むまで…

推しのために自分磨きしていたら、いつの間にか婚約者!

木月月
BL
異世界転生したモブが、前世の推し(アプリゲームの攻略対象者)の幼馴染な側近候補に同担拒否されたので、ファンとして自分磨きしたら推しの婚約者にされる話。 この話は小説家になろうにも投稿しています。

一日だけの魔法

うりぼう
BL
一日だけの魔法をかけた。 彼が自分を好きになってくれる魔法。 禁忌とされている、たった一日しか持たない魔法。 彼は魔法にかかり、自分に夢中になってくれた。 俺の名を呼び、俺に微笑みかけ、俺だけを好きだと言ってくれる。 嬉しいはずなのに、これを望んでいたはずなのに…… ※いきなり始まりいきなり終わる ※エセファンタジー ※エセ魔法 ※二重人格もどき ※細かいツッコミはなしで

運悪く放課後に屯してる不良たちと一緒に転移に巻き込まれた俺、到底馴染めそうにないのでソロで無双する事に決めました。~なのに何故かついて来る…

こまの ととと
BL
『申し訳ございませんが、皆様には今からこちらへと来て頂きます。強制となってしまった事、改めて非礼申し上げます』  ある日、教室中に響いた声だ。  ……この言い方には語弊があった。  正確には、頭の中に響いた声だ。何故なら、耳から聞こえて来た感覚は無く、直接頭を揺らされたという感覚に襲われたからだ。  テレパシーというものが実際にあったなら、確かにこういうものなのかも知れない。  問題はいくつかあるが、最大の問題は……俺はただその教室近くの廊下を歩いていただけという事だ。 *当作品はカクヨム様でも掲載しております。

処理中です...