魔王になった親友が未払いの残業代を「愛」で払おうとしてくるんだが。~有能経理の俺、異世界ブラック魔王城をホワイトに叩き直す〜

たら昆布

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16話

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 魔王城の収支報告書。
 そこには、俺が転生してから初めて、眩いばかりの「黒字」の文字が刻まれていた。
 
「……よし。これでようやく、この城もまともな運営ができる」
 
 俺が眼鏡を拭きながら満足げに呟くと、後ろからレンがガバッ! と抱きついてきた。
 
「やったなカナデ! 黒字だろ!? お祝いだろ!? よし、今すぐ『二人だけの慰安旅行』に出発だー!」
 
「……二人だけ? クロやガルムはどうした」
 
「あいつらには『俺がいなくても回る城にしろ』って言って、留守番頼んできた! ほら、行くぞ、目的地は魔界屈指の避暑地『ドクロ湖』だ!」
 
 こうして、俺は着替えも持たぬまま、レンに無理やり魔界トカゲの背中に乗せられた。
 
 ――数時間後。
 到着したのは、紫色の湖水が静かに波打つ、驚くほど美しい湖畔だった。
 レンは鼻歌まじりにテント(魔王専用の超豪華なやつ)を張り、焚き火の準備を始めた。
 
「……レン。社員旅行なら、もっとこう……団体で行くべきだろ。これじゃあ、ただのキャンプだ」
 
「いいじゃん。お前、ずっと数字ばっかり見てたろ? たまには遠くの山でも見て、目のピントを調整しろよ」
 
 レンが、俺の隣にどっかと腰を下ろした。
 夕闇が迫り、焚き火のオレンジ色の光がレンの横顔を照らす。
 
「……。……まぁ、空気はいいな」
 
 俺は渋々認め、レンが差し出してきた「魔界串焼き」を受け取った。
 二人きりの静寂。
 城の中にいる時とは違う、少しだけ密度の濃い空気が、俺たちの間に流れる。
 
「なぁ、カナデ。……俺さ、たまに思うんだ」
 
 レンが、炎を見つめたまま低く呟いた。
 
「お前が魔王になって、俺が経理だったらどうなってたかなって」
 
「……。お前が経理なら、この国は三日で破産、五日で魔王城が差し押さえだ。俺は一週間後に勇者に土下座してるだろうな」
 
「ガハハ! 違いねーわ!」
 
 レンがいつものように笑う。
 だが、その笑みが不意に消え、彼は俺の方へ体を向けた。
 
「でもよ、どっちがどっちでも、俺は結局、お前を隣に置いてたと思うぜ」
 
「……。……買いかぶりすぎだ」
 
「買いかぶりじゃねーよ。お前と一緒にいると、俺、自分が一番強くなった気がするんだ。勇者より、前の魔王よりさ。……これが『愛』の力ってやつか?」
 
「……。……マイナス三億ゴールド。お前のその『親友への軽口』を、恋人同士の台詞みたいに変換する癖を直せ。心臓に悪い」
 
 俺は立ち上がってテントに入ろうとしたが、レンが俺の服の裾をクイッと引いた。
 
「……悪い。……でもさ、カナデ。今夜は星が綺麗だぞ」
 
 見上げれば、魔界特有の、色のついた星々が空を埋め尽くしている。
 レンが、空いた方の手で、俺の手をそっと握った。
 
 恋人繋ぎではない。ただの、子供がはぐれないように繋ぐような、不格好な握り方。
 なのに、指先から伝わってくるレンの鼓動が、俺の胸の中にまで響いてくる。
 
「……。……五分だけだぞ。五分経ったら寝る」
 
「サンキュー、カナデ。お前、本当に優しいな」
 
 レンが嬉しそうに、俺の肩に頭を預けてきた。
 焚き火がパチパチと爆ぜる。
 
 経理部長としての俺の脳内コンピュータは、「この状況は極めて非生産的である」と弾き出している。
 だが、握られた手の温もりを振り払う勇気は、今の俺には一ミクロンも残っていなかった。
 
「……。……バカ魔王」
 
「……んー……カナデ……愛してるぞー……(寝言)」
 
「……!? 今のは寝言か!? それとも本音か!? はっきりしろ! マイナス十億だ!!」
 
 俺の絶叫は、静かな湖畔に空しく響き渡った。
 二人の「じっくり」とした夜は、まだまだ終わりそうにない。
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