魔王になった親友が未払いの残業代を「愛」で払おうとしてくるんだが。~有能経理の俺、異世界ブラック魔王城をホワイトに叩き直す〜

たら昆布

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13話

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 魔王城の謁見の間。
 そこには、先日退散したはずのリリスが、今度は彼女の母親である「サキュバス女王」を引き連れて再来していた。
 女王は、禍々しくも美しいオーラを放ちながら、玉座のレンを艶かしく見つめている。

「レン様、お聞きなさい。我が一族と魔王家の同盟を強固にするため、これ以上の条件はございませんわ。持参金として、魔界南部の領地と、金貨三億ゴールドを差し上げます」

 三億ゴールド。
 俺――カナデの耳が、ぴくりと跳ねた。
 それだけあれば、城の老朽化した壁の修繕も、骸骨兵たちの退職金積み立ても一気に解決する。

「……レン。聞いているか。これは、極めて合理的な提案だ」

 俺が隣で囁くと、レンは顔をしかめて俺を睨みつけた。

「おい、カナデ! お前、俺を売る気か!? 三億ごときで!」

「ごときとはなんだ。三億あれば、お前の食費の三年分が賄えるんだぞ。……さあ、レン。魔王として、賢明な判断を下せ」

「嫌だね! 俺は、好きでもねー女と結婚して、一生監視されるなんて真っ平ごめんだ!」

 レンが子供のように叫ぶと、女王はクスリと冷ややかな笑みを漏らした。

「あら、ならばレン様。あなたには既に、我が娘以上に愛する『どなたか』がいらっしゃるとでも? もしお相手がいないのであれば、この縁談、断る理由はございませんわね」

 女王の鋭い視線がレンを射抜く。
 レンは「ぐっ……」と言葉に詰まり、黄金の瞳を泳がせた。
 この男は嘘が下手だ。前世でも、隠してあった俺のプリンを食べた時、すぐに顔に出てバレていた。

 だが、今のレンは違った。
 彼は何かに追い詰められたような顔をした後、ガバッ! と隣にいた俺の肩を抱き寄せた。

「……いるさ! 決まってるんだよ、俺の妃は!」

「……は?」

 俺が間の抜けた声を上げるのと同時に、レンは力強く、俺のことを指差した。

「俺の妃は、このカナデだ! こいつがいなきゃ、俺は飯の味もわからねーし、数字の計算もできねーんだよ!」

 ――謁見の間が、真空状態になったかのように静まり返った。
 クロが持っていた資料がパラパラと床に落ちる音が響く。
 女王は目を見開き、リリスは「ひぎぃっ!?」という変な声を上げて固まっている。

「……レン。今、なんて言った。マイナス五十億ゴールドだ」

「五十億!? 跳ね上がったな!? でもよ、これしかねーだろ、この場を切り抜けるには!」

 レンが俺の耳元で必死に囁く。
 相変わらず顔が近い。そして、抱き寄せられている肩に、レンの体温が熱いくらいに伝わってくる。

「……ふざけるな。俺は男だぞ。女王様、こいつの脳が一時的に筋肉で溢れているだけですので、今の発言は無効……」

「あら……」

 女王が、扇子で口元を隠し、じっと俺たちを見つめた。
 その瞳には、侮蔑ではなく、何やら怪しげな「好奇心」が宿っている。

「……なるほど。単なる主従にしては、魔力の波長が近すぎると思いましたわ。魔王様がそこまで頑なにおっしゃるのなら、その『お妃候補』の実力、拝見させていただく必要がありそうですわね」

「じ、実力!? カナデなら世界一だぜ! 算盤持たせたら右に出る奴はいねーからな!」

「レン、黙れ。燃料を投下するな」

 女王は不敵な笑みを浮かべ、リリスを連れて優雅に立ち去った。
「また来ますわ」という不穏な言葉を残して。

 嵐が去った後、俺はレンの腕を全力で振り解いた。

「……おい、レン。お前、自分が何を言ったかわかっているのか」

「わかってるよ! 『カナデが俺の嫁だ』って言ったんだ! 完璧な作戦だろ?」

「最悪だよ! これでお前、サキュバス一族だけじゃなく、魔界中に変な噂が広まるぞ。魔王は経理の男に溺れているってな!」

「いいじゃん、事実だし! お前に溺れてるっていうか、お前がいないと生活できないのは本当だろ?」

 レンが、一点の曇りもない笑顔で言い切った。
 こいつにとっての「妃」は、「一番近くにいてほしい人」くらいのニュアンスなのかもしれない。
 だが、言われた方の心臓への負担を、この脳筋魔王は一ミリも理解していない。

「…………。……一週間、絶食だ。死ね」

「えぇーっ!? 嫁に言われる言葉じゃないだろ、それ! カナデぇーっ!!」

 俺は赤くなった耳を隠すように足早に退室した。
 
 嘘の恋人、嘘の婚約。
 そんな手垢のついた展開に、俺の理性が「非効率だ」と警鐘を鳴らしている。
 なのに、レンに抱き寄せられた肩の熱が、いつまでも引いてくれない。

「……。……計算が、全く合わなくなってきた」

 俺は自室で一人、算盤を弾くふりをして、激しく波打つ胸の音を誤魔化した。
 二人の「じっくり」とした関係が、外部の強制力によって、望まない方向に(?)加速し始めていた。
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