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12話
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翌々朝。
俺――カナデの熱は完全に下がり、視界もクリアになった。
一たす一は二。百九十九かける三は五百九十七。脳の演算機能も正常だ。
「よし。……仕事に戻るぞ」
俺はビシッと眼鏡をかけ直し、二日分の遅れを取り戻すべくベッドから這い出そうとした。
だが、その瞬間。
「コラッ! 寝てろって言っただろ!」
どこで見ていたのか、レンが扉を蹴破らんばかりの勢いで突入してきた。
手には、なぜか巨大な「羽根ぼうき」と、見たこともないピンク色の液体が入った瓶を握っている。
「レン、もう治った。熱も平熱だ。……退け。溜まった帳簿が俺を呼んでいる」
「ダメだね! 病み上がりっていうのはな、風が吹いただけで骨が折れるくらい弱いんだぞ(前世の母ちゃん談)! ほら、大人しくしてろ!」
レンは俺の肩を両手で掴むと、そのままベッドへ押し戻した。
……力が強い。魔王の「親切心(物理)」は、もはや拘束に近い。
「……何をする。離せ、マイナス五千ゴールドだ」
「金なんていくらでも引けよ! 今はそれより、これだ! 魔界特製『強制栄養ドリンク・ハピネス味』!」
レンがピンク色の液体を差し出してくる。
嫌な予感しかしない。液体の表面がバチバチと放電している。
「……それは、なんだ。毒物か?」
「失礼な! クロが『部長には栄養が必要です』って言うから、俺が市場で一番高いやつを強奪……じゃなくて、正当な価格で買い取ってきたんだぜ!」
「……強奪って言おうとしただろ。……いいから、俺はもう動けるんだ。今日は魔物たちの給与振込日なんだぞ」
「そんなの、あいつら一日くらい遅れても死なねーよ。それよりカナデ、お前……」
レンが、急に真剣な顔をしてベッドの縁に腰掛けた。
黄金の瞳が、じっと俺の顔を覗き込む。
「……お前がいなくなると、マジでこの城、色がなくなるんだよ。……俺、お前が寝てる間、一回も笑わなかったぜ?」
「…………」
さらっと、重いことを言うな。
こいつはこういう「無自覚な殺し文句」を、呼吸するように吐き出すから性質が悪い。
俺は熱がぶり返したわけでもないのに、頬がわずかに熱くなるのを感じた。
「……それは、お前が単に無能だからだろ。……わかった、わかったから、そのピンクの液体を遠ざけろ。代わりに、粥なら食ってやる」
「おっ、マジ!? 待ってろ、今すぐガルムに『焦がしたら首を三つとも洗って待ってろ』って言ってくる!」
「脅すな! ……ったく」
レンは嵐のように去っていった。
……数分後、戻ってきたレンが持っていたのは、盆に乗った「完璧な温度の粥」だった。
「ほら、あーん」
「……。……死んでも嫌だ」
「なんでだよ! 看病の醍醐味だろ!? 俺、昨日からこれやるの楽しみにしてたんだぞ!」
「お前が楽しむための看病かよ! ……いいから、スプーンを貸せ。自分で食う」
「ダメ! お前は手が震えて落とすかもしれないだろ。ほら、あーん!」
百九十センチの魔王が、口を半開きにして期待に満ちた目で迫ってくる。
この光景、誰かに見られたら俺の社会的(魔界的)地位が死ぬ。
だが、引かない。こいつは俺が折れるまで絶対に引かない。
「……。……あ……」
俺は屈辱に震えながら、小さな口を開けた。
レンが嬉しそうに、丁寧に、一口分の粥を俺の口に運ぶ。
「……美味いか?」
「……。……美味い。……一万ゴールド、減給」
「なんでだよ! 美味いって言ったじゃん!」
レンの元気な抗議の声が、静かな寝室に響く。
俺は粥を噛み締めながら、ようやく理解した。
この男にとっての「過保護」は、支配でも執着でもなく。
ただ、隣にいる俺が、自分と同じ温度で笑っていてほしいという、それだけの純粋な願いなのだ。
「……レン。……次からは、自分で食うからな」
「へへ、どうかな。お前が隙を見せたら、俺は何度でもあーんに挑戦するぜ?」
窓から差し込む紫色の光。
騒がしいけれど、どこか温かい二人の時間。
俺は、眼鏡の曇りを拭うふりをして、少しだけ緩んだ口元を隠した。
……恋の黒字化。
その予算案が、俺の心の中でこっそりと提出された瞬間だった。
俺――カナデの熱は完全に下がり、視界もクリアになった。
一たす一は二。百九十九かける三は五百九十七。脳の演算機能も正常だ。
「よし。……仕事に戻るぞ」
俺はビシッと眼鏡をかけ直し、二日分の遅れを取り戻すべくベッドから這い出そうとした。
だが、その瞬間。
「コラッ! 寝てろって言っただろ!」
どこで見ていたのか、レンが扉を蹴破らんばかりの勢いで突入してきた。
手には、なぜか巨大な「羽根ぼうき」と、見たこともないピンク色の液体が入った瓶を握っている。
「レン、もう治った。熱も平熱だ。……退け。溜まった帳簿が俺を呼んでいる」
「ダメだね! 病み上がりっていうのはな、風が吹いただけで骨が折れるくらい弱いんだぞ(前世の母ちゃん談)! ほら、大人しくしてろ!」
レンは俺の肩を両手で掴むと、そのままベッドへ押し戻した。
……力が強い。魔王の「親切心(物理)」は、もはや拘束に近い。
「……何をする。離せ、マイナス五千ゴールドだ」
「金なんていくらでも引けよ! 今はそれより、これだ! 魔界特製『強制栄養ドリンク・ハピネス味』!」
レンがピンク色の液体を差し出してくる。
嫌な予感しかしない。液体の表面がバチバチと放電している。
「……それは、なんだ。毒物か?」
「失礼な! クロが『部長には栄養が必要です』って言うから、俺が市場で一番高いやつを強奪……じゃなくて、正当な価格で買い取ってきたんだぜ!」
「……強奪って言おうとしただろ。……いいから、俺はもう動けるんだ。今日は魔物たちの給与振込日なんだぞ」
「そんなの、あいつら一日くらい遅れても死なねーよ。それよりカナデ、お前……」
レンが、急に真剣な顔をしてベッドの縁に腰掛けた。
黄金の瞳が、じっと俺の顔を覗き込む。
「……お前がいなくなると、マジでこの城、色がなくなるんだよ。……俺、お前が寝てる間、一回も笑わなかったぜ?」
「…………」
さらっと、重いことを言うな。
こいつはこういう「無自覚な殺し文句」を、呼吸するように吐き出すから性質が悪い。
俺は熱がぶり返したわけでもないのに、頬がわずかに熱くなるのを感じた。
「……それは、お前が単に無能だからだろ。……わかった、わかったから、そのピンクの液体を遠ざけろ。代わりに、粥なら食ってやる」
「おっ、マジ!? 待ってろ、今すぐガルムに『焦がしたら首を三つとも洗って待ってろ』って言ってくる!」
「脅すな! ……ったく」
レンは嵐のように去っていった。
……数分後、戻ってきたレンが持っていたのは、盆に乗った「完璧な温度の粥」だった。
「ほら、あーん」
「……。……死んでも嫌だ」
「なんでだよ! 看病の醍醐味だろ!? 俺、昨日からこれやるの楽しみにしてたんだぞ!」
「お前が楽しむための看病かよ! ……いいから、スプーンを貸せ。自分で食う」
「ダメ! お前は手が震えて落とすかもしれないだろ。ほら、あーん!」
百九十センチの魔王が、口を半開きにして期待に満ちた目で迫ってくる。
この光景、誰かに見られたら俺の社会的(魔界的)地位が死ぬ。
だが、引かない。こいつは俺が折れるまで絶対に引かない。
「……。……あ……」
俺は屈辱に震えながら、小さな口を開けた。
レンが嬉しそうに、丁寧に、一口分の粥を俺の口に運ぶ。
「……美味いか?」
「……。……美味い。……一万ゴールド、減給」
「なんでだよ! 美味いって言ったじゃん!」
レンの元気な抗議の声が、静かな寝室に響く。
俺は粥を噛み締めながら、ようやく理解した。
この男にとっての「過保護」は、支配でも執着でもなく。
ただ、隣にいる俺が、自分と同じ温度で笑っていてほしいという、それだけの純粋な願いなのだ。
「……レン。……次からは、自分で食うからな」
「へへ、どうかな。お前が隙を見せたら、俺は何度でもあーんに挑戦するぜ?」
窓から差し込む紫色の光。
騒がしいけれど、どこか温かい二人の時間。
俺は、眼鏡の曇りを拭うふりをして、少しだけ緩んだ口元を隠した。
……恋の黒字化。
その予算案が、俺の心の中でこっそりと提出された瞬間だった。
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