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11話
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人間、いや魔族になっても、無理は禁物だ。
温泉騒動で濡れたまま書類整理を続けたのがトドメだったらしい。
翌朝、俺――カナデは、猛烈な頭痛と体の熱でベッドから起き上がれなくなった。
「……計算が、合わない……一たす一は……三……?」
思考が朦朧とする。俺としたことが、こんな単純な計算ミスを。
視界がぐらぐらと揺れる中、俺の寝室の扉が「爆破されたのか?」と思うほどの勢いで開け放たれた。
「カナデ! お前、今日一回も俺を怒鳴りに来なかったけど、ついにストライキか!? それとも俺に内緒で転職活動か!?」
入ってきたのは、もちろんレンだ。
だが、俺の顔を見るなり、その黄金の瞳が驚愕に染まる。
「……おい、カナデ? 顔、真っ赤だぞ。……うわ、熱っ!! お前、これ沸騰してんじゃねーか!」
「……うるさい。声のボリュームを……二段階下げろ……。あと、俺は……卵ではない……沸騰など……」
「これ、風邪か!? 魔族でも風邪引くのかよ! 待ってろ、今すぐ魔界一の医者を捕まえてくる!」
「待て……レン。医者はいい……。……静かに……寝かせて……」
俺が弱々しく袖を引くと、レンは「あ、ああ、わかった。静かにな」と、ささやき声(と言いつつ地声がでかい)で答え、俺の枕元にどっしりと腰を下ろした。
そこからは、地獄の看病が始まった。
レンなりに「看病といえばこれだろ」という知識を総動員しているらしい。
「ほらカナデ、魔界特産の『燃えるリンゴ』だ。これ食えば熱なんて一発で吹き飛ぶぜ!」
レンが差し出してきたのは、文字通り青白い炎を上げている果実だった。
「……燃えてるものを……病人に……食わせるな……」
「あ、そうか。じゃあ冷やす方だな! 待ってろ!」
数分後、レンが持ってきたのは、氷漬けにされた巨大な「魔界魚の頭」だった。
「これ、お前の額に乗せたら冷えるだろ!」
「……生臭い……。マイナス……五万ゴールド……」
俺が精一杯の毒を吐くと、レンは「あぁ、もう! 減給できるくらい元気ならいいんだけどよぉ!」と半べそをかきながら、魚の頭を放り投げた。
結局、レンは甲斐甲斐しく(空回りしながらも)俺の側に居続けた。
濡れタオルで顔を拭き(力が強くて皮が剥けそうだが)、飲み物を口に運んでくれる。
昼過ぎ。少しだけ熱が引き、意識がはっきりしてきた。
ふと横を見ると、レンが俺の手を握ったまま、椅子に座って船を漕いでいた。
「…………」
魔王のくせに、俺がどこかへ消えてしまわないか心配しているような、必死な顔。
前世でも、俺が過労で倒れたとき、こいつは真っ先に駆けつけて「お前が死んだら誰が俺と遊ぶんだよ」と泣きそうな顔をしていたっけ。
あの時も今も、こいつの行動原理はシンプルだ。
「親友が隣にいないと、つまらない」。
……握られている手のひらから、レンの熱が伝わってくる。
それは不快な熱ではなく、どこか安心する、心地よい温度。
「……レン。……起きてるか」
「……んぉ? カナデ!? お前、意識戻ったか!? 俺のことわかるか? 二たす二は!?」
「四だ、バカ。……もういい、下がれ。……魔王がずっと寝室にいたら、クロたちが怖がるだろ」
「嫌だね! お前が完全に治るまで、俺はここを動かねーからな。……それにさ」
レンが、少しだけ真剣な表情で俺の顔を覗き込んだ。
「お前が寝込んでると、この城、めちゃくちゃなんだぜ。ガルムは飯焦がすし、クロはパニックで逆さまに飛んでるし。……何より、俺が、お前と喋れなくて退屈死しそうなんだ」
黄金の瞳が、真っ直ぐに俺を射抜く。
その瞳に宿る熱は、風邪のせいだと思いたい俺の期待を、軽々と超えていく。
「…………。……退屈なら、その辺の書類でも読んでろ。……あと、手を離せ。汗ばむ」
「えー、いいじゃん。お前の手、ひんやりしてて気持ちいいんだよ」
レンはそう言って、さらにぎゅっと俺の手を握りしめた。
計算外だ。
弱っている時にこんな風にされるなんて、俺の防御システムには想定されていない。
俺は熱がぶり返しそうな感覚を覚えながら、重い瞼を閉じた。
「……レン。……明日、治ってなかったら……一万ゴールド、減給だからな……」
「厳しいなぉ! でも、お前が明日も喋れるなら、いくらでも払ってやるよ」
レンの優しすぎる寝言のような返事を聞きながら、俺は再び眠りに落ちた。
胸の奥の鼓動が、風邪のせいなのか、それともこの大きな手のせいなのか。
その答えが出るのは、もう少し先の話になりそうだった。
温泉騒動で濡れたまま書類整理を続けたのがトドメだったらしい。
翌朝、俺――カナデは、猛烈な頭痛と体の熱でベッドから起き上がれなくなった。
「……計算が、合わない……一たす一は……三……?」
思考が朦朧とする。俺としたことが、こんな単純な計算ミスを。
視界がぐらぐらと揺れる中、俺の寝室の扉が「爆破されたのか?」と思うほどの勢いで開け放たれた。
「カナデ! お前、今日一回も俺を怒鳴りに来なかったけど、ついにストライキか!? それとも俺に内緒で転職活動か!?」
入ってきたのは、もちろんレンだ。
だが、俺の顔を見るなり、その黄金の瞳が驚愕に染まる。
「……おい、カナデ? 顔、真っ赤だぞ。……うわ、熱っ!! お前、これ沸騰してんじゃねーか!」
「……うるさい。声のボリュームを……二段階下げろ……。あと、俺は……卵ではない……沸騰など……」
「これ、風邪か!? 魔族でも風邪引くのかよ! 待ってろ、今すぐ魔界一の医者を捕まえてくる!」
「待て……レン。医者はいい……。……静かに……寝かせて……」
俺が弱々しく袖を引くと、レンは「あ、ああ、わかった。静かにな」と、ささやき声(と言いつつ地声がでかい)で答え、俺の枕元にどっしりと腰を下ろした。
そこからは、地獄の看病が始まった。
レンなりに「看病といえばこれだろ」という知識を総動員しているらしい。
「ほらカナデ、魔界特産の『燃えるリンゴ』だ。これ食えば熱なんて一発で吹き飛ぶぜ!」
レンが差し出してきたのは、文字通り青白い炎を上げている果実だった。
「……燃えてるものを……病人に……食わせるな……」
「あ、そうか。じゃあ冷やす方だな! 待ってろ!」
数分後、レンが持ってきたのは、氷漬けにされた巨大な「魔界魚の頭」だった。
「これ、お前の額に乗せたら冷えるだろ!」
「……生臭い……。マイナス……五万ゴールド……」
俺が精一杯の毒を吐くと、レンは「あぁ、もう! 減給できるくらい元気ならいいんだけどよぉ!」と半べそをかきながら、魚の頭を放り投げた。
結局、レンは甲斐甲斐しく(空回りしながらも)俺の側に居続けた。
濡れタオルで顔を拭き(力が強くて皮が剥けそうだが)、飲み物を口に運んでくれる。
昼過ぎ。少しだけ熱が引き、意識がはっきりしてきた。
ふと横を見ると、レンが俺の手を握ったまま、椅子に座って船を漕いでいた。
「…………」
魔王のくせに、俺がどこかへ消えてしまわないか心配しているような、必死な顔。
前世でも、俺が過労で倒れたとき、こいつは真っ先に駆けつけて「お前が死んだら誰が俺と遊ぶんだよ」と泣きそうな顔をしていたっけ。
あの時も今も、こいつの行動原理はシンプルだ。
「親友が隣にいないと、つまらない」。
……握られている手のひらから、レンの熱が伝わってくる。
それは不快な熱ではなく、どこか安心する、心地よい温度。
「……レン。……起きてるか」
「……んぉ? カナデ!? お前、意識戻ったか!? 俺のことわかるか? 二たす二は!?」
「四だ、バカ。……もういい、下がれ。……魔王がずっと寝室にいたら、クロたちが怖がるだろ」
「嫌だね! お前が完全に治るまで、俺はここを動かねーからな。……それにさ」
レンが、少しだけ真剣な表情で俺の顔を覗き込んだ。
「お前が寝込んでると、この城、めちゃくちゃなんだぜ。ガルムは飯焦がすし、クロはパニックで逆さまに飛んでるし。……何より、俺が、お前と喋れなくて退屈死しそうなんだ」
黄金の瞳が、真っ直ぐに俺を射抜く。
その瞳に宿る熱は、風邪のせいだと思いたい俺の期待を、軽々と超えていく。
「…………。……退屈なら、その辺の書類でも読んでろ。……あと、手を離せ。汗ばむ」
「えー、いいじゃん。お前の手、ひんやりしてて気持ちいいんだよ」
レンはそう言って、さらにぎゅっと俺の手を握りしめた。
計算外だ。
弱っている時にこんな風にされるなんて、俺の防御システムには想定されていない。
俺は熱がぶり返しそうな感覚を覚えながら、重い瞼を閉じた。
「……レン。……明日、治ってなかったら……一万ゴールド、減給だからな……」
「厳しいなぉ! でも、お前が明日も喋れるなら、いくらでも払ってやるよ」
レンの優しすぎる寝言のような返事を聞きながら、俺は再び眠りに落ちた。
胸の奥の鼓動が、風邪のせいなのか、それともこの大きな手のせいなのか。
その答えが出るのは、もう少し先の話になりそうだった。
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