魔王になった親友が未払いの残業代を「愛」で払おうとしてくるんだが。~有能経理の俺、異世界ブラック魔王城をホワイトに叩き直す〜

たら昆布

文字の大きさ
11 / 32

11話

しおりを挟む
 人間、いや魔族になっても、無理は禁物だ。
 温泉騒動で濡れたまま書類整理を続けたのがトドメだったらしい。
 翌朝、俺――カナデは、猛烈な頭痛と体の熱でベッドから起き上がれなくなった。

「……計算が、合わない……一たす一は……三……?」

 思考が朦朧とする。俺としたことが、こんな単純な計算ミスを。
 視界がぐらぐらと揺れる中、俺の寝室の扉が「爆破されたのか?」と思うほどの勢いで開け放たれた。

「カナデ! お前、今日一回も俺を怒鳴りに来なかったけど、ついにストライキか!? それとも俺に内緒で転職活動か!?」

 入ってきたのは、もちろんレンだ。
 だが、俺の顔を見るなり、その黄金の瞳が驚愕に染まる。

「……おい、カナデ? 顔、真っ赤だぞ。……うわ、熱っ!! お前、これ沸騰してんじゃねーか!」

「……うるさい。声のボリュームを……二段階下げろ……。あと、俺は……卵ではない……沸騰など……」

「これ、風邪か!? 魔族でも風邪引くのかよ! 待ってろ、今すぐ魔界一の医者を捕まえてくる!」

「待て……レン。医者はいい……。……静かに……寝かせて……」

 俺が弱々しく袖を引くと、レンは「あ、ああ、わかった。静かにな」と、ささやき声(と言いつつ地声がでかい)で答え、俺の枕元にどっしりと腰を下ろした。

 そこからは、地獄の看病が始まった。
 レンなりに「看病といえばこれだろ」という知識を総動員しているらしい。

「ほらカナデ、魔界特産の『燃えるリンゴ』だ。これ食えば熱なんて一発で吹き飛ぶぜ!」

 レンが差し出してきたのは、文字通り青白い炎を上げている果実だった。

「……燃えてるものを……病人に……食わせるな……」

「あ、そうか。じゃあ冷やす方だな! 待ってろ!」

 数分後、レンが持ってきたのは、氷漬けにされた巨大な「魔界魚の頭」だった。

「これ、お前の額に乗せたら冷えるだろ!」

「……生臭い……。マイナス……五万ゴールド……」

 俺が精一杯の毒を吐くと、レンは「あぁ、もう! 減給できるくらい元気ならいいんだけどよぉ!」と半べそをかきながら、魚の頭を放り投げた。

 結局、レンは甲斐甲斐しく(空回りしながらも)俺の側に居続けた。
 濡れタオルで顔を拭き(力が強くて皮が剥けそうだが)、飲み物を口に運んでくれる。

 昼過ぎ。少しだけ熱が引き、意識がはっきりしてきた。
 ふと横を見ると、レンが俺の手を握ったまま、椅子に座って船を漕いでいた。

「…………」

 魔王のくせに、俺がどこかへ消えてしまわないか心配しているような、必死な顔。
 前世でも、俺が過労で倒れたとき、こいつは真っ先に駆けつけて「お前が死んだら誰が俺と遊ぶんだよ」と泣きそうな顔をしていたっけ。

 あの時も今も、こいつの行動原理はシンプルだ。
 「親友が隣にいないと、つまらない」。

 ……握られている手のひらから、レンの熱が伝わってくる。
 それは不快な熱ではなく、どこか安心する、心地よい温度。

「……レン。……起きてるか」

「……んぉ? カナデ!? お前、意識戻ったか!? 俺のことわかるか? 二たす二は!?」

「四だ、バカ。……もういい、下がれ。……魔王がずっと寝室にいたら、クロたちが怖がるだろ」

「嫌だね! お前が完全に治るまで、俺はここを動かねーからな。……それにさ」

 レンが、少しだけ真剣な表情で俺の顔を覗き込んだ。

「お前が寝込んでると、この城、めちゃくちゃなんだぜ。ガルムは飯焦がすし、クロはパニックで逆さまに飛んでるし。……何より、俺が、お前と喋れなくて退屈死しそうなんだ」

 黄金の瞳が、真っ直ぐに俺を射抜く。
 その瞳に宿る熱は、風邪のせいだと思いたい俺の期待を、軽々と超えていく。

「…………。……退屈なら、その辺の書類でも読んでろ。……あと、手を離せ。汗ばむ」

「えー、いいじゃん。お前の手、ひんやりしてて気持ちいいんだよ」

 レンはそう言って、さらにぎゅっと俺の手を握りしめた。
 
 計算外だ。
 弱っている時にこんな風にされるなんて、俺の防御システムには想定されていない。
 俺は熱がぶり返しそうな感覚を覚えながら、重い瞼を閉じた。

「……レン。……明日、治ってなかったら……一万ゴールド、減給だからな……」

「厳しいなぉ! でも、お前が明日も喋れるなら、いくらでも払ってやるよ」

 レンの優しすぎる寝言のような返事を聞きながら、俺は再び眠りに落ちた。
 胸の奥の鼓動が、風邪のせいなのか、それともこの大きな手のせいなのか。
 その答えが出るのは、もう少し先の話になりそうだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

番に見つからない街で、子供を育てている

はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。 異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。 現世の記憶は失われているが、 この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。 街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、 ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。 だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。 再会は望まない。 今はただ、この子との生活を守りたい。 これは、番から逃げたオメガが、 選び直すまでの物語。 *本編完結しました

【8話完結】僕の大切な人はBLゲームの主人公でした。〜モブは主人公の幸せのためなら、この恋も諦められます〜

キノア9g
BL
転生先は、まさかのBLゲームの世界。 モブであるリセルは、恋を自覚した瞬間、幼馴染・セスがこの世界の“主人公”だと気づいてしまう。 このまま一緒にいても、いつか彼は攻略対象に惹かれていく運命——それでも、今だけは傍にいたい。 「諦める覚悟をしたのに、どうしてこんなにも君が愛おしいんだろう」 恋の終わりを知っているモブと、想いを自覚していく主人公。 甘さと切なさが胸を締めつける、すれ違いから始まる運命の物語。 全8話。

ゆい
BL
涙が落ちる。 涙は彼に届くことはない。 彼を想うことは、これでやめよう。 何をどうしても、彼の気持ちは僕に向くことはない。 僕は、その場から音を立てずに立ち去った。 僕はアシェル=オルスト。 侯爵家の嫡男として生まれ、10歳の時にエドガー=ハルミトンと婚約した。 彼には、他に愛する人がいた。 世界観は、【夜空と暁と】と同じです。 アルサス達がでます。 【夜空と暁と】を知らなくても、これだけで読めます。 2025.4.28 ムーンライトノベルに投稿しました。

【完結】薄幸文官志望は嘘をつく

七咲陸
BL
サシャ=ジルヴァールは伯爵家の長男として産まれるが、紫の瞳のせいで両親に疎まれ、弟からも蔑まれる日々を送っていた。 忌々しい紫眼と言う両親に幼い頃からサシャに魔道具の眼鏡を強要する。認識阻害がかかったメガネをかけている間は、サシャの顔や瞳、髪色までまるで別人だった。 学園に入学しても、サシャはあらぬ噂をされてどこにも居場所がない毎日。そんな中でもサシャのことを好きだと言ってくれたクラークと言う茶色の瞳を持つ騎士学生に惹かれ、お付き合いをする事に。 しかし、クラークにキスをせがまれ恥ずかしくて逃げ出したサシャは、アーヴィン=イブリックという翠眼を持つ騎士学生にぶつかってしまい、メガネが外れてしまったーーー… 認識阻害魔道具メガネのせいで2人の騎士の間で別人を演じることになった文官学生の恋の話。 全17話 2/28 番外編を更新しました

αからΩになった俺が幸せを掴むまで

なの
BL
柴田海、本名大嶋海里、21歳、今はオメガ、職業……オメガの出張風俗店勤務。 10年前、父が亡くなって新しいお義父さんと義兄貴ができた。 義兄貴は俺に優しくて、俺は大好きだった。 アルファと言われていた俺だったがある日熱を出してしまった。 義兄貴に看病されるうちにヒートのような症状が… 義兄貴と一線を超えてしまって逃げ出した。そんな海里は生きていくためにオメガの出張風俗店で働くようになった。 そんな海里が本当の幸せを掴むまで…

推しのために自分磨きしていたら、いつの間にか婚約者!

木月月
BL
異世界転生したモブが、前世の推し(アプリゲームの攻略対象者)の幼馴染な側近候補に同担拒否されたので、ファンとして自分磨きしたら推しの婚約者にされる話。 この話は小説家になろうにも投稿しています。

一日だけの魔法

うりぼう
BL
一日だけの魔法をかけた。 彼が自分を好きになってくれる魔法。 禁忌とされている、たった一日しか持たない魔法。 彼は魔法にかかり、自分に夢中になってくれた。 俺の名を呼び、俺に微笑みかけ、俺だけを好きだと言ってくれる。 嬉しいはずなのに、これを望んでいたはずなのに…… ※いきなり始まりいきなり終わる ※エセファンタジー ※エセ魔法 ※二重人格もどき ※細かいツッコミはなしで

運悪く放課後に屯してる不良たちと一緒に転移に巻き込まれた俺、到底馴染めそうにないのでソロで無双する事に決めました。~なのに何故かついて来る…

こまの ととと
BL
『申し訳ございませんが、皆様には今からこちらへと来て頂きます。強制となってしまった事、改めて非礼申し上げます』  ある日、教室中に響いた声だ。  ……この言い方には語弊があった。  正確には、頭の中に響いた声だ。何故なら、耳から聞こえて来た感覚は無く、直接頭を揺らされたという感覚に襲われたからだ。  テレパシーというものが実際にあったなら、確かにこういうものなのかも知れない。  問題はいくつかあるが、最大の問題は……俺はただその教室近くの廊下を歩いていただけという事だ。 *当作品はカクヨム様でも掲載しております。

処理中です...