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6話
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市場調査(という名のデート疑惑)から戻った翌日。
魔王城の謁見の間に、高らかな笑い声が響き渡った。
「オーッホッホッホ! レン様、ようやくお会いできましたわ!」
そこにいたのは、燃えるような紅いドレスを身に纏い、頭に立派な羊のような角を生やした美少女だった。
名前はリリス。近隣を治める有力魔族、サキュバス一族の令嬢だという。
「……えっと、誰だっけ? カナデ、こいつ俺の知り合い?」
玉座に座るレンが、隣に立つ俺にこっそりと耳打ちしてくる。
近い。内緒話のつもりだろうが、吐息が耳にかかってくすぐったいんだよ。
「俺に聞くな。……リリス様、とおっしゃいましたか。魔王様にご用件は?」
俺がビジネススマイルを浮かべて問いかけると、リリスは扇子で口元を隠しながら、勝ち誇ったように胸を張った。
「用件も何も! わたくしは、先代魔王様がレン様のために定めた、正当なる『許嫁』ですのよ!」
――謁見の間が、しんと静まり返った。
ポケットの中で、昨日もらった『魔導石』が少し冷たくなった気がした。
「いいなずけぇ!? なんだよそれ、聞いてねーぞ!」
レンが椅子から飛び上がる。
俺は冷静に、脇に抱えていた『魔王家・秘密条約集』のページを捲った。
「……ありました。先代魔王が、サキュバス一族からの借金を帳消しにする代わりに、次代の魔王との婚姻を約束する、という一文が。……つまり、政略結婚の担保ですね」
「借金のカタ!? そんなの無効だろ! 俺、こいつの顔すら今初めて見たんだぞ!」
「あら、レン様ったら照れていらして。わたくし、レン様のためなら、この城の家計も支えて差し上げますわ。……さあ、その地味で暗そうな眼鏡の従者は下がらせて、二人きりでお話ししましょう?」
リリスが俺を「邪魔な置物」を見るような目で見つめる。
……地味で暗そうな眼鏡。
否定はしない。だが、今この瞬間に俺の中で「カチン」と何かが鳴った。
「……リリス様。あいにくですが、魔王様のスケジュールは三ヶ月先まで、この『地味な眼鏡』が管理しております」
俺は一歩前に出た。
「さらに言えば、現在の魔王城は緊縮財政の真っ最中。外部から『妃』という名の食客を迎え入れる予算は一ゴールドもございません。婚姻を希望されるのであれば、まずはサキュバス一族が先代に貸し付けていた元本五億ゴールドの放棄、および、リリス様自身の生活費を賄うための労働実績を提示していただきます」
「……な、なんですって!? わたくしに向かって働けとおっしゃるの!?」
「当然です。この城でタダ飯を食えるのは、魔王(無能)と、その親友(俺)だけですから」
俺が冷徹に言い放つと、リリスは「キーッ!」と地団駄を踏んだ。
横ではレンが「カナデ……お前、なんか今日、いつもより怖いけどカッコいいな……」と感心したような声を上げている。
「わかりましたわ! ならば、わたくしがこの城に相応しい妃であることを証明してみせます! まずはその眼鏡、あなたをこの城から追い出して差し上げますわ!」
リリスはそう言い捨てると、嵐のように去っていった。
「……ふぅ。レン、お前、変な火種を連れてくるな」
「いや、俺のせいじゃないだろ! 先代のジジイが勝手に決めたことなんだから! ……でもさ、カナデ。お前、さっき俺のこと『タダ飯を食える親友』って言ったよな?」
レンが嬉しそうに、俺の肩を組んでくる。
いつものように引き剥がそうとしたが、なぜか少しだけ、力が弱くなってしまった。
「……事実を言っただけだ。深い意味はない」
「そうかぁ? 俺には、お前がちょっとだけ嫉妬してくれたように見えたんだけどなー!」
「……マイナス三万ゴールド。今すぐ黙れ」
「えぇーっ!? 高っ!!」
叫ぶレンを放置して、俺は自室へと向かった。
胸の奥が、ほんの少しだけチリチリと焼けるような感覚。
これは、きっと仕事が増えることへの苛立ちだ。
……リリスがレンに触れようとした瞬間に、反射的に「邪魔だ」と思ってしまった理由なんて、俺の帳簿には書く必要がない。
「……本当に、面倒なことになった」
俺は眼鏡を外し、熱くなった目元を指で押さえた。
友情という名の安定した黒字決算が、少しずつ、予測不能な赤字(恋)へと傾き始めていることに、俺はまだ気づかないふりをしていた。
魔王城の謁見の間に、高らかな笑い声が響き渡った。
「オーッホッホッホ! レン様、ようやくお会いできましたわ!」
そこにいたのは、燃えるような紅いドレスを身に纏い、頭に立派な羊のような角を生やした美少女だった。
名前はリリス。近隣を治める有力魔族、サキュバス一族の令嬢だという。
「……えっと、誰だっけ? カナデ、こいつ俺の知り合い?」
玉座に座るレンが、隣に立つ俺にこっそりと耳打ちしてくる。
近い。内緒話のつもりだろうが、吐息が耳にかかってくすぐったいんだよ。
「俺に聞くな。……リリス様、とおっしゃいましたか。魔王様にご用件は?」
俺がビジネススマイルを浮かべて問いかけると、リリスは扇子で口元を隠しながら、勝ち誇ったように胸を張った。
「用件も何も! わたくしは、先代魔王様がレン様のために定めた、正当なる『許嫁』ですのよ!」
――謁見の間が、しんと静まり返った。
ポケットの中で、昨日もらった『魔導石』が少し冷たくなった気がした。
「いいなずけぇ!? なんだよそれ、聞いてねーぞ!」
レンが椅子から飛び上がる。
俺は冷静に、脇に抱えていた『魔王家・秘密条約集』のページを捲った。
「……ありました。先代魔王が、サキュバス一族からの借金を帳消しにする代わりに、次代の魔王との婚姻を約束する、という一文が。……つまり、政略結婚の担保ですね」
「借金のカタ!? そんなの無効だろ! 俺、こいつの顔すら今初めて見たんだぞ!」
「あら、レン様ったら照れていらして。わたくし、レン様のためなら、この城の家計も支えて差し上げますわ。……さあ、その地味で暗そうな眼鏡の従者は下がらせて、二人きりでお話ししましょう?」
リリスが俺を「邪魔な置物」を見るような目で見つめる。
……地味で暗そうな眼鏡。
否定はしない。だが、今この瞬間に俺の中で「カチン」と何かが鳴った。
「……リリス様。あいにくですが、魔王様のスケジュールは三ヶ月先まで、この『地味な眼鏡』が管理しております」
俺は一歩前に出た。
「さらに言えば、現在の魔王城は緊縮財政の真っ最中。外部から『妃』という名の食客を迎え入れる予算は一ゴールドもございません。婚姻を希望されるのであれば、まずはサキュバス一族が先代に貸し付けていた元本五億ゴールドの放棄、および、リリス様自身の生活費を賄うための労働実績を提示していただきます」
「……な、なんですって!? わたくしに向かって働けとおっしゃるの!?」
「当然です。この城でタダ飯を食えるのは、魔王(無能)と、その親友(俺)だけですから」
俺が冷徹に言い放つと、リリスは「キーッ!」と地団駄を踏んだ。
横ではレンが「カナデ……お前、なんか今日、いつもより怖いけどカッコいいな……」と感心したような声を上げている。
「わかりましたわ! ならば、わたくしがこの城に相応しい妃であることを証明してみせます! まずはその眼鏡、あなたをこの城から追い出して差し上げますわ!」
リリスはそう言い捨てると、嵐のように去っていった。
「……ふぅ。レン、お前、変な火種を連れてくるな」
「いや、俺のせいじゃないだろ! 先代のジジイが勝手に決めたことなんだから! ……でもさ、カナデ。お前、さっき俺のこと『タダ飯を食える親友』って言ったよな?」
レンが嬉しそうに、俺の肩を組んでくる。
いつものように引き剥がそうとしたが、なぜか少しだけ、力が弱くなってしまった。
「……事実を言っただけだ。深い意味はない」
「そうかぁ? 俺には、お前がちょっとだけ嫉妬してくれたように見えたんだけどなー!」
「……マイナス三万ゴールド。今すぐ黙れ」
「えぇーっ!? 高っ!!」
叫ぶレンを放置して、俺は自室へと向かった。
胸の奥が、ほんの少しだけチリチリと焼けるような感覚。
これは、きっと仕事が増えることへの苛立ちだ。
……リリスがレンに触れようとした瞬間に、反射的に「邪魔だ」と思ってしまった理由なんて、俺の帳簿には書く必要がない。
「……本当に、面倒なことになった」
俺は眼鏡を外し、熱くなった目元を指で押さえた。
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