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14話
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翌朝、俺――カナデが執務室へ向かおうと廊下を歩いていると、異変はすぐに起きた。
すれ違う骸骨兵(スケルトン)たちが、いつもなら「カタカタ(お疲れ様です)」と軽く顎を鳴らす程度なのに、今日は一斉にその場に膝をついたのだ。
『……魔王妃殿下、おはようございますッ!!』
「……。……誰のことだ」
俺が真顔で問い返すと、骸骨兵たちは空っぽの眼窩をカチカチと動かしながら、一糸乱れぬ動きで俺を指差した。
『カナデ様以外にどなたがいらっしゃいましょう! 昨日の謁見の間での魔王様のご宣言、城内全域に念波で共有されております!』
「あのバカ魔王……。情報漏洩のスピードだけは光速だな……」
俺はこめかみを押さえ、無視して歩き出した。
だが、食堂に入ればケルベロスのガルムが三つの首を器用に下げて「妃殿下、本日は最高級の魔界鶏の卵を用意しましたワン!」と擦り寄ってき、経理部のクロに至っては『妃殿下! これからは私が、殿下のお手を煩わせぬよう、電卓を三倍速で叩きます!』と涙目で敬礼してくる始末。
「……クロ。君まで毒されたか。一万ゴールド減給」
『ヒィッ!? 妃殿下になられても、その冷酷な査定は変わらないのですね……! しびれます!』
「……勝手にしびれてろ」
俺は深く溜息をつき、問題の元凶が待つ魔王の私室へと乗り込んだ。
そこには、朝っぱらから贅沢に「魔界メロン」を頬張るレンがいた。
「よぉ、カナデ! 聞いたぜ、みんなお前のこと『妃』って呼んでるんだって? 良かったな、権威が上がって!」
「上がるか。事務作業がしづらくて仕方ない。……レン、今すぐ全館放送で『あれは嘘だ』と訂正しろ。マイナス一億ゴールドだ」
「えー、なんでだよ。嘘じゃないじゃん。お前が俺の特別(な経理)なのは本当だろ?」
レンがメロンを置いた手で、ひょいと俺の腕を掴み、自分の隣に座らせようとする。
この「特別」という言葉に、友情以外の意味を含ませないのが、こいつの最も厄介なところだ。
「……特別(な経理)と『妃』は、法律的にも予算的にも全く別の概念だ。お前が変なことを言うせいで、今朝から調理場に『妃殿下用・美肌ドリンク』とかいう謎の予算申請が来ているんだぞ」
「いいじゃん、飲めよ美肌ドリンク! お前、最近書類の見過ぎでクマできてたし。俺の嫁が不健康そうだと、俺の魔王としての評判に関わるんだよ」
レンが、俺の顔をじっと覗き込んでくる。
そして、大きな親指で、俺の目の下の隈をそっとなぞった。
指先から伝わる、熱い体温。
「……。……触るな。仕事の邪魔だ」
「邪魔じゃねーだろ。……なぁ、カナデ。そんなに嫌か? 俺の妃って言われるの」
レンの黄金の瞳が、少しだけ真面目な色を帯びる。
冗談やギャグのノリではない、ストレートな問いかけ。
俺は、眼鏡を押し上げる指が微かに震えるのを自覚した。
「……嫌とか、そういう問題じゃない。俺たちは、元の世界ではただの男友達で、ここでは主従だ。その境界を壊せば、管理体制が崩壊する」
「管理、管理って……お前、たまには自分の気持ちを計算機以外で出してみろよ」
レンが、掴んでいた俺の腕にぐっと力を込めた。
引き寄せられた体。鼻先が触れそうな距離。
レンから漂う、わずかな潮の香りと、力強い生命の匂い。
――ドクン。
心臓が、予算オーバーの警報を鳴らす。
だが、この空気を壊したのは、窓から飛び込んできたクロだった。
『ほ、報告失礼します! リリス様が「妃としての資質を競うため、カナデ様とデスマッチ(茶会)を執り行う!」と、武装したサキュバス軍団を引き連れて正門に……!』
「……。……よし、仕事だ」
俺は電光石火の速さでレンの手を振り解き、立ち上がった。
「レン、お前の失言のツケだ。お前が前線でサキュバスどもを足止めしろ。俺はその隙に、茶会にかかる経費を相手方に請求する書類を作る」
「えぇーっ!? 俺が戦うの!? 妃を守るのが王の役目だろ!」
「誰が妃だ! 行け、この筋肉魔王!!」
俺は背中を押して、レンを無理やり廊下へ放り出した。
扉を閉めた瞬間、俺はその場にヘナヘナと座り込んだ。
顔が、温泉に浸かった時よりも熱い。
「……。……自分の気持ちを計算しろ、だと?」
そんなの、とっくに出ている。
答えは「算出不能」。
今の俺にできるのは、この異常数値を、ただの「システムエラー」として処理し続けることだけだった。
「……バカ。……本当に、バカなんだから」
俺は赤くなった頬を隠すように、一人、冷たい机に突っ伏した。
すれ違う骸骨兵(スケルトン)たちが、いつもなら「カタカタ(お疲れ様です)」と軽く顎を鳴らす程度なのに、今日は一斉にその場に膝をついたのだ。
『……魔王妃殿下、おはようございますッ!!』
「……。……誰のことだ」
俺が真顔で問い返すと、骸骨兵たちは空っぽの眼窩をカチカチと動かしながら、一糸乱れぬ動きで俺を指差した。
『カナデ様以外にどなたがいらっしゃいましょう! 昨日の謁見の間での魔王様のご宣言、城内全域に念波で共有されております!』
「あのバカ魔王……。情報漏洩のスピードだけは光速だな……」
俺はこめかみを押さえ、無視して歩き出した。
だが、食堂に入ればケルベロスのガルムが三つの首を器用に下げて「妃殿下、本日は最高級の魔界鶏の卵を用意しましたワン!」と擦り寄ってき、経理部のクロに至っては『妃殿下! これからは私が、殿下のお手を煩わせぬよう、電卓を三倍速で叩きます!』と涙目で敬礼してくる始末。
「……クロ。君まで毒されたか。一万ゴールド減給」
『ヒィッ!? 妃殿下になられても、その冷酷な査定は変わらないのですね……! しびれます!』
「……勝手にしびれてろ」
俺は深く溜息をつき、問題の元凶が待つ魔王の私室へと乗り込んだ。
そこには、朝っぱらから贅沢に「魔界メロン」を頬張るレンがいた。
「よぉ、カナデ! 聞いたぜ、みんなお前のこと『妃』って呼んでるんだって? 良かったな、権威が上がって!」
「上がるか。事務作業がしづらくて仕方ない。……レン、今すぐ全館放送で『あれは嘘だ』と訂正しろ。マイナス一億ゴールドだ」
「えー、なんでだよ。嘘じゃないじゃん。お前が俺の特別(な経理)なのは本当だろ?」
レンがメロンを置いた手で、ひょいと俺の腕を掴み、自分の隣に座らせようとする。
この「特別」という言葉に、友情以外の意味を含ませないのが、こいつの最も厄介なところだ。
「……特別(な経理)と『妃』は、法律的にも予算的にも全く別の概念だ。お前が変なことを言うせいで、今朝から調理場に『妃殿下用・美肌ドリンク』とかいう謎の予算申請が来ているんだぞ」
「いいじゃん、飲めよ美肌ドリンク! お前、最近書類の見過ぎでクマできてたし。俺の嫁が不健康そうだと、俺の魔王としての評判に関わるんだよ」
レンが、俺の顔をじっと覗き込んでくる。
そして、大きな親指で、俺の目の下の隈をそっとなぞった。
指先から伝わる、熱い体温。
「……。……触るな。仕事の邪魔だ」
「邪魔じゃねーだろ。……なぁ、カナデ。そんなに嫌か? 俺の妃って言われるの」
レンの黄金の瞳が、少しだけ真面目な色を帯びる。
冗談やギャグのノリではない、ストレートな問いかけ。
俺は、眼鏡を押し上げる指が微かに震えるのを自覚した。
「……嫌とか、そういう問題じゃない。俺たちは、元の世界ではただの男友達で、ここでは主従だ。その境界を壊せば、管理体制が崩壊する」
「管理、管理って……お前、たまには自分の気持ちを計算機以外で出してみろよ」
レンが、掴んでいた俺の腕にぐっと力を込めた。
引き寄せられた体。鼻先が触れそうな距離。
レンから漂う、わずかな潮の香りと、力強い生命の匂い。
――ドクン。
心臓が、予算オーバーの警報を鳴らす。
だが、この空気を壊したのは、窓から飛び込んできたクロだった。
『ほ、報告失礼します! リリス様が「妃としての資質を競うため、カナデ様とデスマッチ(茶会)を執り行う!」と、武装したサキュバス軍団を引き連れて正門に……!』
「……。……よし、仕事だ」
俺は電光石火の速さでレンの手を振り解き、立ち上がった。
「レン、お前の失言のツケだ。お前が前線でサキュバスどもを足止めしろ。俺はその隙に、茶会にかかる経費を相手方に請求する書類を作る」
「えぇーっ!? 俺が戦うの!? 妃を守るのが王の役目だろ!」
「誰が妃だ! 行け、この筋肉魔王!!」
俺は背中を押して、レンを無理やり廊下へ放り出した。
扉を閉めた瞬間、俺はその場にヘナヘナと座り込んだ。
顔が、温泉に浸かった時よりも熱い。
「……。……自分の気持ちを計算しろ、だと?」
そんなの、とっくに出ている。
答えは「算出不能」。
今の俺にできるのは、この異常数値を、ただの「システムエラー」として処理し続けることだけだった。
「……バカ。……本当に、バカなんだから」
俺は赤くなった頬を隠すように、一人、冷たい机に突っ伏した。
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