魔王になった親友が未払いの残業代を「愛」で払おうとしてくるんだが。~有能経理の俺、異世界ブラック魔王城をホワイトに叩き直す〜

たら昆布

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17話

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 社員旅行(という名のキャンプ)から戻った翌日。
 魔王城の正門が、聖なる雷鳴と共に派手に吹き飛ばされた。

「魔王レン! お前の暴挙もここまでだ! 非道なる魔王に囚われた、麗しき『魔王妃』を今こそ解放してもらうぞ!」

 砂塵の中から現れたのは、光り輝く聖剣を掲げた勇者一行だった。
 ……勇者の言っていることは一理ある。魔王レンの暴挙(主に予算の無駄遣い)は、確かに経理部長である俺の逆鱗に触れている。だが、後半のセリフに聞き捨てならない単語が混じっていた。

「……おい、レン。あの金髪の若者は何を言っているんだ?」

 俺、カナデは、執務机で帳簿を付けながら、窓の外の騒ぎを冷めた目で眺めていた。
 隣では、レンが「麗しき妃……? おっ、カナデのことか! あいつ、見る目あるじゃん!」と能天気に喜んでいる。

「喜ぶな、バカ魔王。お前が変な噂を魔界中に流すから、ついに人間にまで変な誤解が広まっただろ。マイナス三億ゴールドだ」

「いいじゃん! ほら、せっかく勇者が来たんだ。俺、魔王らしくちょっと威圧してくるわ!」

 レンはそう言うと、窓からヒョイと飛び降り、勇者の前に着地した。
 
「よう、勇者! 俺のカナデに何か用か?」

「やはりな! 無実の文官を『妃』などと偽り、地下深くで計算地獄を強いていると聞いたぞ! カナデ殿、今助けます!」

 勇者が、俺がいる二階の窓を見上げて、聖剣を突きつけてきた。
 ……「計算地獄」という表現は、あながち間違いではないのが悲しい。

「……。……ちょっと待て。勇者一行よ」

 俺はため息をつき、執務室の窓から身を乗り出した。

「俺は囚われてなどいない。この城の財務を管理しているだけだ。……あと、妃でもない。ただの親友兼、債権者だ」

「騙されてはいけない、カナデ殿! その魔王は、あなたを無理やり連れ回して湖畔で一晩中……(検閲により削除)……したと、酒場でサキュバスの令嬢が泣きながら話していたぞ!」

「リリスか! あの女、話を盛りすぎだろ!」

 レンが慌てて否定するが、勇者は「問答無用!」と聖剣を振りかざした。
 
 ――そこからは、魔王城の庭を舞台にした、あまりに締まらない戦いが始まった。
 レンはレンで「俺のカナデを連れていくなんて、一兆年早ぇんだよ!」と、普段の十倍くらいの魔力を放出し、勇者を圧倒し始める。

「おい、レン! 庭の芝生を焦がすな! 植え替え費用が高いんだぞ!」

「わかってるって! ほら勇者、お前はこっちだ!」

 レンが勇者の剣を素手で受け止め、グイと顔を近づけた。
 
「いいか、勇者。カナデは俺が召喚した、俺だけの最強の相棒なんだよ。……誰にも渡さねーし、誰にも指一本触れさせねー」

 レンの声が、いつものお調子者なトーンではなく、地を這うような低い響きに変わった。
 黄金の瞳が、一瞬だけ「本物の魔王」の冷徹な光を宿す。
 
 ……ドクン。
 二階の窓から見ていた俺の胸が、不意に大きく跳ねた。
 
「……。……バカ。……何が『俺だけの』だ」

 俺は赤くなった頬を隠すように、窓をバタンと閉めた。
 
 数分後。
 勇者一行はレンの圧倒的なパワー(と、俺が上から投げつけた『滞納金請求書』の束)に気圧され、「ま、また出直すぞ!」と逃げ帰っていった。
 
 静かになった城内に、レンが「カナデぇー! 勝ったぞー!」と子供のように手を振りながら戻ってくる。

「……。……レン。お前、さっきのセリフはなんだ」

「え? どれ? 『誰にも渡さない』ってやつ? 当たり前だろ、お前がいなくなったら俺、明日から何食えばいいかわかんねーもん」

「……。……結局、胃袋か」

 俺は呆れて溜息をついたが、レンはそのまま俺の肩を抱き寄せ、耳元で小さく囁いた。

「……いや。……それだけじゃねーよ、カナデ」

「…………」

 レンの吐息が耳をくすぐる。
 いつも通りのはずの距離。なのに、なぜか今日は、その近さがひどく心臓に毒だった。

「……お前のそばにいるとさ、俺、自分が『魔王』だってことを忘れて、ただの俺でいられるんだ」

「……。……お前は元から、ただの筋肉だるまだろうが」

 俺は突き放すように言ったが、握ったペンの先が少し震えていた。
 
 勇者が連れ去ろうとした「妃」の座。
 俺はそれを否定し続けているが、レンが俺を「誰にも渡さない」と言うたびに、俺の中の計算機が、どんどん壊れていく。
 
「……一万ゴールド。……余計なことを言った罪で、減給だ」

「えぇーっ!? 守ってやったのに!? カナデのケチーッ!!」

 騒がしい日常。
 でも、俺の心の中に計上された「レンへの想い」という未払金は、もう無視できない額に膨れ上がっていた。
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